まろやか檸檬ティ。

いつだってそれはそこにあった 手の届く場所に

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 ちらり、横目を遣るは右側。

 最後に見た時よりすこし陽に焼けた腕。心なしか、がっしりしただろうか。骨と皮で出来ているようなひとだったけれど。それでも相変わらず筋張ったその腕がハンドルを切る様はとても、奇妙な感じがした。左手が伸びてくる。まめにエンジンブレーキを使うのは坂と雪の多い土地に住む故だろうか。大学進学と共に移り住んだこの地で、雪が降りしきる中教習所に通ったと言っていたからたぶんそうなのだろう。入れ替わりで卒業した兄から譲り受けたという車のダッシュボードには、彼好みのふかふかしたぬいぐるみが鎮座している。

 車内はにぎやかだった。お喋りな運転手が観光ガイドか何かのように、車窓を流れる景色の解説をしてくれているからである。彼独特の皮肉めいた感想が挟みこまれる度、後ろの座席からの華やいだ笑い声で満ちる空間。おかげで私はというと、弾むお喋りに包まれながらこっそりと彼のことばかり見ていることができた。


 事の発端はつい、昨日のこと。

 ゼミの研修でやってきたこの地は私と、後部座席の友人たちにとって、馴染みがあるようなないような場所だった。年に一度の研修合宿。3年生から参加を義務付けられるそれは、4年生になった私たちにとっては二度目のもの。二泊三日のほとんどをフィールドワークや討論に明け暮れる合宿も、三日目の午後は自由行動が許されていた。しかし、文化財だというお城は去年見てしまったし。お世辞にも便利とは言えない、車社会の不案内な地で。初参加の3年生のように見るものすべてに目を輝かせるでもなく、私たちは途方に暮れていた。早く帰ろうにもバスの時間上、5時間もの空白があるのだ。適当なカフェで時間を潰すにもすこし、長過ぎる。

 そんな時ふと頭をよぎったのが、隣でハンドルを握る人の存在だった。

 一つ年上の、ひと。浪人して大学進学しているから、学年としては同じだ。出会いの場でありたくさんの時間を過ごした部活を引退してからも、別々の大学に進学するまではなんだかんだと理由をつけて顔を見ていた気がするのだけど。隣県とはいえ、高速バスで片道3時間半の距離に進路が分かたれてからは、各々新しい生活の忙しさもあって。最後に会ったのは、二年以上前だ。

 そう、確か去年研修に来た時も連絡だけ入れた。がっちり組まれたスケジュールの中、会うことは叶わなかったけれど。だから今年も、連絡だけ入れて。近くにいるけどやっぱり会えなかったね、また帰省したら連絡ください、なんてやり取りを繰り返すはずだった。なのに今年は何の因果か。たまたま二日目の研修が、彼の通うキャンパスのすぐそばで。期待半分、あきらめ半分でメールを打ったのだった。

 ただの先輩後輩という訳でもないけれど。かと言って、友人とも、恋人とも違う。惹かれたことは、あった。寂しがりやな彼の気まぐれみたいな求めに、まるごとを、差し出してしまうぐらいには。心を砕いて心配してくれた大切な、友人を裏切って。それでも欲しかったのは、何だったのだろう。当たり障りなく表現するなら腐れ縁、良き友人、なんて間柄に落ち着いた今ではもう、分からないけれど。それでもこの、はっきりと言葉に出来ない関係の、彼。そんなひとと研修二日目の昼休憩、これまた何の因果か、昼食場所に選ばれた彼の通う学食で顔を合わせた時。


 変わらない笑顔と声と、手を振るしぐさと。見慣れない無精ひげと陽に焼けた、腕に。

 泣き出しそうになったのは、ひみつだ。わたしだけの。

 
 女の子を何人も泣かせてきた、華やかで目立つ容姿の彼に、ゼミ仲間の視線を感じながら。彼女たちとも、現地学生とも離れたテラス席で、言葉はいくらでも出てきた。昼食をチョコレートケーキと紙パックのミルクティーで済ませようとしている彼に、そんなところは全然変わっていないんだな、と思いつつ。私がどうしてこんなところに居るのか、という話に始まって、自分たちの近況、共通の友人たちの噂話……話すことはいくらでもあって、与えられた時間はあまりに短かった。会えたことがただ、嘘みたいで。悔しいけれど嬉しくて。だけど無情に、過ぎていく時間。

 そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか。三日目の自由時間に良い観光場所は無いかと問うた私に彼は言ったのだ。何なら車、出してあげるよ、なんて。冗談かと思った。そんなこと、言ったら怒られるだろうか。そうして、あれよあれよという間に話はまとまって。最終日、研修を終えた午後には自分でもどこか信じられないうちに、友人たちと私と、彼。突発的で、奇妙な五人のドライブが実現していたのだった。

 
 話し上手で、人懐っこい。頭の回転が速く、思いのほか幅広い知識を持つ彼のおかげで、私以外は初対面の友人たちもすぐ打ち解けて軽口を飛ばし合っている。そのことに安堵と、ほんのすこしの寂しさを抱きながら。運転する彼をまた、盗み見る。最後に会った時はお互い免許なんて持っていなかったし、その時は高校時代を過ごした街での再会だったから本当に、何も変わらないねなんて笑いあったのだけど。昨日だって、ほとんど変わらないね、なんて交わしたけれど。見知らぬ土地で、車という、当時の私たちにとっては大人の象徴みたいなものを介しているとなんだか、変わらない、なんて幻想なんだという気がしてしまう。

