おおさかはなし

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- The Cart –

A) Hey,Look!
B) What? Oh, the cart is piling up a lot of lamps.
A) Hey,Look! More it come!
B) Where does it go ?
A) Well…The carts might go to the town where is many sunsets…

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私たちは、自分のことをよく知っている人、また好意をもってくれている人ばかりに囲ま
れて暮らしているわけではありません。全く関心を払われることのない、完全に興味の
対象外というアウェイの中にただ一人立たねばならないことは、営業から冠婚葬祭の席
に至るまで、案外多いのではないでしょうか。

そんなときでも、自然に相手の懐に飛び込んで、いつのまにやら自分のペースに相手
を巻き込んでしまえる人というのは、すごいですね。確かに高いコミュニケーションの
持ち主に違いないのでしょうが、それは単にテクニック的なものだけではなく、おそら
く風貌やら、語り口やらで、じんわりその人の人柄をにじませて相手の気を惹く何かを
持ち合わせているのでしょう。


この三代目 桂文我 の「所帯念仏」の録音を聞くたびに、不思議な感興に包まれます。

平成元年11月11日、京都府の北部、竹野郡網野町(現在の京丹後市)で開かれたN
HKラジオ「上方演芸会」の公開録音。よく聴いていると場内がざわついているのがわ
かります。CDの解説によると、漫才の横山たかし・ひろしが大いにお客を沸かせたあ
ととのこと。その余韻なんでしょう。その空気をすっと汲んで、まず「え〜まぁ、ようこそ
のお運びでございます。で、ただ今はお陽気な漫才で、漫才というのは陽気でよろしい
な・・・その点あかんのはこの落語です。一人でしゃべる。・・・一人というのは陰気です
な。」というように解きほぐしながら、ものごとの陰と陽に話題をもっていきます。

「ご宗旨にも陰気なのと陽気なのがある、陽気なお宗旨は法華宗、ドンツクドンドン、
妙法蓮華経・・・一方、陰気なお宗旨はお念仏ですな。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
ただ陰気や陰気やといいますけれど、この南無阿弥陀仏やないとおさまらんことがあ
る。お芝居の心中場。そういうときはこの南無阿弥陀仏が芝居の寸法に収まります」
と進め、南無阿弥陀仏の心中場をやってみせます。場内の空気が引き締まっている
のがよくわかります。ぐっと惹きつけたあと、続いて法華での心中場、
「これこなた、覚悟は良いか・・・ハイ、ミョーホーレンゲーキョー」でわっと沸かせる。
これでちゃんと地ならししてしまえるのです。時間にしてわずかに4分そこそこ。

そして「われわれ、落語に出てくる仏壇といえば・・・融通仏壇・・・みかん箱の古いのん
に・・・蝋燭立てがアワビの貝で、線香立てがサザエのツボって、なんじゃ網野町の土
産みたいな仏壇で・・・」と地元の名産にも触れながら、ネタに入っていきます。

途中に、念仏を唱える傍ら、亭主が朝めしの支度をする嫁はんにぶつくさ言いながら
味噌汁の具を訪ねるくだり、「今日の味噌汁の実はなんやねん?」というセリフに、客
席のおばちゃんが「ジャガイモや」と反応します。おばちゃんにはよくこんなことがあり
ます。思ったことが、つい口に出てしまうのです。

文我師はすかさずこれを拾うのです。
「なにを?ジャガイモか。」場内、大爆笑。ここに文我師の巧みさが光ります。
「ジャガイモだけでは肉離れするわ。もうちょっと油揚げも入れて・・・なんやったら、
インゲンもゴンボもボンボンとみな放り込め」と返し、ネタに取り込んでしまいます。

噺の世界に場内のお客、全員を引き連れていってしまうような話芸です。

体育館なのか、公民館なのか、いなかのおばちゃんたちの素朴で楽しそうな笑い声
が渦巻くような、なんとも温かい、何度聴いてもほっこりするいい録音です。


ビクター落語 上方篇 三代目 桂文我(4) 
「始末の極意/がまの油/商売根問/所帯念仏」VZCG-270 ( CD )に所有

平成17年5月3日(火)、桂米朝師匠が出演された「たかじんONEMAN」(毎日放送)の喜六、いや、記録、第2回目です。


(重要無形文化財)
たかじん「人間国宝になられて、はじめられたこと、また、やめられたことは?」

米朝「いや、それは・・・意識してないなあ・・・。人間国宝になったからっちゅうて、はじめたこともないし、やめたこともない。こういう(人間国宝という)のも意識してないからね。」


(嗜好その1〜好みの女性は?)
(松嶋菜々子、チェ・ジュウ、柴崎コウ、矢田亜希子、仲間由紀恵、米倉涼子、黒木瞳、常磐貴子の顔写真を見ながら・・・)

