おおさかはなし

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平成17年5月3日(火)、桂米朝師匠が出演された「たかじんONEMAN」(毎日放送)の喜六、いや、記録、第2回目です。


(重要無形文化財)
たかじん「人間国宝になられて、はじめられたこと、また、やめられたことは?」

米朝「いや、それは・・・意識してないなあ・・・。人間国宝になったからっちゅうて、はじめたこともないし、やめたこともない。こういう(人間国宝という)のも意識してないからね。」


(嗜好その1〜好みの女性は?)
(松嶋菜々子、チェ・ジュウ、柴崎コウ、矢田亜希子、仲間由紀恵、米倉涼子、黒木瞳、常磐貴子の顔写真を見ながら・・・)

たかじん「当世一流の女優さんばっかりです。」

米朝「全然知らん名前もあるなあ。」

たかじん「お師匠はんの若い頃は、そんなでかい女もおらんかったでしょ?」

米朝「大柄の、ねえ・・・。」

たかじん「背の高い人は苦手でした?」

米朝「私の付き合うた人にそんな背の高い人はおらなんだ・・・。どっちかいうたら、小柄やったね。華奢なね。だいたい私がそないに大きな方でないさかいになあ。抱き寄せるのに、そんな大きいのはかなん。」

たかじん「ほな、小柄で、華奢でっか?」

米朝「・・・まあ、そんなんがおったな・・・。」

たかじん「小柄で華奢いうたらね、この辺(柴崎コウ)か、この辺(常磐貴子)か・・・。一番年離れたおなごはんで、どれくらい離れた人と付き合うたことあります?」

米朝「上?下?」

たかじん「ぶぅ・・・ああ、上もあるんかあ。いや、どっちでもよろしい。」

米朝「そうやなあ。下の方でいうたら、二まわりいうのがおったね。」

たかじん「それは、下でしょ?」

米朝「そらそや!なんぼなんでも二まわり上は殺生や。私が40いくつか、そんな時分やった。で19かはたち、それが一番離れていたかな。こっちもね、44くらいが、まだまだ元気やねん。」

たかじん「男の40代は要ですよね。芸人さんにとっては。」

米朝「大事な歳やねえ。40なりたてと49、やったらだいぶと違うねえ。数えの50とかいいだすとね、こらぼちぼち力が衰えてくるし、気持ちもね。気分も若ないな。」

たかじん「私も今年56ですねん。」

米朝「もうしばらくや」

たかじん「あと3,4年ですかな。」

米朝「ま、4,5年、5,6年かな。それ以上になると、気持ちが老い込んでくるわな。もうそんなはたちの子なんかな、気恥ずかしいてね。」


たかじん「仕事というのは、どうですかね」

米朝「仕事の面は、これは別や。私も多方面な仕事してたさかいね。気が若ういけたんやろね。噺家やったら、そら55になったらね、もう、そうなことしてられんとか、こんな芸してられんとかおもうけどね、多方面な仕事していると、同年輩でアホなことやってるのがまだたくさんおるからね。」

たかじん「噺家さんで、若いときはあまり相手されへんし。」

米朝「そや。もう、金も持ってへんしね。」

たかじん「でも、タレントで60超えてくると、商品価値がなくなります。ところが噺家さんは、60なっても65なっても、やってられるし、そこに説得力も出てくる。」


米朝「なるほど、なるほど。私もそれがあったな。(55くらいのときに)噺家の米朝を買うてくれてはる人は、これからやと。自分自身も、若いときから老けたネタをやってたけれど、55,6になったら、もうこのネタやってもええやろとかね。いまやらなんだら、いつやるねん、という具合に。そら、ありましたな。」

たかじん「新作なんかやるひといますが、あんなん聞かれてどない思われますか?」

米朝「私ね、米丸くん、同い年なんや。かれは古い噺、いっぺんもやったことないんですよ。ずっと新作。で、ときどき会うて話している頃に、もう今さら古い噺をやれっていったって、やりたいなと思ってもでけん、と。ずっとそれでつっぱってきた人やさかい。でも、登場人物で歳のいったのを気がささんとできるようになったと、そないいうてましたな。30代で、60のおじいさんが田舎からでてきましたんや、というようなのが、気がさしてやりにくかったのが、60代になって気がささんようになったと。まあ、新作でも年寄りはでてくるんやからね。年寄りのおばんは、パターンがあってね。これは、むしろやりよい。むしろおじいさんの方がやりにくいと、かれはそういうてましたね。」


(つづく)

平成17年5月3日(火)23:55〜オンエアーの「たかじんONEMAN」(毎日放送)に桂米朝師匠が出演されました。


お元気そうなお姿を拝し、喜ばしい限りです。

木札に書かれたワンテーマを拾いながらインタビューするような進行ですが、上方落語界のこと、襲名のこと、それから女性のことなどなかなか興味深い話もたくさんありました。


(上方落語界のこと)

米朝「戦後、落語家自体の人数も少なかったしね。それでは雰囲気がでえへんし。そん中からいろいろなのがでてきたけど。」

たかじん「落語せえへん落語家とかね。その代表選手がさんまくんみたいな。」
米朝「あれはまだはじめ、まともな噺を2つでも、3つでももっとかな恥ずかしいというような気でもあったんやけど。」

たかじん「昔、兄弟子と2人で勉強会なんかやってましたわ。僕も1回、喫茶店貸したことがある。京都でね。あと、師匠のところで変わってるのが、可朝やんみたいなのがおりますわね。」

米朝「あれ、どないしてるんやろね。このごろね。何やってもうまいこといかなんだら、顔みせん。なにかでひとつ当てたら直にやってくる。彼は、染丸さんの弟子やった。向こう破門されて、私が口きいたるさかい戻れというたが、染丸さんが、あれ引き受けてくれへんやろか、わしの手におえんとね。それでうちに来るようになった。」

たかじん「師匠はなんで落語家になりはったんですか?」

米朝「まあ、あっさりいうたら、好きやったさかいな。子供の頃から。聞いてたし。まさか自分が噺家になるとは思ってなかったけど、誰がなにやってたかは、よく覚えている。たいがいの噺、知ってたしね。ラジオ聞いたり、本読んだりしてね。」

たかじん「芸人になって、昔は飲む打つ買うというのがあった。今はそんなんなくなりましたな。」

米朝「世間が許さんということと、そこまで稼げんようになりましたな。」

たかじん「一番良いのは自分の金で遊んで」

米朝「そうせんと面白ないねん。名前出したらいかんけど、先輩の古い人の中で、偉そうな顔してええところに連れて行ってもらえる。えらいごちそうになってすまんなと思ってたら、みんなお客に(請求を)押しつけたんねん。そんな人が多かったな。」

たかじん「若い子らによくいうのは、一流のところで遊ぶのもね、若い頃はそんなに稼ぎがないから、遊びに連れて行ってもらう人を知ってるのも勉強やと。で、そのあと自分の金で遊べるようになる。」

米朝「そうそう。あんたは今もうエエ顔やろうけど。若い頃からそんなんしてたらおかしい。昔は借金だらけになってるのん、自慢のようにしてた人もおったけどね。わしは、おもろないなあ。自前の金で飲まなんだらね。わしも借金嫌いでね。借金が出来たら、早いこと払おう、返さなんだら気が落ち着かんという。自分が遊んでいて面白くない。」


(つづく)

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