私的な心と詩的な表象

物音ひとつせず……ここは世界の端っこか

名もなき文章

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こうして再びここに来てみると、瞬間不思議な感覚にとらわれた。
そう、故郷に帰って来たみたいな。
それも変な話なんだけれど、確かにそんな風に感じたんだから仕方がないと思う。

というわけで……。

最後の記事から三ヶ月とちょっとぐらいだろうか。
多分そのぐらいだろう。
ふうん、三ヶ月か――。
長いようで短い。短いようで長い。
伸び縮みする時間ってやつは……。

とにかく――。

僕は今、以前住んでた県の隣の隣の神奈川県にいる。
一人で暮らしている。
冷蔵庫のぶうんという唸りを聞きながら、ダンボールの上に置かれたノートパソコンの
キーボードを叩いている。
時々、煙草を吸い、時々ペットボトルの水を飲んでいる。
ゴミの分別が大変で、よく苛々する。
洗濯物が外に干せなくてたまに悲しくなる。

でも、とりあえず生きている。
一応働いている。
パチンコなんかもしたりして。
それなりに人生を楽しんでいるようにも見える。

ふう。
でも本当に変な感じ。

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Hp

今日、精神病院に行ってきた。
急な坂道を車で登っていくと、その病院はある。
周りを雑木林に囲まれながら聳え立っている。
築何百年かと思うほど古い。
赤いぴかぴかのオープンカーさえも、何故かひどく古いもののように感じられた。
隔絶された場所、僕はそう思った。
かなり広大な敷地にいくつもの病棟が建っている。
右手に見える病棟は薬物依存の患者のための病棟だと隣にいる人が教えてくれた。
僕は、何故かひどく怖くなった。
現実が僅かに歪む気がした。
ここで20年とか30年生活している人もいる。
僕はそういう人たちのことを想った。
アドレセンスとでも言うべきものを、白衣を着た人間にぽいっと捨てられた人たち。
何かが間違っているのだろう。
でも、僕には結局何が間違っているのかが分からなかった。
もし、彼らが正しくて不当に貶められているのだとしたら、僕の存在が間違っていることになるような
気がするのだ。
僕はこちら側にいて、彼らはあちら側にいると多分僕は思っている。
きっと、僕はあちら側に行くことはなく、彼らはこちら側に来ることはないと僕は思っている。

日が暮れると、僕は病院の屋上から街を眺めた。
遥か下に見える街は、無数の明かりを浮かべていた。
あの明かりの下では、おそらくまともな人々が笑っている。
彼らがこの場所から見下ろしていることも知らずに。
僕がこの場所から見下ろしていることも知らずに。
彼らは笑っているのだ。

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雨降りと本当の想い

黒い春――。
いつかそんな言葉を何処かで使ったことがある。
確かに、それは本当に黒い春だったのだ。
漆黒の桜の花びらがひらひらと揺れていた。
新入生の影が妙に長かった。
胃の中に黒い液体が入っているような気がした。
世界は、その時確かに黒かった。

今、僕はそういった世界を思い出している。
なぜだろう。
やはり僕には日の光が当たる世界は似合わないのだろうか。
笑顔を見せようとしてもぎこちない。
人に安心を与えることのできない笑顔なんて何の役にも立たない。

最近、過去のことを思い出そうと試みる自分がいる。
でも、よく思い出せないのだ。
少しずつ自分を見失っている気がする。
いや、見失っているのではない、失っているのだ。
僕は言いたい。
一年前、僕が初めてここに来た時に綴ったものこそが本当の僕だと。
どこか暗くて、いつも影に支配されそうな弱い人間こそが僕なのだ。
開き直っているのではない、確かにそうなのだ。
そして、今僕はそれを失いつつある。
ぎこちない笑顔によって、あるいは単調に過ぎ行く時間によって。

外は雨降りだ。
そして、僕が本当の想いを書くのも、いつも雨降りだ。

パラレルワールド

今日は山手線の方が僅かに早い。
僕は一番後ろの車両に乗った。
ドアが閉まる少し前に隣のホームに京浜東北線の電車が入ってきた。
僕は窓に寄りかかるように立ち、外を眺める。
暫くすると京浜東北線の電車が真横に来た。
いつもの通りだ。
僕が京浜東北に乗っていれば、同じように山手線が真横に来る。

いつものように僕は思った。
隣の電車に乗る人々の顔を眺めながら。
ある人は本を読み、ある人はこちらを見つめている。
あなたたちは何処の世界に住んでいるのか。
僕は思う、僕は考える。
世界にも同じように何本もの電車が今みたいに走っているのではないかと。
あの時、見捨てた僕自身が何も言わずに隣の電車に乗っているのではないかと。
何本もの電車が並んで走っている。
あるものは現実で、またあるものは虚構だ。
果たして両者の違いは何か。

もし、あの時僕が彼女を引き止めていたら、僕は隣の電車に乗っていたのではないか。
もし、僕があの時あの場所で涙を流さなかったら僕は別の電車に乗っていたのではないか。
もし、もし、もし――。
限りない「もし」が続き、僕はいつものように途方に暮れる。
一体何をもってして、この世界が現実だと言えばいいのだろうか。
確固たるものは何もない。
軽い眩暈がした。
停車駅を告げるアナウンスと同時だった。
僕は軽く目を閉じ、いくつもの世界が不器用に並ぶ様を頭の中で振り払い電車を降りた。
でも、もちろん何も解決はしない。
明日もまた僕は途方に暮れる。
それは哀しいことなのだろうか。

閉ざされたもの

何かを深く考えることが少なくなってきているように思う。
否、そういう言い方は適切ではないのかもしれない。
多分、僕は深く考えることができなくなっているのだ。
もちろん実際的なことは問題なく考えられる。
今日は何時の電車に乗ろう、何を食べよう、そういうことに関しては問題ない。
まあ、それは当たり前だ。
そういうことが考えられなくなったら生活というものは破綻するのだから。

毎日何の為にこんなことをしているんだろう。
こういう問い。
今ではあまり持たない。
難しいことは考えなくても良い。
答えのない問いには答える必要はない。
こういうことを言っている自分が何処かにいる。
今ももちろん僕のすぐ側に。

考えてみると(今僕は深く考えているのだろうか、それはよくわからない)
こういう事態は非常に恐ろしいことのように思う。
まるで自分が自分でなくなってしまったかのような。
僕が今まで書いてきたものの中で軽蔑すべき対象となってきた人間、きっと僕はそういう人間に
なりかけている。
やはり恐ろしいことだ。
でも、だからと言って僕に何ができるだろう。
月曜日になれば、また仕事が始まる。
僕は何も考えずに行動するだろう。
朝は原付に乗り、昼には給食を食べ、そして夜は泥のように眠るだろう。
時は過ぎていく。
何も言わずに。
もし、僕が何も気づかず何も言わなければ、彼らは僕に対してどんな言葉をも発しないだろう。
では僕は今すぐにでも彼らに向かって何かを訴えれば良いのだろうか。
しかし、僕は躊躇う。
何故なら彼らに言うべき言葉が見つからないのだ。
それは薄いグレーの膜にしっかりと閉ざされている。
今の僕には見ることも障ることもできない。
もちろん触らなくても生きていける。
しかし、とやはり僕は思うのだ。

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