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暇さえあれば「ありがとう」
感謝の言葉が全てを変える。 21歳でクローン病と診断されてから、何もかもが思うようにいかなくなりました。 感謝する気持ちも言葉もどこにも見当たらず、自分のおかれた現実と未来を悲観するばかりです。
生きていかなくてはいけないと、その苦しみから立ち上がった時も、
支えてくれる人たちに感謝をする余裕はありませんでした。
「なぜ私は病気になったのですか?」 一年ほど前、あるご住職に、こんな無意味なことを聞いてしまったことがあります。自分で話しながら「いったい何て答えてほしいのだろう?」と、自分の言葉に後悔の気持ちが湧いてきます。そんな私の心の奥まで見えたのでしょうか?ご住職は優しい笑みを浮かべながら、こう答えてくださいました。 ・・・・ 具合が悪いことがあるから、伸びることができる 迷いがあるから、迷いを超えることができる 具合の悪いところだけを見て、そこで止まっている人は、ものを半分しか見ていない。しんどいことはしんどいけれど、それがあるから良いのです。 暇さえあれば「ありがとう」 感謝の言葉が全てを変えるのです。 ・・・・ 一度は絶望した未来に、今、生きています。 病が治ることもなく、困難は増えるばかりなのに、21歳の頃に夢描いていた以上の幸せを感じる日々を過ごせています。しんどい時に「ありがとう」とはなかなか言えませんが、暇さえあれば「ありがとう」と言ってみようと思います。それが明日の自分のためだから。 |
嬉しいことば
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言われて嬉しい言葉は、相手も同じ。
もちろん、その逆も。
たくさん出逢った「嬉しい言葉」をご紹介します。
もちろん、その逆も。
たくさん出逢った「嬉しい言葉」をご紹介します。
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「ありがとうと言いなさい」
大学卒業後の新人演奏会の打ち上げ中、師匠に言われた言葉です。
その日の演奏で、私はひとつの音を間違えました。
そして、そのことを演奏中も終了後もずっと悔やんでいました。
もう少しゆっくり演奏すればよかった
もう少し練習すればよかった
あの音さえ間違えなければ大成功だったのに
こう思う私は打ち上げ中、ずっと不機嫌顔でした。
「今日の演奏すごくよかったよ」と褒められても、喜ぶことはできません。
「そんなことないです」と、謙遜めいた言葉で答えている時に、師匠に呼び出されたのです。
「ありがとうと言いなさい」
師匠に怒られたのは、後にも先にも、この一度だけ。
このひと言から、とても大切なことを教えてもらいました。
・・・・・・・・・
「たら」「れば」の無意味さ
小さなことにくよくよしない
そして
褒められ時には、謙遜よりも「ありがとう」
RK(奥田良子)
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
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「どうせ」という口ぐせを、
「もしかしたら」に変えてごらん。
斉藤茂太
上の2行の言葉。
とてもシンプルなのに、とても深い。
じわっと、心の中に沁み込んできます。
こんな言葉を目にしたとき、いつも、自分はどうなんだろう?と考えます。
そのように出来ていることも、出来ていないこともあります。
今回は、前者かなと。
今までの自分自身のことを、よくよく思い出してみると、「どうせ」という言葉は、ほとんど使ったことはありません。そして、「もしかしたら」という言葉は、よく使います。何をやってもうまくいかないときもそうでしたし、今のように、順調に物事が進んでいるときも同じです。
そして、気づいたこと。
自分では、自分のことを、悲観的な人間だと、ずっと思っていました。
だけど、「もしかしたら」という想像とともに、根拠のない不思議な自信を持つ私は、意外と楽観的なんですね。
自分再発見です。
皆さんは、自分の新たな一面を見つけたことってありますか?
