明るい老人の部屋

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老人ホームで暮らす、87歳の母親と毎朝の会話
カラオケが好き、踊りが好き、愚痴をこぼすこともなく、
毎日、誰かに感謝して 明るい老人の部屋
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3月20日

みなさま

ご無沙汰しております(いつものことですが)

コメントの返事もみなさんのところへの訪問もせずにすいません。

しばらくこのような状態が続くと思います・・・。



「誕生日はいつだったっけ?」

「大正7年 3月 20日 西小松川うまれですよ!」

なんて答えが返ってきたのも もう半年以上前のことです。

介護施設に入所してもうすぐ5年になる母の90回目の誕生日です。

2週間ほど前に突然嘔吐し(黒い血のようなもの)発熱 そして具合が悪くなり

数日間 飲まず食わずの状態でした(医者の指示で水分も禁止)

嘔吐してから4日目に医者に頼み込んでやっと点滴をしてもらいました。

微熱はまだ残っておりますが4日前から水分と食事の許可がでました。

「あ〜っ うまいんだぞぉ おらぁ なんでもくうんだぞ」

なぜかわからないんですが ときどき男言葉で話すのです。

というわけで誕生日の特別メニュー 

鶏がらスープとヨーグルト それと 煮豆とバナナを持って出掛けます。

長男と母親

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母がお世話になっている介護施設の主任さんから頂いた大きなひまわりとグラジオラス

この主任さん 常々 自分の仕事に誇りが持てるし、毎日楽しいんです と仰っています。

もちろん実際のところは辛いことの方が多いと思うのですが・・ 

帰り際に、時々(おそらく主任さんの仕事が一段落ついた時)長〜い立ち話になります

かみさんは絶妙のタイミングで相槌を打ってしまうので( 適当に話を断ち切ることができない )

 それはそれは長い 長い立ち話となるのです

「すごいですね このひまわり」

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「お花 いります? こっちにも他の花がたくさんあるのよ」

「ほんとですか! いただきま〜す」

「どうせ台風でみんな倒れてしまうから、隣の畑からばさばさ切って持ってきたんですよ

  ただでもらった物だから好きなだけ持って行ってね」

かみさんが花を選んでいる間 ひまわりの話に留まらず もぎたてきゅうりの食べ方やら

その畑の持ち主( 大地主らしい )の性格から家族構成など僕に話す

 そして母の様子

「ずいぶん良くなりました、これでもう安心ですよ」

「だいぶ食欲が出てきたから良かったです。以前のように歩ければいいんですけど」

 かみさんが花を選び終えても 主任さんの話はさらにひろがります

「○○さんはご長男さんでしたっけ?」

「いいえ、次男です」

「あっそうでしたわね、ご長男さんは亡くなれたんですものね」

「長男と母親の関係って、ともかくすごいのよ。私の夫も長男だからよくわかるの。
 
 母親の言うことは何でも聞くし、年を取ったら頼りになるのはやはり長男なのね

 ここに入所されている方を見ていてもそうだもの。

 長男と結婚するものじゃないけれど、持つべきは息子よ。娘は同姓だからね」

「やはりそうなんですか?母親と息子ってそういうものなんですかね」

「それはそうよ、もしお母様じゃなくてお父様だったらこんなに来られないでしょ?」

「そうかもしれませんね」( そうじゃないかも知れないと思いながら そう答えてしまいました )

「そうでしょ、それはねみんな同じなのよ。なにしろ優しさが違うのよね ・・・・・・・・・」

「お兄さんも 考えられないくらい優しかったものね」と僕に同意を求めるかみさん

主任さんの長い 長〜い立ち話はまだまだ続くのであります ジャンジャン

(こちらから余計な事を言わないようにと誓ったのに・・・)

まあ、認知症のお年寄り相手の毎日でまともな話もできないのですからね
           今日はばあちゃんが(母ですが)入所している老人ホームの創立記念日でした
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ばあちゃんがこの老人ホームに入ってから3年半近くになります
先月、お尻の周りがただれて座るのも大変になり一般棟から24時間看護の介護棟というところへ一時的に移っていたのですがそのままお世話になることにしました

毎朝母親のところへ通っていた日課も終わりです
それでも 相変わらず早起きしてしまうのは やはり年齢のせいでしょうか(笑)

基本的に一般棟は健常者の方がおられるのでどの部屋でもドアが開いていれば入って寝てしまうばあちゃんは入居者とのトラブルも多く(母はのほほ〜んとしてますが) だんだん住みにくくなっていたのです
介護棟では そのうち部屋に戻るからと どこで寝ようとそのまま好きにさせてくれます

