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			<title>轟猫的徒然網録</title>
			<description>Bomcatこと統経委(TJW)が日々の由無し事について、適当に書き込んでいくBlogです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/f14dbomcat2005</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>轟猫的徒然網録</title>
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			<description>Bomcatこと統経委(TJW)が日々の由無し事について、適当に書き込んでいくBlogです。</description>
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			<title>統合のお知らせ</title>
			<description>当ブログは近日中に統合されます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/f14dbomcat2005/40153324.html</link>
			<pubDate>Sun, 17 Sep 2006 20:04:44 +0900</pubDate>
			<category>心理学</category>
		</item>
		<item>
			<title>日本の技術は世界一ィィィィィィィィィィィィィィィ!!</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;a href=&quot;http://www.bk.dfma.or.jp/~sec/image/manga-h17-.jpg&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;a href=&quot;http://www.bk.dfma.or.jp/~sec/image/manga-h17-.jpg&quot;&gt;http://www.bk.dfma.or.jp/~sec/image/manga-h17-.jpg&lt;/a&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
　熊は絶叫した。何故か？&lt;br /&gt;
　――それは防衛白書だからだ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;「ま……まさか　美女軍団が何か……？」&lt;br /&gt;
「うるさいよ戦争戦争って　防衛の話だっていってんだろうが」&lt;br /&gt;
「デコはこの89式にかけて日本を絶対守りマス……!!」&lt;br /&gt;
「ハァ　日本は…ひとかけらだって…渡しまセン…ハァ　ゴフッ」&lt;br /&gt;
「みんな平和は嫌いなのデスか?!」&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　萌え系美少女と熊の怪しげな対話――。&lt;br /&gt;
　本当にこれは天下の&lt;b&gt;「防衛庁」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.jda.go.jp/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.jda.go.jp/&lt;/a&gt;が協力しているのかと絶叫したくなるのが、平成17年版漫画版防衛白書の驚愕の実情である。稀代の防衛白書愛読者として知られるBomcatはそれを霞ヶ関にある&lt;b&gt;「政府刊行物センター」&lt;/b&gt;（&lt;b&gt;「独立行政法人国立印刷局」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.npb.go.jp/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.npb.go.jp/&lt;/a&gt;）で手に取った。無論、今更何を驚いているのか？という賢明なる読者諸兄の指摘は尤もであろう。無論、Bomcatとて本書を知らない訳ではない。&lt;b&gt;「デコクール」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://decocool.seesaa.net/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://decocool.seesaa.net/&lt;/a&gt;が漫画を描いていることも知っていた。何故なら&lt;b&gt;「デコクール」&lt;/b&gt;はBomcatの愛読誌の一つたる&lt;b&gt;「SECURITARIAN」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.bk.dfma.or.jp/~sec/home.htm&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.bk.dfma.or.jp/~sec/home.htm&lt;/a&gt;（&lt;b&gt;「防衛弘済会」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.bk.dfma.or.jp/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.bk.dfma.or.jp/&lt;/a&gt;刊行)に偶に漫画を掲載しているのだから…。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;a href=&quot;http://www.bk.dfma.or.jp/~sec/image/hakusyo.gif&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;a href=&quot;http://www.bk.dfma.or.jp/~sec/image/hakusyo.gif&quot;&gt;http://www.bk.dfma.or.jp/~sec/image/hakusyo.gif&lt;/a&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
　しかし、昨年版↑のこのまともさと比べると何という時流の変化であろうか!!&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　内容面も驚くほどの変化だ。無論、イラク派遣や変わる自衛隊について概略を端的に描き出していよう。しかしながら、中国への懸念を率直に言及しているかと思えば、基地周辺問題やら自衛隊員の定年問題まで描き上げているのは驚かされる。数年前ならば、漫画という媒体に取り上げる内容ではないからだ（漫画には極めて表層的な事象が取り上げられていた）。&lt;b&gt;「読売オンライン」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.yomiuri.co.jp/index.htm&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.yomiuri.co.jp/index.htm&lt;/a&gt;に掲載された1月4日付記事&lt;b&gt;「『自衛隊ＨＰアクセス、陸海空が“熱い頭脳戦”』」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060105i508.htm&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060105i508.htm&lt;/a&gt;にもあるが、国民の支持を得たいとする防衛庁の姿勢には何か空恐ろしいものを感じざるを得ない。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　最後に――&lt;br /&gt;