 無暗に手を伸ばして。傷つけ合って。泣いて、泣いて。でも、手放せなかった、ぬくもり。恐らくはお互いに。あんなに痛んだ傷跡も想いもう、どこかおぼろげで。今だったらもうすこし上手く立ちまわれるだろうか、なんて。そんなことを考えてしまうくらいには私だって色々なことを経験して。隣の彼も、きっと。

 そう、変わらないものなんて、無いのだ。無いはずなのだ。時は流れる。そうして思い出を優しくあまく、濾過してしまう。そうこれは、美化された口当たりのいい、思い出のせいなのだ。


 耳に心地良いテノールが調子よく言葉を紡ぐのをずっと聞いていたい、と思ってしまうのは。変わらない声で、言葉を紡ぐ彼が運転する車の助手席に、ずっと座っていたいと思ってしまうのは。今だけ、の。感傷と懐古にまみれた、錯覚に過ぎないのだ。


 あと数時間もすれば、この車を降りて。

 それぞれの日常に、戻って。お礼のメールくらいはするかもしれない、だけどそれだっていつしかメールボックスの奥底に埋もれていって。この、記憶だって、感情だって。あの頃のものがもうすっかり時の流れにとけていってしまったように、すきとおって、一生懸命に取り出してみても、うそあまい残り香だけ、なんて。そんな風になってしまうに、決まっているのだ。

 写真を撮るのは、やめておこう。思い出がはやく、はやくとけていくように。顔なんて思いだせないほうがいい。その方がいい。気まぐれみたいにかすめることはあっても、もう、分かたれた、否、始めから沿うことなんてなかった、道なのだから――。

 
 だから今だけは。

 
「ねぇ先輩」
「んー?」
「このぬいぐるみさん、さわってもいいですか?」
「ん、どうぞ」
 

 ちらり、横目を遣るは右側。

 最後に見た時より少し陽に焼けた腕。心なしか、がっしりしただろうか。骨と皮で出来ているようなひとだったけれど。それでも相変わらず筋張ったその腕が、ハンドルに添えられている様はとても、奇妙な感じがした。ふかふか、柔らかなぬいぐるみを弄びながら。変わらない声を聞いていられるだけで、すこしだけ変わった横顔を眺めていられるだけで。それで、十分だから。駅への帰り道、高速バスの時間に間に合う程度に道が混んでいてくれたらいいな、なんて。

 そんなささやかな願いを乗せて。かすんだような曇り空の下、車は彼お勧めの観光地へと向かっている。





*





ほぼ、実話です。昨日のおはなし。


違うのはぬいぐるみが先輩のものではなくてお兄さんのものをそのまま置いていただけ、ということと。
写真を一枚だけ、撮ってしまいました。ちっちゃーく写ってるの(笑)

……というはずだったのですが、友達と私と先輩が写ったものを友達に、頂いて。
残念ながら消すほどの思いきりは持てず、何度も眺めているというのは、ひみつ。


はい。


こちらのブログではカカオ先輩とお呼びしているその方に、観光に連れていってもらいました。
本当に、ひょんなことからこんな展開に、なって。
なつかしくて、思わず過去の記事を読み返してしまいました。

当たり前なのかも、しれないけれど。

無精ひげを生やした面差しはすこしだけ、大人びていたけれど笑った顔とか、軽口の叩き方とか、いたずら好きな所とか。声なんて全く変わっていなくて。どうしたって、感傷的になってしまうのは、抑えきれませんでした。先輩ばかり見ていたの、ばれていないといいのだけど。


友達に「花音と先輩、テンポというか空気感が似ているね」と言われたことが、うれしかったです。
……正直似ているとは思わないんだけど、ね。あまり(笑)

それと「深い仲みたいだね」なんて言われたのも。
浅くは無いけど、どうなんだろうな。よくわからないです。

だけど感じたのは、今も変わらず、心かき乱される存在であり。


とてもとても、大切なひとであると、いうことなのでした。


たぶんこれでまたしばらくは会うこともないのだろうけれど。
お互いにたまに、思い出して気にかけ合う間柄で在れたらうれしいです。

そして、幸せで在ってほしい、とも。
こころから、ねがっています。


……そのくらいの距離感のほうが、わたしたちには、合っているのだと。


そう、言い聞かせています。なんて、ね。

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花音さんらしい
文章

堪能しました。

また書いてね

2012/9/9(日) 午後 11:54 [ ヤナ・ヤヌー ]

何気ない空気

ぬいぐるみが繋がせる

2012/9/10(月) 午前 0:09 [ ヤナ・ヤヌー ]

ここを離れてずいぶん経って。
それでもまた「花音らしい」と言っていただけること、
そう言ってくださる方がいるということが、とてもうれしいです。

またぽつぽつ、書いていけたらと思っております。

2012/9/10(月) 午後 3:10 花音

ぬいぐるみにぬくもりが移ればいいと思った
いつかほんの一瞬でも、思い起こしてくれたらと


……ヤヌーさんのもので、1500こめ^^ありがとうございます。

2012/9/10(月) 午後 3:12 花音


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