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プロフェッショナル「仕事の流儀」という番組を見ました。
タイトルは「夢の医療に挑む」。
「細胞シートという世界初、人類初の研究、そして、再生医療という人類の「夢」に挑む岡野光夫教授の揺るぎない流儀」を取り上げていました。番組の中では、「この細胞シートが医療に幅広く使えるようになれば、今、治らないと言われている病気の大半が治る病気になる」と言っていました。
まさに、私たちの夢です。
この20数年、いつか治る日がくるはず・・希望をもって生きてきました。
細胞シートがどんなものか、再生医療がどんなものか、難しいことはわかりません。
でも、岡野教授は一番大切なことをご存知でした。
「患者は待っている」
力強いこの言葉に、いつか夢でなくなる日が来ることを感じました。
そんなに遠くない未来、きっと健康を取り戻すことができると信じています。
私たちにできること。
それは「夢でなくなる日」まで、今より悪くならないこと。元気でいること。
未来の自分が後悔しないために。
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夢と希望
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夢と希望。
失ったことありますか?
それは未来が見えなくなること。
夢と希望を失ったことがあるから、見えてくることもあるのです。
失ったことありますか?
それは未来が見えなくなること。
夢と希望を失ったことがあるから、見えてくることもあるのです。
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12月18日。
松江イングリッシュガーデン。
島根のクローン病の患者会「陽だまりの会」のクリスマスコンサートに出演してきました。
参加者は、患者さんと、この会の事務仕事を一手に引き受けていらっしゃるKさんと、Kさんを支える人たち、そして一般の方。全部で100名くらいの方がお越しくださいました。
今までにも、患者会でコンサートをしたことは何度もあります。
でも、今回は少し違う雰囲気でした。
いつも感じる「少し暗い雰囲気」を感じなかったんです。
その理由はすぐにわかりました。
それは、このクリスマスコンサートを運営しているのが、患者さんではないということ。
Kさんはじめ、Kさんを支える「患者ではない人たち」が一生懸命作り上げてくれていました。
会場に着くと、立派なコンサートのチラシが目に入りました。
配布されていたプログラムもとても可愛らしいものでした。
コンサートの開催にあたって助成金を申請されたとも聞きました。
新聞に記事を載せたり、たくさんの人に声をかけてくれたようです。
今まで見てきた患者会は、どこも「患者自身」が必死で頑張って立ち上げてきました。なので、途中で調子を崩したり、入院したりしてヘトヘトになってしまい、会を存続するのがやっとというところがほとんどです。
この「陽だまりの会」のように、患者さんの家族が立ち上がり、また、その周りの人たちが応援してくれるというのは患者会の理想の形ですが、なかなかできることではありません。「Kさんのお人柄だ」と、周りの人は口をそろえて言われていました。
なかなかできることではないけれど・・
クローン病の発症年齢が若年化している中、各地の会もこのように変化していってほしいと願います。
終了後、質疑応答の時間がありました。
そこには、患者会を応援してくれている地域の学校の先生や、ドクターもいらっしゃいました。
それぞれが思うことをお話しくださいましたが、それを聞きながら感じたことが2つありました。
ひとつ目は転院のこと。
「クローン病に限らず、どの病気でも専門医に診てもらうことが一番良い。」
そんなことは、誰にでもわかっていること。
でも、実際にはなかなかできないことのようです。
思い切って一歩踏み出せば未来は変わるかもしれないのに、その勇気が出ない。
費用のこと、その後の通院のこと、その他にも様々な理由があります。
それでも、私は一歩踏み出してほしいと思います。
一度でいいから勇気を出すこと。
それが、自分の病気を受け入れ、生きていく決心につながります。
病院を変わる、県外に出てみる・・
そんなことが大きな転機になるのです。
私たちは、この病気を持って生きていかなくてはいけないのだから。
未来を決めるのは自分自身の行動です。
ふたつ目は、まだまだ小さい患者さんがいらっしゃったこと。
お年は聞いていませんが、2歳前後だと思います。
彼女はこれから、どのように生きるのだろうか・・。
きっとつらいことが多いはず。
思うようにならないことが多いはず。
その中で、幸せを見つけられる人になってほしい。
そして、夢を持って生きてほしい。
そう願うだけで、私にいったい何ができるのだろうか。
いつの日か原因が解明して、安全な治療薬ができて、完治する病気になるかもしれません。
それが私たちの希望です。
自分の力では叶えることはできないけれど、みんなその日を待って生きています。
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いつか、手帳が真っ黒になりますように。
そう思ったのは、大学を卒業してからすぐの入院中。
真っ黒というのは、スケジュールや打ち合わせメモなどで、びっしり詰まっているということ。
その頃の私の手帳は真っ白で、そのことは、病気の心配よりも、ずっとずっと大きな心配ごとでした。
真っ白な手帳を眺めながら
これからどうなるのかな?と思い
これからどうしようかな?と思い
毎日毎日、窓の外をぼんやりと眺めていました。
7月のある日、姉がコンサートの出演話を持ってきてくれました。
日付は翌年の3月。
時間は充分あるし、きっと退院もしている。
私の手帳にひとつ、予定が書き込まれました。
不思議です。
ひとつ書き込むと、それに合わせて、いろいろな予定が書き込まれていきます。
手帳は少し、黒くなってきました。
そうなると、もっと不思議です。
それまで、ぼんやりとしていた時間に、いろいろなことを考え始めます。
コンサートでは何を演奏しようかしら?
