まろやか檸檬ティ。

いつだってそれはそこにあった 手の届く場所に

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 頼り方なんて、教えてくれなかった。

 誰、ひとりとして。甘えていいんだよ、と言われても、ありがとうとぎこちなく笑うことしか、知らなかった。それを目の前のこのひとは、教えてくれるという。見つめられたら大抵の女の子はどぎまぎしてしまうだろう、彫りの深い、それでいてあまい顔立ちのひと。何より目を引く、射抜くような瞳の輝き。その眼でこのひとは、相手を真直ぐに、とらえるから。こちらはすべてをさらけ出しているような、見透かされているような心持がしてしまう。


 ――無理してるでしょう、あなた


 すっかり無礼講と化した終わりがけの飲み会で。ワイングラス片手に彼は声を掛けてきた。こんなに赤ワインを傾ける姿が様になるひともそういないだろうな、なんて。つい、とグラスを引き寄せる指先に、酔いの回ったからだで見惚れながら、思った。

 どうなんでしょう。曖昧に笑ってみせると彼は、座席の隅のほうを見やる。目を遣らなくても、その一角で何が起こっているかは分かっていた。中心にいるのは、机に突っ伏しうずくまり、泣きだしてしまった男。取り巻く、男をなだめる者、まぁ飲め飲めとあおり立てる者、どうしたらいいか分からない、というような表情でそこと、こちらを同時にちらちらと伺う者。グラスと共にすぐ隣にやってきた彼はつい先ほどまでその一角で、うずくまる男に何やら講釈を垂れていたような気がするのだけど。

「……それより、大丈夫ですか、あの子」
「うん、ちょっときついこと言ってしまったかもな。だけど一人で悲劇を背負ってるようなあいつにだって、原因はあるはずでしょう。君ばかりじゃなくて」
「……悪いのは、私ですから」

 隅の一角の中心人物、それはつい、ひとつ前の季節のはじめまでとても、近くにいたひとだった。二年と、三か月。私と彼の大学生活は三年目を終えつつある所だったから、本当に、そのほとんどを。すぐ隣で、過ごしていたはずの、ひとだった。何時までも続くと疑わなかった日常が、綻び始めたのは何時だっただろうか。言葉で説明しようと思えば、いくらでも出来そうで、だけどそうしたそばから、言い訳のように聞こえてしまうのは何故だろうか。別離を申し出たのは、私だった。それは彼にとってきっと、ひどく一方的なものだったと、思う。私自身言い渡しておきながらしばらくは、信じられないくらいだった。それでも、無理だと。そう、思ってしまった自分が、気付かないふりを出来なくなっていた自分がいたのは、紛れもない事実だった。

「それが、いけないんじゃないの? 僕には君が必要以上にヤツのこと、気に病んでいるようにしか見えないよ」
「先輩の言うことは、分かります。でも、振ったのは私、なので。泣く資格なんて、ありません。それに……」

 知らず、手が首元の金属にふれる。ちょうちょとハートのあしらわれたネックレスは、ちょうど二週間前、クリスマスに贈られて以来肌身離さず身につけているものだった。それは秋口の喪失からカレンダーでは一つの季節が過ぎた頃、不意に訪れたぬくもりだった。

「自分だけが幸せになってはいけないなんて、思ってる?」

 でも、振ったのなら尚更、君は幸せにならなくちゃいけないと思うのだけど。そう続けて彼はグラスの中身をあおり、同じものを、と通りすがる店員に告げた。そう、まるで、ひとつぶのダイヤモンドのような。否応なしに、目をそらさずにはいられないような眼光で問われた言葉には、返せなかった。

 泣けなかった。それは本当だった。自分が泣くなんてお門違いだ、という思いからだけでなく。本当に、泣けなかったのだ。喪失感は、あった。後悔も確かに、あった。もっとやりようがあったのではないか。何故あんなによくしてくれた相手を手ひどく傷つけることしかできなかったのか。眠れぬまま明けた夜は数えきれなかった。思いきり泣くことが出来たら、すこしはすっきりするのだろうか。でも、辛い時は泣いていいんだよ、そんな友人の言葉に異論は無かったけれど。どうしても私の両の目から、涙が流れることは、無かったのだった。そして流れぬ水と共に私の足は凍ったように、秋のはじめから動くことが、出来なかった。

「それ、今お付き合いしているひとから貰ったものでしょう? ……せっかくそうして想ってくれているひとがいるのにさ、君はいつまでもアイツの心配ばかりして。失礼じゃない、そのひとに」
「……私ももう、どうしたらいいのか分からないんです」


