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ブレトンウッズ協定は1944年に締結されて翌年に発効しました。
国際基軸通貨がポンドからドルに移行し、新たな国際通貨秩序体制ができあがりました。
それにより、ドルの発行国であるアメリカはドルの価値を維持するという宿命を負うことになりました。
圧倒的な軍事力を保有して国際通貨秩序を維持することは、国際基軸通貨発行国になる絶対的な条件です。
アメリカの国防力を遥かに上回る軍事力は、国際通貨秩序を守るためのものであり、それを可能にしたのは基軸通貨発行特権です。

しかし、いくら基軸通貨発行特権で強大な軍事力を有していても、国際通貨秩序を基軸通貨発行国一国だけで守るには余りにも負担が大きすぎます。
ですから、アメリカはブレトンウッズ協定の締結国に負担の一部を担ってもらうことにしましたいた。
ドルをヨーロッパに流通させるためにマーシャルプランが実行され、1949年には通貨秩序を維持するために北大西洋条約が締結されてNATOが組織されました。

吉田茂は、ブレトンウッズ体制の一員となって戦後復興を果たそうと考えていました。
1951年に来日したダレスは、日本に対して再軍備をしてブレトンウッズ体制を支えるようにと要請しました。
しかし、吉田は再軍備を拒否しました。その代わりに、米軍に基地を提供するという日米協定案を提示し、将来的には5 万人からなる「保安隊」を創設することを約束したのです。
つまり、日米安保条約はヨーロッパに於ける北大西洋条約であり、保安隊(後の自衛隊)はNATOの役割を担うために創設されたわけです。
要するに、日米安保条約と自衛隊は、ドル体制という国際通貨秩序を守るためのものであって、日本の防衛を担うものではないのです。

ブレトンウッズ協定以降のアメリカによる軍事行動の大半は、国際通貨秩序の維持が目的です。
所謂冷戦とは、ブレトンウッズ体制(ドル経済圏)とCOMECON(ルーブル経済圏)という二つの資本主義経済圏の通貨覇権争いのことです。

多くのアメリカの若者は、自国防衛という名目で戦場に送られて死んで行きました。
しかし、無知なアメリカ国民も流石にベトナム戦争の泥沼化によって疑問を持ち始めます。
だから、アメリカは日本に対して更なる負担を求めるようになったのです。
そして、安倍内閣はアメリカの求めに応じて閣議決定という手段で解釈改憲を行い、それを合法化するために所謂安保法制を成立させました。





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