ピアノ伴奏は誰に頼もうかしら?
どんなドレスがいいかしら?
プロフィールや写真はいつまでに用意すればよいかしら?
まだまだ時間はあるはずだけど、私は今、入院中、そして、絶食中。
コンサートは3月だから、半年前には退院したい。
9月に退院するためには、8月には食事を出してもらって様子を見始めないと・・。
真っ白な手帳に書かれたひとつのスケジュール。
これが私の目標になりました。
目標を持つ・・
それは、不思議な力を生み出しました。
それまで、なかなか良くならなかった炎症が、みるみる消え始めました。
貧血もどんどん改善されていきます。
そして、私は自分の予定通りに8月末に退院することができました。
この手帳が真っ黒になりますように。
今でも、手帳を新しくするたびに、そう願います。
毎日のように「なんだか忙しい」と思っているのは、きっと願いが叶っているのですね。
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発病当時の私は、ひとつの目標ができたことで、目覚しい快復をしました。その後は、願いが叶ったんでしょうね。たくさんのチャンスをいただけました。ですが、増えすぎた目標に、からだがついていくことができず、病状はどんどん悪くなり、演奏することができなくなってしまいました。
あれから20年。今も同じように、駆け足で生きています。この数年、走り続けることが出来ているのは、夫をはじめ、たくさんの方の支えや励ましのおかげです。
心から感謝を。
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若い人が言う
「もう若くないから」
20歳をすぎ人が言う
「もうおばさんだから」
30歳をすぎた人が言う
「もう転職はきかない」
自分で自分に定年制を敷いてしまってはいけない。
斉藤茂太
この言葉を見て、ずっと「なぜ?」と思っていたことに答えが出ました。
私は、なぜ27歳で夢をあきらめてしまったのだろうか?
なぜ、あのとき、もう無理だと思ってしまったのだろうか?
もう年だから。
27歳の私は、そう思っていました。
私の目指していたコンクールの年齢の上限は30歳。
あと3年しかないのに、手術をしたからだで頑張るのは、もう無理だと。
若くて優秀な人が次から次へと出てくる中、27歳にもなる自分が頑張らせてもらえる場所はないと。
でもね、全然違いました。
30歳を過ぎてから、もう一度、人生をやり直すことができました。
35歳を過ぎてから、もう一度、人前で演奏することができました。
それから何年?
40歳をとっくに超えたのに、私には、夢がいっぱいあります。
そして、その夢はどんどん叶っています。
人生、まだまだ、何でもやれる!
そう思う私は、まだまだ若い!と思っています。
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・・・ 成功した人生かそうでないかを分けるのは、振り返ってみたとき「楽しかった」と即答できるかどうかだと思う。 ・・・ と、斉藤茂太さんの本に書いてありました。 皆さまはいかがでしょうか。 私はまだ人生半ば。 今までの人生を振り返って、「楽しかった」とは正直思えません。 だけど、年々、楽しくなってきています。 生きていてよかったなと。 残り半分、生きたときには、きっと「楽しかった」と言えると思います。
そう言えるように、「今」を生きていきたいと思います。 |



