えばゆあぶろぐ

我が家は全員無事です。被災者の方々のご無事をお祈りするとともに、被災地や原発の危険地域で尽力されている方々に心から感謝します。

東日本大震災(東北関東大震災)

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2011年3月11日午後2時46分。

死者数は、16年前の阪神淡路大震災を大きく超え、
日本では戦後最悪の、世界的に見ても数百年に一度という自然災害が起こりました。


私自身や家族は無事でしたが、自身に被害がなかったぶん、
この書庫には、被災した方々にとっても、被災を免れた方々にとっても、
できるだけ有益かつ実用的な情報を載せていきたいと思っています。

ネットを通しての、デマや風評被害が問題になっていますが、
いたずらに不安を煽ることのないよう、情報を絞り、情報源を明確にするよう心がけています。
そのため、他の書庫の記事とは雰囲気が違いますが、ご了承くださいね★

今回の震災は、阪神淡路のときとはまた異なる種類の大災害で、
救出・支援活動や復興活動、ボランティア活動も難航しています。
地震から半月経ち、ようやく今回の災害の全体像が見えてきたように思いますが、
直接被災した方々にとってだけでなく、
多くの日本人にとって、この先、長い闘いになることは間違いありません。

でもいつか、皆に笑顔が戻ることを信じています。


『日本いのちの電話連盟』
毎月10日はフリーダイヤル 午前8時から翌日午前8時まで 0120-738-556

・岩手県 社会福祉法人 盛岡いのちの電話 019-654-7575 12:00〜21:00 日曜12:00〜18:00
・宮城県 社会福祉法人 仙台いのちの電話 022-718-4343 24時間
・福島県 社会福祉法人 福島いのちの電話 024-536-4343 10:00〜22:00
・茨城県 社会福祉法人 茨城いのちの電話 029-855-1000 24時間
・千葉県 社会福祉法人 千葉いのちの電話 043-227-3900 24時間
・東京都 社会福祉法人 東京いのちの電話 03-3264-4343 24時間FAX: 03-3264-8899
・神奈川県 社会福祉法人 横浜いのちの電話 045-335-4343 24時間 FAX: 045-332-5673
Spanish: 045-336-2477 Portuguese: 045-336-2488
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震災以降、本当にいろいろなことを考えました。
ほとんど一人で考えていて、誰にも言わなかったこともたくさんあって、
ここにきて、それがだいぶ自分の中に溜まってきてしまったように感じます。
 
 
震災後、何が一番辛かったか…
こんなことさえ起こらなければ、放射線のことなど自分で調べようと思わなかったでしょうし、
ここまで真剣に、次世代の子どものことを考えることもなかったでしょう。
原発をめぐる問題の深さにも、目が行かなかっただろうし、
節電って、やってみると意外とできるもんなんだとも気が付かなかったでしょう。
人と人は、こんなに助け合うことができるんだ、ということも知らないままだったと思います。
悪いことばかりではありませんでした。
 
けれど、できれば見たくなかったこと、知りたくなかったことも、
見てしまったし、知ってしまいました。
 
このブログも、結局は文字の羅列でしかなく、書き言葉でしかないです。
話し言葉は話し言葉で、やはり言葉でしかないです。
だから、誤解を招いたりしないためにも、やはり、言葉にすべきではないことがあります。
 


 
窮地に追い込まれれば、その人の素の部分が、否応なしに出てきてしまいます。
あまりにも強い悲しみや苦しみは、その人から人としての尊厳を奪います。
そこからの立ち直り方も、さまざまですし、
一概に良いとか悪いとか言えるものではないんだと思います。
 
けれどやっぱり、それはどうなんだろう…と思ってしまうことに、
たびたび出くわさざるをえませんでした。
何が正しいとか、誰が悪いとか、どうすれば良かったかとか、そういうこととはまた別の次元で、
いろいろ考えざるをえませんでした。
 
 
批判するのは簡単です。私の大学の先生が言っていた通り、「親の批判なら5歳児でもできる」その通りです。
他人に対しての批判は、必ずいつか自分に返ってきますし、
自分を変えることは、努力すればある程度できますが、
たとえどんなに批判したところで、他人を変えることはできません。
他人を変えるためには、まず自分自身が変わることですが…それで実際どの程度変わるかは、
ひとそれぞれで、定かではないです。
 