 ――ならその抱えてるもの全部、僕にぶつけなさい。それで、くよくよ悩むのは今夜限りにするんだよ


 そんなこと、出来る気はしなかった。

 だけど、言葉に詰まってしまうような眼光に、頷くことしかできなかった。脳裏にこびりつく机に伏した背中に後ろ髪引かれながら。私は、二つ年上のそのひとに付いて、二次会の相談をするひとびとの冷めやらぬ喧噪を後にしたのだった。

 ネオンを通り抜け、たばこの匂いがかすかに鼻につくカラオケボックスに連れだって。アルコールに浸された頭はふわりふわりと現実感を希薄にする。おいで、と抱きしめられた時もどこか、ぼうっとしていた。嗅ぎ慣れぬコロンと、全くしっくりこない腕に包まれて。安っぽい脚本でも演じているような気分だった。実際の所、そのようなものだったのかもしれない。彼にだって私にだって、本来こうしているべき相手が、ちゃんと居るはずだったのだから。

 頼ることに慣れなさい、と。

 腕の中の私に彼は言った。僕は今晩を、あなたのために全部使うからと。その代わり、夜が明けたらもう振り返るのはやめなさい、と。今現在、隣にいるお相手のことだけを、考えられるようになりなさい、と。
 

 頼り方なんて、教えてくれなかった。

 誰、ひとりとして。甘えていいんだよ、と言われても、ありがとうとぎこちなく笑うことしか、知らなかった。それを目の前のこのひとは、教えてくれるという。見つめられたら大抵の女の子はどぎまぎしてしまうだろう、彫りの深い、それでいてあまい顔立ちの、二つ年上の男のひと。そんなこと出来るような気はしなかった。だけど、もがくことも出来なくなっていた、秋で止まった季節の中で。今晩だけは彼が与えてくれたぬくもりに身を預けたい、と。ぼんやりした頭で感じていたのも、事実だった。


 おいで。

 促されるまま飛び乗った終電間際の地下鉄。車を取ってくるから、という彼を、使い慣れた駅の側、レンタルビデオショップで待つ時間は、永遠にも思えた。だけど当然ながら永遠なんて、どこにも存在せず。想像通りのスマートな所作でハンドルを切る彼の車に、乗り込んだのは零時過ぎだったか。童話だったらもう、魔法は解けてしまう。だから二人の間にあったのはそんな、甘美なものでなく。演者にも行き先が分からないような、結末のない台本と観客のいない舞台だけだった。

 辿りついたそこは、存在こそ目の端にふれるけれど、あまり立ち入ったことの無い場所だった。分かっていなかった訳じゃないけれど。手慣れた様子で、まばらに点るパネルのひとつを叩いて部屋のキーを取り出す彼を見つめていることへの、違和感は拭えなかった。

「どうして、こんなことしてくださるんですか」
「……最近、あなたはとてもきれいになったと思う。アイツといた頃よりも、余程。なのに、いつまでも、お互いを縛り続けるみたいに、くよくよしているからさ」


 観賞用イケメン、なんてひそかに揶揄されているこのひとは。

 そういえば、その見透かすような眼差しで。聞いている方が居たたまれなくなってしまうようなセリフを、何でもないことのように紡げるひとだった。だけど、私の足元を崩したのは。せき止められていた水を溢れさせたのは。そんな、歯の浮くようなセリフではなくて。図ったんだか無意識なんだか分からないような、ほんの一言だった。


 ――さん、と。


 それは、あだ名で呼ばれることの多い私の名前だった。

 二年と三か月を共にしたひとは、私の名前に「さん」なんてよそよそしいような敬称をつけて呼ぶのが癖だった。同い年なのに。でも私は、そう呼ばれるのが、とてもとても、好きだった。

 鼻の奥が、つんとして。あんなに流れなかった、ひとしずく。ほおを伝ったことが自分でも、不思議だった。今まで、誰よりも信頼していた友人にも言えなかったような言葉たちが、漏れ出ていた。本当に出し切った? だなんて問われたくらいに、それ以上、涙は出なかったけれど。私には、十分だった。それに、相変わらず嗅ぎ慣れぬコロンと全くしっくりこない腕の中。きれいだよなんて囁かれながら、悟ったのだった。


