私的な心と詩的な表象

物音ひとつせず……ここは世界の端っこか

ショート・ストーリ

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あたしは時々泣いちゃう、わけもなく。
でも勘違いしないでって感じ。
別に悲しくて泣いてるわけじゃないんだ。
友達と喫茶店でパフェを挟んで楽しく会話をしている時にも泣いたりする。
それもぽろぽろじゃない、わーっと。
あたしおかしいのかなって思うけど、止まらないんだよね。
そんな時友達はこういう風に言う?
「あれなの?」って。
生理じゃないっての、馬鹿みたい。
でも、確かにあれなんだよね。
あれってなんだろう。
わけわかんないよ。

満員電車の中で泣いたこともある。
ドアに寄りかかって、外の景色を見てたら涙が出てきた。
なんていうか、いきなりテロリストがダムを爆破したみたいに。
隣にいた人はぎょっとしてた。
当たり前だよねって思う。
小娘が失恋でもして泣いてるのかって思ったのかもしれない。
受験の面接の時もいきなり涙がでてきたっけ。
面接官は戸惑ってた。
あたしは言ったんだ、気にしないで下さいって。
そしたら面接官は、もういいから帰りなさいって言った。
どうしてそんなこと言うんだろう。
こんなの気にすることじゃないのに。
わけわかんない。

元彼はあたしのこんな姿を見て、「トラウマでもあるんじゃねえの?」って言った。
馬鹿じゃないか、こいつはってあたしは思った。
でも、ほんとはトラウマとかっていうやつがあるのかな。
よくわかんないけど。

でも、最近少しだけ分かったような気がする。
何が分かったかっていうと…上手く言えないんだけど。
ただね、あたしは乖離っていうのかな。
悲しみと涙が乖離しちゃったような気がする。
ぷっつり切れちゃって、びゅ〜んと離れちゃって。
きっとあたしの悲しみは遥か遠い星にある。
夜空を見上げると、鼻くそみたいに見える遠い星に。
そこであたしの悲しみは乾いてるんだ。
涙に包まれることもなくね。
そう思うと、あたしはあたしの悲しみに対して申し訳ない気持ちになる。
でも、あたしだって可哀そうじゃんって思うよ。
わけもなく泣いたり、悲しみの為に涙なしで悲しんだり。
この世界、なんかおかしいんじゃないかって思うし。
あたしだけがどこか狂ってるんじゃないかとも思う。
なんかわけわかんないこと言っちゃってごめん。
忘れていいよ。

老婆

セルフスタンドで原付にガソリンを入れている時だった。
目の前を走る県道の縁石に老婆が腰掛けている。
俺はガソリンの入り具合を気にしながら彼女を見た。
膝に両手を置き、ぼおっと前を見つめている。
何をしているんだろうと俺は思った。
ガソリンが入りきったのを確かめて、料金を払った。
手が少しガソリン臭い。
俺は原付を空いたスペースに置いて煙草に火を点けた。
そして老婆の側に寄っていく。
彼女は俺に気づいていないようだ。
見えていないということはないだろう。
ただ、俺という存在に彼女は注意を払っていないだけだ。
「ばあさん、そんなとこで何してんだ?」と俺は言った。
彼女は少し首を動かして俺の方を見た。
「アヒルを見てるのさ。」と彼女は言った。
もちろんアヒルなんて見えない。
見えるものと言えば、スタンドに止めてあるバイクと車ぐらいのものだ。
「そんなものいねえよ。」
俺はそう言って灰を落とした。
灰は道路を走る車が起こす風に飛ばされ、一瞬のうちに消えた。
いくつものエンジン音が老婆の背後を移動する。
青空に浮かぶ太陽は少し傾き始めていた。
「あの子はガー子っていうんだ。」と老婆は笑顔で言った。
俺はその瞬間こいつを蹴飛ばしてしまおうかと思った。
見えもしないものに名前なんてない。
けたたましい音を立てて猛スピードで走っているフェアレディZがいた。
うるさかった。
だから俺は「うるせえっ」と叫んだ。
その瞬間老婆はびくっと体を動かした。
そして、俺は彼女が首から提げているネームプレートらしきものにようやく気がついた。