 
ただ、今改めて私が思うのは、
孤独を受け入れて耐えることができるようにならなければ、結局は誰とも一緒に生きていけない、ということです。
矛盾しているようですが、孤独から逃げるほどに、その人は孤独になっていくように思います。
自分の、一番の根っこの部分は、誰かがどうにかしてくれるようなものではなくて、
自分にしかどうしようもないものだし、
それで良い、というか、それが結局一番妥当で適切なんだと思います。
 


 
あれだけ大きな震災が起こって、
少なくても私が生きてきた中では、今までになく大勢の人が同時期に、似たような経験をしたはずですが、
時間が経つほどに、いろいろなズレが見えてきます。
放射能の影響とか、今後のエネルギー政策とか、復興にむけて財源をどうするかとか、
これだけ広域な被災地が、どうやって復興していくことができるのかとか、
そういうことに対する覚悟も必要なんですが、
今後、さらに大きくなっていくだろう、感覚や考え方の「ズレ」にも、長い長い間つきあっていかなければならない。
 
そのことに対しても、覚悟が必要だと思いました。
 
 
震災が起こったおかげで、見えたものもあれば、
震災さえ起こらなければ、見なくて済んだはずのものもあります。
どっちのほうが多いか、まだ私には分からないです。
 
とりとめのない話になってしまいましたが…まぁ、もともと、とりとめのない話なんですよね^^;
 
 
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「ママ〜、あんまり考えてばかりいると、ハゲちゃうよ〜

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産経新聞 4月23日(土)21時20分配信
 
【社会部発・被災地から】

 宮城県石巻市立渡波(わたのは)小学校を取材していたときのことだ。同校は校舎1階が津波にのまれながら避難所となっており、その日、男性タレントや女性歌手が慰問に訪れた。「本物だ!」とサインをせがもうとした子供たちは、案内役の職員に「時間が限られているのでできない」と拒まれた。

 一人の少女はがっかりした表情を見せたが、恥ずかしそうに「サインして」と記者に近づいてきた。「有名人じゃないんだよ」と説明しても「いいの、集めるのが好きだから」と、真新しいドラえもんの表紙のノートを差し出した。

 支援物資でもらったのだろう。パラパラめくってみると、どのページも真っ白だった。1ページ目にぎこちなくサインした。「大事にする」。顔を赤らめながら少女は言った。胸が痛んだ。

 「いいもの、見せてあげる」。別の日、校庭で声をかけた4年生になる別の女の子は、和紙でできた花柄の小箱から金色の2つのピンバッジを取り出した。

 「アメリカの人が私と弟と友達にくれたの。『日本中で3人しか持っていないから自慢できるよ』って」。行方不明者の捜索やがれき撤去のため学校周辺に入っていた米軍の一人から去り際に贈られたという。

 「弟のも持ち歩いているの。ずっとなくさないようにね」。がれきから見つけたという小箱に、大事そうにバッジをしまった。

 女の子は津波で親友を亡くした。「学校に入って最初に話しかけてくれた友達。一緒に登校したり、勉強したりしたのに…」。自宅も流され、体育館で避難生活していたが、新しい友達もできた。4歳の女の子で、体育館で姉のように寄り添って絵本を読んであげていた。

 4月から別の学校へ転任が決まった女性教諭は子供たちに語り掛けた。「地震でたくさんのものを失いました。大切な人、おうち、思い出の品。でも優しい心、大切な気持ちはなくなりません」

 被災地の人たちは本当に多くのものを失った。それでも笑顔を絶やさず、新しい宝物を見つけ出そうとする子供たちがいる。長く困難な道かもしれないが、復興に向かう被災地を見つめていきたい。子供たちが教えてくれた大事な何かを、ずっとなくさないように。(桜井紀雄)


 
心温まる、と同時に、とても切ない気持ちになる記事です。
 
小さい頃、「宝物箱」を持っていたことはありませんでしたか?
綺麗な小箱や、可愛い入れ物に憧れたりしませんでした?
女の子なら、もしかしたら誰でも一度は、経験があるんじゃないかと思います。
 
