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新幹線撮影も好きでしたが、定年過ぎの爺さんは未だにワクワクしながら IT・サイエンス情報を追っかけています。

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 自分が若い頃写実的なイラストを描いていた。カラーで風景も描いた。が、写真を素材としたものだ。いくらそっくりに描いても個性がないと諦めた。今は超リアルなイラストをよく目にする。

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 で、この記事に出ている例はこれはぶっとんだ。写真以上のリアルさだ。ホキ美術館の人気ナンバーワン作品ってのは、これは写真ではないと分かる。自分は写真も好きだった。この質感や暖かみはイメージセンサでは無理だろう。


世界で初めての写実絵画専門美術館──ホキ美術館

2019.04.17 WED

ノンフィクション作家であり、美術評論家でもある野地秩嘉氏が、車で訪れたい美術館を全国から厳選して紹介する連載「車でしか行けない美術館」。第9回は、世界初の写実絵画専門美術館として2010年にオープンした「ホキ美術館」を訪れた。

作家の意志や感情が宿る写実絵画

ホキ美術館はJR外房線の千葉、土気駅から歩いて20数分という距離にある。千葉の佐倉にある川村美術館もまた最寄り駅から遠いけれど、同館の場合は専用送迎バスがある。しかし、ホキ美術館へのアクセスは地元のバスしかない。バスの便も決して多いわけではないから、車を使っていくのがもっとも便利だ。

ホキ美術館は世界で2館しかない写実絵画の専門美術館だ。

写実絵画とは、一見、写真のように見える、細部まで丁寧に描写した油絵のこと。たとえば木の葉を描くとする。木の葉の色や形だけをなぞるのではなく、葉脈の一本一本までをすべて描くといった気の遠くなるような作業が必要となる絵画だ。

1960年代後半から70年代初めにかけてアメリカで、スーパーリアリズムと呼ばれる技法の絵画が出てきた。こちらもまた細部まで丁寧に描写した絵だ。対象を写真に撮って、それを見ながら描く手法も似ている。しかし、写実絵画とスーパーリアリズムは大きくふたつの点で異なるところがある。

まずは絵の具の種類だ。写実絵画は油絵の具だけで、スーパーリアリズムはアクリル絵の具を使うことが多い。アクリル絵の具は油絵の具よりも乾くのが速く、制作日数が少なくて済む。

もうひとつは写真の使い方だ。スーパーリアリズムは写真をキャンバスにそのまま投射し、輪郭などを写していく。一方、写実絵画は写真を参考にして、細部まで自分の手で描いていく。描いていくうちに、作家の意志や感情が画面に、にじみ出てしまう。

写実絵画界の第一人者である野田弘志は著書で、次のように説明している。

「写実絵画とは物がそこに在る(存在する)ということを描くことを通してしっかり確かめようとすること。物が存在するということのすべてを二次元の世界に描き切ろうという、一種無謀ともみえる絵画創造のあり方。物がそこに在るということを見える通りに、触れる通りに、聞こえる通りに、匂う通りに、味のする通りに描ききろうとする試み」(『リアリズム絵画入門』)

つまり、ただ姿かたちをリアルに転写するのではなく、実物、写真を見ながら、自分のなかで咀嚼して、あらためて画面上に対象を生き返らせる表現が写実絵画と言える。

建物もまたユニーク
ホキ美術館のホキとは同館の創設者でかつホギメディカルの創業者、保木将夫の名字だ。保木自身がそれまでに所蔵していた写実絵画が館蔵作品の元になっている。

写実絵画を専門に収蔵、展示していたのは2010年の開館時、同館だけだったが、バルセロナにMEAM(メアム)という写実絵画を見せる美術館が2011年、オープンしている。

ホキ美術館の作品はユニークそのものだが、建物の外観や内部の設備もまた独特だ。外観はコンテナのような長方形の箱がふたつ、並んでいるといったもの。長方形の箱の周りには柵の代わりに鉄の棒が草のように生えている。無機的で殺風景なのだけれど、建物の周囲にある自然とは調和している。