介護棟では気心の知れた職員さんが24時間 本当によくしてくれるのでとても安心です
明け方歩き回る母と一緒に散歩にでたり いつも手の届く範囲で見守って下さる
職員の方々 皆さん気の休まる時のない大変な仕事だと思います

さて そんな老人ホームの創立記念日
理事やら来賓の方々の挨拶が始まっても 誰も聞いていません(笑)
午前中に合同慰霊祭があったらしくお坊さんも挨拶していました(将来に向けての営業??)
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話はいいから 早く喰わせろ〜 なんてことを言う人はいませんが
ばあちゃんは蓋を開けては
「あらっ おいしそうだよ〜 食べようよ」
「もうすぐ話が終わるから 待ってないといけないよ」

待ちきれずにおこわの上に乗っている栗を摘んで食べていました
話が終わって 蓋を明けた途端のなんともいえない嬉しそうな表情 
大好物のエビフライ(じゃなくててんぷらでしたが)を3本シッポまで食べ
茶碗蒸しをフ〜フ〜いいながらほお張っていました

ふと周りを見回すと入居者のご家族の方が けっこう来られていたんです
でも なんだか皆さん入居者といってもいいくらいの年齢の方が多いんですよね

話は変りますが 今日は美味しい物をたくさん食べました

まずは朝食
最近自家製酵母にハマッテいるmさんから頂いた気泡の多いパン(フランスパン系です)
香ばしさと小麦粉の甘さが噛めば噛むほど口の中で広がります 

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ルッコラとイタリアンパセリのサラダ
レタス ルッコラ イタリアンパセリを皿に盛り 塩をパラパラ にんにくと唐辛子オリーブオイルをパラパラ 
ワイビネガーをふりふり 最後にオリーブオイルを大匙1杯とレモン汁少々   

ルッコラとトマトとベーコンのオムレツ
トマトは種を取って食べ易い大きさにしておきます
ベーコンをサラダオイルで焼いたらオリーブオイルとトマト ちぎったルッコラをさっと炒め 溶いた卵(塩コショウ少々)をドバッと入れてグニュグニュかき回して出来上がり

昼は創立記念日のご馳走
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夕飯 昨日mさんと行ったタイ料理のお店で食べたものをまねして
豚肉と野菜のミントハーブ炒め (最後はパクチーをたっぷりかけて)

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玉ねぎ1個(大きかったので玉ねぎばかりになってしまった)ピーマン2個
冷蔵庫にあったマッシュルーム10個ほどと豚バラ肉
サラダ油とごま油で軽くみじん切りにんにくと辛い唐辛子1本
玉ねぎの色が変ったらピーマンと軽く塩コショウした豚肉を加え塩を少々
鶏がらスープ大匙2 醤油大匙1 ナンプラー大匙1 砂糖小さじ1のタレを加え
最後に庭から採って来た3種類のミントの葉を10枚ほど入れ火を止めレモン汁で出来上がり

最初の一口で 何これ!?と思った妻 二口目でウマイかも知れないとなり
三口目から けっこうウマイじゃん 
僕はミントに飽きたらず 4口目からパクチーをのせて食べたのでした

米寿

3月20日は母の88回目の誕生日、米寿を迎えました

「えーっ、わたしの誕生日? いくつなんだ? もう、ばあさんだから相当な歳だろ」

「そうだね、そうとうな歳だよなぁ、なにしろ米寿なんだから」

「へぇ、米寿ってハチハチだろ? まぁ、爺さんになって・・、お父さん かい?」

「違うよ、俺は息子だよ、む・す・こ」

ここまでは最近のパターンなんですが、この後とても素敵な事を言いました

「わたしは若いんだよ、生まれたばかりだと思っているんだから」

「ははっは、生まれたばかりじゃないでしょ。孫もひ孫もいるんだから」

「ほんとなの、生まれたばかりなんだから」

「あのね、今日で八十八になったんだよ」

「ふっふ、八十で生まれたんだから、いま八歳なんですよ。でき立てホヤホヤのばあさんなんですよ」


米寿 いろいろな思いもあったのですが、母と僕と妻の三人だけでお祝いです


近くのお店へ行き、ミニうな重、まぐろにぎり、旬のにぎりなどを食べました

なによりも喜んだのは最後に頼んだ「クリームあんみつ」

アイスクリームに黒蜜をかけゆっくり、寒天も一つずつ、つぶ餡も少しずつ・・

ニコニコ、ニコニコ、おいしいものを食べている顔が一番ですね

どんなに、おいしい物を食べても翌日には忘れてしまうのですが

「あ〜もう、死んでもいいと思うくらいおいしかった」 で、大笑い


今日はこの場を借りて母の自慢をさせていただきたいと思います
   (米寿の母への祝いということでお許し下さい)