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仕事が楽しいときって、どんなときでしょう。 自分が思っているより、サクサク仕事がはかどるとき 同じ部署の人が好きな人ばかりなとき やりがいのある仕事を任されたとき 達成感を感じたとき ほかにもたくさんあるかしら? 仕事が楽しくないとき、辛いときって、どんなときでしょう。 何かひとつ歯車が狂って、タイミングが合わず、思うように進まないとき 人間関係に複雑な思いを持っているとき 自分には向いていないと思う仕事をしているとき 体調が優れないとき こちらも、ほかにたくさんありそうですね。 私は働くことが好きな方です。どんな仕事でも、三日続ければ慣れてきて、楽しいと感じることができます。その上に、最初に書いた「仕事が楽しいとき」の項目が当てはまってくると、毎日が充実して、気分もよく、体調も良い日が続きます。 契約社員として、仕事を始めて2年目のこと。新しく作られた部署に異動することになりました。そこには、一癖も二癖もありそうな人ばかり集まっていました。 何も話さなくても、部下が今、何をしているのか把握している部長。登山の専門家で、行動力もあって、とても優しいのに、時にものすごく厳しい人。ジャニーズの大ファンで、そのコンサートへ行くために働く才女。この人の能力は素晴しいので、会社のトイレで着替えて、午後から手を振りながらコンサートに行くことも、笑って(上司に)見送ってもらえる不思議な存在でした。そして、国立大学の大学院まで出て、学校の先生になる前に経験を積みたいと入ってきた、とても可愛らしく、元気な女性です。 朝、出社してしばらくは、その日のニュースなどについて、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃおしゃべりしているのですが、その後の仕事が(みんな)とてつもなく速いのです。 上司からは、そのぺちゃくちゃの時間も仕事をすれば、もっとたくさん仕事がこなせるはずだって言われそうですが、それはそれ。コミュニケーションはとても大切だと思います。 そんな楽しい職場で働けることは、私にとって、とても幸せなことでした。 そして、仕事も多く、きちっと目標を定められ、やりがいのある仕事でした。 ですが、うまくいかないこともたくさんありました。 やる気があっても、なんだか思うようにいかないことってありますよね。 たまには人間関係に悩むこともありますよね。 そんな中、「この仕事は自分に向いてない」と思うようになることも。 今から思えば、そんなときは、いつも体調を崩しているときでした。自分ではそんなつもりがなくても、体調が悪く、いらいらしているために、すべてがマイナス思考になってくるのです。 部署を異動してから半年ほど経ったころ、毎日、腹痛がありました。 それまでの経験から、腸閉塞を起こしかけていることは自分でもわかっていました。病院に行けば入院になるか、経過観察です。どうしたものか・・と思いながら毎日仕事に出かけていました。 ある日の午後、会議がありました。 その会議途中から、腹痛はどんどんひどくなってきました。 でも、我慢できないわけではありません。ずっと痛みを耐えていました。 そして、会議が終わったとき、部署に戻ると、周りの人が・・ 『顔色が悪いんじゃない?』 『おなか押さえてるけど、痛いんじゃないの?』 と、心配しています。 ですが、まだまだやらなくてはいけないことがあります。 そして、仕事をしようとする私に 『今日はもう帰ってください』 と、厳しい口調でみんなが言います。 迷惑をかけているんだなぁ・・と、思っていると・・ 『今すぐ帰って、ゆっくり休んでください。そして、明日は元気になって、仕事に来てくださいね』と、言ってくれました。 病気を持ちながら働く私にとって、最高に嬉しい言葉でした。 迷惑をかけてるし、役に立たないと思われているんじゃないか・・と、ネガティブになる私の気持ちを、しっかり支えてくれる、励ましの言葉でした。 しっかり休んで、明日は、今日の分、がんばろう! そう思える言葉でした。 この後、しばらくして、腸閉塞が悪化したため入院になりました。 周りの人には、ものすごく迷惑をかけましたが、退院後は『(急な入院で)大変だったんですから、これからは入院なんてしなくて良いように、日ごろから体を大切にしてくださいね、私たちに出来ることは何でも言ってくださいね』と、嬉しい言葉をかけてもらえました。 違う部署では、病気だからと、だんだん仕事をさせてもらえなくなり、退社していった人もたくさんいました。私は、理解ある同僚のおかげで、毎日、楽しく頑張らせてもらえました。 病気で迷惑をかけても、笑顔で優しく力強く励ましてくれた最高の同僚に、心から感謝します。 ****** このときから、いつ、迷惑をかけるわからないので、その迷惑を最小限にするために、パソコンの中の分類、資料のファイリング、デスク内の整理整頓をきっちりするようになりました。 思えば、登山家の同僚は、いつもデスクをきっちり片付けていました。余分なものも何一つありません。「いつ何があってもおかしくないから」と言ってたことを思い出します。 ******
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