内部の設備については同館広報の松井文恵さんが教えてくれた。

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細長い空間が特徴の展示室。3フロアからなり、全長は500メートルもある

「内部はプレーンな壁と絵画しか存在しないようにしてあります。鑑賞時に妨げとなるようなものが視界に入らないよう、壁面の目地、ピクチャーレールやワイヤーは排しました。壁材が鉄になっているので、磁石で絵画が壁に張り付いているのです。展示用ワイヤーがない美術館は世界でも稀でしょう。また、館内の展示室は3フロアあります。すべて歩くと500メートルです。ですから、床材にゴムチップを採用し、足に負担のかからない通路設計にしています」

写実絵画はディテールの丁寧さに価値がある。それと同様に、同館の設備はディテールに工夫を凝らしている。

ホキ美術館の人気ナンバーワン作品

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生島浩「5:55」(2007−2010年) ホキ美術館所蔵

生島浩の人物画「5・55」は同館の人気ナンバーワン作品だ。フェルメールの絵画をほうふつさせる光と影のコントラストのなかに、雰囲気のある女性が座っている絵だ。彼女は公民館に勤める女性で、モデルとしては素人である。自らすすんで絵のモデルになったわけではなく、「この一枚だけ」と懇請されてモデルをやった。そんな彼女がモデルを務めるために提示した時間は午後6時まで。

絵のタイトルにある「5・55」とは午後5時55分のこと。絵のモデルをやった彼女が帰る5分前の時刻だ。

その時、彼女は「もうすぐ終わる」という、ほっとした気持ちと、「約束した以上は最後までしっかりとつとめなきゃ」という真剣な気持ちのふたつを同時に持っていたのだろう。画家はそのふたつの感情を見事に描いている。

写真は瞬間を切り取るものだから、怒り、悲しみといった瞬間の感情をそのまま写し取ることはできる。しかし、時間の経過が必要な揺れる感情を表現することは不可能に近い。その点、写実絵画は複雑な感情、相反する意志を人物の表情のなかに描くことができる。この絵が人気なのはモデルの美しさもさることながら、表情に現れている複雑な気配に人が魅かれるのではないだろうか。

風景画と静物画

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大畑稔浩「瀬戸内海風景ー川尻港」(2003年)ホキ美術館所蔵

「瀬戸内海風景―川尻港」は大畑稔浩の風景画だ。この作品の画集を見ると、誰もが「これは写真だ」と信じるだろう。それくらい、「写真のような絵」なのである。ただ、現物の前に立つと、写実絵画は「ああ、これは絵なんだな。人が描いたものなんだ」とすぐに分かる。それはやはりキャンバスに塗られた絵の具のテクスチャーが伝わってくるからだ。そして、もうひとつの点は、画家が実際に見た風景は決してレンズには映らないものだからでもある。

大畑はこう述べている。

「(この絵の桟橋は)夕方、逆光になるとシルエットのその姿が、光に上っていく龍のように見えました。すぐに写真を撮影しましたが、目には見えている桟橋の細部が写真だと空が明るすぎ、遠景も含めてすべて真っ黒なシルエットで使い物にならず、何度も現場に足を運んで描いたことを思い出します」(『写実絵画の魅力』)

確かに、逆光で撮影すると、光が当たっていない部分は暗く写る。だが、人間は上手に光をさえぎって、物体の細部まで見てしまう。そして、画家はその細部を丁寧に描いた。「瀬戸内海風景―川尻港」の画面は人間の目が見た実物の風景なのである。

島村信之「夢の箱」(2017年)ホキ美術館所蔵

「夢の箱」と題された島村信之の作品はクワガタとカブトムシの標本だ。島村は子どもの頃から昆虫や甲殻類が好きだったという。この作品もまた写真で撮ったような正確で緻密な表現になっている。クワガタの表面の光沢も一匹一匹、変えて描いており、その緻密さに驚いてしまう。思うに、緻密さを追求するのは画家にある種の執念があったからではないか。