子どもって、何かを集めたがりますよね。
大人から見たら、何がいいのか分からないような、金銭的価値のないものでも、
子どもにとってはすごく大事だったりします。
なぜかというと、子どもにとって、好きなものを集めた「宝物箱」は、自分の分身だからです。
 
この女の子が、誰かに書いてもらった名前の書いたメモ帳を大事に持っている気持ち、
分かる気がします。
大事にしていたものが全部流されてしまって、
そっとしまっておいた宝物箱も、どこに行ったか分からなくなってしまったんでしょう。
小さな心にとって、とても悲しい、寂しいことだったろうと思います。
 
 
 
 
幼い女の子は、小さいメモ帳やノートが大好きだったりしますが、
きっと、有名人じゃなくても名前を書いてほしいと思ったのは、
出会った人との繋がりを失いたくない、という気持ちからじゃないかなと思います。
 
避難所にいろんな人が来て、同時に、いろんな人が去って行って、
宝物箱を失ったときのような喪失感を、またどこかで感じているんじゃないかなと思います。
もう会えない友達、もう戻らない家や宝物…
自分の分身を失ったかのような寂しさを抱えている子どもは、たくさんいるだろうと思います。
「また同じように突然失いたくない」という思いが、
来た人に、帰る前にせめて名前を書いていってほしい、そしてそれを今度こそ大事に持っていたい、
という気持ちにさせたんじゃないかなと思いました。
その人が帰ってしまっても、
名前を書いたノートを見れば、その人が確かにそのときここにいたと分かるからです。
 
もらったバッジを大事に持っている子も、バッジそのものよりも、
その人が自分にくれた、という思い出を、大事に持っているんじゃないかなと思います。
 
ページが少しずつ埋まるごとに、この子の喪失感は和らいでいくのでしょう。
子どもなりに、本能的に、傷ついた自分の心を癒そうとしているように思えます。
人との繋がりを求める、ごく自然な行動かもしれません。
 
 
 
 
私も、小学校一年生のときに、失くしてしまった宝物がありました。
可愛い絵が書いてある小さな冊子だったのですが、そう、ちょうど子どもの手に収まる小さなサイズで。
机の向こう側に落ちてしまったのではないかと、必死に隙間を覗き込んだり、
机を動かそうと渾身の力を込めてみましたが、自力では動かせず…
 
結局、親に動かしてもらったのですが、机の向こうにも、ありませんでした。
それでも諦めることができず、あっちにないかこっちにないかと、
思い出すたびに、小学生の間、実に6年間、ずっと探し続けていました。
それでも見つからなかったんですが、いまだにその冊子の表紙を覚えています。
 
すごく気に入ったものを失くしてしまったそのショックって、大きいんですよね。
おもちゃとかいろいろ買ってもらえたわけではなかったので、一つが、本当に大事だったんだと思いますが、
何もかも流されてしまった今、きっと、被災地の子どもにとって、
一つ一つの小さなものが、全部、宝物になっていくんじゃないかと思います。
もしかしたら、綺麗なお菓子の包み紙とか、捨てずにとっている子がいるかもしれません。
 
 
 
 
支援物資で配られたらしいノート、
どれくらい選べたか分からないので、この子の好みの絵柄なのかは分かりませんが、
この子の新しい「宝物」、
新しい「分身」になって、この子の心を癒してくれるように、願ってやみません。

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NHKで被災地の方々の声を聞きつつ、
状況が日々変化していっていること、まだまだこちらが知らなかった状況があることを実感します。
 
でも、予想はしていたものの残念なことが、やはり起こってしまいました。
被災者、特に福島の被災者への差別の問題です。
 
先日、ある市役所が福島からの転入者に対し、放射線検査の証明がないと転入を受け入れられないという、
とんでもないことを言ったことがニュースになっていましたが、
やはりそういうことは、役所でだけ起こっていることではなかったのでした。
 
福島から転入してきた子どもが学校でいじめの対象になる…という、
一番想像したくなかった、聞きたくなかったニュースが入ってきてしまいました。
 
 
毎日新聞 4月23日(土)12時35分配信
 
◇教委は「差別的発言はない」としている
福島の避難児童にいじめ 新潟、蹴られて入院 - 中国新聞(4月23日)