「もしもし、波沢ですが。」
中年の女性の声が聞こえる。
「波沢ミツさん、あんたんとこのばあさんだろ?」と俺は言った。
「ルート422の歩道で座りこんでんだよ。」
相手は沈黙した。
「もしもし?」と俺は苛立ちながら言った。
「ちょっとお待ちくださいね。」と相手の女は言った。
どうやら側にいる誰かに事情を話しているらしい。
会話が僅かに聞こえてくる。
何秒か後、電話口の向こうから「車にでも轢かれちまえばいいのになぁ。」という声が聞こえた。
それをたしなめるように、女が声を荒げる。
俺はその瞬間携帯電話を切った。

俺はスタンドで缶コーヒーを二本買ってきて一本を老婆にやった。
老婆は珍しいものでも見るように缶コーヒーを眺めた後、一口飲んだ。
「うまいか?」と俺は訊いた。
老婆は「うまい」と答えた。
こいつの存在はどんな意味を持つのだろうと俺は思った。
頭がいかれて、ふらふらと街を彷徨い、また家に連れ戻される。
挙句の果てに轢かれちまえばいいときた。
要するにこいつも誰からも必要とされていないというわけだ。
何十年か前は綺麗に化粧でもして、周りの人間にちやほやされてたのかもしれない。
でも、今のこいつはただの老婆だ。
誰からも必要とされず、また誰かを必要とすることも忘れている。
俺は軽く舌打ちした。
なんだよ、俺と同じじゃねえか。
なぜか俺は哀しくなった。
ずっとそこにあった哀しみに、たった今気づいたみたいな気がした。
馬鹿だな、俺は――。
「なあ、ばあさん……」と俺は言った。
「仲良くしようぜ。」
老婆はまるで俺の声が聞こえないみたいに、ただ前を見つめていた。

揺れるゆで卵

車内は平日ということもあり、空いていた。
座席をいくつか占領して寝転がれるぐらいだ。
もっとも、そんなことはしないが。
子どもの時ならしていたはずなのになと僕は思った。
年をとるにつれて何か余計なものがまとわりついてくる。
かといって、それらを全部放り投げられるほど人は強くない。
否、僕はというべきか。

僕はボックス席の窓際に座っていた。
隣には誰もいない。
時々、車内販売のワゴンが脇をガラガラと音を立てながら通り過ぎる。
ワゴンを押す女性の言葉には、僅かながら訛りがあった。
そして、そのことは僕を苛々させた。
どうしてだろう。
景色は単調なものだ。
田んぼがあり、畑があり、古びた家が並んでいる。
軽トラックが細い道路をゆっくりと走っている。
カラスが何羽か飛んでいる。
遥か先に見ることが出来る山にはまだ雪が残っている。
瞬きをしても景色は変わらない。
多分、目的地に着くまで、ずっと同じだろう。
僕はそう思い、目を閉じた。

何かが落ちる音がした。
ガシャンという音だったかもしれないし、バシャンという音だったかもしれない。
外の景色のような単調な眠りから覚めた。
「あらあら。」という声が聞こえた。
声のする方を向くと、そこには着物を着た高齢の女性がいた。
彼女は僕が座っているボックス席に来て、屈みこんだ。
何をしているのかとしばし眺めていたが、そのうち、僕は彼女が零れたお茶を拭いている事に気づいた。
零れたのは僕のお茶だった。
眠っている間に、テーブルからペットボトルが落ちたらしい。
キャップは閉めてなかったのだろうか。
僕は「すみません」と言い、バッグからポケットティッシュを出して一緒に拭いた。
幸い零れたのは大した量ではなかったので、作業はすぐに終わった。
「ありがとうございました。」
僕はそう言って頭を下げた。
「いいえ。お疲れなんでしょう?随分気持ち良さそうに眠っていらしたみたいで。」
彼女はそう言うとにっこり笑った。
顔中に皺ができたけれど、その皺は悪くはないように思えた。
こういう年のとり方もあるのだ。
「あ、そうだ。」
彼女はそう言うと、反対側のボックス席に行った。
どうやら彼女はそこに座っていたらしい。
バッグからごそごそと何かを取り出すと、彼女は僕の方に戻ってきた。
「良かったら召し上がって。」と彼女は言った。
ゆで卵だった。
売店で買ったものではないようだ。
「作ったんですか?」と僕は訊いた。
「ええ。」と彼女は答えた。
僕は少し考えてから、ゆで卵はもう一つあるかと訊いた。
彼女はあると答えた。
「じゃあ、一緒に食べませんか?」
彼女は頷いた。

