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弔問客たちの多くは稔の笑顔を見て「幸せそうやね」と話した。ある女性は冗談交じりに「じいじの話は面白かったけど、下ネタもあって、今ならセクハラやわ」と話すと、「ほんまや」と呼応する女性もいて、時おり小さな笑いが起きた。
当時15歳だった阿南にとっては、初めて身近で触れる死だった。だが、彼自身が漠然と抱いていた死の印象とは違っていたという。
「祖父は多くの人に触れてもらい、笑顔で声もかけてもらえて幸せだったと思います。『死は悲しくて怖いもの』というイメージがありましたけど、悲しいのはそうだけど、それだけじゃない。人生をまっとうしたという点では『お疲れ様』だし、人生の卒業式なら『おめでとう』だし……」
若さゆえの感性なのか、「おめでとう」には少し戸惑うが、200人以上を抱きしめて看取ってきた、社団法人日本看取り士会の柴田久美子会長(65歳)は、阿南の感想について何の不思議もないと話す。初めて身近で経験する肉親の死が、その人にとっての「標準」だからだ。
「結局、子どもにとっての死を『冷たくて怖いもの』にするのも、『温かくて幸せなもの』にするのもすべて大人なんです。大人が肉親の死を必要以上に怖がって遠ざけ、忙しさを口実に病院に任せきりだと、それを見た子どもたちは『死は冷たくて怖いもの』と思い込んでしまいます」(柴田会長)

私が死を怖いと思うようになったのは
子供の頃に お寺に連れて行かれました。

お坊さんは
悪いことをすると地獄へ落ちると言います。
地獄はこんなに恐ろしいものだと
残酷なスライドや絵本を見せつけられました。

死が怖いと思うのは 仏教があったからです。

思うに・・
子供の頃はたくさんのお墓がありました。
たくさんあるのに、天保時代より前の墓はありませんでした。

幕府が、天保時代になって一般にもお墓を許したからです。

仏教も権力者の幕府の都合で 強制して入れられたものでした。

多分私のご先祖さんも 
仏教信じて、お寺さんにお世話になったわけじゃないんです。

キリスト教を禁止するために、強制的に庶民はお寺さんに 
いずれかの宗派に強制的に、入信させられたそうです。

お寺の仏門に入ることで、
権力者である幕府の 民衆を監視するなった訳ですね。
・・・?

権利者が悪いことしても 地獄へ落ちると脅して・・
文句言えないようにね。

今も 権力者の安倍政権の最大政治団体の 日本会議という 
仏教や宗教団体が政治支配しているのは変わりませんよね。

弱い者い部族を滅ぼして、富を独り占めした支配し者が神社に祀られのに・・
なんで 参拝すればご利益あるのか不思議ですよね。

お釈迦さまな 何も語らないのに ああだこうだと仏事のフェイクニュース
が多いのも不思議ですよね。

死を怖いものと 思い込ませたのは 
権力が仏教を世論操作の道具にしたからでしょうね。

そのへんを理解する 知識人なら 
死後は無の世界と割り切り 怖がらないと思うのですが 

あなたはどう思いますか?














転載元転載元: 脱脂粉乳世代


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