◇避難者に対するいじめ・差別が問題に
「放射能うつる」といじめ=福島から避難の小学生に−千葉 - 時事通信(4月15日)
・ [社説]被災者支援 福島を四重苦にするな - 東京新聞(4月18日)
4月20日付 編集手帳 - 「顔が赤くならないかい、落書きの君よ」。読売新聞(4月20日)

放射線被曝についての風評被害等に関する緊急メッセージ - 「震災に遭った人が、避難先で差別を受けたら、どんな気持ちになるでしょうか」。法務省(4月21日)

◇関連トピックス
避難者の健康・生活 - Yahoo!トピックス
 
 
ダブルバインドというのは、矛盾したメッセージによる心の二重拘束のことです。
 
テレビなどの媒体からは、「一つになろう、ニッポン!」とか、「一緒にがんばろう!」と励まされている一方で、
実際の被災者の方々は、実生活のなかで、真逆のことを体験していることがあるということです。
周囲の人たちは、自分たち被災者に協力してくれるかと思いきや、
一つになるどころか、自分が新しい人間関係の輪の中に入れてもらえない…という。
そうなれば、「どうせ一つになろうなんて綺麗ごとでしょ?真意は違うんでしょ?」ということになってしまいます。
 
 
「それ、本当に必要ですか?」というACのCMと完全に矛盾する、
(本当は買い占め自粛呼びかけのつもりだったんでしょうが…セリフだけ聞くと、節約の呼びかけに聞こえます)
「経済活動を活発化させて、たくさん消費して、経済を回そう」というメッセージ。
「ただちに人体に影響はない」といいつつ、「出荷制限します」。
これらもダブルバインド。
言われた側は、矛盾したメッセージを同時に送られ、どうしていいか分からなくなってしまいます。
このような場合、不安感から、受け手はより悪い方へ考えてしまいやすいです。
 
「一緒にがんばろう」というメッセージを、この前作った給食袋に入れるカードに書くのを、私がやめたのも、
すでにダブルバインドが、かなり広い範囲で起こっている状況が想像できたからです。
そういう言葉を書くことで、善意が伝わるどころか、相手に不信感を抱かれる可能性があるんじゃないかと。
「ああ、この人も分かってくれていない…」と思われてしまうかもしれません。
 
 
たかが子どものいじめ…では済まないと思うのは、
(もちろん、いじめ自体、「たかが〜」で済むことではないのですが)、
今の社会全体の大きな流れと、実体験に大きな落差があることで、
被災者、特に子どもが、深刻な混乱状態に陥ってしまうという点です。
 
当然のことながら、それ以外の様々なことについてもマイナス思考になってしまい、
人の善意をそのまま受け止めることが難しくなり、人間不信になってしまう可能性があります。
ただでさえ、引っ越しした子どもは、突然の環境の変化で大きなストレスを受けていますが、
成長期にこのような状態に置かれることで、青年期を過ぎてからも心の問題を抱え続けることがあります。
 
 
いじめる側の子の家庭には、問題があることが多いですが、
学校のほうで、先生が放射能が人にうつるなんてことを教えているとは思えないので(と思いたい…)、
おそらくその子の「親」でしょうね…
 
確かに、放射能のことなど義務教育の勉強の中で出てこないですし、
普通は大人でも、何も知識がないものだとは思いますが、
「無知だから仕方ない」で済むことと、済まないことがあります。
本人のマイナス思考と、周囲の対応の悪さが重なると、人間関係の悪循環が延々と続くことになってしまい、
深い心の問題を引き起こすこともあります。
地震、津波、原発に差別という四重苦…それだけは、避けたいものです。
 
 
言うまでもなく、差別は人災です。
福島の方々は、ただでさえ、今後、健康状態についても追跡調査を受けざるを得ません。
「分かったつもりになって、思考停止に陥る」ことが、
本当は一番危ないということを、自分への自戒も込めて、確認したいです。
(放射能は人にうつるに違いない、というところで思考停止している人には、どう説明していいものか困りますが…)
そして、想像力を働かせて、相手の気持ちをさまざまな角度から考えることを、決してやめないことが大事、
だと思います。

