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震災を機に人生をリセットす
人間は一生のうちに人生を何度リセットするものなのだろうか。 いや人生をリセットするなどということはないのだろうか。 それともリセットなる概念を持つような場面に遭遇すること自体が通常は無いのだろうか。
かつてこのブログで、「一生(いっせい)にして四世(よんせい)を生きる」という項を書いたことがある 。
もしかしたら、あの人生の区切り方に似たものなのだろうか。
自分でもよくわからないが、国家予算などに補正予算があるように、一連の人生の流れをあらかじめ決めていようが、またなかろうが、これまでと違った流れにしようと考えたり、違った流れで生きて行こうとすることは確かにあるものだ。だとするならば、その変換点をリセットと捉えて、積極的に、いやより積極的に流れを生きれば、それはまさしくリセットしなおしたと言って過言ではない。
あの忌まわしい原発事故で故郷を離れてからというもの、物への執着を無くすことに積極的になり大々的な断捨離をした(というよりせざるを得なかった)。その範疇は、目に見える物をはじめ、目に見えない人(人の心)にまで及んだ。ある意味空恐ろしい事である。その上で新しい自分なりの生活を自分なりに打ち立てて行かなければならなかった。離れ離れになった皆さんもみなそうだと思う。
その意味では、やはりあの震災(原発事故)を機にみんな人生をリセットしたのだ。
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