 頼り方なんて、教えてくれなかった。

 誰、ひとりとして。甘えていいんだよ、と言われても、ありがとうとぎこちなく笑うことしか、知らなかった。それを目の前のこのひとは、教えてくれると、言った。見つめられたら大抵の女の子はどぎまぎしてしまうだろう、彫りの深い、それでいてあまい顔立ちの、二つ年上の男のひと。そんなこと出来るような気はしていなかったのに。身を預け、涙するなんて。

 枕を共にした翌朝。目を覚ますと、私はダブルベットにひとりだった。広すぎるそこに私以外のぬくもりは、かけらも残っていなかった。顔を上げると、ソファーに身体を委ねる彼がいた。視線の先のテレビには、洋画のエンドロールが流れているようだった。


「起こそうと思ったところだよ。ちょうど観たかった映画がやっていてさ、よかった」
「……先輩、寝てないんですか」
「まあね。だって添い寝は、彼氏の役目でしょう?」


 いたずらっぽく言って、着替えておいでと笑ったそのひとの目は、とても、やさしくて。


 私は、きっかけを貰ったのだと思う。

 ほめられた行いではないけれど。だけどその晩、彼が私にくれた、時間は。荒療治を以て、私にきっかけを与えてくれたのだった。時計の針を進め、凍りついた足を流れを、解かし砕いてでも、歩み出す、義務を。礼を告げると彼は、言ったのだった。あなたが前を向けるなら十分だ、と。


 彼に下の名を呼ばれたのは、後にも先にも、あの晩の一度きり、だった。





*





そんな一晩の、おはなし。


こちらの「先輩」には本当に、色んな意味で頭が上がりません。通称観賞用イケメン←

「うずくまっていた彼」とお別れして、もうじきに一年になります。
最近はようやく、彼とも笑って話せるようになりました。痛みは、互いに抱えたままなのだろうけれど。

結局、先輩の前でも「思いきり」泣くなんてことは出来ませんでした。
それでも、つっかえていたものを取りだすことができたのは。一応は、歩きだすことができたのは。


きっかけを、頂いたからなのだと思っています。


一晩を君にあげるから、その代わり明日からまたぐずぐずしてたら容赦しないぞ、なんて。
そんな無茶苦茶な!と思わないでもないのですが(笑)少なくとも私はそのおかげで、多少の義務感はあっても、前を向こう、と思うことができて。自分の、くすぶっていた何かに、取りあえずのさよならを言うことができて。

本当に吹っ切るということはたぶん、無いのだと思います。

それでも歩かなくちゃいけない。
そんな時、背中を押してくれるひとの存在というのはとても有難いものなのだなと。


そんなことを、感じた冬でした。

閉じる コメント(4)

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小説、と言うか実話なのですね!相変わらず分かり易いお話のような文面でうっかり小説かと思いました。
でも小説風、の日記ではあるのでしょうか。

本当に吹っ切れることはないとしても、本当に進んでゆけたらいいですね。
そして新しい方と新しい道を。そう願ってしまう白月なのです。
しかし通称観賞用イケメンという単語にうっかり笑ってしまったのですが!
そんなイケメンな先輩なんですか!!いいなぁ……なんて思ってしまいました。

ナイス(以前で言う傑作)、と押してゆきます。
花音さんに頑張れ、の意を込めまして!(^v^)

2012/9/11(火) 午前 3:33 白月 光菜

話題が話題なので。
ずっと誰にも話すことなく、しまっていたことなのですが。
ここなら、この形なら、残しておいてもいいだろうか、と思い。
小説という形は取っていますが、ほとんど自分語り、だったりします。

観賞用イケメン、笑っていただけて嬉しいです☆
本当に、憧れのひと、といいますか。お付き合いしたい、というよりは顔が見られるだけで、お話できるだけで気持ちが華やぐような方、というのがサークルの女の子たちの共通見解です(笑)

ナイスボタン…時代は変わったのですね←
浦島太郎な気分です。

がんばれのナイス、ありがとうございます♪
背中を押してくれる皆様がいるから、わたしはまた、前を向けるような、気がします。

2012/9/11(火) 午後 9:09 花音

背中を押して感謝されるのはいいね
干からびた涙がすこし

2012/9/11(火) 午後 9:30 [ ヤナ・ヤヌー ]

背中を押す、って思う以上に勇気がいる行為なのではないかと思います
中途半端なことをしてしまわないだろうか、差し出がましいことだろうか
わたしは、そうして手を引っ込めてしまうことも多いので

とても、有難かった、です

干からびたなみだで、たぶんわたしはあの時、涙を流さずないていたのだと思います

2012/9/11(火) 午後 11:06 花音


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