「自衛隊にはなぜ興味を？」&lt;br /&gt;
「や――、ここなら本物の漢（おとこ）が見れるかな…とか」&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/f14dbomcat2005/21889150.html</link>
			<pubDate>Sat, 07 Jan 2006 13:32:55 +0900</pubDate>
			<category>軍事</category>
		</item>
		<item>
			<title>電車男</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;a href=&quot;http://images-jp.amazon.com/images/P/B000BDG2JO.01._OU09_PE10_SCMZZZZZZZ_.jpg&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;a href=&quot;http://images-jp.amazon.com/images/P/B000BDG2JO.01._OU09_PE10_SCMZZZZZZZ_.jpg&quot;&gt;http://images-jp.amazon.com/images/P/B000BDG2JO.01._OU09_PE10_SCMZZZZZZZ_.jpg&lt;/a&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
　電車男――。&lt;br /&gt;
　巨大掲示板集合体&lt;b&gt;「2ちゃんねる」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.2ch.net/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.2ch.net/&lt;/a&gt;から生まれたとされるこの作品は書籍（&lt;b&gt;「新潮社」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.shinchosha.co.jp/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.shinchosha.co.jp/&lt;/a&gt;刊、2004年）、漫画（&lt;b&gt;「小学館」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.shogakukan.co.jp/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.shogakukan.co.jp/&lt;/a&gt;刊、2005年/&lt;b&gt;「秋田書店」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.akitashoten.co.jp/index2.html&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.akitashoten.co.jp/index2.html&lt;/a&gt;刊、2005年）、ドラマ（&lt;b&gt;「フジテレビ」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.fujitv.co.jp/index2.html&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.fujitv.co.jp/index2.html&lt;/a&gt;系列放映、2005年）、映画（&lt;b&gt;「電車男」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.nifty.com/denshaotoko/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.nifty.com/denshaotoko/&lt;/a&gt;、2005年）と多様な展開を示し日本と言う国家にデジタルと妄想によって構築された新たな世界を提示した。昨年の流行に名を連ねた「萌え」等の用語が広範に知れ渡るようになったのもこの「電車男」の存在があったからである。この電車男に対しては賛否両論の意見が交錯している。電車男が「オタク」と呼ばれる人々の存在を世の中にある意味で肯定的に紹介したと評価する意見も多い一方で、ストーリーが極めて作為的であり、世間一般の人が持つオタクのイメージを拡大再生産する産物に過ぎないという否定的な意見もある。これは至極当然であるし、議論展開がなされるほどオタクが大きな存在として世の中に浮上してきたこともまた事実なのである。&lt;br /&gt;
　しかし、「電車男」。それは余りに陳腐すぎる設定ではないだろうか？&lt;br /&gt;
　構図は極めて明快。さえないオタクが美人のエルメスに見初められると言うだけだ。そこにはほんの少しばかりの勇敢さがある。これは以前からある物語の王道に適合した形だ。そして、この作品の本質的良さは「2ちゃんねる」という不特定多数が書き込む掲示板を内容そのままに出版物にする事が出来たと言う着想の良さにあった筈である。それは２ちゃんねるという閉鎖世界における特有の言語（アスキーアート）等によって複合的に構成された。映画描写でも主人公たる電車男の存在意義でもないのである。この点を勘案するならば、本作品を漫画や映画といった映像媒体へ落とし込むことは極めて難しい作業になるが、映画版にせよ、それらは失敗に喫している。映画版等、単なる「はぁ？」という程度の内容でしかない。ストーリーが平板でありすぎるが故である。&lt;br /&gt;
　書籍の「電車男」は文学史上に新しい文学の形の発露として名を連ねるかも知れない。しかし、それ以外の漫画や映画は歴史の中に容易に埋没して行くであろう。社会全体がオタク化している現況においてはそれは尚更である。率直に言ってしまう事を許されるなら、電車男のようなオタクはまず世の中に存在しないのである。その意味で幻想と虚飾のオタクであると言えるかも知れない。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/f14dbomcat2005/21350536.html</link>
			<pubDate>Mon, 02 Jan 2006 00:49:35 +0900</pubDate>
			<category>映画レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>交渉人 真下正義</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;a href=&quot;http://images-jp.amazon.com/images/P/B0002YC48A.09._OU09_PE22_SCMZZZZZZZ_.jpg&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;a href=&quot;http://images-jp.amazon.com/images/P/B0002YC48A.09._OU09_PE22_SCMZZZZZZZ_.jpg&quot;&gt;http://images-jp.amazon.com/images/P/B0002YC48A.09._OU09_PE22_SCMZZZZZZZ_.jpg&lt;/a&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
