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「ま……まさか 美女軍団が何か……?」 「うるさいよ戦争戦争って 防衛の話だっていってんだろうが」 「デコはこの89式にかけて日本を絶対守りマス……!!」 「ハァ 日本は…ひとかけらだって…渡しまセン…ハァ ゴフッ」 「みんな平和は嫌いなのデスか?!」 萌え系美少女と熊の怪しげな対話――。 本当にこれは天下の「防衛庁」http://www.jda.go.jp/が協力しているのかと絶叫したくなるのが、平成17年版漫画版防衛白書の驚愕の実情である。稀代の防衛白書愛読者として知られるBomcatはそれを霞ヶ関にある「政府刊行物センター」(「独立行政法人国立印刷局」http://www.npb.go.jp/)で手に取った。無論、今更何を驚いているのか?という賢明なる読者諸兄の指摘は尤もであろう。無論、Bomcatとて本書を知らない訳ではない。「デコクール」http://decocool.seesaa.net/が漫画を描いていることも知っていた。何故なら「デコクール」はBomcatの愛読誌の一つたる「SECURITARIAN」http://www.bk.dfma.or.jp/~sec/home.htm(「防衛弘済会」http://www.bk.dfma.or.jp/刊行)に偶に漫画を掲載しているのだから…。 内容面も驚くほどの変化だ。無論、イラク派遣や変わる自衛隊について概略を端的に描き出していよう。しかしながら、中国への懸念を率直に言及しているかと思えば、基地周辺問題やら自衛隊員の定年問題まで描き上げているのは驚かされる。数年前ならば、漫画という媒体に取り上げる内容ではないからだ(漫画には極めて表層的な事象が取り上げられていた)。「読売オンライン」http://www.yomiuri.co.jp/index.htmに掲載された1月4日付記事「『自衛隊HPアクセス、陸海空が“熱い頭脳戦”』」http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060105i508.htmにもあるが、国民の支持を得たいとする防衛庁の姿勢には何か空恐ろしいものを感じざるを得ない。 最後に――
「自衛隊にはなぜ興味を?」 「や――、ここなら本物の漢(おとこ)が見れるかな…とか」 |
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電車男――。 巨大掲示板集合体「2ちゃんねる」http://www.2ch.net/から生まれたとされるこの作品は書籍(「新潮社」http://www.shinchosha.co.jp/刊、2004年)、漫画(「小学館」http://www.shogakukan.co.jp/刊、2005年/「秋田書店」http://www.akitashoten.co.jp/index2.html刊、2005年)、ドラマ(「フジテレビ」http://www.fujitv.co.jp/index2.html系列放映、2005年)、映画(「電車男」http://www.nifty.com/denshaotoko/、2005年)と多様な展開を示し日本と言う国家にデジタルと妄想によって構築された新たな世界を提示した。昨年の流行に名を連ねた「萌え」等の用語が広範に知れ渡るようになったのもこの「電車男」の存在があったからである。この電車男に対しては賛否両論の意見が交錯している。電車男が「オタク」と呼ばれる人々の存在を世の中にある意味で肯定的に紹介したと評価する意見も多い一方で、ストーリーが極めて作為的であり、世間一般の人が持つオタクのイメージを拡大再生産する産物に過ぎないという否定的な意見もある。これは至極当然であるし、議論展開がなされるほどオタクが大きな存在として世の中に浮上してきたこともまた事実なのである。 しかし、「電車男」。それは余りに陳腐すぎる設定ではないだろうか? 構図は極めて明快。さえないオタクが美人のエルメスに見初められると言うだけだ。そこにはほんの少しばかりの勇敢さがある。これは以前からある物語の王道に適合した形だ。そして、この作品の本質的良さは「2ちゃんねる」という不特定多数が書き込む掲示板を内容そのままに出版物にする事が出来たと言う着想の良さにあった筈である。それは2ちゃんねるという閉鎖世界における特有の言語(アスキーアート)等によって複合的に構成された。映画描写でも主人公たる電車男の存在意義でもないのである。この点を勘案するならば、本作品を漫画や映画といった映像媒体へ落とし込むことは極めて難しい作業になるが、映画版にせよ、それらは失敗に喫している。映画版等、単なる「はぁ?」という程度の内容でしかない。ストーリーが平板でありすぎるが故である。 書籍の「電車男」は文学史上に新しい文学の形の発露として名を連ねるかも知れない。しかし、それ以外の漫画や映画は歴史の中に容易に埋没して行くであろう。社会全体がオタク化している現況においてはそれは尚更である。率直に言ってしまう事を許されるなら、電車男のようなオタクはまず世の中に存在しないのである。その意味で幻想と虚飾のオタクであると言えるかも知れない。 |

