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ある企業の社長の話なんですが、 貧乏の家に生まれたんだけれど仕事で成功して、奥さんに恵まれて、幸せになって、すごいお金持ちになって、病気もしたんだけれど、医者が直せないという病気を自分の想念で奇跡的に回復もしたという、すごい幸せで豊な人がいたんですね(笑) その人が言うには、この世の中で本当に幸せな人は5%ぐらいだと言ったんですね、 このことに関しては正確なデータはもちろん取れないけれど、私もそれくらいだろうなと思っています、 それでね、そういう人は、はたからどう見えているかと言いうとね、 「常識を逸脱している人」なんです、 つまり「非常識な人」なんですね、 なんかおかしいですよね(笑) それでね、この非常識な人とは、通常考える他人を不愉快にさせるような非常識な人間ではなくて 一般常識人の上に存在する「超常識人」なんですね(笑) この超常識人という人は、一般の人からすると「自分の持っている常識枠には当てはまらない変わった人」ということなので、他に見当たる言葉もないので私は「超常識人」と呼んでます(笑) それで、普通の常識人とは、どうゆう人のことかというと、この世界で生まれて生きて行くうちに、親、兄弟、友達、学校、会社、メディアなどの影響によって作られた脳を持つ人のことで、 その時の生れ出た時代の常識を強く信じている人ということです ですから、普通の常識のある人は、生れる時代や場所によって全く価値観が変わってしまいます、 たとえば、血統や家柄が第一の時代だったり、身分階級、社会的地位の時代だったり、学歴の時代だったり、お金持ちが尊敬される時代だったりと、時代と場所でいつも変化してしまいます 反対に「超常識人」は、いつの時代生まれてもどこに生まれても、変化しません それは、思いやりだったり、人情だったり、義理を果たすことだったり、やさしさだったり、 癒してあげることだったり、愛だったりと、 いつでもどこの時代に生まれてもまったく同じで、なによりも「心のありかた」が第一な人なんです、 生きることの基準、選択肢の基準がいつも同じなんです このことが、常識人には理解できない理由なのですね、 他の人と選択の基準が全然違いますから、そのように変わって映る訳です、 この「超常識人」になることが、経済的にも成功し、豊かで幸せに生きる道なんです、 幸せな人が5%しかいないというのは、その時代の価値観にとらわれず、心のあり方をいつも一番に考えている人の数ということになりますね(笑)
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製造、流通システムを通過するすべての材料のうち、販売から六ヶ月後に製品としてまだ使われるモノの割合をご存じだろうか?
50パーセント?20パーセント?
まったく違う。1パーセントなのです。
その上、破棄するのは無駄なモノの半分にすぎない。あとは買ってみたけれど、ほとんど、あるいは一度も使わないもの。
買ってみたけれど一度も使わなかったモノを思い浮かべてみよう。 ○一度も袖を通さなかった服。
○読まない本 ○箱から出しもしなかった電気機器 ○他にもあなたの頭に浮かんだモノありますよね? 「買ったモノと使うものの差が、すなわちムダ」――時間のムダ、お金のムダ、放置されて埃をかぶっているということで、ただのゴミという意味でもムダなモノたち。
倉庫には何が詰め込んであるのだろう? ○キャンプの道具 ○パン焼き器 ○雑誌のバックナンバー ○ローラースケート ○PCモニター ○昔のソファ ○引っ越しのときにようやく捨てるモノ 挙げればきりがない。
家には起きたくない、散らかる邪魔な「ただのモノ」だ。 そもそもわたし達は、モノを買うために必死に働いた。 ようやく手に入れたはずの念願のモノ。それらはただちに不要品となる。 なのにわたし達はこのゴミ?がどこから来るかより、ゴミをどこに葬るかばかりを考えている。 なにか変だ。よけい重荷が増えて、楽しくないのだ。
『現代の物質主義は、わたし達の欲望をあおることによって成り立っている――決して満たされることのない欲望によって』 わたし達は豊かになり過剰消費に走ったが、自殺率は上がり囚人は4倍になり、うつ、不眠、心臓病、肥満などが急増したという。
こんなにたくさんのモノに囲まれているのに、幸せと思えないのはどうしてだろう?
わたし達は何故モノを買うのか? ハイパー消費を支えているのが四つの巨大な力だという。 「説得力」「後追い文化」「商品寿命」「あとひとつ的心理」だ。 モノを売るには「気持ちよく」「力強く」「セクシー」になりたいという欲望に
うまく訴求できれば、どんなモノでも売ることができる。
つまりなりたい自分を想像させることで、石けんからベーコン、ウオール街の株式まで買わせることが出来るのだ。
消費社会は豊かで幸せだと讃えられてきた。今たくさんのモノが溢れている。でも、それらは幻影になりつつある。 ショッピングモールの膨大なモノたちは、必死に買われることを願い続け、何か得体の知れぬ脅迫的な色彩を帯びている。
では、手に入れられないと不幸せになるだろうか? 買ったとたんにモノからの輝くオーラは消えて、ただの邪魔なゴミに見えてくるのはどうしてだろう?