たかじん「当世一流の女優さんばっかりです。」

米朝「全然知らん名前もあるなあ。」

たかじん「お師匠はんの若い頃は、そんなでかい女もおらんかったでしょ?」

米朝「大柄の、ねえ・・・。」

たかじん「背の高い人は苦手でした?」

米朝「私の付き合うた人にそんな背の高い人はおらなんだ・・・。どっちかいうたら、小柄やったね。華奢なね。だいたい私がそないに大きな方でないさかいになあ。抱き寄せるのに、そんな大きいのはかなん。」

たかじん「ほな、小柄で、華奢でっか?」

米朝「・・・まあ、そんなんがおったな・・・。」

たかじん「小柄で華奢いうたらね、この辺(柴崎コウ)か、この辺(常磐貴子)か・・・。一番年離れたおなごはんで、どれくらい離れた人と付き合うたことあります?」

米朝「上?下?」

たかじん「ぶぅ・・・ああ、上もあるんかあ。いや、どっちでもよろしい。」

米朝「そうやなあ。下の方でいうたら、二まわりいうのがおったね。」

たかじん「それは、下でしょ?」

米朝「そらそや!なんぼなんでも二まわり上は殺生や。私が40いくつか、そんな時分やった。で19かはたち、それが一番離れていたかな。こっちもね、44くらいが、まだまだ元気やねん。」

たかじん「男の40代は要ですよね。芸人さんにとっては。」

米朝「大事な歳やねえ。40なりたてと49、やったらだいぶと違うねえ。数えの50とかいいだすとね、こらぼちぼち力が衰えてくるし、気持ちもね。気分も若ないな。」

たかじん「私も今年56ですねん。」

米朝「もうしばらくや」

たかじん「あと3,4年ですかな。」

米朝「ま、4,5年、5,6年かな。それ以上になると、気持ちが老い込んでくるわな。もうそんなはたちの子なんかな、気恥ずかしいてね。」


たかじん「仕事というのは、どうですかね」

米朝「仕事の面は、これは別や。私も多方面な仕事してたさかいね。気が若ういけたんやろね。噺家やったら、そら55になったらね、もう、そうなことしてられんとか、こんな芸してられんとかおもうけどね、多方面な仕事していると、同年輩でアホなことやってるのがまだたくさんおるからね。」

たかじん「噺家さんで、若いときはあまり相手されへんし。」

米朝「そや。もう、金も持ってへんしね。」

たかじん「でも、タレントで60超えてくると、商品価値がなくなります。ところが噺家さんは、60なっても65なっても、やってられるし、そこに説得力も出てくる。」


米朝「なるほど、なるほど。私もそれがあったな。(55くらいのときに)噺家の米朝を買うてくれてはる人は、これからやと。自分自身も、若いときから老けたネタをやってたけれど、55,6になったら、もうこのネタやってもええやろとかね。いまやらなんだら、いつやるねん、という具合に。そら、ありましたな。」

たかじん「新作なんかやるひといますが、あんなん聞かれてどない思われますか?」

米朝「私ね、米丸くん、同い年なんや。かれは古い噺、いっぺんもやったことないんですよ。ずっと新作。で、ときどき会うて話している頃に、もう今さら古い噺をやれっていったって、やりたいなと思ってもでけん、と。ずっとそれでつっぱってきた人やさかい。でも、登場人物で歳のいったのを気がささんとできるようになったと、そないいうてましたな。30代で、60のおじいさんが田舎からでてきましたんや、というようなのが、気がさしてやりにくかったのが、60代になって気がささんようになったと。まあ、新作でも年寄りはでてくるんやからね。年寄りのおばんは、パターンがあってね。これは、むしろやりよい。むしろおじいさんの方がやりにくいと、かれはそういうてましたね。」


(つづく)

平成17年5月3日(火)23:55〜オンエアーの「たかじんONEMAN」(毎日放送)に桂米朝師匠が出演されました。


お元気そうなお姿を拝し、喜ばしい限りです。

木札に書かれたワンテーマを拾いながらインタビューするような進行ですが、上方落語界のこと、襲名のこと、それから女性のことなどなかなか興味深い話もたくさんありました。


(上方落語界のこと)

米朝「戦後、落語家自体の人数も少なかったしね。それでは雰囲気がでえへんし。そん中からいろいろなのがでてきたけど。」

たかじん「落語せえへん落語家とかね。その代表選手がさんまくんみたいな。」
米朝「あれはまだはじめ、まともな噺を2つでも、3つでももっとかな恥ずかしいというような気でもあったんやけど。」

