今、生きている

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ただ感謝のみ。
『人、みな使命あり』
自分が生まれてきた意味って何だろう?
生きている日常の中に、その答えがあるような気がします。
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言葉にならなくて。

16年前、神戸の街が大きく揺れた。
 
 
 
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あの頃を思い出して何か書こう・・
あの頃から生きてきたことを書こう・・
 
何度も何度も、書こうとしたけれど、
書いては消し
書いては消し
何ひとつ忘れたことはないのに、言葉にならない。
 
 
 
 

取り戻した元気。

整体治療を始めてから8年以上になります。
 
 
 
 
 
 
 
その頃の体調は極めて悪く、気持ちも前向きになれず、対処療法の治療に辟易していました。
夫と結婚し、あらたに就職でき、自分には輝く未来があるはずなのにからだがついていかない。
幸せなはずの日常の中には、いつも「激痛」がありました。
手術をすすめられても、今までに何度手術しても再発した経験から、それが良い方法だとは思えませんでした。
 
そんなときに、夫がすすめてくれた治療が整体だったんです。
骨をバキバキ言わせるイメージがあって、それが自分の病気に関係するとは全く思っていませんでしたが、「何か(自分の状況を)変えないといけない」と強く感じ、治療院に行きました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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不安95%
期待5%
 
 
 
こんな気持ちで行ったことを覚えています。
 
 
正直、半信半疑でした。
それまでも様々な東洋医学、漢方、サプリメントを試して、どれもうまくいかなかった私が、整体の先生の説明を聞いて「この治療でうまくいかなければ、私はこの痛みとともに生きていかなくてはいけない運命なんだ。これで最後、この治療にかけてみよう!」と思えたんです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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先生はこう言われtました。
 
 
・・・
 
たとえば胃が痛い日が続くと、痛い痛いと思いながら背中を丸めたりしますよね。
そのうち我慢できなくて病院で検査をすると胃潰瘍ができている。
するとよく効くお薬をくれて、胃痛もすっきり治りますよね。
でもね、痛い痛いと背中を丸めている間に、背骨は歪んでくるんです。
痛かった胃は薬で治ったけれど、歪んだ背骨はどうでしょう?
そのままですよね。
 
歪んだままにしておくから、次の病気になるんですよ。
 
・・・
 
 
 
 
 
 
当時、発病して15年ほど。
ずっとずっと痛みに耐えてきました。
その間に私の骨は歪みきっていました。
それを矯正するのにはとても時間がかかると。
少しずつ少しずつ戻していけば、いつか「元気」を取り戻せると。
 
 
 
 
 
 
 
 
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あれから8年。
整体治療を続けることで「ふつう」を取り戻してきています。
 
4年前、どうしても悪さをする(腸閉塞を繰り返していた)狭い腸管を切除し、その後、再発予防に新薬を使い、この整体治療を受け続けていると、本当に「元気」が戻ってきました。
そして、この4年間、「痛み」を感じることはありません。
まるで夢のようです。
 
 
 
 
私の最大の夢は「ふつうに生きる」こと。
今、その夢が叶っていると実感しています。
 
 
 
 
 
・・・・
 
 
今日は朝から4キロほどウォーキングしてきました。
腹筋と腕立て伏せも(少しですが)やりました。
こんなことができるようになったことが嬉しいです。
 
整体の先生が時々言われます。
「ふつうの同世代の人たちより、きっと元気だよ」と。
 
 
・・・・
 
 
 
 

雨上がりの夕方に。

病室には雨の音は聞こえません。
朝、目が覚めると、いつもより少し暗い感じがするだけで、
外を見ても、どのくらいの雨が降っているのかわかりません。
天気予報を見て、今日はたくさん降っているんだな・・と、はじめてわかるのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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そんな雨の日の少しの楽しみは、雨上がりの夕方に見ることのできる景色。
 
何度も何度も入院して、
何度も何度も雨が降って、
何度も何度も雨上がりの夕方がきても、
なかなか見ることのできない景色。
 
 
 
 
 
 
 
 
今日は、あの景色を見ることができるだろうか・・。
いつも、そう思いながら夕方を待っていました。
 
 
 
 
 
 
 
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その景色は、光り輝く海のこと。
太陽の光りに輝くのではありません・・
あの海は、いったい、どういう条件が重なったら見えるのでしょうか・・。
 
 
 
 
 
 
雨上がりの夕方、まだまだ重たい色をした空なのに、海だけが輝き、
人工島から見える、海の向こうの神戸の街が、海の上に、くっきりと写っているのです。
まるで鏡のように。
 
 
 
 
 
 
病気をしてから、何に対しても無感動になっていた私。
何を見ても、何を聞いても、涙することはなくなっていた私。
そんな私が、鏡のような光り輝く海を見ると、涙がボロボロと止まらなくなるのです・・。
 