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週刊現代 4月18日
 
原発の安全性や放射能汚染の危険度について、歯に衣着せぬ物言いで人気を集めている報道マンがいる。
 

 いまや「みずのん」などという愛称でお茶の間に親しまれている、NHKの水野倫之(のりゆき)解説委員である。

「一見、地味めな風貌ですが、落ち着いた語り口と、敢然と政府や東京電力にモノを言う姿勢が『安定感があって頼もしい』と人気を博しています。ネクタイの柄が"くまさん"だったり、どこかお茶目な雰囲気もあり、女性にも人気が高いようです」(NHK職員)

 

3月12日に福島第一原発1号機が水素爆発を起こした際、民放を含め各局に登場した"識者"は、それでも「憂慮するような事態ではない」と強調しつづけたが、水野氏はNHKのニュース中に敢然と、「これは非情に深刻な事態である」と断言し、政府と東京電力の対応に疑問があることをはっきり指摘した。

 

 ところが、それからしばらくして水野氏の画面露出が急に減り、出演したと思ったら、あの明瞭な発言がすっかり影を潜めていた時期が3月下旬にあった。

 

"ファン"の間では「言い過ぎて左遷された」などの噂が広まり、NHK報道局科学文化部にも、「みずのんはどうしたのか」と問い合わせが寄せられたという。

 

 実際にはその後、水野氏は無事に「現場復帰」して視聴者を安心させている。だが実は、水野氏に「圧力」がかけられていたのは紛れもない事実だった。

 

「事故の深刻度を断言した直後、原子力・電力関係者から『不安を煽っている』と叩かれたのです。また、原子力の専門家と称する大学教授や研究者からも、『技術者でもないクセに』と猛批判を浴びた。そのため水野氏も一時はだいぶ落ち込み、元気をなくしていました。でも、現実は水野氏が警告した通りの方向に進んでおり、いまでは批判していた専門家のほうが黙り込む事態になっています」(NHK関係者)

 
 水野氏は3月27日に放送されたNHKの特番中に、「良いことも悪いことも伝えなければならない」と、信念を語った。そんな当たり前のことを解説委員が言わなくてはならないこと自体、異常なのだが。  
 


 
水野解説委員がかっこよく見えたのは、
紛れもなく「つり橋効果」「単純接触効果」だったと、自分でもはっきり自覚しております…^^;
 
それにしても、クマさん柄だけでなく、リンゴ柄のときもあったんですよ!
ネクタイなのに、リンゴ柄ですよ!?
可愛いとかいう以前に、珍しすぎて、どこにあんなネクタイ売ってるんだろうと思ったものです。
 
なにはともあれ、一時、水野解説委員が画面にほとんど映らなくなっていたことは事実です。
その後だんだん復帰して、昨日も解説をしていましたが、
難しいことを分かりやすく説明するというのは、まず自分自身が本当によく分かっていなければできないことで、
難しいことを難しいまま説明するのよりも、ずっと頭を使う作業だと思います。
言ってみれば、一種の翻訳作業です。
もともと専門家じゃなかったとしても、原子力や放射能について自分でいろいろ勉強したんだと思います。
 
お役所仕事のみなさんには、まずその姿勢を、見倣ってもらいたい。
(放射線検査を受けて安全が証明されないと、福島からの転入は受け入れられないと言った
某市役所には絶句しました…伝染病みたいにうつるとでも思ってるんでしょうか?)
 
 
原子力の専門家ではないとしても、素人にも分かりやすく説明するというのは、
賢くなければできないことで、単純に専門知識の量が多いということとは、また別の能力です。
正直、今ではもう別に、「つり橋効果」が心の中で起こって、「水野さんカッコいい!」とは思わなくなったけれど、
落ち着いた明瞭な話し方は、やっぱり聞いていて安心感があります。
 
自称専門家の方々には、なぜ自分が局に呼ばれなかったのか、考えて現実を受け止めてもらいたい。
(単なる僻みなのでは?) 
 