　&lt;b&gt;｢交渉人　真下正義｣&lt;/b&gt;は昨年公開された「踊る」世界を舞台とした映画だ。&lt;br /&gt;
　&lt;b&gt;「踊る大捜査線」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.odoru-legend.com/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.odoru-legend.com/&lt;/a&gt;は周知の通り絶大な人気を博した&lt;b&gt;「フジテレビ」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.fujitv.co.jp/index2.html&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.fujitv.co.jp/index2.html&lt;/a&gt;系列で放映されたテレビドラマから広がった世界である。そこでは現実の警察機構の概要を考証をしっかりとした上で、その現実をコミカルに描き出すというスタンスが存在していた。その観点からするならば、ストーリー全般を通しても言える事だがリアル・東京主義の先端にあると言えるだろう（無論、フィクションとしての虚飾はある）。リアル・東京主義はアニメや漫画で人気を博した&lt;b&gt;「機動警察パトレイバー」&lt;/b&gt;等によって示されたものである。東京と言う街は変化に富んでおり、街がストーリーを構成する上で重要な役割を果たし得るのである。それが&lt;b&gt;「踊る大走査線2レインボーブリッジを封鎖せよ」&lt;/b&gt;の根源にもあった。お台場と言う街の変化が事件を構成する要素の一つだった事は映画をご覧になった人々には良く分かることだろう。&lt;br /&gt;
　しかし、それは本作では破綻した。何故か？簡単な話である。地下鉄ジャックという舞台構成でありながら東京の地下鉄網の大半を掌握する&lt;b&gt;「東京メトロ」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.tokyometro.jp/index.html&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.tokyometro.jp/index.html&lt;/a&gt;の協力を得られなかったからである（&lt;b&gt;「名古屋市交通局」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.kotsu.city.nagoya.jp/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.kotsu.city.nagoya.jp/&lt;/a&gt;等の地下鉄の協力を得ている）。無論、半蔵門線を九段線等と線名を変えているのは仕方あるまい。そして、新幹線等を前提に考えられてきたフリーゲージートレインを地下鉄で使用するメリットも余り無いことを言及するのも野暮というものなのであろう（東京メトロの地下鉄は1067ミリ狭軌で空中荷電の6路線と1435ミリ標準軌、第三軌条の2路線があるが、その二つに対応する電車は必ずしも経済的ではない。現実にはトンネルの大きさなどにも差がある）。しかしながら、東京の地下鉄を利用している人間が見れば、地下鉄東西（劇中では東陽）線の東陽町駅が島式ホームではなく対面式ホームだと言うことを知っている。脇線、地下鉄新線（13号線、劇中では14号線）も東京に住む人間には馴染みの物だ。千代田線と有楽町線を繋ぐ連絡線や銀座線と丸の内線を繋ぐ連絡線はしばしばイベント列車に使用されているからだ。制服を似せたりしている中において東京メトロの協力を得られ切れなかったマイナス面は大きかったと言わざるを得ない。&lt;br /&gt;
　実に残念なのだ。東京を舞台にした以上、リアルな東京を描いて欲しかった。何故なら、東京に地下鉄を利用する観劇者にとって「リアルさ」こそが重要であるからだ（利用しない人間にとってはどうでも良いことではある）。この残念感は&lt;b&gt;「自衛隊」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.jda.go.jp/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.jda.go.jp/&lt;/a&gt;が協力しなかったために中途半端に終わった映画「宣戦布告」に近いものがあると言わざるを得ない。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/f14dbomcat2005/21347307.html</link>
			<pubDate>Mon, 02 Jan 2006 00:19:28 +0900</pubDate>
			<category>映画レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>あふがにすタン</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;a href=&quot;http://www.sansaibooks.co.jp/mook/comic/afganistan.png&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;a href=&quot;http://www.sansaibooks.co.jp/mook/comic/afganistan.png&quot;&gt;http://www.sansaibooks.co.jp/mook/comic/afganistan.png&lt;/a&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
　最近の日本には悪い思想が流行っている。語尾に「たん」が付いていれば、何でも「萌え～」にしてしまうという「萌国主義」とでも言うべき思想だ。その公式に従えば備長炭は&lt;b&gt;「びんちょうタン」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.tbs.co.jp/bincho/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.tbs.co.jp/bincho/&lt;/a&gt;。アフガニスタンは「あふがにすタン」である。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　アフガニスタン――内陸アジアにある民族の十字路。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　世界史を彩った数多くの民族がこの土地を駆け抜けて行った。そして、それでけに諸外国の干渉に曝されてもいる。19世紀末から20世紀初頭にかけての英露のグレートゲーム。1980年代のソ連のアフガニスタン侵攻とその後の内戦。タリバンの登場とアルカイダの浸透。そしてアルカイダは2001年9月11日に米国同時多発テロ事件を引き起こし、米国はアフガニスタンへの報復軍事行動を開始した。&lt;br /&gt;
