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大学受験に失敗して、浪人生活に突入。。。 |

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大学受験に失敗して、浪人生活に突入。。。 |
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高校生になった頃には、体もすっかり男になっていました。 そして、母への告白もしないようにしていました。 そんなある日、私は友達とトイレが一緒になりました。 友達が私のオチンチンを覗き込み(ーー) 「おまえの小さいな」と言いました。 私は、「本当?そんなことないよ」って口では言いましたが、 他の人より小さいと思えたのが嬉しかった。 そして、高校生くらいになると、周りの殆どの男の子は彼女をつくり始めました。 私は、別に彼女を欲しいとは思いませんでしたが、文化祭で話がもりあがった子が お祭の独特な雰囲気で盛り上がったのか、私に告白してきました。 周りの友達にもはやし立てられ、なんとなく付き合うことになってしまいました。 そんな無気力での付き合いがスタートし、やる気のなさが出ていたのか・・・ というか、それが原因で(^^; 数回デートに行きましたが、すぐにふられました。 これがはじめての付き合いでした。 高校生活の中で非常に頑張ったのが、テニスです。 私の学校のテニス部は、完全実力主義で、 対外試合にでれるレギュラー8人、そして、その補助のサブレギュラー8人。 それ以外は、"一般"というように。3部制を導入していました。 (部員は、だいたい50人以上) そして、レギュラーなどの座を勝ち取るには、年数回行われる部内のリーグ戦を勝ち抜く必要がありました。 私は、毎日一生懸命練習し、最短でレギュラーになりました。 そこまでテニスに打ち込んだのは、なんとなく人生に例えることができると考えたからです。 それは例えば・・・ 試合で自分が苦しいときは、相手も苦しいのです。 非常に当たり前のようにも感じますが、夏の暑い盛りに試合をして当事者になってしまうと ついついそのことを忘れ、自分の苦しさばかりを考えてしまうものなのです。 でも、そこで相手も苦しいのは一緒だと思い出すのです。 そこで自分に勝ち、頑張れるかが勝負を決することが多くあるのです。 特に実力がさほど変わらない相手の場合にはなおさら重要です。 また、試合では、それぞれの性格が本当にでます。 とりあえず、相手に合わせるだけの人 ややたら気が短くて強打して自滅する人など様々です。 その醍醐味を知ってしまったので、自分の成長のためにも打ち込みました。 その成果は、県の個人戦でベスト32(約3000人くらいが参加)、団体戦で市3位、県でベスト8という結果を得られました。(今は筋肉がすべて落ち、現役を離れてしまったので全然ですが・・・) しかし、それが勉強に活かせず、浪人生活に突入してしまいました(><)
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小学生のときの大病で、とりあえず女になりたいという気持ちを封印してきたのですが、 その気持ちを抑えるのに非常に葛藤した時期が中学生でした。 あいかわらず、学校や周りには悟られないよう普通の男の子として過ごしていましたが・・・ 中学1年のとき 初めて女装しました。 家に母がいないときに、母のスカートをはいて鏡の前でポーズをとっていました。 スカートをはくと、すごく落ち着きました。 しかし、ある日を境にオチンチンがスカートに合わない!! そして、とても邪魔な存在に感じました(ーー) また、服のうえからでもあるのが気になって仕方なくなってしまい、 スカートはやめ、ジーンズなどオチンチンが上からみてわからなくなる服を選択するようになりました。そのとき、私は、どうしたらオチンチンが小さくなっていくか、あてもなく考えていたのを覚えています。 中学2年生のとき とうとう第2次性徴がはじまりました。 自分の体が明らかに女性とは違っていくのを自覚したのが葛藤のはじまりでした。 すね毛が生え、声変わりがはじまり、なんともいえない嫌悪感がはしりました>< そして、学校の体育での着替えが嫌でたまらくなったのです! なんか、自分の体を見られるのが恥ずかしくなってきたし・・・ また、周りの男の子の着替えをみるのも恥ずかしかったです(**) でも、体は、周りの男の子と一緒の発育でした(当たり前なのですが) だけど本当に嫌で嫌で・・・ネガティブなことばかり考えていました。 そんなある日、カルーセル麻紀さんのことを知りました。 彼女は、モロッコで性転換手術を受けて、体を女性のように変えていたのです。 私は、それを知り希望をもちました。自分もこうなれるかもしれないと。 そして、この悩みを母に告白して、女に早くならないと男に染まりきってしまう恐怖から逃れたかった。 だが、家にはいつも誰かしらいるので、長男の私が弟の前で女になりたいとは言えず・・・いつもチャンスを伺っていました。 そして、ある日誰もいない日がきました。 私は、言いたくて言いたく仕方なかったのですが、そんな告白のチャンスを伺っているとは夢にも思っていない母は、なかなかスキがありませんでした。 母が家族5人分の洗濯物を何度も往復中。 だからベランダ付近にいて、何度が母に話かけたのですが、どうしても言葉がでませんでした。 母を悲しませる告白になる(++) その思いが、話しかける度に脳裏を駆け巡ってチャンスを逸していました。 結局、母に言えないでどんどん時間が過ぎ、弟の一人が帰宅しました。 告白は失敗に終わりました。。。>< まぁ〜うちの親の性格を考えると言わないで正解だったかな?って今は思います。
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女の子になりたいという気持ちが本当に強く、そして自分でも自覚するようになったのは、小学1年のときです。 |
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誕生は横浜の反町ですが、 |
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