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教育区委員会から 許可をもらえなかった 区外登校
嫌な思い出しか残っていない旦那の実家に住所を移して
通学するという 力技で現在の中学校へ通うことにしました
説明会のプリントも ご案内程度で制服を何時までに注文すれば良いかもわからず
入学式にギリギリ間に合いほっとしたこと・・・
説明会で 一人だけ違う小学校からきていることを 不思議そうに見る
生徒と父兄・・・はっきり言って不安でした
でも決めた以上 進むしかないと本人にも自分にも言い聞かせ
準備を進めていました
春休みに入って 通っていた小学校の傍を通りかかったとき
長女が ポツリと
「やっぱりみんなと 同じ中学校にしておけばよかったかな・・・」
とつぶやきました・・・胸が痛かったです
卒業式の最後の日まで誰一人として 声もかけてくれなかったような
そんな 同級生でも それでも言いというの?
ただ 不安なだけ わかってはいるけれど・・・・
「あなたも知らない人ばかりだけれど お母さんも一緒だからね」
その不安は 入学式の朝まで・・・入学式が終わっても消えませんでした
でも 次の日から春休み中に 何度か通学路を自転車で登校する練習もしてあったし
一人で 登校して行きました・・・
原担は若い女の先生 支援も体育会系の女の先生
知り合いがいないことは 百も承知
ゼロからのスタート せめてイジメられませんように・・・
お弁当が始まり 長女の口から出てきた言葉は
「今日ね 一緒にお弁当食べた子と『このおかず(冷食)美味しいよね』って
盛り上がったんだよ〜」
「そう・・・よかったね・・・」
嬉しすぎて それ以上言葉が出ませんでした
本当に 嬉しくて嬉しくて・・・言葉は出なかったけれど
代わりに 嬉し涙が出てきました・・・
普通の何てこともない会話・・・私たち親子には今まで
経験のないことでした・・・よかった・・・無理して・・・勇気を出して
この中学校へ来てよかった そう思いました
梅雨に入って 雨の日も多くなり カッパを着て登校する日も多くなった頃
登校途中に 思いっきり転倒したそうです
帰ってきて
「お母さん・・・こけて カッパ破れた・・・怪我もした」
みると ズボンは破けて 血がこびり付いていました
それでも泣かずに 一人で職員室まで行き 保健室で手当てをしてもらってきたそうです
「偉かったね〜 一人で行けたんや?」
「うん・・・でもな こけたことはショックやったけど クラブの先輩が
『大丈夫?』って心配してくれたん! いままでそんなこと言ってもらったことなかった
から すごく嬉しかったん」
そうです・・・いままで後ろから突き倒されて殴られようが 砂を四方から
ぶつけられようが いたわりの言葉などかけられたことがなかったんです
だから 怪我の痛みより 先輩の優しい言葉のほうが嬉しくて
ニコニコしていました
親としては 今までいた環境がどんなに酷いものだったのか
改めて思い知らされると同時に よほど我慢して小学校に行っていたのだと
痛感しました
原学級も 1年生ということもあってか 落ち着いたクラスで
「休み時間に男子がウルサイ」と嬉しそうにぼやく以外は
何事もなく過ぎていきました・・・
勉強面は・・・無理なことは無理ですね
歴史は好きだけれど 漢字が書けない
ところてん方式=無理やり10個覚えます 次の10個を覚えると
前に覚えた10個は なくなっています 優秀なスーパーのようです
先入れ先出し 在庫なし みたいな・・・
もちろん 覚えていることもあります・・・が
問題の順番が変わったり 問題文が変わると もうダメですね
だから どんなに一生懸命本人が テスト勉強に励もうと
結果は 点数一桁台でした・・・頑張らなきゃ!!という思いとは
裏腹に 結果は出ない・・・本人も手伝う親も辛かった
「学校が楽しい 学校ってこんなに楽しいところだったんだ!!」
毎日そういいながら 登校していく長女
学校が楽しい・・・そうすると次の高校を考えます
でも 学習状態がそんなもんですから・・・親としては切ない。。。
気の毒にね・・・親ながら そういう言葉しか浮かんできませんでした
調子のいいときは 何があっても 上手くいくようで
「男子のふざけに巻き込まれたから 追いかけてやった」
とか
「嫌な あだ名つけられた」
といったときは 「イジメられてるの?」と聞くと
「ちがうよ ふざけているだけ」
とまで言えるようになっていました
随分 成長したんだな〜と・・・
一緒に帰ってくれる 違うクラスのお友達も出来て
小5の時からの夢がかなったようでした
冬休み前には 先輩や友達の住所を聞いてきて 年賀状を出したり
普通の中学生生活ってやつを 送っていました
3学期には 一緒にテスト勉強をすると 友達が我が家に
来てくれた事もありました 彼女にとって
一番楽しい1年を過ごせたようでした・・・
まさか 2年生にこんな どんでん返しが来るとは
親も本人も 思いもせず・・・ただ楽しく中学校生活は
過ぎていくものだと 信じていました
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