寂しいからではありません・・
苦しいからではありません・・
 
 
きっと、あまりの美しさに感動したから・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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もう、何年もあの海を見ていません。
今でも、雨上がりの夕方に見えるのでしょうか。
 
 
 
 
 
いろんなことに感動を覚えるようになった今、
あの海を見たら、私は何を思うのでしょう・・。
やはり、同じように涙を流すのでしょうか・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
+++
 
もう一度だけ、あの鏡の海を見てみたいと思うことがあります。
でも、入院しなくては見れません。
それに、雨上がりの夕方に必ず見れるわけでもなく・・。
それに、今、とても元気なので・・(笑)・・
二度と見ることのできない景色だと思います。
 
+++

ふと思い出したこと。

どうしてかしら。
いつもは思い出さないのに、今日は20数年前に見た景色を思い出しました。
そのときの私の気持ちと一緒に・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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20数年前。
初めて入院したのは、神戸のポートアイランドに建つ病院でした。
長い入院になると聞きながら連れて行かれた病棟は、8階西病棟。
病棟の真ん中にはナースステーションがあって、病室は全てガラス張り。
ナースステーションから、全ての病室が見えました。
そして、病室の窓からは、神戸の街が一望できます。
自分がお世話になる病院は、まるでホテルのようでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
絶食治療の私には食事は全く出ず、朝起きてから夜寝るまで、何もすることがありません。
本でも読めばいいのに。
勉強でもすればいいのに。
自分でもそう思いましたが、何も食べないせいか、全く集中できません。
 
 
 
 
 
音楽を聴いていても、疲れてくるし。
テレビを観ていても、疲れてくるし。
ジクソーパズルのように、出来上がる楽しみを持てるものを一生懸命作っていると、「根を詰めないように」と言われたり。
 
 
 
 
そんな私は、長い長い入院中、ずっと神戸の街を眺めていました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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朝陽に照らされていく街を見て、今日で何日経ったかな・・と数えてみたり
定刻に出航している船を見て、どこまで行くのかな、そこはどんなところかな、と想像してみたり
晴れすぎて霞がかった山を見て、今日は暑いのかな・・と窓を開けてみたり
夕暮れに輝きだす街のネオンを見て、寂しさがこみ上げてきたり
 
 
 
 
 
 
 
 
 
どうして私は、ここにいるんだろう・・
あの街の中には、たくさんの幸せがあるはずなのに・・
 
 
 
 
そんなことをずっと思っていました。
 
 
 
 
 
 
 
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20数年経った今の私。
あのころに、思い、願っていた「幸せの中」にいるんだなぁと。
生きていてよかったなぁと。
 
 
 
 
私の周りのすべての方に、心から感謝を。
 

自分に感動。


感動するのをやめた人は、生きていないのと同じことである
 
アインシュタイン


 
 
 
 
 
 
 
クローン病という難病に罹り、何もかもが思うようにならなくなったあの頃。
卑屈になった私は、何事にも否定的で、自分の人生を放棄していました。
 
何かを発見する。
何かを創造する。
何かに感動する。
 
そんなことが全くなかったあの頃。
たしかに私は「生きて」いなかったと思います。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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そんな私が変われたのは、夫と出逢ってからです。
 
夫と出逢ったころ、前向きに生きようと努力はしていましたが、その努力がとてもしんどかったんです。
毎日毎日、からだの調子もあまり良くないのに「自分は頑張れる」と思い込み、
毎日毎日、何をするのにも自信がないのに「自分には必ずできる」と思い込み、
毎日毎日、必死すぎて、何かを楽しんだり、感動したりする余裕はありませんでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
夫は不思議な人でした。
私には考えられないくらい多趣味な人で、いつも何か楽しいことを探していました。
どんなところにも私を一緒に連れ出してくれて、私が楽しめるように、気配りをしてくれます。
私の病気の食制限が大変なことを知ると、「たこ焼き1個でもいいから、一緒に食べたいね」と言ってくれ、幸せをふたりで感じようとしてくれました。
車を運転しているときも、周りの変化に敏感で、あれこれあれこれ見つけます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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そんな夫と暮らし始めてもうすぐ10年。
いつの間にか、夫と同じように、毎日を楽しめるようになってきました。
 
 
 
 
 
楽しいときは笑い
悲しいときは泣いて・・
自分の感情に、喜怒哀楽が戻ってきたときに感じたこと・・
 
 
 
 


 
 
今、私、生きてるなぁ。
 
 


 
 
 
 
 
そんなことを思った自分に感動していました。
私を生き返らせてくれた夫に、心からの感謝を。
 
 

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