「細かいところまでとことん表現したい」という執念がなければ写実絵画は描けない。一連の作品を見ていると、制作を支えるものとは、テクニックよりも対象にのめり込む執念ではないかと思えてしまう。

インドカレーの「ペイズリー」
JR土気駅のすぐ近くにあるのがインドカレーの「ペイズリー」。作っているのは日本語が上手なミャンマー人のウィンさん。日本に帰化しているから、本名は篠原勝。カレー、タンドリーチキンなど100種類を超えるメニューをひとりで作っている。飲み物の種類も多い。それでいて、混雑してもパニックにならない。にこにこしながらもモノ作りに励んでいる。

香り高いカレーを食べていたら、ウィンさんが寄ってきて、「2階のコレクションを見ていって」と言った。2階へ上がっていったら、そこにはプラモデル、人形、ぬいぐるみ、冷蔵庫に使うマグネット…。日本にやって来てから収集した膨大なコレクションが展示してあった。

数多くの種類のカレーを作りながら、なおかつ、自分の好きなものをたくさん集めて展示するなんて…。この人もまたクリエイター独特の執念を持っている人だなと感じた。

ホキ美術館
千葉県千葉市緑区あすみが丘東3-15
Tel.043-205-1500
開館時間:10:00〜17:30(入館は17:00まで)
※ナイトミュージアムのある日は19:30まで(入館は19:00まで)
休館日:火曜日
※火曜日が祝日の場合は翌日(2019年4月30日は休館)

ペイズリー
千葉県千葉市緑区あすみが丘3-51-15 あすみが丘五番館1F
Tel. 043-295-1336
営業時間:火曜日 17:30〜22:30
     水〜日曜日 11:30〜15:00 17:30〜22:30
定休日:月曜日

1984

 あの政権与党の政見放送。あの冊子の配布とか、党内にあれにストップかけれる者が居ないのか。1984年、あるいは戦前の日独伊。今の北、中ロ

1984 (Live at Los Angeles Amphitheatre, Los Angeles, CA, 9/5/1974)

1984 Music Video/David Bowie


Someday they won't let you, now you must agree
The times they are a-telling, and the changing isn't free
You've read it in the tea leaves, and the tracks are on tv
Beware the savage jaw
Of 1984

They'll split your pretty cranium, and fill it full of air
And tell that you're eighty, but brother, you won't care
You'll be shooting up on anything, tomorrow's never there
Beware the savage jaw
Of 1984

Come see, come see, remember me?
We played out an all-night movie role
You said it would last, but I guess we enrolled
In 1984 (who could ask for more?)
1984 (who could ask for more?)
(More)

I'm looking for a vehicle, I'm looking for a ride
I'm looking for a party, I'm looking for a side
I'm looking for the treason that I knew in '65
Beware the savage jaw
Of 1984

Come see, come see, remember me?
We played out an all-night movie role
You said it would last, but I guess we enrolled
In 1984 (who could ask for more?)
1984 (who could ask for more?)
(More)

1984
1984
1984 (more)
1984
1984 (more)
1984

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1984
(いますでに一九八四年、世の中は凍結
してる、という歌)

ここ数年ロックびたりで
ゴキゲンなぼくらだったけど
実はすでに
一九八四年になってるのかもしれない
気をつけろ
やつらはきみをつかまえて
きみの頭の中に
空気をつめこもうとしてるんだ
さからってもムダかもしれない
あせってもムダかもしれない
あのバカな大人たちが
そのバカさかげんのすべてを
きみに強制的に押しつけようと
がんばっているのだ
だからいますでに
一九八四年だ

