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兵本 達吉(ひょうもと たつきち、1938年(昭和13年) - )は、日本の政治活動家。奈良県奈良市出身。京都大学法学部中退。元日本共産党員・職員。
京大在学中に日本共産党に入党。1972年、共産党国会議員秘書となる。1988年3月26日、橋本敦参議院議員が参議院予算委員会において日本人拉致問題に関する質問をして梶山静六・国家公安委員長から北朝鮮による関与が濃厚とする答弁を引き出しているが、この質問原稿作成に秘書として関与。1997年3月、北朝鮮による拉致被害者家族連絡会の結成に参画。「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」理事を務めるも、2004年12月、“会の方針に反して、週刊誌の取材に対し憶測に基づく言動を行なった”として満場一致の賛成で協議会理事を解任される。
1998年に、警備公安警察に定年退職後の就職斡旋を依頼をしたことを理由に公安警察スパイであるとされ、日本共産党から除名処分が下る。兵本はこの処分理由に関して「自分から就職斡旋を依頼した事実はなく、政府当局者から仕事を紹介してきたこと。会ったのは警察官だけではなく、内閣官房や外務省の官僚もいたこと。以上の経緯を共産党は無視し、さも就職斡旋を自ら依頼したような表現、他の役人関係者の存在を無視して公安警察との関係をことさら強調した表現をしている」と主張している(『文藝春秋』2002年12月号)。
除名後はしばしば「共産党は結党以来一貫した反国民的集団であり、肯定する点は一切無い」と主張し、民社党的な国家社会主義を理想としている。この発言については五十嵐仁・法政大学教授などから「兵本が自身の党内で果たしてきた役割を肯定するなら党にも一定の正当性があると言えるし、党を全否定するのなら兵本自身の活動も当然『反国民的』として全否定されるのが筋。結局兵本は自分の党員・党役員としての役割に一切責任を負っておらず、独善的な自画自賛と自身を棚に上げた的外れな共産党攻撃のみに終始しているに過ぎない。」との批判も出ている。
現在、特定失踪者問題調査会理事。『WiLL』や『正論』などに論文を掲載することもしばしば。
著書『日本共産党の戦後秘史』 産経新聞社、2005年 ISBN 4594049796
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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