京都人に対する誤解 京都の人は古きものを大切にするより新しいものが好きである。室町時代の金閣(北山鹿苑寺)、銀閣(東山慈照寺)や大坂時代(※)の飛雲閣や当時は京都の町並みには似合わないような目新しい建築物だったと思う。
近代の洋館も多いし、日本で初めて路面電車が営業運転したのも京都である。戦後は京セラやワコール、任天堂など伝統産業と新しいマーケットを折衷したベンチャー企業が成長し、京都財界の中心となっている。 裏寺町通の二つの建物 今日は、その『京都らしさ』を発揮した建物を見ていただきたい。
写真(上)のビルはユニークなグッズやCDショップ、インターネット・カフェがテナントとなっている。ビル自体も新しさを感じさせる。実は、このビルは裏寺町通にあるれっきとした『お寺』なのである。四条河原町界隈にあり、消費者のニーズもあり、お寺が商業主義に走っていると決して非難できない。 今一つは「八千代館」という成人映画のみを上映する映画館である。映画『パッチギ!』で主人公の松山康介たちが、不法滞在ロシア人を連れた高校の教師と出会うシーンである。『日本のハリウッド』京都も今やシネマ・コンプレックスの時代である。近々、映画の黄金時代を感じさせる映画館も四条河原町界隈では八千代館だけになる。 街づくりの矛盾や倒錯を感じさせる「京都人の新しもの好き」が京都の伝統かもわからない。 京都には公園と図書館が少ない?京都は経済誌等の都市ランキングで人口あたりの公園と図書館が少ないと言われている。統計では確かに事実のとおりである。 京都には京都御苑や社寺、大学のキャンパスがある。京都の寺には拝観料があるとの反論もあると思うが、本願寺(西本願寺)や大谷本廟(東本願寺)は無料である。緑化された大学のキャンパスは公園としての価値が大きい。 図書館については大学がある。現状では、登録手続きや手数料が必要であったりする。僕の場合は、京都で最も規模が大きい立命館大学を卒業したので使用できる。しかし、一枚のカード等で全ての京都の大学図書館を利用できるシステムがあればと便利だと思う。 ちなみに、僕の立命館大学では学食に近所のおばちゃんや難関で有名な洛星高校の生徒がやってきた。余談ではあるが大勢の京大・東大合格者を洛星高校がキャンパスの近くにあるため、成長著しい中堅私大の我が母校は周辺住民にからかわれている。 結婚するなら京大生、恋をするなら同志社大、立命館は鞄持ち(又は用心棒)京都で三つの嫌われもの。痴漢、警官、立命館!脚注*大坂時代―大阪歴史博物館館長の脇田修等が主張。まったけは織田信長は天下人でないことと豊臣政権の中心は大坂城(=伏見城は秀吉の隠居地)と考えている。 お時間がありましたら…。 *まったけ日記336―『横断歩道橋』に妖かい?― *まったけ日記280―京都市、四条通で自動車通行規制― *まったけ日記260−『京都サミット」の歴史ー *まったけ日記224ー京都はどこまで京都か?【改訂】ー *まったけ日記215ー京都市、LRT実験【速報】ー *まったけ日記206ー関西発「脱モータリゼーション」− *まったけ日記190ー京都ベンチャーズ− *まったけ日記188ー甦れ!京都市電− *まったけ日記88ー父と僕の時代劇スターさん見聞記ー 注目ブログ *みんなで作る知恵の詰まった環境ブログ ご意見下さい *いわれひこ様BBS *京都亀岡国際秘宝館・本館 |
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そうです、京都を古都というのは誤解です。有史以来ずっと京都は新都でした。
2007/10/18(木) 午後 0:17 [ ネオ若狭 ]
ネオ若狭様★京都亀岡国際秘宝館へようこそお越しやす。平安京建都1,200年の歴史は変化を続けてきたものでした。古の良き伝統を守りつつ新しき文化を築き続けるように努めます。
2007/10/18(木) 午後 3:32