ああ、乗り物が欲しい
逃げ出せるための乗り物がほしい
一九六五年頃の
希望と活気にあふれていた
あの時代がもう一度ぼくはほしい

David Bowie - 1984

 地区の共同作業の前に、古いウチでタバコを吸おうとテレビを点けた。なんだ ? 蓮の葉っぱの上に踊る雨水に蓮の花びらが一片浮かんでいる。その上に雨蛙が。なんかありそうな景色でそんなの見たことない。探す気で待たなくてはあるいは偶然でなくては不可能な光景。カメラマン、末期癌か。
 お寺から吉野の山の桜を狙う。不自由な足で待ち構える。どういう光を捉えるんだろうと興味が。おもむろに風だと呟いて立ち上がられた。動画か。桜吹雪が逆光の暗く落ちた景色に舞う。命の限界を悟られているから、何気ない自然な美しさが見える。
 これ、再放送なのか。オレの終わりにはどんな景色が見えるのか…


目撃!にっぽん「風に舞う花びらのように〜奈良 命の映像詩〜」

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奈良には365の季節がある・保山耕一さん「こころの時代」

奈良県在住の映像作家・保山耕一さん(55)。末期がんを抱えながら、毎日、奈良の自然や寺社仏閣を撮影しています。その日に撮った映像はすぐさま編集してSNSで発表。「奈良の365日の季節のうつろいを写した作品」は「涙が出る」「神さまの気配がする」と静かな反響を呼んでいます。

Eテレ「こころの時代」では、自らの死と向き合いながら、奈良の風景を写し続ける保山さんに「レンズの先に見つめている世界」について、お話を伺いました。昨年の秋、なら国際映画祭で奉納上映された作品「映像詩・春日大社〜私の命と春日の神様〜」が生まれた背景には、「見えない世界」とつながる 心あたたまる交流があったそうです。

番組では今回、スペイン在住の音楽家・川上ミネさんがオリジナル曲を演奏してくれました。昨年秋、保山さんと同じ時期に 春日大社で奉納演奏をしたことから 保山さんの映像作品と出会い、この世に紡ぎ出されることとなった音の響き。春日の神さまがとりもつ 不思議なご縁で、こころ と こころ が響き合う交流が広がっています。

保山さんの映像にうつしだされた「光」の輝きと、川上さんのピアノが奏でる「音」。響き合う 光と音 のコラボレーション、日曜の朝のひとときに、ゆっくり楽しんでいただければ幸いです。


映像作家 保山耕一氏 による「奈良、時の雫」 五條新町桜編


映像作家 保山耕一氏 による「奈良、時の雫」 長屋門編


奈良、時の雫
576 本の動画 205,807 回視聴

 ああ、オレのことだね。かつてはおいしい酒を飲んでいた。大抵、うだうだ言わずに皆の中で歌って弾けていた。
 それが今は独り飲むと、ときにね。暴走老人か。でも基本優しいと思ってんだけど、自分で言ってもね。悟ったときは死ぬときだよ。


ネットに愚痴や悪口を書くとダークサイドに堕ちる5つの理由

スマホで気軽に発信できる時代であるが故に気をつけたい

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 近頃はネットの「コメント機能」も充実してきた。手軽に利用できるとあって、使う人も増えている。ただ、心得ていたほうがいいこともある。コラムニストの石原壮一郎氏が指摘する。

 * * *
 21世紀を生きる私たちは、長い人類の歴史のなかでダントツに大量の愚痴や悪口に囲まれて生きています。それは言うまでもなく、ネットやSNSが発達したから。誰もが意見を表明できるようになった利点も、たしかにあるでしょう。しかし、そんなものは軽く吹き飛んでしまう悪影響が、私たちの心や人生を徐々に蝕んでいます。

 もちろん、そういうものがなかった昭和までの時代も、人は愚痴や悪口に精を出していました。しかし、聞かせる相手は周囲の家族や知人や同僚であり、そんなことばっかり言っていると嫌な顔をされたり鼻つまみ者になったりするので、ある程度は自制心が働いたものです。しかし、ネットの発達はそんなタガを外してしまいました。

 たとえばSNSに実名で愚痴や悪口を書き込むのは、どこかの駅前でメガホンを持って、大勢に向かって悪態をついているのと似たり寄ったりの行為です。しかし、本人にそういう意識はありません。ネットやSNSに愚痴や悪口を書き込むと、どんどんダークサイドに堕ちてしまいます。理由は、次の5つ。

