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セルフスタンドで原付にガソリンを入れている時だった。
目の前を走る県道の縁石に老婆が腰掛けている。
俺はガソリンの入り具合を気にしながら彼女を見た。
膝に両手を置き、ぼおっと前を見つめている。
何をしているんだろうと俺は思った。
ガソリンが入りきったのを確かめて、料金を払った。
手が少しガソリン臭い。
俺は原付を空いたスペースに置いて煙草に火を点けた。
そして老婆の側に寄っていく。
彼女は俺に気づいていないようだ。
見えていないということはないだろう。
ただ、俺という存在に彼女は注意を払っていないだけだ。
「ばあさん、そんなとこで何してんだ?」と俺は言った。
彼女は少し首を動かして俺の方を見た。
「アヒルを見てるのさ。」と彼女は言った。
もちろんアヒルなんて見えない。
見えるものと言えば、スタンドに止めてあるバイクと車ぐらいのものだ。
「そんなものいねえよ。」
俺はそう言って灰を落とした。
灰は道路を走る車が起こす風に飛ばされ、一瞬のうちに消えた。
いくつものエンジン音が老婆の背後を移動する。
青空に浮かぶ太陽は少し傾き始めていた。
「あの子はガー子っていうんだ。」と老婆は笑顔で言った。
俺はその瞬間こいつを蹴飛ばしてしまおうかと思った。
見えもしないものに名前なんてない。
けたたましい音を立てて猛スピードで走っているフェアレディZがいた。
うるさかった。
だから俺は「うるせえっ」と叫んだ。
その瞬間老婆はびくっと体を動かした。
そして、俺は彼女が首から提げているネームプレートらしきものにようやく気がついた。
「もしもし、波沢ですが。」
中年の女性の声が聞こえる。
「波沢ミツさん、あんたんとこのばあさんだろ?」と俺は言った。
「ルート422の歩道で座りこんでんだよ。」
相手は沈黙した。
「もしもし?」と俺は苛立ちながら言った。
「ちょっとお待ちくださいね。」と相手の女は言った。
どうやら側にいる誰かに事情を話しているらしい。
会話が僅かに聞こえてくる。
何秒か後、電話口の向こうから「車にでも轢かれちまえばいいのになぁ。」という声が聞こえた。
それをたしなめるように、女が声を荒げる。
俺はその瞬間携帯電話を切った。
俺はスタンドで缶コーヒーを二本買ってきて一本を老婆にやった。
老婆は珍しいものでも見るように缶コーヒーを眺めた後、一口飲んだ。
「うまいか?」と俺は訊いた。
老婆は「うまい」と答えた。
こいつの存在はどんな意味を持つのだろうと俺は思った。
頭がいかれて、ふらふらと街を彷徨い、また家に連れ戻される。
挙句の果てに轢かれちまえばいいときた。
要するにこいつも誰からも必要とされていないというわけだ。
何十年か前は綺麗に化粧でもして、周りの人間にちやほやされてたのかもしれない。
でも、今のこいつはただの老婆だ。
誰からも必要とされず、また誰かを必要とすることも忘れている。
俺は軽く舌打ちした。
なんだよ、俺と同じじゃねえか。
なぜか俺は哀しくなった。
ずっとそこにあった哀しみに、たった今気づいたみたいな気がした。
馬鹿だな、俺は――。
「なあ、ばあさん……」と俺は言った。
「仲良くしようぜ。」
老婆はまるで俺の声が聞こえないみたいに、ただ前を見つめていた。
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老婆萌え!!!!
2006/3/9(木) 午後 10:17 [ ferici-ne ]
君も老婆萌えか!!!
2006/3/13(月) 午前 0:00 [ ferici-ne ]