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ウフィッツィ美術館はミケランジェロ作「聖家族」の展示室の脇に、普段は閉められている扉があります。
この大扉が「ヴァザーリの回廊ツアー」の、出発点です。
私が参加した時、一般には公開されていないこのツアーの参加者は20人もいませんでした。
係員2人と共にこの大扉を入ると、すぐにまた閉められてしまいます。
これがなかなかに怖い、後戻りの出来ない恐怖とでも、申しましょうか・・・。
前後を係員に挟まれて、回廊の作品群観賞のスタートです。
階段を下り、川沿いの道をまたぎポンテ・ヴェッキオの上に差し掛かると丸窓から
自然の陽光が差し込んできます。(はっきり言ってここ迄は、薄暗いったらありゃしない。)
ポンテ・ヴェッキオ、この橋の中央に、ひときは大きな窓があります。
これは、1938年にヒットラーが始めてフィレンツェを訪れた際、歓迎の意味で施工されたものです。
イタリアもファシスト政権下にあったのだと納得させられる光景です。
橋を渡りきるとジグザグに回廊は迂回して、既存の建物や部屋を突っ切って行きます。
当然ここには、もう窓はありません。(部屋に住んでいる人が覗かない為です)
サンタ・フェリチタ教会を臨む鉄格子を通り抜け(教会のミサに誰にも見られる事無く参加する為)
メディチ家の肖像画コレクションが終わると、ピッティ宮殿の出口はもうすぐそこです。
見学ツアーは、宮殿の庭園の一角にある洞窟の脇に出て終了です。
延べ約1km、びっしりと両面に展示された絵画の数々・・・
在りし日の、メディチ家の威光を思わずにはいられません。
☆ 1565年、コジモ1世の息子フランチェスコ1世と、オーストリア皇女ジョバンナの
結婚を記念して、コジモ1世は、数々の壮大な式祭典を計画ました。
市庁舎(現ウフィッツィ美術館)の大改造もその一つで、この時建造総指揮を執ったのが
コジモ1世お抱えの芸術家ジョルジョ・ヴァザーリです。
ヴァザーリは、職場と自宅を誰にも会わずに、行き来出来る回廊を造りましたが、
現在では宝飾店の立ち並ぶポンテ・ヴェッキオは、
この時までは「肉屋」等が立ち並ぶ、いわゆる長屋風市場でした。
ようするに、メディチ家の為に立ち退きを余儀なくされた結果
現在のような景観が残った訳ですネ!
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♪「ヴァザーリの回廊」は聞いたことがあるんですけど、このツアーは知らなきゃ参加できないんですか!?行ってみたーい!!とても興味深い情報、ありがとうございました。
2005/8/28(日) 午後 1:33
Chococoaさん、この頃では日本から「ヴァザーリの回廊観賞付きツアー」が出ているみたいです。個人で申し込みをする場合は、ウフィッツィ美術館の受付で日時の確認を取り(毎日しているのでは無いので)何所で申し込みの受付をしてもらえるのか?等、かなり煩雑な手続きが必要になります。
2005/8/29(月) 午前 9:42
1キロの道のりを芸術に囲まれて歩くんですね。厳重な警戒をされてるとはよほど大事にされているんですね。
2005/8/30(火) 午後 3:42
それがそうでもないらしいんです、てつさん。老朽化が進み、少しずつですが一般公開に踏み切ったのも、修復費用を捻出する為らしいです。
2005/8/31(水) 午前 10:07
すっごい興味あります!探検隊みたいですねw
2005/8/31(水) 午前 11:48
akiさん、前後をぴったりと挟まれて歩かされると、みょ〜に落ち着かないんです。ちょっと囚人になった気分でした(笑)。
2005/8/31(水) 午後 0:24
シモーネさんのイタリア記事おもしろいですね。毎回、楽しみにしています。歴史の勉強にもなりますし。
2005/8/31(水) 午後 10:45 [ mar*co1*71 ]
marucoさん、恐縮です^_^;。これからも、私の知っているイタリアを、私なりに伝えて行ければと思っています。
2005/8/31(水) 午後 11:54
シモーネさん、ヴァザーリの回廊めぐり、とても興味深く読ませていただきました。この回廊はコジモ一世のときにできたのですか。そのころピッティ宮は、コジモ一世の私邸だったのでしょうか。
2005/9/2(金) 午後 3:07
ありがとうございます、しずやさん。この回廊は、まさしくコジモ1世の時に造られました。回廊が出来上がったときまだウフィッツィ美術館にあたる建物は完成していませんでした。まず、回廊ありきだったわけです。この回廊はヴェッキオ宮殿〜ウフィッツィ〜ピッティ宮殿まで続いています。ただし、ヴェッキオ宮殿〜ウフィッツィに通じる秘密の通路は今でも一般には公開されていません。老コジモに始まりメディチ家には「コジモ」がたくさん出て来るのでややこしいですよネ!ピッティ家についてはいずれ書かせて頂きたいと思います。
2005/9/2(金) 午後 7:03