窓ガラスにゆで卵をぶつけ、殻を割る。
そして剥く。
つるりと剥けた。
ちゃんと出来上がった直後に水につけているのだなと僕は思った。
「帰省されるんですか?」と彼女は訊いてきた。
ぱりぱりと殻を剥いている。
父親の容態が悪く、会いに行くのだと僕は答えた。
末期の癌だということは言わなかった。
がたんがたんと、時折電車が声をあげる。
この揺れる箱は僕を何処へ連れて行くのだろうと思った。
剥き終わった殻をビニル袋に入れた。
彼女が塩をくれたので、それをゆで卵に振りかけた。
「わたしは死ぬために帰るようなものです。」
彼女はつるりとしたゆで卵を手にもちながらそう言った。
「ずっと東京に住んでいたんですけれど、今回事情があってとうとう田舎に引っ込むことになったんです。死ぬために帰るようなものです。」
さっきと同じ言葉を彼女はもう一度繰り返した。
ここにも死があった。
僕はゆで卵を半分ほど食べた。
中からは半熟の黄身が現れて、僕は嬉しくなった。
昔から半熟が好きなのだ。
彼女はまだ一口も食べていない。
死ぬために帰る……か。
結局のところ、僕自身もそうなのかもしれないと何となく感じた。
でも、何も言わなかった。
電車はトンネルに入った。
景色が闇に変わる。
音の響き方が変わる。
窓ガラスに彼女の横顔が映った。
哀しい顔だった。
彼女が手にもったゆで卵だけが、その哀しげな顔を壊しているように思えた。
しかし、逆に言えばゆで卵のおかげで、彼女はまだ哀しさそのものにはなっていないのだった。
僕は彼女に、ゆで卵を食べるのをやめてくれと言おうかと思った。
けれど、よく考えると馬鹿みたいなお願いだ。
だから、結局何も言わなかった。
電車は、もうすぐトンネルを抜ける。
窓ガラスの向こうに再びあの単調な景色が映る。
その時、僕は彼女に何を言おう。
そんなことを考えながら、僕は残りのゆで卵を口の中に放り込んだ。

「おはよう」の意味

何年か前――高校生の時だ――僕は駅前の駐輪場を借りていた。
驚かれるかもしれないが、僕はその駐輪場を借りるために、深夜の二時から並んだのだ。
というのは、その駐輪場は市が経営するもので値段が他の駐輪場の半分ぐらいの料金だったからだ。
些細な親孝行とでも言うのだろうか。
僕はその駐輪場を三年間利用した。

その駐輪場にはおじいさんがいた。
何歳くらいだろう。
七十ぐらいだったのだろうか。
毎朝、そのおじいさんはサラリーマンや学生が乱雑に置いた自転車を整理していた。
多分市に雇われていたのだろう。
元は平凡なサラリーマンで、定年を迎え、市の広報でも見て応募したのだろう。
僕は適当な想像をした。

「おはようございます!」
おじいさんはいつも駐輪場を利用する人に挨拶をした。
駐輪場全体が、震えるぐらい大きな声で。
まあ、もちろんそれは大袈裟だけど、大きな声だった。
その挨拶に応える人もいたし、応えない人もいた。
おじいさんは、挨拶を返す人にも、返さない人にも毎日声を掛け続けた。
なかなかできることじゃないよな、と今の僕は思う。

