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この講のテーマである「集団のためか、個人のためか」であるが、この章で一番印象深いのは、
彼女の両親はシーク教であるために、結婚式が終わるまで相手の顔を知らないという取り決め婚であるとのこと。
僕もアリゾナ大学にいたときもMasanoの友達のインドの女の子と食事をしたことがあるが、
その時は「周りのアメリカ人は、自分の好きな子と結婚していくのに、彼女は全く人権も無視されている。彼女はどのように思っているのであろう?可愛そうに」と思い、かける言葉さえも無かった。
本書を呼んで本当だろうか?
と思った。本書の項目に「取り決め婚と恋愛婚とどちらか幸せか」P68という項があるが、
「夫/妻には何でも打ち明けられるそうな気がする」
「あの人なしでいるのはとても辛い」
といった項目でどれだけ自分の気持ちに当てはまるか分析した結果
結婚1年以内では、恋愛婚 70点/91点、 取決め婚 58点/91点
婚10年では、 恋愛婚 40点/91点 取決め婚 68点/91点
離婚率も取決め婚の方が断然低いとのこと。
またアメリカの在住インド人の75%以上が「条件はすべて揃っているが愛していない相手と結婚をするのはやぶさかでない」と思っているとのこと。
であったという。
本書でも書かれているように、全世界の多くがまだ取決め婚が行われている。両親もしくは人生を多く経験した長者が結婚相手も決める。結婚は個人のものでなく、家族のものと考えれば、ゆっくり生活を通して、相手のよさを探していくことも必要と考える。現に日本でも本の60年前までは普通に行われていたのだから・・・
勝手に自分の感覚を相手にぶつけるというものは如何なものであろうか?
勝手に自分の感覚をぶつけているのはアメリカ人であり、欧州人であり、日本人ではないか・・・
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