その1「四六時中、愚痴や悪口のネタを探し続けてしまう」
その2「不都合なことに向き合わないので、何も解決しない」
その3「目先の反応が嬉しくて、際限なく先鋭化していく」
その4「自分を『悲劇の主人公』に仕立てるのが上手になる」
その5「知らないうちに『困った人』のレッテルを貼られる」

 この段階で「なるほど」と納得した人は、最初からその手のことは書き込まないでしょう。「そんなことあるか!」と反射的にいきり立っている人は、たぶんもはや手遅れ。「えっ、どうして?」と思った今ならまだ間に合う方のために、少し説明させてください。

●その1「四六時中、愚痴や悪口のネタを探し続けてしまう」

 愚痴や悪口は、すぐにネタが見つかります。反応もそれなりにいいでしょう。周囲は無責任に慰めたり同意したりするので、「自分は正しい」と思い込むことも容易です。そんな快感に溺れて、何度もその快感を味わいたくて、朝から晩まで「なにか愚痴や悪口のネタはないか」と探し続けてしまう体質に……。他人や物事のいいところではなく、とにかくあらを探す癖もつきそうです。そういう毎日は、はたして楽しいでしょうか。

●その2「不都合なことに向き合わないので、何も解決しない」

 愚痴や悪口は、吐いた瞬間はスッキリすることができます。しかし、根本的に何かが解決したわけではありません。強引に自分を正当化した分、解決から遠ざかっていると言えます。SNSで見かける同僚や上司や配偶者に対する文句は、大半が「こんなところに書いてないで、本人に言えよ」と思えるものばかり。「言えないから書いているんだ」と反論されそうですけど、言う以外でも何か打てる手を考えたほうが有意義です。

●その3「目先の反応が嬉しくて、際限なく先鋭化していく」

 とくにSNSに顕著ですが、自分の目に入る世界は、自分と似た考えの人ばかりになりがちです。客観的には「おいおい、本気かよ」と言われそうな意見でも、「そのとおり」「さすが」と言われがち。人は弱くて愚かな存在です。「いいこと言ってるオレ(ワタシ)」というセルフイメージを肥大させるのに、それほど時間はかかりません。愚痴や悪口だけでなく、政治や社会に対する批判も、同じ落とし穴があると言えるでしょう。

●その4「自分を『悲劇の主人公』に仕立てるのが上手になる」

 人生は、ままならないことの連続です。今という時代も、自分の環境や性格も、周囲の人間関係も、気に入らないことは山ほどあるでしょう。愚痴や悪口に精を出せば、自分を「悲劇の主人公」に仕立て上げることは簡単にできます。おとなしく従順に生きろという意味ではありません。批判精神を持って時に戦うのは当たり前の話。しかし、ネットに愚痴や悪口を書き込んでいるのは、単なるヒマつぶしで戦いでも何でもありません。

●その5「知らないうちに『困った人』のレッテルを貼られる」

 これは、実名が原則のFacebookで起きがち。書き込んだ愚痴や悪口に「いいね!」を押してくれたり、やさしいコメントをくれたりしている人も、じつは心の中では「うわ、困ったヤツだな」「面倒臭そうだから、ちょっと距離を置こう」と思っています。いわんや黙って読んでいる人たちをや。知らぬは本人ばかりなり。面と向かって「ああいうこと、書かないほうがいいよ」と言ってくれる親切で勇敢な人は、まずいません。

 うっかりダークサイドに堕ちないように、くれぐれもお気を付けください。そして、こうやってダークサイドに堕ちている人の悪口を書いている私も、間違いなくダークサイドの住人です。どうぞ遠慮なく「大きなお世話だ!」「お前には言われたくない!」といった罵倒の言葉を投げつけてください。そんな光景を見た方が、ひとりでも「ああ、醜い。あっちにはいかないようにしよう」と思ってくださったら、私としては本望です。

