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「僕のせいでごめん」
木曜日の診察の待合はいつもいっぱいです。
知らない人ばかりの時もあれば、同じ病の友だちがいたりします。
その日は、20数年前からの友だちがいました。
若い頃、長い長い入院生活をともにした友だちです。
その友だちは、いつの頃からか疎遠になっていました。
待合に彼の姿を見て、声をかけるべきか迷いました。なんとなく避けられているような気がしていたからです。でも、その日は不思議でした。彼の隣に座り、元気にしてる?と話しかけることができました。
彼は20数年前と同じように、今の体調や仕事のことを話してくれました。そして、ぽつりと言いました。
「僕のせいでごめん」
何のことかよくわからずに聞き返してみると、20年ほど前、私が腹膜炎をおこして緊急手術になったのは、自分がそそのかしたからだと言うのです。
当時の私の病状はとても悪く、腸管が米粒も通らない細さになり、腫れ上がっていることがわかっていました。医師からは「手術をするか、それが嫌なら、短くて1年、長くて5年、絶食で過ごせば治るかもしれない」と言われていました。その決断を迫られているときに、私は一切れのサンドイッチを食べてしまったのです。まさか腸管が破裂するなんて夢にも思っていません。その一切れのサンドイッチは起爆剤のようなもの。きっと水を飲んでも破裂するくらい、腸管の状態は悪かったのでしょう。食べて間もなく、私は手術室へ向かいました。
彼はずっと見ていたのでしょう。
痛みに喚く私を
手術室に連れて行かれる私を
集中治療室から帰ってこない私を
手術後も部屋から出ることのできない私を
彼は、その時のことを自分のせいだと言うのです。
「それくらい(食べても)大丈夫や」と言ってしまったと。
彼が話してくれなければ、私はこれから先も知らないままでした。
サンドイッチのことは自業自得。
誰のせいでもなく、私のせい。
・・・
私の方こそごめんなさい
20年もそんな気持ちに気づかなくって、ごめんなさい
20年もそんな気持ちでいさせてしまって、ごめんなさい
・・・
20年間、止まっていた小さな歯車がひとつ、動き出しました。
木曜日の診察の待合には、まだ止まっている歯車があります。
それは、いつか動き出すのでしょうか。
それは、私次第なのかもしれません。
動き出した時間(とき)その1
エスペランサ 奥田良子
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心のリハビリ中。
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