　このように近代に限ってもアフガニスタンは戦乱に身を置き続けてきた。その状況を「萌」風に描き上げたのが&lt;b&gt;「ちまきing」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://yukai.jp/~timaking/index.htm&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://yukai.jp/~timaking/index.htm&lt;/a&gt;画による本作「あふがにすたん」（&lt;b&gt;「三才ブックス」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.sansaibooks.co.jp/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.sansaibooks.co.jp/&lt;/a&gt;、2005）である。本書を読むだけでアフガニスタンの近現代史の概略は理解出来るし、各キャラクターの作り方も分かり易い（反面では一面的な見方に視座を固定しかねないが）。人間関係を国際政治で例える事は可能だが、国際政治を人間関係で例えるのは好ましくないとも言われる（国家政策が複数のアクターのバランスによって決せられるからだ）。しかし、それは別にしても本書はある意味で微笑ましい。主人公の「あふがにすたん」よりも日本をモデルにした「ひのもと」が一番秀逸な気がするのはきっと気のせいなのであろう…。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/f14dbomcat2005/21299402.html</link>
			<pubDate>Sun, 01 Jan 2006 15:28:48 +0900</pubDate>
			<category>読書</category>
		</item>
		<item>
			<title>協力と緊張――2005年日本戦争映画の描く改革史観</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;a href=&quot;http://images-jp.amazon.com/images/P/B000AC2V4Q.09._OU09_PE22_SCMZZZZZZZ_.jpg&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;a href=&quot;http://images-jp.amazon.com/images/P/B000AC2V4Q.09._OU09_PE22_SCMZZZZZZZ_.jpg&quot;&gt;http://images-jp.amazon.com/images/P/B000AC2V4Q.09._OU09_PE22_SCMZZZZZZZ_.jpg&lt;/a&gt;&lt;/a&gt;&lt;a href=&quot;http://images-jp.amazon.com/images/P/B000B6H68M.01._OU09_PE20_SCMZZZZZZZ_.jpg&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;a href=&quot;http://images-jp.amazon.com/images/P/B000B6H68M.01._OU09_PE20_SCMZZZZZZZ_.jpg&quot;&gt;http://images-jp.amazon.com/images/P/B000B6H68M.01._OU09_PE20_SCMZZZZZZZ_.jpg&lt;/a&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
　&lt;b&gt;「自衛隊・防衛庁」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.jda.go.jp/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.jda.go.jp/&lt;/a&gt;は近年、映画やアニメ、漫画、小説等で自衛隊の活動が紹介されたりする事に極めて協力的である。例えば、本年公開された&lt;b&gt;「亡国のイージス」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://aegis.goo.ne.jp/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://aegis.goo.ne.jp/&lt;/a&gt;では「いそかぜ」のモデルとなったイージス護衛艦「みょうこう」が縦横無尽に活躍するし、&lt;b&gt;「戦国自衛隊1549」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.sengoku1549.com/pc/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.sengoku1549.com/pc/&lt;/a&gt;には我が国の誇る最新鋭戦闘車両が数多く登場する（&lt;b&gt;「陸上自衛隊」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.jda.go.jp/jgsdf/japanese/index.html&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.jda.go.jp/jgsdf/japanese/index.html&lt;/a&gt;は公開イベントに装甲車を提供したほどだった）。しかし、その兵器の登場法や使用法には変な部分があるのも事実である。例えば、「いぞかぜ」が「うらかぜ」（護衛艦「むらさめ」が模している）を撃沈する過程の戦闘の情景も不思議なものだ。本来「むらさめ」型はシー・スパロー短距離艦対空誘導弾を同時に2発誘導出来る能力を有している（この能力ゆえに「むらさめ」型は、ミニ・イージスと言われた事もあったが、正式にはミニ・イージスとはシー・スパローを複数同時誘導出来る00式火器管制装置FCS-3の事を指す）。しかし、映画中では2発発射される事は無く、シー・スパロー→76佶い侶涎癶命中と推移する。確かにOTOブレダ76佶い和亟魯潺汽ぅ觀涎眷塾呂鰺しているが、それだけで迎撃することは考えにくく命中前に普通ならば近接防御火器（CIWS）が起動していることだろう。このCIWSの描写は省略されている。確かに1隻沈める必要があるとはいえ、ある程度の手順は踏んでほしいものがある。また、「戦国自衛隊1549」では84侈吉親伊ぅールグスタフでAH-1S対戦車ヘリを撃墜するシーンもあるが、これはスティンガーが91式携帯型地対空誘導弾SAM-2辺りに担わせるべき描写であろうし（「ブラックホーク・ダウン」を想起させたいのであるならば対戦車ロケット弾パンツァー・ファスト3でも構わない）、01式軽対戦車誘導弾で90式戦車を撃破するシーンも01式で90式のもっとも強固な複合装甲のある主砲防楯を打ち破れるのかは疑問だ（01式は最新の対戦車ミサイルであり可能なのかもしれないが）。01式にはトップアタック能力があるから（戦車は敵の砲弾を浴びやすい前面装甲が一番強く、側面、底面、上面の順で装甲が施されている）、戦車の上面装甲を狙う形のほうが素直だったかも知れない。&lt;br /&gt;