本当に大切で必要なモノは何十年たっても、わたし達の傍にある。 「愛する」ということは、なにも人間だけが対象ではない。
今手に入れようとしているモノを「末永く愛せるか?」もういちどモノに問いかけてみたい。 欲望のままに手に入れて必要ないと感じたらポイッと捨てる行為は悲しい。 人間でもペットでもモノでも対象は関係ない。 「丁寧」「大切」「吟味」をする。
それはわたし達のこころの問題かもしれない。つまり 利他的な愛があるかどうか?モノに対してさえ、最終的にはこの考えにいきつく。 ※2011年の記事の再掲載です。 |

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新年
明けまして
おめでとうございます
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「教科書が読めない子どもたち」が問題になっている。
一応、文章も読むし、音読も出来るが、本人の頭の中には全く
「その内容」がイメージ出来ていない。 数行以上の文章を、意味をもって読み解くことが出来ない。 つまり字ヅラを追っているだけである。 テストで出る「この時の筆者の主張/心情を説明せよ」を現実世界で活用出来ないと、どうなるか?
本人も気づかぬうちに、いじめっ子になる。なにしろ相手の気持ちが、わからないのだから。 ここまで読んで、私たち大人は「だから最近の子供たちは……」と嘆く。 だが、大人達よ、ちょっと待て。それって子供だけだろうか?
大人もそうじゃないだろうか? しかも全世界的にだ。 SNSが普及して明らかになったことがある。 提示版をご覧になればわかる。役に立つ意見よりも、圧倒的に不愉快な意見が目に付く。
だが、そんな単純なことではない。 そもそも発信者の文章の、文脈的意味や表現意図を理解出来ない人が圧倒的に多いのだ。 ●SNSのコメント欄に痛烈な悪口を書き込む。 ●やりとりが全くかみ合わない。 ●見当違いな意見や罵倒を続ける。 ●文脈が読めない人が、不快な文章を書き並べる。 ●詳細を知らない人が、知ったかぶりして非難する。 ●どう読んだら、そういう解釈になる? ●記事の全体は読まず、話の論点も掴む気がさらさら無い。 どうしてこのようなことが起きるのか?
書かれていないその人の背景を想像して、その発言に至った過程を想像せずに決めつけて物事を言うからだ。 読解力の調査によると、全体の8割も基本的読解力に欠けていることがわかっている。
つまり読めていない。理解していない。わかっていない人がほとんどというわけだ。
だがそれも1割ほど高くなるだけで各国の酷い理解力から見て、 ややマシというだけだ。 語彙だけが貧しいならいいが、相手が何を言いたいのかすら理解出来ないのだ。
発信者の真の理解者は、実は、たったの1割という現実が悲しい。 そもそも分厚い本を楽しむ人は、人口比でどのくらいいるだろう。
子供だけでなく大人でも「長い文章が全く読解出来ない人」はたくさんいる。 読解能力をもたない人は、保険の約款を理解できない。
新聞記事の趣旨も分からない。 提言の要点をつかんだり、小説に込められた機微に心揺さぶられることもない。 こうなると、自分が生きている社会の構造を解釈し、把握することもできない。 だが、社会に不満なので社会に関わろうとする。
すると的外れな解釈と、偏った結論が社会に拡散される。 伝言ゲームではないが、最初の発信された言葉の趣旨とは、かなり異なったものが、真実を把握せぬままに、私たちを思い込みという混乱に巻き込む。 これを回避するにはどうしたらいいか?
感情だけで、批判記事に迎合しないことだ。
また、又聞きを拾った書き込みを信用しないことだ。 真摯な批判記事なら、深いリサーチと、その人なりの真実があるので、あなたに新しい視点をもたらし、不愉快な気分になることはない。 そもそも発信者の真実に肉薄している意見は、見つけることが難しいほど限られていると考えていい。
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今日は
まどみちおさんが亡くなった日です。
104歳でした。
♪
ぞうさん
ぞうさん
おはなが ながいのね そうよ かあさんも ながいのよ ぞうさん ぞうさん だあれが すきなの あのね かあさんが すきなのよ 「お前鼻が長いなあ」
「そうだよ お母さんも長いんだよ」
象さんは 寛容です。
寛容
あらゆる人柄のなかで いちばん大切だと思います。
ぞうさんの寛容は多様性への愛と信頼だと思うんですよ。
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