 なんでも懐疑的にしか見られない自分にはこういう楽観論もいいよね。むしろそうなって欲しいなあと、孫子の時代は笑顔が溢れていますように。

進次郎氏、ケネディ流の言葉で「人口減はチャンス」

 小泉氏は、少子高齢化が進む日本について、「我々には成功のチャンスがある。人口減少と高齢化は日本の『ニューフロンティア』だ」と強調。高齢化社会でも最先端技術の活用などで活力を維持できるとし、「日本が変革する可能性について楽観している」と訴えた。

 ニューフロンティアは、小泉氏が尊敬する米国のケネディ元大統領が米社会の課題解決を呼びかける際に用いたことで知られる。


令和は日本経済の黄金時代に〜平成の諸問題に大逆転が起きる理由

2019.05.04 20:00
塚崎 公義

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令和時代、少子高齢化による労働力不足で日本経済は黄金時代を迎えるはずだ、と久留米大学商学部の塚崎公義教授は考えています。

*****

新しい時代が始まりました。大変めでたいことです。令和時代の最初の寄稿ですから、新しい時代の日本経済について、大局的見地から考えてみたいと思います。

楽観主義者の筆者にふさわしく、明るい展望をご披露しますので、新時代の幕開けを明るい気分で祝いたい方には、ぜひともお読みいただきたいと思います。平成時代の諸問題が大逆転で一気に解決する、という話です。

なお、本稿を読んで能天気だとか非常識だとか批判する読者がいるかもしれませんが、せっかく読んでいただけるのであれば、今少し具体的に「どこがどのように間違えているのか」を考えながら読んでいただき、頭の体操に役立てていただければと思います。

平成時代はバブル崩壊後の長期低迷期だった

平成時代の幕開けはバブル最盛期でしたが、バブルが崩壊すると長期低迷期に入りました。人々が勤勉に働いて大量の物(財およびサービス、以下同様)を作り、倹約して物を買わなかったため、物が余り、企業が生産を減らし、雇用を減らし、失業が問題化したのです。

失業は深刻な問題です。失業者は収入が得られないのみならず、「自分は世の中に必要とされていないのではないか」といった気分にもなりかねませんから。また、失業者は収入がないので消費を手控えるため、失業者が増えると景気が悪化してさらに失業者が増えてしまう、といった悪循環ももたらします。

失業は諸問題の根源

それだけではありません。失業者が増えると、企業は労働者を囲い込む必要がなくなりますから、正社員を減らして非正規労働者を雇うようになります。非正規労働者の方が時給は安いですし、いつでも解雇できますから。

これを労働者側から見ると、正社員になりたくてもなれずに非正規労働者として生計を立てている人が大勢いる、ということになります。ワーキングプアと呼ばれる人たちです。特に男性のワーキングプアは結婚相手を見つけるのに苦労するらしく、独身比率が高くなっています。これも、彼ら自身の不幸というのみならず、少子化の一因だとも言えそうです。

ブラック企業も増えました。就職活動中の学生は、内定が得られなければ「失業者や非正規労働者になるよりはブラック企業に就職した方がマシ」だと考えて入社して来ますし、社員も「辞めたら失業者だから我慢しよう」と思うので辞めません。したがって、ブラック企業は従業員を酷使し放題だったわけです。

日本経済の労働生産性も上がりませんでした。失業対策の公共投資が行われたこともありますが、企業が省力化投資のインセンティブを持たなかったことが大きいでしょう。飲食店はアルバイトに皿を洗わせる方が自動食器洗い機を買うより安かったからです。

財政赤字も膨らみました。失業対策の公共投資が行われたこともありますが、増税しようとすると「増税して景気が悪化したら失業者が増えてしまう」という反対論が強かったからです。

少子高齢化で労働力不足の時代に

現在は、失業ではなく労働力不足が問題となっています。直接の契機はアベノミクスによる景気拡大でしたが、それほど成長率が高くないのに労働力不足になった理由としては、少子高齢化によって労働力不足の下地が作られていたことが重要だったわけです。