　自衛隊として宣伝になる部分だけ協力して他には関心なしという形だったのかもしれないが、映画界と防衛庁が必ずしも一筋縄でない事を示したのが「亡国のイージス」の「いそかぜ」の艦番号だろう。艦番号には「175」と「みょうこう」の番号がそのまま用いられている。しかし、「みょうこう」は我が国きっての殊勲艦である。1998年の北朝鮮によるテポドンミサイル発射の際にその航跡を追跡したのは「みょうこう」だし、翌年の北朝鮮不審船事件に対処したのも「みょうこう」だからだ。その殊勲艦を叛乱艦にしてしまうというのは防衛庁への潜在的な嫌がらせに他ならない。せめて番号くらいは変えるべきだっただろう（その辺りはCG処理で幾らでも出来るはずだ）。つまり、映画界には我々は「思想・言論機関」であり国家の宣伝機関ではないという意識が働いている（映画界は元来、反自衛隊意識が強い）。無論、防衛庁には日本国民に支持を得るための「情報戦」を展開したいという意思もある。この二つの異なった意思のぶつかりあいが奇妙な描写を生み出しているともいえるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/f14dbomcat2005/21187646.html</link>
			<pubDate>Sat, 31 Dec 2005 11:56:46 +0900</pubDate>
			<category>映画レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>日本国家の意気地――2005年日本戦争映画の描く改革史観</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;a href=&quot;http://images-jp.amazon.com/images/P/B00067HDWA.09._OU09_PE10_SCMZZZZZZZ_.jpg&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;a href=&quot;http://images-jp.amazon.com/images/P/B00067HDWA.09._OU09_PE10_SCMZZZZZZZ_.jpg&quot;&gt;http://images-jp.amazon.com/images/P/B00067HDWA.09._OU09_PE10_SCMZZZZZZZ_.jpg&lt;/a&gt;&lt;/a&gt;&lt;a href=&quot;http://images-jp.amazon.com/images/P/B000BDJ0XY.01._OU09_PE0_SCMZZZZZZZ_.jpg&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;a href=&quot;http://images-jp.amazon.com/images/P/B000BDJ0XY.01._OU09_PE0_SCMZZZZZZZ_.jpg&quot;&gt;http://images-jp.amazon.com/images/P/B000BDJ0XY.01._OU09_PE0_SCMZZZZZZZ_.jpg&lt;/a&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
　「失われた10年」――ある小説家が使い出したと言われる否定的用語（最近の景気回復であまり使われなくなったが）は日本人の内面を変な方向へ捻じ曲げてしまったのかも知れない。今の日本は誇るべき祖国ではない。それが人々の心のどこかに鬱積している。大人たちはバブル経済へ至る高度経済成長の（日本が世界経済の頂点へ上り詰める）姿を鮮明に記憶しており、そこへの郷愁を持っているし、子供たちは不況で喘ぎ細切れにされていく社会しか見ていない。そこには希望が無かった。だからこそ、希望を模索するための「建設」の前の「破壊」が主題してとして近年急速に浮上してくる事は驚くにはあたらない。&lt;br /&gt;
　ここまで極めて抽象的な事を書いてしまったが、これは今年公開された3本の映画の共通する要素なのだ。今年は何故か、戦争をテーマとする映画が多かった。現在公開中の&lt;b&gt;「男たちの大和」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.yamato-movie.jp/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.yamato-movie.jp/&lt;/a&gt;に限らず福井敏晴が何らかで関与した&lt;b&gt;「亡国のイージス」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://aegis.goo.ne.jp/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://aegis.goo.ne.jp/&lt;/a&gt;、&lt;b&gt;「戦国自衛隊1549」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.sengoku1549.com/pc/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.sengoku1549.com/pc/&lt;/a&gt;、&lt;b&gt;「ローレライ」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.507.jp/index.html&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.507.jp/index.html&lt;/a&gt;等がそれだ。無論、背景としては戦後60年という節目が存在しているのかも知れない。しかし、それにしてはテーマは日本と言う国家のあり方に収斂され、最終的には未来の為に生きよという方向性に進んでいるのは何故かを考える必要はある。「亡国のイージス」におけるイージス護衛艦「いそかぜ」宮津副長、「戦国自衛隊1549」の的場第3実験中隊長、そして「終戦のローレライ」の朝倉大佐、その全員が現在の日本に失望している。だからこそ、宮津副長は最新鋭イージス護衛艦の反乱によって日本に戦争の情景を見せ付け、的場隊長は「軟弱な」現代日本を戦国時代から改めることによって変革しようとする。朝倉大佐も東京へ原爆を投下させて二本国家の中枢を破壊し、日本を根本から変革しようと企図する。&lt;br /&gt;
　「変革」――あるいは「改革」と言い換えられる行動は現代日本を象徴する用語である。まれに見る長期政権を樹立した&lt;b&gt;「小泉純一郎」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.kantei.go.jp/jp/koizumiprofile/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.kantei.go.jp/jp/koizumiprofile/&lt;/a&gt;首相は就任以来一貫して「聖域無き構造改革」を標榜してきたからだ。多くの特殊法人が解体され、&lt;b&gt;「郵便局」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.japanpost.jp/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.japanpost.jp/&lt;/a&gt;も民営化される。