 
 
2号機の圧力容器が大きく損傷している、という報道がもし万一出てきたら、
さすがの私もゾッとしますが、
とりあえず、核分裂連鎖反応が起きる状態ではないし、核爆発が起こる状態ではないのなら、
いくらレベルが7に上がったといっても、急に慌てることではないと思ってます。
フランスのアレバ社の、汚染水の処理作業がうまくいくことを願うばかり。
そしてやはり心配なのは、原発事故の作業員の方々が、あまりに過酷な環境で作業しているということです。
 
 
スクールバッグや給食袋を作りながらも、テレビをつけて震災のニュースを聞いていたんですが、
前ほどはらはらしながら、ニュースを見なくてはいけなくならないことを祈ります。
それと、水野解説委員には、中傷など気にせず今まで通りの解説を続けてほしいです。
 
 
今更ウィキ?という感じですが、
今回の原発事故の経緯について、ソースが明確な、まとまった情報を得られるのは、
今のところwikiじゃないかと思います。
 
福島第一原子力発電所事故 ウィキペディア
 
 
 

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海外メディアの混乱

3週間が過ぎた今も、東北関東では余震が続いていますが、
今回のメディア情報の混乱について一言ニ言…
 
 
① まず、日本政府や東電の情報伝達力の低さが問題
 
もともと与野党の小競り合いばかりで、政治らしい政治などできていないところへきて、
国の存亡がかかってくるような大災害に見舞われたのは、まったく不運でした。
 
「健康にただちに影響はない」、と言いつつ「出荷制限」。
それでは混乱が起きても仕方ないです。
学会で専門家相手に喋ってるのではないのだから、専門知識のない人たちにも分かりやすく説明すべき。
同じ専門家でも、大学の先生のほうが、普段学生相手に喋ってるだけあって分かりやすいです。
 
 
② 東電の公務員体質
 
東電の職員の対応は、いわゆる典型的な公務員の対応の仕方で、
一般の民間企業のようなフレキシビリティがありません。
 
民間企業にも、今回のような危機を想定したマニュアルなどなかったと思いますが、
それでも知恵を出し合って協力しあい、対処しようとしているのに対し、
東電の社員は、「外部に協力を求める」ということができないようです。
これはまずいかもしれない、と思った時点で、国内の原子力や放射線の専門家を集めて、
早期解決に向けた特別チーム結成の呼びかけをすることくらい、できたはずです。
 
もともと、自分たちの考えに合わない人を社員として雇ってこなかったんだと思います。
視野が狭くプライドは高く、外部からの意見を取り入れない体質がうかがえます。
自分たちだけで解決しよう(解決できる)という考えがあったんだと思います。
自分たちのとる行動が、社会にどういう影響を与えるかを理解していない、社会全体が見えていないんです。
フランスに援助を求めるのも、誰が見ても明らかですが、もっと早期にやるべきでした。
 
私が一番あきれたのは、線量計の数の確保でした…
5000個あったものが、被災で320個しかなくなってしまった。
だったらそれが分かった時点で、ほかの原子力発電所においてある線量計をすぐ集めるべきだったでしょう。
大量の作業員が必要なわけですから、線量計の確保は初歩の初歩です。
作業員一人一人の被曝量を把握せずに、どうやって次のシフトを組むんでしょう?
国内の他の原子力発電所との連帯さえ取れていなかったのかと思うと、さすがに理解不能です。
 
 
③ 知識のない記者が記事を書いている、報道している
 
ネット社会になって、情報源の確認がますます重要になりました。
 
問題なのは、一般の人たちが当てにする報道の側の人たちが、
自分が書いたり喋ったりしている内容について、自分でも理解していない、ということです。
 
毎日次から次へと新しいニュースが入ってくるわけなので、
本当なら、膨大な知識のある人でないと記事は書けないはずなのですが、
実際には、ちょっと調べれば考えればわかるようなことすら、あたかも本当らしく書いてしまう記者もいます。
 
同じ新聞でも、新聞社によって「傾向」があります。
同じ事件や問題の伝え方でも、右寄りか左寄りかでだいぶ違ってきますし、
どのメディアにも、得意分野というのがあると思います。
 