たかじん「昔、兄弟子と2人で勉強会なんかやってましたわ。僕も1回、喫茶店貸したことがある。京都でね。あと、師匠のところで変わってるのが、可朝やんみたいなのがおりますわね。」

米朝「あれ、どないしてるんやろね。このごろね。何やってもうまいこといかなんだら、顔みせん。なにかでひとつ当てたら直にやってくる。彼は、染丸さんの弟子やった。向こう破門されて、私が口きいたるさかい戻れというたが、染丸さんが、あれ引き受けてくれへんやろか、わしの手におえんとね。それでうちに来るようになった。」

たかじん「師匠はなんで落語家になりはったんですか?」

米朝「まあ、あっさりいうたら、好きやったさかいな。子供の頃から。聞いてたし。まさか自分が噺家になるとは思ってなかったけど、誰がなにやってたかは、よく覚えている。たいがいの噺、知ってたしね。ラジオ聞いたり、本読んだりしてね。」

たかじん「芸人になって、昔は飲む打つ買うというのがあった。今はそんなんなくなりましたな。」

米朝「世間が許さんということと、そこまで稼げんようになりましたな。」

たかじん「一番良いのは自分の金で遊んで」

米朝「そうせんと面白ないねん。名前出したらいかんけど、先輩の古い人の中で、偉そうな顔してええところに連れて行ってもらえる。えらいごちそうになってすまんなと思ってたら、みんなお客に(請求を)押しつけたんねん。そんな人が多かったな。」

たかじん「若い子らによくいうのは、一流のところで遊ぶのもね、若い頃はそんなに稼ぎがないから、遊びに連れて行ってもらう人を知ってるのも勉強やと。で、そのあと自分の金で遊べるようになる。」

米朝「そうそう。あんたは今もうエエ顔やろうけど。若い頃からそんなんしてたらおかしい。昔は借金だらけになってるのん、自慢のようにしてた人もおったけどね。わしは、おもろないなあ。自前の金で飲まなんだらね。わしも借金嫌いでね。借金が出来たら、早いこと払おう、返さなんだら気が落ち着かんという。自分が遊んでいて面白くない。」


(つづく)

イメージ 1

織田作之助「木の都」より

店の中は薄暗かつた。白昼の往来の明るさからいきなり変つたその暗さに私はまごついて、覚束ない視線を泳がせたが、壁に掛つたベートーベンのデスマスクと船の浮袋だけはどちらも白いだけにすぐそれと判つた。

古い名曲レコードの売買や交換を専門にやつてゐるらしい店の壁に船の浮袋はをかしいと思つたが、それよりも私はやがて出て来た主人の顔に注意した。はじめははつきり見えなかつたが、だんだんに視力が恢復して来ると、おや、どこかで見た顔だと思つた。しかし、どこで見たかは思ひ出せなかつた。鼻はそんなに大きくなく、勿論もとの善書堂の主人ではなかつた。その代り、唇が分厚く大きくて、その唇を金魚のやうにパクパクさせてものをいふ癖があるのを見て、徳川夢声に似てゐるとふと思つたが、しかし、どこかの銭湯の番台で見たことがあるやうにも思はれた。

年は五十を過ぎてゐるらしく、いづれにしても、名曲堂などといふハイカラな商売にふさはしい主人には見えなかつた。さういへば、だいいち店そのものもその町にふさはしくない。もつとも、区役所へ行く途中、故郷の白昼の町でしんねりむつつり音楽を聴くといふのも何かチグハグであらう。しかし、私はその主人に向つて、いきなり善書堂のことや町のことなどを話しかける気もべつだん起らなかつたので、黙つて何枚かのレコードを聴いた。

かつて少年倶楽部から笑話の景品に二十四穴のハモニカを貰ひ、それが機縁となつて中学校へはいるとラムネ倶楽部といふハモニカ研究会に籍を置いて、大いに音楽に傾倒したことなど想ひ出しながら、聴き終ると、咽喉が乾いたので私は水を所望し、はい只今と主人がひつこんだ隙に、懐中から財布をとりだしてひそかに中を覗いた。主人はすぐ出て来て、コップを置く前に、素早く台の上を拭いた。


何枚かのレコードを購めて出ようとすると、雨であつた。狐の嫁入りだから直ぐやむだらうと暫らく待つてゐたが、なかなかやみさうになく、本降りになつた。主人は私が腕時計を覗いたのを見て、お急ぎでしたら、と傘を貸してくれた。区役所からの帰り、市電に乗らうとした拍子に、畳んだ傘の矢野といふ印が眼に止まり、あゝ、あの矢野だつたかと、私ははじめて想ひだした。

(つづく)

写真は天王寺区役所

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