おおさかはなし

ぬく〜ぅい大阪 ゆる〜ぅい大阪

過去の投稿月別表示

[ リスト | 詳細 ]

2005年03月

← 2005年2月 | 2005年4月 →

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]

世の中から消え去ろうとしている小説をちょっとご紹介。
拾い読みシリーズ。どこまで続くかな。


「馬地獄」/織田作之助

東より順に大江橋、渡辺橋、田簑橋、そして船玉江橋まで来ると、橋の感じがにわかに見すぼらしい。橋のたもとに、ずり落ちたような感じに薄汚い大衆喫茶店兼飯屋がある。その地下室はもとどこかの事務所らしかったが、久しく人の姿を見うけない。それが妙に陰気くさいのだ。また、大学病院の建物も橋のたもとの附属建築物だけは、置き忘れられたようにうら淋しい。薄汚れている。入口の階段に患者が灰色にうずくまったりしている。そんなことが一層この橋の感じをしょんぼりさせているのだろう。川口界隈の煤煙にくすんだ空の色が、重くこの橋の上に垂れている。川の水も濁っている。

 ともかく、陰気だ。ひとつには、この橋を年中日に何度となく渡らねばならぬことが、さように感じさせるのだろう。橋の近くにある倉庫会社に勤めていて、朝夕の出退時間はむろん、仕事が外交ゆえ、何度も会社と訪問先の間を往復する。その都度せかせかとこの橋を渡らねばならなかった。近頃は、弓形になった橋の傾斜が苦痛でならない。疲れているのだ。一つ会社に十何年間かこつこつと勤め、しかも地位があがらず、依然として平社員のままでいる人にあり勝ちな疲労がしばしばだった。橋の上を通る男女や荷馬車を、浮かぬ顔して見ているのだ。

 近くに倉庫の多いせいか、実によく荷馬車が通る。たいていは馬の肢が折れるかと思うくらい、重い荷を積んでいるのだが、傾斜があるゆえ、馬にはこの橋が鬼門なのだ。鞭でたたかれながら弾みをつけて渡り切ろうとしても、中程に来ると、轍が空まわりする。馬はずるずる後退しそうになる。石畳の上に爪立てた蹄のうらがきらりと光って、口の泡が白い。痩せた肩に湯気が立つ。ピシ、ピシと敲かれ、悲鳴をあげ、空を噛みながら、やっと渡ることができる。それまでの苦労は実に大変だ。彼は見ていて胸が痛む。轍の音がしばらく耳を離れないのだ。

(つづく)

桂文枝師匠の追悼番組

今日は陽気に誘われて、近所の公園でしたが、梅を見に行きました。梅に鶯でなく、けたたましく啼くひよどりしかいませんでしたが、ゆ〜っくりひなたぼっこして帰ってきました。

帰宅後、NHKで桂文枝師匠の追悼番組を見ました。文枝師匠の人柄がよくでた、のんびりした番組でした。ところで、在阪各局、何をしてるんやろ。追悼番組が全然出えへんやん。

なにより、過去の名演をじっくりみさせてもらいたいもんです。「天神山」「三十石夢の通い路」「天王寺詣り」から、「稽古屋」「蛸芝居」に「船弁慶」、「たちきれ線香」それから「熊野詣」まで、いろいろ見たいなあ。

在阪局もたくさん放送財産を持ってるんやから、蔵にしまっておかんと、どんどん放送したり、DVDにしたりと一生懸命やってもらいたいもんです。市販が難しいなら有料でダウンロードさせたりとか、いろいろやりようはあるし、ニーズもあると思うんですが。

メディアとネットの融合なんてホリエモンに言われる前に、やれることはまだまだあると思います。

在阪局、しっかりやんなはれ!!

東京の「お仕事です。」に続き、大阪の定例の「お仕事です。」は、次回4月12日(火)に開かれます。

繰り返しになりますが、偶数月に根気よく続けられている落語会ですが、会場のワッハ上方7階・レッスンルームはいつも80〜90人くらいか、イスがきっちりうまり、あまり人気してしまうと私も入れんようになるのではと危惧するのですが、楽しい落語会です。

毎回、終演後、吉弥さんがエレベーターホールのところまで出てきて、お客さん一人一人に丁寧に挨拶され、サインや写真に応じたりされています。私もちょっと声をかけたりすると、「あ、いつもありがとうございます。」と爽やかに応対してくれはります。

さて、今回のゲストは、先にも紹介した笑福亭銀瓶さんです。さて、なにを聞かせてくれるんでしょうか。

今回も大入り間違いなし。早く予約しなきゃ。(平日は仕事がちゃんと終われるか、これが一番心配・・・)