今回は、信頼性のある大手の米メディアですら、いい加減な日本地図を載せたり、
ただ読者の恐怖心を煽るだけの記事を書いています。
そして、日本国内の専門家にすら正しい情報が入ってこないという状況下でさえ、
自国の専門家にインタビューし、憶測の意見を聞いて、それをあたかも正しい見識かのように報道しています。
 
日本の原子力専門の人たちの中にも、原子力反対派と賛成派がいます。
どういう立場の人かによって意見が違うのは当たり前です。
そのへんがごちゃまぜになって、ごちゃごちゃのまま、錯綜した情報がネットを通じて独り歩きします。
日本についてほとんど知らない派遣員が、報道のために来てちらっと見た景色を大げさに表現し、拡大解釈し、
自国に向けて発信しています。
 
 
④ 恐怖心をあおる内容の情報ほど、読者や視聴者は信じてしまう
 
もとをたどれば、政府や東電がきちんと情報を発信できていないからなのですが、
分からないことが多いほど、どうにかして「真実※」を知ろうとして、
情報を求めて人々は必死になってしまいます。
 
メディア側の人たちも、読者や視聴者たちも、アドレナリン過剰の一種の興奮状態にあり、
本能的に「身を守る」ことに意識が集中し、冷静に判断することができなくなります。
 
恐怖心をあおる記事というのは、恐怖を感じている人たちのニーズに、心理的に合致しているのです。
「やっぱりそうなんだ、怖いんだ」と思うことで、安心感を得られるからです。
逆に「大丈夫、心配ない」という内容の記事が、すべて嘘に思えてきます。
なぜなら、「危ない」と思っておくほうが、不測の事態に、気持ちが対応しやすいからです。
自分の心情に合っている情報ほど、信憑性が高いかのように感じてしまいます。
その結果、誰が書いたか、情報源は何か…そういうことはすべて後回しになってしまいます。
 
混乱した人たちが、混乱した情報を、混乱した一般人に流しているわけですから、
国内だけでなく、世界中で大混乱になります。
 
※「真実」は人の数だけあると言われます。その人が何を信じるかで、何が真実なのかが決まるからです。
「真実」とはもともとそういうものです。個人の感情に左右されやすいんです。
 
 
今必要なのは、「自分が興奮状態にある」ことを、メディア側と受け手側の双方が理解することです。
読者や視聴者のひとりひとりにも、冷静さが求められます。
なぜかというと、たとえ正しい情報が流れても、不安なままではそれが嘘に思えてしまい、
混乱状況が悪化する一方だからです。
メディアには、「視聴率を取りたい」「読者を増やしたい」という意図があることを忘れてはいけないです。
ショッキングな内容は、それだけで人をひきつけます。
事故の悲惨さは報道しても、復興にはスポットが当たらない…メディアとはそういうものです。
 
 
冷静になり、情報を区別することができるようになれば、
少しずつ落着きを取り戻すことができるようになります。
海外の人たちの混乱をしずめるためには、まず、日本人が冷静な行動をとることです。
 
 
    チェルノブイリ原発事故後に住民の健康調査にあたった長崎大学の長瀧重信(ながたき・しげのぶ)
    名誉教授の解説あり
          ―「当時は放射性ヨウ素と甲状腺がん発症の関係がよく知られていなかった。そのため事故後も多く
           の住民は、今検出されているものより、かなり高濃度の放射性ヨウ素に汚染された食品を長い間食
           べ続けていた」と話す。そのうえで、「食品や飲料水の放射性ヨウ素などに対する基準値は、
           チェルノブイリ原発事故から学んだ経験を基にかなり厳しく決められている。そもそも基準値を超えた
           ものは市場に出回っていないし、基準値も1年間飲み続けたり食べ続けたりした場合として計算されて
           いる。たとえ基準値を超えたものを数日間摂取しても健康に影響が出る値ではなく、心配いらない」と
      強調する。
 
    非常事態省科学技術センターのリュドウィク所長は、「福島第1原発の場合は、閉じこめ機能がまだ残っ
    ていて、一部の放射性物質しか漏れ出していない」とし、チェルノブイリよりも事故の規模は格段に小さい     との見方を示した。 
 
福島第一原子力発電所事故の経緯 wiki 加筆中(下図はこのページから引用、4月3日現在)
 
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