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中江兆民という思想家、ルソーの「社会契約論」を翻訳したことでも有名だ。
彼は1901(明治34)年4月に滞在先の大阪で喉頭癌と診断され、余命「1年半」と宣告された。
闘病中の9月に書かれた「一年有半」はベストセラーとなり、その中で中江兆民は「人が死ねば墓地ばかりが増えて、宅地や耕地を侵食する。自分の場合は、火葬した骨と灰を海中に投棄してほしい」と述べている。無神論者だったのだ。
同年12月13日、中江兆民は亡くなった。54歳だった。遺言では「死んだらすぐに火葬場に送って荼毘に付せ」とあった。
そこで、遺された人たちによって葬儀の代わりに17日に青山墓地で行われたのが、日本初の「告別式」だったのだ。
それまで葬儀で一般会葬者の焼香を受ける習慣はなかったが、これを機に「告別式」という方式が認知されて、大正で広まった。
葬式は僧侶が主導するもの。告別式は葬儀があろうとなかろうと、故人に別れを告げ、参列者と社会に挨拶するもの。葬式の一部ではないのだ。
ところがいまでは告別式が葬式の一部となってしまっている。無宗教の中江兆民は愚かなことだと思っているに違いない。
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