&lt;b&gt;「自衛隊」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.jda.go.jp/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.jda.go.jp/&lt;/a&gt;の海外派遣は常態化、その方向はさらに拡大するであろうし、歴史問題へも&lt;b&gt;「靖国神社」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.yasukuni.or.jp/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.yasukuni.or.jp/&lt;/a&gt;参拝と言う姿勢で挑戦する。日本が戦後60年余りの間で澱んできた事象を次々と破壊して行っている。そして、国民はそれを支持した。違うと言う異見もあるかもしれないが、小泉首相は今年9月11日の&lt;b&gt;「衆議院」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index.htm&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index.htm&lt;/a&gt;選挙は言うまでも無く就任後の数々の選挙で実質的勝利を収めてきているのである。これは国民が小泉首相を支持したと言う証左である。&lt;br /&gt;
　ならば、変革しようとする彼らの意思は「正義」である筈である。しかし、彼らの意思は敗れ去る。個が生きる事が国家云々より重要であると言うのがこれらの映画に共通したテーマであるからだ。冷戦構造の崩壊はフランシス・フクヤマに言わせれば「歴史の終わり」であった。それは民主主義の時代が到来したというよりもイデオロギー時代の終焉と言えるだろう。もはや、国家に絶大な求心力は無い。急速なインターネットの普及に象徴される情報技術の進展とあいまって個人の裾野は急拡大を示しているからだ。国際政治上でも国家の力学関係に規定される旧来モデルに束縛されない、個人の存在を含めた新たなモデルの提示が必要とされているのもその為である。個人が個々の緩やかな結合体として社会を形成することが今後の社会の根幹になる事を暗示しているわけでもある。&lt;br /&gt;
　そしてこれらの戦争映画は二つの意思を我々の前に示している。一つは「改革」の真偽を見極めよと言うものである。彼らの主張した日本国家の変革は間違った発想ではない。正しい発想を間違った手法で行ってしまっているのである。それは現在の日本においてはどうであろうか？それが疑問の提示であろう。もう一つが、この国の戦後と平成は「失われていない」という点である。ストーリーは最終的に個へ帰着する。「個」それが戦後日本が作り上げてきた価値であった筈であるし、それは「失われた10年」でも着実に育まれてきた。経済的地位の喪失にしか目を向けにくい我々に、あの時代が失われたものではなかったというものを提示しようとしているのである。各映画の個々の描写がいかなるものであり、「失われた10年」へ価値を付与しようとする方向性には一定の評価は与えられると言えるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/f14dbomcat2005/21187118.html</link>
			<pubDate>Sat, 31 Dec 2005 11:50:12 +0900</pubDate>
			<category>映画レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>テラバイト新時代</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;a href=&quot;http://www.iodata.jp/prod/storage/hdd/2003/hdz-ue/img/hdz.jpg&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;a href=&quot;http://www.iodata.jp/prod/storage/hdd/2003/hdz-ue/img/hdz.jpg&quot;&gt;http://www.iodata.jp/prod/storage/hdd/2003/hdz-ue/img/hdz.jpg&lt;/a&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
　ADSLからFTTHへというブロードバンド化の急速な進展によってネットに流れるデータは増加の一途を辿っている。そして、パソコンという汎用電子計算機は急速にテレビやビデオと融合しデジタル家電化が進んでいる。近年ではパソコンでテレビ録画が出来るのは至極当たり前になっているのである。その中で問題なるのは膨大なデータをどのように保存していくのかという事である。それは小生も同様であり、常々頭を悩ませてきたことであった。&lt;br /&gt;
　小生は現在、大容量外付けHDD（ハードディスク）にデータを保存するという手法を採用している（メーカー製PCであるが故に内蔵HDDを交換した場合のリスクが高いのである）。最初に導入したのは&lt;b&gt;「IOデータ」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.iodata.jp/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.iodata.jp/&lt;/a&gt;のIEEE1394 接続の160GB型であった。2003年1月である。当時、このHDDに移したデータ量が約20GB、160GBは相当に大容量であった。このHDDが120GBまで埋まってきたので新しく&lt;b&gt;「BUFFALO」&lt;/b&gt;[]のIEEE1394/USB2.0接続の250GB型を購入したのが今年の4月の事であった。つまり100GBのデータ増加に架かった時間は2年3ヶ月となる。しかし、現在250GBは既に220GBが埋まっている。つまりわずか8ヶ月で100GBデータが増加した事になるのである。無論、これには様々な理由があった。TV録画データをHDDに保存するようになった為にデータ量が増大していたからが主因だが、ネットを流れる情報がブロードバンドの普及によって大容量化の一途を辿っていることも一因である。&lt;br /&gt;
　そこで小生が抜本的解決策として導入したのが&lt;b&gt;「IOデータ」&lt;/b&gt;の「HDZ-UE1.0T2」という1TB（約1000GB）型というHDDの大々容量化であった。数年前までGBという単位が恐ろしく大きな存在に思われていたのが、GBで対応できる時代は終わりに近づいているのである。一時期、パソコンの性能がCPUの速度で競われた時期があったし、VRAMやビデオカードの性能で競われた時代もあった。しかし、それらは既に過去の時代の競争となっているのかも知れない。ネットやDVD鑑賞、ビジネスソフトが安定的に使用できる一定の演算速度に達すれば多くの人にとって満足するものになるし、ビデオカードの性能にしても人間が「綺麗」と感じる閾値もまた一定のものがあるからである。そうなると増大し続けるのはHDDという帰結が見えてくる。今後もHDDの容量は増大し続けて行くことになるだろうし、その速度はこれからも加速して行く事になる筈である。知識の蓄積とは人類が文明を築き上げる過程において絶え間なく繰り返してきた事に他ならないからである。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/f14dbomcat2005/20453573.html</link>
			<pubDate>Fri, 23 Dec 2005 22:27:27 +0900</pubDate>
			<category>その他コンピュータ</category>
