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再再再再掲くらいで、恐れ入ります。
写真は、私が「独り立ち」する日のために母が押入れに仕舞って置いた「寝具」に貼られた、折り込み広告に書かれたメモ。母の文字です。
家を出る私のために、とって置いてくれた布団です。
「マットレス」は平仮名で書かれていますね。
母は大正3年生まれ。
平成半ばに亡くなりました。
この国の女性として
どの方も味わった あの時代のあらゆる辛酸を経験した人でした。
私は まだまだ、母の年齢には達していませんが、
老いて、今抱く、己が存在を失う恐怖の内に・・・何処かに
近々母に会える?との 甘露のような想いがあります。
・・・・皆忘は唯物論者の筈ですが・・・
<<母と森へ>>
森に入った 母と一緒だった
深い森だ どちらを向いても同じように見える 木々が立ち並び 陽の光が明るく射している 下草は生えていない 小径などなく どうでも自由に歩くことが出来る 母とぼくだけの森だ 母と歩いた
母はなんの目的で森に入ったのか わからない 草を刈るのでもなく 木の実を拾うのでもない だいいち そんな季節ではない では 木の枝を拾うのだろうか そんなことは どうでも良かった
ここは 母とぼくだけの森だ 上を見上げると 木々の枝を通して 青い空
明るい森 ただ どちらを向いても 何の変わりもないことが なんとなく不安だ 広い空間に出た
子どもたちが遊べるくらいの森の中の空間 まっすぐ空が見える ぼくは立ち止まってあたりを見回した
母は遅れて 遠くにいるのか? 前しか見えない人にとって 静かな森は不安だ あれは 何だろう
一本の木が 木の幹が えぐれたように
広く長い傷をさらけ出している 傷の表が朱色 ちょうど 人の肉をスッパリ切ったように 朱に濡れた樹肌を空気に触れさせている 何だろう
朱のえぐれは
すごい痛さを 持っているようだ ぼくは突然 痛さに襲われた 木の痛みが ぼくに伝わった 皮と肉を失った その表はヒリヒリと痛い 血液とリンパ液が滲出している 触ると どんなに痛いだろう 木の幹の 抉れた朱色 森のなかの 一箇所だけの 朱色 母は?
ぼくは 母の居場所を探した 母は たぶん 僕の後ろにいるのだが ぼくは 振り向こうとした でも 振り向けない 振り向いて 母がいなかったらどうしよう このままでいれば 母は後ろにいる 振り向くことで 居たはずの母が消えてしまうかも知れない 木肌の抉れ
いやそれは木肌などではなく 皮も肉も剥がされた 肉の中だ 朱色に濡れている ぼくは立ちすくんだ
空を木枯らしが通った 「もう冬だね」
母の声がした 蛇足ですが・・
幼いころ
家族一同、そろそろ寝ようかという時刻
(ラジオも もう消して・・・)
私はよく 居間で寝込んだ「振り」をしたものでした
こっくりこっくり
母が声をかけます 「布団に行って寝なさい」
私は 相変わらず 寝たふり・・・
母は 仕方なく「しょうがないねえ」と言いながら
私を抱き上げて寝室に運びます・・・・
一生のうちで
あれほどの幸せは 他になかったですね。
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昔は秋になると張り替えした寝具の布で
新しい綿で布団を創り替えていました。
幼い子供の頃の秋の風景
忙しそうにしていた母の姿が重なりました(*^-^*)
2018/11/12(月) 午後 4:59
> arielさん
母のことと言えば・・・
先日 母の三回忌の連絡がありました
亡き母がほとんど見えない眼で書いた般若心経の小さな紙を思い出し その流れの中で 子どもの頃の情景も次から次へと懐かしく思い出され・・・
2018/11/12(月) 午後 7:02