|
3月20日は母の88回目の誕生日、米寿を迎えました
「えーっ、わたしの誕生日? いくつなんだ? もう、ばあさんだから相当な歳だろ」
「そうだね、そうとうな歳だよなぁ、なにしろ米寿なんだから」
「へぇ、米寿ってハチハチだろ? まぁ、爺さんになって・・、お父さん かい?」
「違うよ、俺は息子だよ、む・す・こ」
ここまでは最近のパターンなんですが、この後とても素敵な事を言いました
「わたしは若いんだよ、生まれたばかりだと思っているんだから」
「ははっは、生まれたばかりじゃないでしょ。孫もひ孫もいるんだから」
「ほんとなの、生まれたばかりなんだから」
「あのね、今日で八十八になったんだよ」
「ふっふ、八十で生まれたんだから、いま八歳なんですよ。でき立てホヤホヤのばあさんなんですよ」
米寿 いろいろな思いもあったのですが、母と僕と妻の三人だけでお祝いです
近くのお店へ行き、ミニうな重、まぐろにぎり、旬のにぎりなどを食べました
なによりも喜んだのは最後に頼んだ「クリームあんみつ」
アイスクリームに黒蜜をかけゆっくり、寒天も一つずつ、つぶ餡も少しずつ・・
ニコニコ、ニコニコ、おいしいものを食べている顔が一番ですね
どんなに、おいしい物を食べても翌日には忘れてしまうのですが
「あ〜もう、死んでもいいと思うくらいおいしかった」 で、大笑い
今日はこの場を借りて母の自慢をさせていただきたいと思います
(米寿の母への祝いということでお許し下さい)
8年ほど前の軽い脳内出血、そして3年前の長男(兄)の急死、まるでダムが決壊したかのように
認知症がひどくなった母を、近くの老人ホームに入れてから2年半が過ぎました
もともと頑固で、首を横に振ったら最後、絶対に縦には振らない性格でしたが、
その頑固さも1年ほど前から影を潜め、横に振る回数も減ってしまいました
この2年半、僕もかみさんも、母から愚痴、不平不満、他人の悪口、
そのような言葉は一度も聞いたことはありません。すごいことだと思います
「ありがたい、ありがたい。ああ、よかった、よかった、一人で服が着られて・・」
毎朝、この言葉を聞くと、ホッとします。そして、自分がこうなったら、こんな風になれるだろうか? と、いつも思ってしまいます。
きっと、理屈っぽくて、頑固で、人の言うことはな〜んにも聞かない、
そうそう、食い意地だけは誰にも負けない、ともかく面倒で嫌な爺さんになるんだろうなって。
職員の方々からも
「○○さんは、ほんとに明るくて、いつも楽しませてくれるから助かるんですよ」
同じホームにいらっしゃる方も( 歳を聞いたら90だと言うのでビックリです )
「もし、そういうことになったとしたら、○○さんみたいになりたいねぇと
みんなで言っているんですよ。いつも穏やかで、ダンスもカラオケもほんとお上手で」
「食堂でも姿勢がよくて、なんでもおいしそうに食べられるんですよ」
7,8年前の自分は、母の言動を、恥ずかしいと思うことがしばしばありました
思っていることを何でもストレートに言う姿や、どこへ行っても、知らない人をつかまえて
「お嬢さん(店員ではありません)、○○が欲しいのですが、どこに置いてあるのかご存知?」
などといきなり聞いたりする母を見ていて、恥ずかしく、困ったものだ、と。
ちょうどその頃、母から一枚の便箋を渡されました
いま気付いたのですが五月三十日は父の命日です
こういう物を書いて息子に渡す母親というのもすごいと思うけれど、長男ではなく僕に託した、
ということもすごいと思っているのです( その頃は長男と一緒に住んでいたのですから )
「○○(兄)に預けておいても、あの子はこの手紙を医者に渡せないだろうからね、
△△(僕のこと)、私が寝たきりになったら、医者に渡しておくれ。そうすれば済むんだから」
母の見方は間違ってないと思います
兄が会社で倒れた夜、ICUに運ばれ、見込みのない状況を医師から聞かされ、
冷静に判断することができたのは、結局の所、僕だけだったと思えるからです
そう、90歳になると卆寿となります
今日、母の笑顔を見ていて、3年間ずっと抱えていたあるわだかまりがす〜と消えてしまいました
卆寿の時は兄嫁、孫、ひ孫、みんなでお祝いしたいと思えたのです
|