		</item>
		<item>
			<title>米軍再編</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;a href=&quot;http://images-jp.amazon.com/images/P/4828411895.01._OU09_PE0_SCMZZZZZZZ_.jpg&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;a href=&quot;http://images-jp.amazon.com/images/P/4828411895.01._OU09_PE0_SCMZZZZZZZ_.jpg&quot;&gt;http://images-jp.amazon.com/images/P/4828411895.01._OU09_PE0_SCMZZZZZZZ_.jpg&lt;/a&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
　&lt;b&gt;「アメリカ合衆国軍」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.defenselink.mil/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.defenselink.mil/&lt;/a&gt;。&lt;br /&gt;
　世界の中で唯一、全地球規模で軍事作戦を展開できる最強の軍隊である。その強さの秘密は強大な米国の経済力だけでなく絶え間ざる変革の歴史にあったと言えるだろう。1991年の湾岸戦争でハイテク兵器の能力を世界に知らしめた米軍は、2003年の第二次湾岸（イラク）戦争でハイテク戦争への対応を急ぐ各国をあざ笑うかのようにRMA戦争がなんたるかを示した。そして、第二次湾岸戦争の戦訓も含めた米軍の変革がトランスフォーメーションなのである。本書は我が国随一の軍事評論家である江畑謙介氏が本年6月に&lt;b&gt;「ビジネス社」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.business-sha.co.jp/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.business-sha.co.jp/&lt;/a&gt;から出版したものである。米軍再編は日本にも大きな影響を与えているのは周知の通りだ。横須賀への原子力空母「ジョージ・ワシントン」の配備、沖縄の海兵隊再編、米軍第一軍団の移転、横田基地への&lt;b&gt;「航空自衛隊」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.jda.go.jp/jasdf/index.html&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.jda.go.jp/jasdf/index.html&lt;/a&gt;指揮機能の移転…etc。これは米国が「不安定の弧」と呼ぶ極東から中東にかけての21世紀の軍事緊張地帯へ対応する事を意図して行われているものである。&lt;br /&gt;
　日米合同演習から対テロ戦争支援等を通して生み出される日米の軍事協調関係（これは日米に限らず同盟国との新たな協調関係が進んでいる）が存在し、盾たる軍隊である自衛隊が米国の軍事力を矛として活用しなければならない現状を考えるならば日本だけの問題として米軍再編を考えるのではなく、世界規模で米国が何を志向しているのかを考えてみる必要があるだろう。その為にも世界的視座に立って米軍再編を分析した本書は極めて有益である。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/f14dbomcat2005/20403605.html</link>
			<pubDate>Fri, 23 Dec 2005 11:45:47 +0900</pubDate>
			<category>読書</category>
		</item>
		<item>
			<title>大阪破産</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;a href=&quot;http://images-jp.amazon.com/images/P/433493367X.09._OU09_PE0_SCMZZZZZZZ_.jpg&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;a href=&quot;http://images-jp.amazon.com/images/P/433493367X.09._OU09_PE0_SCMZZZZZZZ_.jpg&quot;&gt;http://images-jp.amazon.com/images/P/433493367X.09._OU09_PE0_SCMZZZZZZZ_.jpg&lt;/a&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
　先月27日に出直し市長選挙が行われた&lt;b&gt;「大阪市」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.city.osaka.jp/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.city.osaka.jp/&lt;/a&gt;。その闇専従等のあきれた公務員の実態には日本中が仰天した。戦前は東洋のマンチェスターあるいは政治都市東京に対し民都、商都と呼ばれた大阪は現在では公務員が恩恵を浴する官都と化している印象すらある。そして大阪はその現状に確固たる打開策を見出せずにいるのである。この大阪の抱える本質的問題を赤裸々に描き出そうとしているのが10月、吉富有治が&lt;b&gt;「光文社」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.kobunsha.com/top.html&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.kobunsha.com/top.html&lt;/a&gt;のペーパーバックスから刊行された本書「大阪破産」である。&lt;br /&gt;
　本書の表紙は大阪市の臨海部にある埋立地にあるコスモスクエアの様子である。このコスモスクエアは&lt;b&gt;「東京都」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.metro.tokyo.jp/index.htm&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.metro.tokyo.jp/index.htm&lt;/a&gt;で言うところの「お台場」にでもあたるようなところなのだがその有様は建設開始当初のお台場や幕張よりも性質が悪い。無論、この写真がはるか以前の状況を写している訳ではない（「21世紀の新都心」に時代を感じてしまうが）。以下の写真はこのコスモスクエアの11月22日の状況である。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　駅前ではマンション建設が始まっていたが他には何も無い空き地が広がっているだけである。これは大阪の現状を示す一情景に過ぎないが、一事が万事このような感じであると言っても過言ではないだろう。大阪が破綻に向かおうとしている最大の理由は都市開発の失敗に集約されている。大阪の目指した都市政策はただ一つだった。