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第3章 地球温暖化で人類はどうなったのか?
今は昔、二十世紀の末期に人類は日本は京都と言ふ街で大気中の二酸化炭素等の濃度の増加による地球温暖化を防止するためについて、世界中の国々の代表者が集まり議論が重ねられ、「京都議定書」と言ふ取り決めが議決されました。
それは、地球温暖化の原因と言ふ、温室効果瓦斯の一種となる二酸化炭素、「メタン」と言う炭化水素の一種の気体で燃料の原料として使われる可燃性の気体、亜酸化窒素、六弗化硫黄等の六種類の瓦斯について、先進国における削減を各国別に定め、共同で約束期間内に目標を達成すると言ふものと温室効果瓦斯排出権取引の手法、共同実施の手法、吸収源活動の手法が盛り込まれたものでした。
そして、二百ケ国近くある国々のうち百六十二ケ国が締結し、八十四ケ国が署名をしました。
然し、世界の指導者として振る舞っていた亜米利加と言ふ国が、二十一世紀になっても参加しなかったのです。その為か、二十一世紀の始めに著しい経済成長を遂げていた国々で温室効果瓦斯が排出され続けました。
さらに、こともあろうに亜米利加の投資家達が温室効果瓦斯排出権取引を投機の対象とし始めて、莫大な利益を被るようになりました。
それらの地球温暖化の危機が世界中の人類に詳しく説明されていたとは思えないものでした。太平洋や印度洋という大きな海の小さな島嶼の国々に住んでいる人々は高潮を迎えると海水が島へ流れたり、島の内部から噴き出すという異変に直面していました。しかし、彼等は自然現象の変化には気付いていたもののその原因が温室効果瓦斯であることが詳しくは周知されていなかったのです。
勿論、島嶼からなる国々の政府は、世界中の国々に自国の自然現象の変化を訴えていました。
このように自然を慈しみ愛してやまない島嶼の国々に住む人々が地球温暖化の最初の被害を被るやうになってきました。
然し、それら島嶼の国々の声を他所に「京都議定書」の定めていた二十一世紀初期以降の枠組みについての話し合いが始まらず、地球温暖化は先進国の責任と言ふ途上国が猛反発をして、交渉にすら至らない状態になりました。
さらに、人口が多く経済発展が目覚ましい中国、印度等の途上国扱いを受けてきた国々が、国際的な枠組みに関与させていくことが求められましたが経済的な効用が上回り、化石燃料は消費され続け温室効果瓦斯は排出され続けました。
人類たちの生み出した文明は、地球の化石資源を消費することによる技術によってもたらされましたものだったのです。然し、その技術が地球の大気中の温室効果瓦斯の排出となり温室効果瓦斯による地球温暖化は止まることがありませんでした。
そして、第1章でお話ししたとおり、人類が生み出した環境は人類の生活にとって不利なものとなり衰亡していったのです。
人類・・・。地球上で初めて自らの繁栄を閉じてしまった唯一の動物でした。
本当のことかどうかは、詳しくは分かりません。何せ、今は昔のことですから・・・。
※ これは、『まったけ日記46の1−未来からの今昔物語ー』「第1章 人類の言ふ地球温暖化って何だったの?」の続編です。
[ http://www.geocities.jp/f4_ttm/olddiary3.html ]
※ 環境問題に御関心ある方は『まったけ日記58ー絶滅危惧種・その名も「キョウトゴキブリ」ー』(4月14日)もぜひ御覧下さいませ。
[ http://blogs.yahoo.co.jp/f4_ttm/2480620.html ]
※「まったけ日記」1〜50は、こちらまで[ http://www.geocities.jp/f4_ttm/index.html ]
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