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暇さえあれば「ありがとう」
感謝の言葉が全てを変える。 21歳でクローン病と診断されてから、何もかもが思うようにいかなくなりました。 感謝する気持ちも言葉もどこにも見当たらず、自分のおかれた現実と未来を悲観するばかりです。
生きていかなくてはいけないと、その苦しみから立ち上がった時も、
支えてくれる人たちに感謝をする余裕はありませんでした。
「なぜ私は病気になったのですか?」 一年ほど前、あるご住職に、こんな無意味なことを聞いてしまったことがあります。自分で話しながら「いったい何て答えてほしいのだろう?」と、自分の言葉に後悔の気持ちが湧いてきます。そんな私の心の奥まで見えたのでしょうか?ご住職は優しい笑みを浮かべながら、こう答えてくださいました。 ・・・・ 具合が悪いことがあるから、伸びることができる 迷いがあるから、迷いを超えることができる 具合の悪いところだけを見て、そこで止まっている人は、ものを半分しか見ていない。しんどいことはしんどいけれど、それがあるから良いのです。 暇さえあれば「ありがとう」 感謝の言葉が全てを変えるのです。 ・・・・ 一度は絶望した未来に、今、生きています。 病が治ることもなく、困難は増えるばかりなのに、21歳の頃に夢描いていた以上の幸せを感じる日々を過ごせています。しんどい時に「ありがとう」とはなかなか言えませんが、暇さえあれば「ありがとう」と言ってみようと思います。それが明日の自分のためだから。 |
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「僕のせいでごめん」
木曜日の診察の待合はいつもいっぱいです。
知らない人ばかりの時もあれば、同じ病の友だちがいたりします。
その日は、20数年前からの友だちがいました。
若い頃、長い長い入院生活をともにした友だちです。
その友だちは、いつの頃からか疎遠になっていました。
待合に彼の姿を見て、声をかけるべきか迷いました。なんとなく避けられているような気がしていたからです。でも、その日は不思議でした。彼の隣に座り、元気にしてる?と話しかけることができました。
彼は20数年前と同じように、今の体調や仕事のことを話してくれました。そして、ぽつりと言いました。
「僕のせいでごめん」
何のことかよくわからずに聞き返してみると、20年ほど前、私が腹膜炎をおこして緊急手術になったのは、自分がそそのかしたからだと言うのです。
当時の私の病状はとても悪く、腸管が米粒も通らない細さになり、腫れ上がっていることがわかっていました。医師からは「手術をするか、それが嫌なら、短くて1年、長くて5年、絶食で過ごせば治るかもしれない」と言われていました。その決断を迫られているときに、私は一切れのサンドイッチを食べてしまったのです。まさか腸管が破裂するなんて夢にも思っていません。その一切れのサンドイッチは起爆剤のようなもの。きっと水を飲んでも破裂するくらい、腸管の状態は悪かったのでしょう。食べて間もなく、私は手術室へ向かいました。
彼はずっと見ていたのでしょう。
痛みに喚く私を
手術室に連れて行かれる私を
集中治療室から帰ってこない私を
手術後も部屋から出ることのできない私を
彼は、その時のことを自分のせいだと言うのです。
「それくらい(食べても)大丈夫や」と言ってしまったと。
彼が話してくれなければ、私はこれから先も知らないままでした。
サンドイッチのことは自業自得。
誰のせいでもなく、私のせい。
・・・
私の方こそごめんなさい
20年もそんな気持ちに気づかなくって、ごめんなさい
20年もそんな気持ちでいさせてしまって、ごめんなさい
・・・
20年間、止まっていた小さな歯車がひとつ、動き出しました。
木曜日の診察の待合には、まだ止まっている歯車があります。
それは、いつか動き出すのでしょうか。
それは、私次第なのかもしれません。
動き出した時間(とき)その1
エスペランサ 奥田良子
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時間がないないと
言い出したのは、いつの頃かしら? 忙しい忙しいと 言い出したのは、いつの頃かしら? 風邪ひいたり 体調悪くて 余裕ゼロ、笑顔ゼロ ずっと、こんな状態がつづいてた。 やっとやっと 風邪も治ってきて 体調も良くなってきて ちょっとゆっくりできた、きのうの夜 ふっとみると、夫と愛犬がそこにいた。 ただそれだけに、ほんわかして涙でた。 気づかないくらい近くにある幸せに 心からありがとう。 |
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「ありがとうと言いなさい」
大学卒業後の新人演奏会の打ち上げ中、師匠に言われた言葉です。
その日の演奏で、私はひとつの音を間違えました。
そして、そのことを演奏中も終了後もずっと悔やんでいました。
もう少しゆっくり演奏すればよかった
もう少し練習すればよかった
あの音さえ間違えなければ大成功だったのに
こう思う私は打ち上げ中、ずっと不機嫌顔でした。
「今日の演奏すごくよかったよ」と褒められても、喜ぶことはできません。
「そんなことないです」と、謙遜めいた言葉で答えている時に、師匠に呼び出されたのです。
「ありがとうと言いなさい」
