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(9分20秒)桂文枝師死去について
たかじん「飲みに連れてってもらったこともあるが、割と温厚な方ですね。」
米朝「温厚な人でね。穏やかな人で、芸も穏やかな芸やったんやけどね。まあ、(文枝の死去で)そないにねえ、これで上方落語がどうなるか、とそんな心配はあまり関係ないと思いますね。向こう(文枝師)、ぎょうさん弟子育ててね。なかなか優秀な弟子がぎょうさんおるさかい、そんな心配はいらんと思うんですが。私は、まあ、もう次は私やからね。私の方が文枝くんより上やからね。もうこっちが先に片付かないかんところやねんけど。」
たかじん「四天王で残ってるのは米朝師匠と春團治師匠」
米朝「四天王て誰がほんなこと言い出したかしらんねんけど、三代目(春團治)は文枝くんと同い年。」
たかじん「六代目(松鶴)は早かったですからね。」
米朝「早かったというても、60いくつやったな」
たかじん「米朝一門としては、気分的には安心ですか?」
米朝「んなことない。いや、そりゃ、私はね、昭和22年、彼(文枝)とはもう一番どん底の時分の仲間やから、同士といいたいくらいでね。そやさかいそら寂しいし、けどまああれだけ弟子を育ててくれたし、それだけの功績は残したと思いますよ。」
たかじん「向こう(文枝一門)の方が弟子はしっかりしてると思います?」
米朝 「うちの弟子は、枝雀死んだしね。ま、あとは、ざこばやろ。」
たかじん「さこばのお兄さんもだいぶしっかり。」
米朝「そうそう。彼は彼で、ああいうキャラクターやからね。」
たかじん「穏和になってきたというか」
米朝「あ、そう。あれはそやね。そら、なんかあったらそこらのもん、つかむ方やったからね。」
(つづく)
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