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「交渉人 真下正義」は昨年公開された「踊る」世界を舞台とした映画だ。 「踊る大捜査線」http://www.odoru-legend.com/は周知の通り絶大な人気を博した「フジテレビ」http://www.fujitv.co.jp/index2.html系列で放映されたテレビドラマから広がった世界である。そこでは現実の警察機構の概要を考証をしっかりとした上で、その現実をコミカルに描き出すというスタンスが存在していた。その観点からするならば、ストーリー全般を通しても言える事だがリアル・東京主義の先端にあると言えるだろう(無論、フィクションとしての虚飾はある)。リアル・東京主義はアニメや漫画で人気を博した「機動警察パトレイバー」等によって示されたものである。東京と言う街は変化に富んでおり、街がストーリーを構成する上で重要な役割を果たし得るのである。それが「踊る大走査線2レインボーブリッジを封鎖せよ」の根源にもあった。お台場と言う街の変化が事件を構成する要素の一つだった事は映画をご覧になった人々には良く分かることだろう。 しかし、それは本作では破綻した。何故か?簡単な話である。地下鉄ジャックという舞台構成でありながら東京の地下鉄網の大半を掌握する「東京メトロ」http://www.tokyometro.jp/index.htmlの協力を得られなかったからである(「名古屋市交通局」http://www.kotsu.city.nagoya.jp/等の地下鉄の協力を得ている)。無論、半蔵門線を九段線等と線名を変えているのは仕方あるまい。そして、新幹線等を前提に考えられてきたフリーゲージートレインを地下鉄で使用するメリットも余り無いことを言及するのも野暮というものなのであろう(東京メトロの地下鉄は1067ミリ狭軌で空中荷電の6路線と1435ミリ標準軌、第三軌条の2路線があるが、その二つに対応する電車は必ずしも経済的ではない。現実にはトンネルの大きさなどにも差がある)。しかしながら、東京の地下鉄を利用している人間が見れば、地下鉄東西(劇中では東陽)線の東陽町駅が島式ホームではなく対面式ホームだと言うことを知っている。脇線、地下鉄新線(13号線、劇中では14号線)も東京に住む人間には馴染みの物だ。千代田線と有楽町線を繋ぐ連絡線や銀座線と丸の内線を繋ぐ連絡線はしばしばイベント列車に使用されているからだ。制服を似せたりしている中において東京メトロの協力を得られ切れなかったマイナス面は大きかったと言わざるを得ない。 実に残念なのだ。東京を舞台にした以上、リアルな東京を描いて欲しかった。何故なら、東京に地下鉄を利用する観劇者にとって「リアルさ」こそが重要であるからだ(利用しない人間にとってはどうでも良いことではある)。この残念感は「自衛隊」http://www.jda.go.jp/が協力しなかったために中途半端に終わった映画「宣戦布告」に近いものがあると言わざるを得ない。 |

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http://www.sansaibooks.co.jp/mook/comic/afganistan.png 最近の日本には悪い思想が流行っている。語尾に「たん」が付いていれば、何でも「萌え〜」にしてしまうという「萌国主義」とでも言うべき思想だ。その公式に従えば備長炭は「びんちょうタン」http://www.tbs.co.jp/bincho/。アフガニスタンは「あふがにすタン」である。 アフガニスタン――内陸アジアにある民族の十字路。 世界史を彩った数多くの民族がこの土地を駆け抜けて行った。そして、それでけに諸外国の干渉に曝されてもいる。19世紀末から20世紀初頭にかけての英露のグレートゲーム。1980年代のソ連のアフガニスタン侵攻とその後の内戦。タリバンの登場とアルカイダの浸透。そしてアルカイダは2001年9月11日に米国同時多発テロ事件を引き起こし、米国はアフガニスタンへの報復軍事行動を開始した。
このように近代に限ってもアフガニスタンは戦乱に身を置き続けてきた。その状況を「萌」風に描き上げたのが「ちまきing」http://yukai.jp/~timaking/index.htm画による本作「あふがにすたん」(「三才ブックス」http://www.sansaibooks.co.jp/、2005)である。本書を読むだけでアフガニスタンの近現代史の概略は理解出来るし、各キャラクターの作り方も分かり易い(反面では一面的な見方に視座を固定しかねないが)。人間関係を国際政治で例える事は可能だが、国際政治を人間関係で例えるのは好ましくないとも言われる(国家政策が複数のアクターのバランスによって決せられるからだ)。しかし、それは別にしても本書はある意味で微笑ましい。主人公の「あふがにすたん」よりも日本をモデルにした「ひのもと」が一番秀逸な気がするのはきっと気のせいなのであろう…。 |