「第26回桂吉弥のお仕事です。」
平成17年4月12日(火)19:00〜 大阪なんば ワッハ上方7階・レッスンルーム
木戸銭 前売1300円・当日1500円
桂吉弥「花筏」「(お楽しみ)」、笑福亭銀瓶「(お楽しみ)」、佐ん吉「商売根問」。
問い合わせ:米朝事務所

イメージ 1

昨年のNHK大河ドラマ「新選組」で一躍全国区になった桂吉弥さんの東京での落語会が明日3月22日(火)三軒茶屋で行われます。

「桂吉弥のお仕事です」は、大阪で偶数月に開かれる吉弥さん主催の勉強会ですが、毎回、吉弥さんの巧いところがしっかり楽しめるアットホームな落語会です。吉弥さんは、積極的に東京にも活動の場を広げられ、上方落語の将来を担っていく、とても頼もしい存在です。

落語は明るく華やかでテンポがいい。また、吉弥さんが神戸大学卒ということを知らなくても、見た印象、ぱっと人の気を引くところがあり、実に聡明な印象を受けます。そんな吉弥さんの大阪での落語会は、いつも20代の女性が多く、会場も本当に華やかです。

明日は、「崇徳院」と「ふぐ鍋」。これは見たいなあ。。。
助演はこれまた男前系の桂雀喜さん。
前回は、会場に三谷幸喜さんも来られていて、ひとしきりお客さんから拍手を受けていたそうですが、明日も来られるのかな?

平成17年3月22日(火)19:00 〜 三件茶屋Studio Theater Spark-1
木戸銭:2000円
桂吉弥「崇徳院」「ふぐ鍋」 桂雀喜「(お楽しみ)」

もう説明するまでもなく、笑福亭鶴瓶さんは70年代から芸能界の第一線を走り続ける国民的スーパースターです。僕も子供の頃から「ヤングタウン」や「わいのわいの90」(以上、MBS)、「ぬかるみの世界」(OBC)といったラジオから、「突然ガバチョ」(MBS)「鶴瓶・上岡PAPEPO TV」(YTV)、最近では「つるぴん」「きらきらアフロ」(以上、TVO)などのテレビ番組を通じて、すっかり鶴瓶さんに毒されてしまった一人です。

そんな鶴瓶さんの古典落語に初めて触れたのが、平成14年9月1日、上方落語の熱心なファンが集まる彦八祭りでの奉納落語会でした。生國魂神社の参集殿の広い座敷もぎっしり満員、熱気むんむんで行われるこの落語会で、鶴瓶さんは「子は鎹」をかけました。

まくらで我が子のことをいつもの鶴瓶ばなしの調子で語り、会場を大きく沸かした後、川柳をひとつ挟んでネタに入りました。

「子は鎹」は、別れてしまった夫婦が子を切っ掛けに復縁するという人情噺ですが、鶴瓶さんのは、母親の方が家を出ていって、寅ちゃんは大工の父熊五郎と2人暮らしの設定でした。鶴瓶さんは実に情緒的に語り、満員の聴衆の大きな笑いと涙を誘いました。


寅公は学校の帰りしなに実の母親と出会う。いつも寅ちゃんのことを心配していたといい、その後の事を聞く。「お母ちゃん出ていった後、次のお母はんが来はって、でもそのお母はんは家の用事なんもせんとお酒飲んで寝てばっかり。なんかいうたらキセルでコツンコツンとわいの頭叩きはるんや。」という寅公の言葉はとても不憫でした。

仕事もせず酒ばっかり飲んでいた熊五郎もすっかり心を入れ替え、仕事に打ち込んで今では立派な大工の頭領になったということ、そして今も独り身だということまで聞いて、母親は寅公に「内緒やで」といいながら五十銭の小遣いを渡す。家に帰った寅は、きっちり五十銭玉を熊五郎に見つかってしまう。「これ、どないしたんや。人のものに手を付けるような奴に育てた覚えはない。」と激高した熊五郎は玄能(げんのう)を振り上げる。「そんなんで叩かれたら、ほんまにあほになってしまう」といって、寅公はその五十銭は母親から貰ったもんやと白状する場面の緊張感。

鰻屋で親が再会する場面。熊五郎がすべてを謝り、「今は心入れ替えたんや。こんなこと言ぅても何の埋め合わせにもならんけど、どやろ、これも縁やと思て、もういっぺん、わしと」と復縁を申し入れるクライマックス。

どこをとっても申し分のない人間ドラマに仕上がっていて、不憫な境遇にも逞しく生きている寅ちゃんの愛らしさ、職人らしい熊五郎の気っ風、それから母親の温かい情、そんなものが本当に良く出ていたように思います。きっと鶴瓶という人がなせる業なんでしょう。今、この「子は鎹」を胸に響くほど聞かしてくれる名手はそんなにいないのではないでしょうか。そして何よりその大本命が鶴瓶さんであるということに、一寸の疑う余地もありません。そう思える落語に生で触れることが出来たのは、幸せの極みだと思います。

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事