8年ほど前の軽い脳内出血、そして3年前の長男(兄)の急死、まるでダムが決壊したかのように
認知症がひどくなった母を、近くの老人ホームに入れてから2年半が過ぎました

もともと頑固で、首を横に振ったら最後、絶対に縦には振らない性格でしたが、
その頑固さも1年ほど前から影を潜め、横に振る回数も減ってしまいました

この2年半、僕もかみさんも、母から愚痴、不平不満、他人の悪口、
そのような言葉は一度も聞いたことはありません。すごいことだと思います

「ありがたい、ありがたい。ああ、よかった、よかった、一人で服が着られて・・」

毎朝、この言葉を聞くと、ホッとします。そして、自分がこうなったら、こんな風になれるだろうか? と、いつも思ってしまいます。

きっと、理屈っぽくて、頑固で、人の言うことはな〜んにも聞かない、
そうそう、食い意地だけは誰にも負けない、ともかく面倒で嫌な爺さんになるんだろうなって。


職員の方々からも
「○○さんは、ほんとに明るくて、いつも楽しませてくれるから助かるんですよ」

同じホームにいらっしゃる方も( 歳を聞いたら90だと言うのでビックリです )

「もし、そういうことになったとしたら、○○さんみたいになりたいねぇと
 みんなで言っているんですよ。いつも穏やかで、ダンスもカラオケもほんとお上手で」

「食堂でも姿勢がよくて、なんでもおいしそうに食べられるんですよ」


7,8年前の自分は、母の言動を、恥ずかしいと思うことがしばしばありました

思っていることを何でもストレートに言う姿や、どこへ行っても、知らない人をつかまえて

「お嬢さん(店員ではありません)、○○が欲しいのですが、どこに置いてあるのかご存知?」

などといきなり聞いたりする母を見ていて、恥ずかしく、困ったものだ、と。


ちょうどその頃、母から一枚の便箋を渡されました

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  いま気付いたのですが五月三十日は父の命日です


こういう物を書いて息子に渡す母親というのもすごいと思うけれど、長男ではなく僕に託した、

ということもすごいと思っているのです( その頃は長男と一緒に住んでいたのですから )

「○○(兄)に預けておいても、あの子はこの手紙を医者に渡せないだろうからね、

 △△(僕のこと)、私が寝たきりになったら、医者に渡しておくれ。そうすれば済むんだから」

母の見方は間違ってないと思います

兄が会社で倒れた夜、ICUに運ばれ、見込みのない状況を医師から聞かされ、

冷静に判断することができたのは、結局の所、僕だけだったと思えるからです

そう、90歳になると卆寿となります 

今日、母の笑顔を見ていて、3年間ずっと抱えていたあるわだかまりがす〜と消えてしまいました
卆寿の時は兄嫁、孫、ひ孫、みんなでお祝いしたいと思えたのです

老人と犬

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正月に母と子供たちと一緒にお節を食べました

母は子供たちに(といっても二人とも成人です)お年玉をあげなくちゃっと、なんだかそわそわ

「あたしゃ、働いてないからお金ないんだよ。そうね、100円でもやっとおこうか」

「100円じゃ、喜ばないと思うよ」

「サテーの上へ行けば、100円あればなんでも買えるだから」
 (へぇ、ちゃんと覚えているんだ、毎日行くほど好きだったからね)つまり、100均のことです

「大丈夫、お金はちゃんとばあちゃんの銀行からおろしておいたから」
「へぇ、おにいさん気が利くねぇ。すっかり、りっぱな青年になって。むかしは、可愛かったんだよ}
「もう、50歳(2つ位さばを読んで、どうせわからないから)になったんだよ」
「えっ、それじゃ立派なおじいさんじゃないかい、そんなおじいさんに見えないけど、
 世の中変わったものだねぇ」

家族で大笑いです
いったい、このとき母親はいくつだったんですかね

すっかりお腹もいっぱいになり、お昼ねタイム

母はなんとか犬を寝かしつけようとしていましたが、
ほとんど同時に寝てしまいました

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