師匠に怒られたのは、後にも先にも、この一度だけ。
このひと言から、とても大切なことを教えてもらいました。
・・・・・・・・・
「たら」「れば」の無意味さ
小さなことにくよくよしない
そして
褒められ時には、謙遜よりも「ありがとう」
RK(奥田良子)
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・・・・・・・・・
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「生きていかなくてはいけない」
「がんばらなくてはいけない」
10数年前、私はある会社の契約社員でした。
難病を患い、再発と手術を繰り返し、体調がよくなる気配は全くなく、救急車で病院に運ばれては数週間の入院をしていました。職場と同僚には多大な迷惑をかけ続けました。ですが、深い理解のもと、私は社会復帰を目指して頑張らせてもらっていました。
「生きていかなくてはいけない」
「がんばらなくてはいけない」
気持ちだけが先行して、体はまったくついていきません。
仕事へ向かう、駅までの道のりはいつも不安でいっぱいでした。
今日はおなかが痛くならないかな。
仕事はちゃんとできるかな。
そんなことを考えながら、私はずっと下を向いてとトボトボと歩いていました。
ある日のこと。
いつもと同じように、下を向いて歩いていました。
すると、どこからともなくとてもよい香りが漂ってきました。
金木犀の香りです。
私はその香りを深く吸い込みました。
体中に染み込むその香りは、瞬時に小さな頃の記憶をよみがえらせました。
・・・・・・・・・
毎年、秋になるころ、実家の金木犀の木はオレンジ色の小さな花を咲かせ、あの甘い香りを漂わせていました。
小学生の頃も、中学生の頃も、この香りを吸い込むと、自分の中から優しい気持ちが湧いてきました。
そして「今日はなんだかいいことありそう」と、いつもより元気に学校へ向かいました。
・・・・・・・・・
そんなことを思い出した私は、漂う金木犀の香りを、深く深く吸い込みました。
すると、小さな時と同じように、優しい気持ちが湧き上がってきました。
「なんだかいいことありそう」
駅までの道のりがいつもより短く感じ、足取りもいつもより軽やかになりました。
特にいいことがあったわけではありません。
仕事がうまくいったわけでもありません。
ふつうのように見える一日でしたが、すべてがいつもと違う一日のように思えました。
家に帰ってからも、その感覚は続きます。
「なんだか幸せだな」
「明日も今日みたいな一日だといいな」
「今日も昨日みたいな一日になりますように」
次の日、仕事へ向かう私は、金木犀の香りをひとり占めするかのように、大きく深呼吸しました。 でも、前の日のような気持ちは湧いてきません。
駅までの道のりは、いつものように遠く感じ、仕事へ行っても、楽しく感じることは何もありません。
「昨日はなんだったんだろう?」
「昨日みたいな気持ちにもう一度なりたい」
そう思った私は、次の日も、その次の日も、深く深く深呼吸をしました。
ですが、あの日のような感覚はありません。
「なんだか幸せ」と感じたあの日は、いったい何だったんだろう。
くる日もくる日もそんなことを考えていました。
そのうちに金木犀の花は散ってしまいました。
そして、前と同じように、心が折れそうな日々が続いていました。
このままでは「あの日」のことを忘れてしまう。
そう感じた私は、一冊のノートを買ってきて、金木犀の香りに感じた幸せを、そこに書きました。
「これから、幸せを見つけたらここに書いていこう」
「できれば、一日に三つの幸せを見つけよう」
私の幸せ探しが始まりました。
何かいいことないかしら
どこかに幸せないかしら
気づけば幸せを探しています。
でも、なかなか見つかりません。
いいこともないし、幸せも感じません。
何も書き込まれないノートを眺めながら、毎日のようにため息です。
このままではいけない。
何か、ここに書かなくてはいけない。
そう思った私は、ペンを持ち、空を見つめ、今日あった幸せを探してみました。
朝から夜まで何があったのか、順を追って考えます。
どこにも幸せはないような気がします。
でも、何かいいことなかったかしら・・
そういえば、バスが時間通りにやってきたよ。
これで一つ。
そういえば、電車で座れたよ。
これで二つ。
あと一つ、あと一つ、あと一つ・・。
そうだ、今日のお昼ごはんに食べた玉子焼き。
甘くてとっても美味しかった。
これで三つ。
毎日、毎日、ノートには同じようなことが書かれていきます。
人間って不思議です。
最初は、文字が書かれているノートを見るだけで満足していたのに
毎日、同じようなことばかり書いていると、違うことを書きたくなるんです。
幸せどこかにないかしら?
雨上がりの空に虹は出てないかしら?
昨日見た蕾は、今日花を咲かせているかしら?
幸せどこかにないかしら?
小さな幸せ探しをはじめた私は、いつしか前を向いて歩くようになっていました。
・・・・・・・・・
自分のまわりには、宝物のような幸せが溢れている。
そのことに気づくか気づかないかで、人生は大きく変わってくる。 ・・・・・・・・・
集め始めた小さな幸せは、いつしか大きな幸せを連れてきてくれました。
あの頃の私が願った以上に。
RK(奥田良子)
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