少子高齢化により現役世代の人数は減りましたが、全人口はそれほど減りませんから、少数の現役世代が作った物を大勢で取り合う形となり、労働力不足となったのです。

少子高齢化が労働力不足をもたらした原因は今ひとつあります。若者が自動車を買っても全自動のロボットが作るので労働力を必要としませんが、高齢者が介護や医療を頼むと多くの労働力が必要となるので、同じ金額の個人消費でも労働力不足を促進するのです。

アベノミクス景気がいつまで続くかわかりませんが、少子高齢化は確実に続きます。10年後には「景気が良いと超労働力不足、景気が悪くても小幅な労働力不足」といった時代になっているでしょう。日本経済は長年の懸念材料であった失業問題から解放されるのです。

働きたい人が生き生きと働ける世の中に

労働力不足の時代を迎え、失業者が減っただけではありません。仕事探しを諦めていたため失業者の統計に含まれていなかった高齢者や子育て中の主婦でさえも、「ぜひ働いてほしい」と言われるようになったのです。これは素晴らしいことです。

従来の基準では、「失業もインフレもない」というのが理想的な経済でした。平成の最後になって、それが実現したのです。まあ、日銀はインフレ率が低すぎると不満そうですが(笑)。

ワーキングプアの生活もマシになりつつあります。非正規労働者の時給は労働力需給を素直に反映して上がり始めていますし、労働力の囲い込みのために非正規労働者を正社員に登用する動きも出始めています。

ブラック企業もホワイト化を迫られています。ブラック企業のままでは学生が入社してくれませんし、今いる社員たちも次々と別の仕事を見つけて辞めてしまうからです。

こうして、働く意欲と能力を持った人なら誰でも仕事にありつき、生き生きと働けるようになったのです。これは素晴らしいことです。

景気の波が小さくなって不況が消える

高齢者の消費は安定しています。高齢者が増えると、経済全体の消費が安定することになります。高齢者向けの仕事をしている現役世代の所得も安定するので、経済全体の消費はいっそう安定します。

一方で、現役世代が高齢者向けの仕事に従事するようになると、輸出産業が労働力不足となり、工場を海外に移転するかもしれません。そうなれば、海外の景気の波に日本の景気が影響されにくくなるかもしれません。

つまり、海外が不況になっても日本が不況になりにくい、という大変望ましい状況になるかもしれないわけです。

日本経済が効率化

労働力不足によって日本経済の効率化が進み始めました。失業対策の公共投資が不要になったこともありますが、企業が省力化投資を本格化し始めたのです。省力化投資は経済を効率化するのみならず、鉄やセメントや設備機械などの需要増によって景気をさらに拡大することも期待されます。

今後は、高い賃金の払えない労働生産性の低い企業から、高い賃金の払える労働生産性の高い企業へと、労働者が移動していくと思われます。それも日本経済の労働生産性を高めると期待されます。

10年後には絶好の増税の機会も

10年後には少子高齢化が進展し、景気が悪化しても失業が増えない時代を迎えるでしょう。そうなれば、増税が「気楽に」行えるようになります。さらには、「インフレ対策としての増税」も行われるようになるかもしれません。

労働力不足が賃金上昇を通じてインフレをもたらすようになると、インフレ抑制策が必要となります。増税は国会で審議して、決定して、実施して、インフレ抑制効果が出るまでに時間がかかりますから、通常の景気変動であれば、増税でインフレを抑え込むことは容易ではありません。効果が出始めた時にはすでに不況になっているかもしれないからです。

しかし、10年後にはそもそも景気の波が小さくなっているでしょうから、インフレは少子高齢化によって徐々に進んでいくでしょう。そうであれば、効果が出るまでに時間がかかる増税によってインフレを抑えることも可能となるのです。

本稿は、以上です。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織その他の見解ではありません。また、厳密さより理解の容易さを優先しているため、細部が事実と異なる場合があります。ご了承ください。

久留米大学商学部教授 塚崎 公義

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