僕は挨拶を返すようにしていた。
おじいさんの四分の一ぐらいの声で、僕はおはようございますと言った。
「いってらっしゃい!」
「……行ってきます」
そして、僕は駅に向かった。

まあ、挨拶をするというのは、気持ちの良いものであるのかもしれない。
曇り空のような心を、いつの間にか青空にしたりもする。
だから僕は挨拶を返し続けた。

でも――。
たった一度だけ、僕が挨拶を返さなかったことがある。
その時付き合っていた女の子と激しい喧嘩をした次の日のことだ。
夜も眠れず、僕は重たい頭を抱えて家を出た。
そして、いつもの大声。
「おはようございます!」
僕はおじいさんの方を見ないようにして、自転車の鍵をかけた。
そして、そのまま何も言わず駅へと向かった。
あの時、おじいさんはどんな表情をその顔に浮かべていたのだろうか。
驚きの表情だろうか、それとも悲しげな表情だろうか。
僕がそれを知ることは永遠にない。

僕は彼女と仲直りをし、次の日は幸せな気分で家を出た。
昨日、おじいさんのことを無視したことなど、全く覚えていなかった。
僕がそれを思い出したのは、駐輪場で見慣れない顔を見た時だった。
「おはようございます。」
その人はいつものおじいさんの五分の一ぐらいの声でそう言った。
僕は驚いて、その人に訊いてみた。
「あの、いつものおじいさんは?」
彼は一瞬戸惑いながらも数秒後には頷いて、
「ああ、中本さんのことね。」と言った。
「あの人、ちょっと身体の調子が良くないみたいで、田舎に帰るらしいよ。」
「……そうですか。」
大したことではない。
ただ、毎日利用している駐輪場のおじいさんが、いなくなっただけのこと。
なのに、僕はひどく驚き、困惑した。

たかが、挨拶を返さなかっただけのこと。
しかも、悪気があったわけではない。
僕はあの時ひどく疲れていたのだ。
だから仕方ない。
何度もそんな風に自分に言い聞かせてみたが、僕がおじいさんを傷つけてしまったのは事実だろう。
それだけは変わらない。
僕はもう一度おじいさんに会って謝ろうかとも考えたが、結局実行には移さなかった。
だから、僕はあれから、一度もおじいさんに会っていない。
そして、これからも会うことはないだろう。

人は――もちろん僕だけかもしれないが――日々、何気なく他人を傷つけている。

「おじいさん、あの時あなたはどんな顔をしていたのでしょうか?」

今でも時々、僕はそう問うのだ。

つくしに囲まれた線路

昔、僕は線路の目の前に住んでいた。
朝起きる時も、夜寝るときも電車の音が聞こえたものだ。
うるさくなかったのだろうか。
今度、昔の自分に会うことがあったら聞いてみようと思う。
もちろん、あればの話だ。

ある日、その線路で事故があった。
飼い犬を追って線路に入った中学生が電車に撥ねられたのだ。
でも、詳しく覚えているわけではない。
ただ、救急車のサイレンが聞こえ、近所の人たちが騒いでいたのをおぼろげに覚えているだけだ。
撥ねられた中学生は隣に住んでいた。
でも、その人のこともよく覚えていない。

どうして今、こんなことを思い出したのだろうか。
少し不思議だ。
そうだ。
どうしてか分からないが、僕は事故にあった中学生の母親のことならよく覚えている。
喪服に身を包み、目から涙を流したその女性は、幼い僕にとっては恐ろしい存在だった。
もちろん今ではそんなことは思わない。
ただ、あの時の僕がそう思っただけだ。
おそらく、僕は彼の母親を見て、初めて死というものを認めたのではないかと思う。
だからきっと怖かった。

彼女は今どうしているだろうか。
僕は何も知らない。
時々は笑顔など見せているのだろうか。
そうであればいい。
心の底からそう思う。

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