確かに京都は斬新な街というか、新しい考え方が生まれやすい街だと他所から見ていても思います。これはあくまで余所者の推測ですが、歴史的な建物がしっかりと残っている今の景観も、イケイケで古来の建築を破壊しビルに変えるのがブームだった高度成長期に、「歴史的景観を保護する」という「新しい考え方」があってこそのものではないでしょうか?当地仙台は東京で育った「新しいもの」を古くなりかけてから取り入れてきた真似事都市みたいな感じすらあり、それが今の「垢抜けてるが面白くない」景観に繋がってるのかな〜と思っています。その意味では、京都が羨ましくてなりません。この秋に修学旅行で京都に行きますので、そんな空気をしっかり感じ取ってこようと思います。
ファン登録有難うございました。これからも宜しくお願いします。
2007/10/18(木) 午後 8:48 [ アングルみちのく ]
大年爺様★いつもコメントありがとうございます。ファン登録につきましては、既に行っているつもりでした。戦後京都市街の変化に御指摘の『「歴史的景観を保護する」という「新しい考え方」』があったことは言いがたいと思っています。近ごろ、終戦直後の祇園祭の記録映画がカラー化されましたが、街並は全く違います。僕が記憶しているころでも嵯峨野線(山陰本線)の高架から眺めた風景は瓦葺きの建物がすっかりコンクリートに変わっています。歴史的景観を保護してきたのは、有名社寺界隈や祇園、先斗町くらいなものです。【続く】
2007/10/18(木) 午後 11:19
まったけさん!古田敦也君の 後輩でしたか。。。
京都は 高校の修学旅行と、デートやなにやらで 3回ほど 行きました^^
ベタな 観光地めぐりで、嵐山、嵯峨野あたりが 好きでした。竹林なんかも、少なくなったんでしょうか〜?
2007/10/19(金) 午前 0:08 [ 安住 千聖 ]
【続き】僕が訪れた歴史都市の街づくりにはコンセプトが存在し、市民や行政のコンセンサスがあります。モスクワやサンクトペテルブルグ、イスタンブール、アテネにはありました。特にアテネは徹底していました。ソウルや大阪は全くの逆です。ソウルは挑戦戦争、大阪は米軍の空襲という戦災があったからだと思いますが、開き直った街づくりがなされています。ソウルはともかく、大阪はイメージも含めてマイナスをプラスに変えて成功していると思います。【続く】
2007/10/19(金) 午前 0:09
【続き】京都はアテネでもなく大阪でもなく全く中途半端な街づくりなのです。海外からの観光客を見かけると恥ずかしくなりますね。多くの関西人にとっては東北が最も遠い地なのです。沖縄や鹿児島を中心とする九州、四国などの出身の人が多いのです。僕の叔母と家族が仙台に住んでおり、義弟は秋田出身ですが、本当に遠い地です。お話のとおり、仙台に関しては「東京の小型コピー」的な街であると山形や秋田出身の学友が話していましたことを憶えています。京都も仙台も街づくりのコンセプトを作成して市民と財界、行政の同意のもとの街づくりが必要な時期に至っているように感じます。【了】
2007/10/19(金) 午前 0:22
ヤクルト・ファンの安住様★いつもコメントありがとうございます。古田前監督は先輩にあたります。ただ、在籍時が重ならないのと社会人を経て入団していますので、僕が一回生のときに四回生だった元メジャー・リーガーの長谷川滋利のほうが先輩という意識が強いです。しかも、長谷川先輩とは一度「阪神を助けて下さい」と話したことがあるのです。僕の友人は『立命館大学 長谷川滋利』というサインをしてもらっていましたね。【続く】
2007/10/19(金) 午前 0:28
【続き】嵯峨・嵐山でデートすると「・・る」という都市伝説があるのですよ!竹林はきちんと残されています。京都市内よりも向日市や長岡京市、大山崎町の乙訓地域のほうが竹林は豊富に残されています。亀岡は河川敷に多かったので減少しています。現在、JR嵯峨野線(山陰本線)が複線化工事中です。花園駅から嵯峨嵐山駅まで高架工事中です。嗚呼、また京都の景観が…。
2007/10/19(金) 午前 0:34
↑それは「別れる」?
はい、しっかり 別れました〜。爆死!
京都の 日本海側も、一度は行ってみたいです。日本海、まだ見た事ないんです〜。
2007/10/21(日) 午前 0:19 [ 安住 千聖 ]
ヤクルト・ファンの安住様★いつもコメントありがとうございます。お見込みのとおりです。今日は、日本海側の京都について書いて見ましたよ。
2007/10/21(日) 午後 0:50