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　西の東京たらんとする――。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　確かに関東、関西という二大都市圏（近年は&lt;b&gt;「トヨタ」&lt;/b&gt;［http://www.toyota.co.jp/index.html］に支えられた名古屋を中核とする中京の台頭も著しい）の片方の雄なのが大阪であるのは想像に難くない。そして文化圏を考えるならば日本第二の都市というのも厳然たる事実ではある（人口では&lt;b&gt;「横浜市」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.city.yokohama.jp/front/welcome.html&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.city.yokohama.jp/front/welcome.html&lt;/a&gt;が上回る）。この西の東京、日本第二の都市が全てを狂わせたとも言える。大阪は都市人口や後背（周辺地域の）人口、経済規模が東京に劣るにもかかわらず東京と同規模の都市計画を実行に移そうとしたのである。これがどのような結果をもたらすのか地下鉄という存在を使って考えてみよう。&lt;br /&gt;
　東京には現在二つの地下鉄が存在している大半を占める&lt;b&gt;「東京メトロ」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.tokyometro.jp/index.html&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.tokyometro.jp/index.html&lt;/a&gt;と四路線を運行する&lt;b&gt;「都営地下鉄」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.kotsu.metro.tokyo.jp/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.kotsu.metro.tokyo.jp/&lt;/a&gt;である。大阪では地下鉄事業は&lt;b&gt;「大阪市交通局」&lt;/b&gt;&lt;a href=&quot;http://www.kotsu.city.osaka.jp/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.kotsu.city.osaka.jp/&lt;/a&gt;に統一されている。この点では大阪の方が効果的だ。しかし、実態面では東京メトロが黒字であるにも関わらす（赤字の都営地下鉄を組み入れても黒字になろう）、大阪市営地下鉄は補助を受けての黒字であり、実態は赤字である（黒字なのは御堂筋線だけである）。これは単純に都市規模の相違に起因するものだ。東京といえば山手線内をイメージするが、この規模は大阪の環状線内より2周り以上大きい。さらに東京の路線が都市を斜めに横切るものが多いのに対し、大阪では縦横の筋や通りに沿って建設されており乗り換えが便利に出来ていない。そして、構造にもそれは現われている。例えば90年代の花博に併せて建設された長堀鶴見緑地線は現在4両編成で運行されているが駅のホームは倍の8両程度には対応出来るようになっているし、このような情景は大阪の地下鉄では多く見受けられる。確かに冗長性を持たせるという考えは批判されるものではない。冗長性を持たせておく事は建造物等長期間に渡って使用されるものには必須な要素だ（所謂、大は小をかねるである）。しかし、と言わざるを得ないのである。人口減少へ向かう今後の日本を考えれば現在よりも大きめに作るメリットは小さい。&lt;br /&gt;
　何よりも東京を目指す政策には根本の誤りがある。東京と同規模の施設を東京より小さい都市が建設すればそれはオーバースペックになるのは目に見えているからだ。それは赤字を生み出す要素となる。何よりも、都市の構造が異なり過ぎている。東京では東京駅を中心として半径2キロ程度の円内に住宅密集地は存在していない。どちらかと言えば、オフィス・商業地域となっているし、山手線沿線を考えても住宅地が存在するのはどちらかといえば西側の部分であり、東側は殆どが商業地域で占められている。しかし、大阪ではオフィス・商業地域の規模は東京に比べて遥かに小さく大阪環状線で大阪駅から一駅過ぎればもう住宅密集地が現れてくるのである。これで東京と同様の都市開発計画を実行するのには無理がある。これはある意味で常識的な事なのだが、これが常識として理解されない素地があったのも考慮しなければならないだろう。戦後の日本は東京への一極集中を進める展開となった一方で、地域間格差是正の名の下に各地方に「小東京」を作っていく施策がとられてきた。これが地方に無数の不要な建築物を増やす要因にもなって来たといえるだろう。そもそも、東京への一極化（これは現在のようなインターネットが普及した「情報社会」の到達以前では必然だった）とそれへの反作用としての地域間格差是正は釣り合わないのである。例えば、新幹線の例で考えてみよう。1964年に開業した東海道新幹線によって大阪と東京は3時間（現在は2時間30分）で結ばれる事になった。これは関東地方の周縁（群馬、埼玉、茨城）等から東京へ出てくる時間と大差はない（無論、コストは違う）。これによって大阪は西日本における中心都市としての存在意義を失った。東京で政策が決定される中で、情報をいち早く収集するためには東京に本社等の機能を設けておけば良いからである。これ以降、大阪に本社を設けていた企業の東京への流出が始まる（現在では、大阪に本社を持つ企業でも情報収集等の部門を東京へ設置している企業が大半を占める）。これは大阪にとっては重要な問題であっただろう。東京、大阪は戦前までは日本の双璧であった。関西、関東という言葉が存在するのは「関」が箱根の関を意味していることを考えるならば関西がいかに大きな存在であったかを理解できる。現在では関西といえば大阪を中心とする2府4県を指す言葉に縮小している（関東が山梨や静岡の東半分すら含もうとしている現実とは対照的だ）。それだけ関西・大阪は存在意義を低下させてしまったのである。その焦りと、地域間格差是正の名の下の「小東京」化が西の東京たらんとする大阪の都市政策を生み出してしまったのである。&lt;br /&gt;
　大阪は東京化ではない別の道を志向すべきだった。大阪には東京が持ち合わせていない様々な文化的「個性」がある（東京は各種地方からの混交文化であり東京独自と必ずしも言える文化があるのか分からない部分がある）。それを本来、積極的に生かすべきだったのだ（もっとも「文化」も東京からの植民地的視線にさらされた「文化」になってしまっているが、今回はこの点には詳述しない）。それがこの結論である。大企業の東京流出等によって民間活力を期待できなくなった大阪がその都市政策を推進するために公的資金と公共企業体、外郭団体によってそれを行おうとしたことは当然の帰結だったのである。大阪破産――それは必然の帰結だった。それを大阪と関西に住む人々が理解しているのかが大阪を復活させることが出来るか否かの重要な要素となってくるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/f14dbomcat2005/20398764.html</link>
			<pubDate>Fri, 23 Dec 2005 10:43:04 +0900</pubDate>
			<category>読書</category>
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