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祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり

 秋の気配は次第に濃くなって味覚の秋を迎えた丹波亀岡盆地に祇園囃子が響きます。
 亀岡光秀まつり(5月3日)、亀岡平和祭(8月6,7日)と併せて『亀岡三大祭り』と僕が勝手に呼んでいる亀岡祭(10月23から25日まで)の季節がやってきます。
 亀岡祭は、『口丹波の祇園祭』ともいわれている鍬山神社の鍬山宮・八幡宮二社の例祭です。
 鍬山神社
 大巳貴神(大国主神とも申し上ぐ)が国土を経営し給ひし時に丹波国は泥湖にて洪水山を抱き濁浪天を凌ぎ、土人の産業安からず、茲に八柱の神を黒柄嶽に召し給ひ図りあひ給ひて、乃て一葉の船を泛べ一把の鍬を挙げ、保津請田のあたりを疎通し給ひければ、沃土出で来り家郷開けにしより後、人其の徳を尊びこの地に祀りたりと伝説す。  
 祭神は、大巳貴神、応神天皇。ほかに境内八社あり、解藤泉にて手を洗ひ先づ詣づるは百太夫社(豊磐間戸神、櫛磐間戸神)にして、本殿を拝し池唐に出で中島に仰ぐは厳島社(市杵嶋姫神)なり。
(参考:鍬山神社ホームページ『京都亀岡 口丹波開発神・鍬山神社』
 現代に伝わる亀岡祭の起源は、室町時代に始まるといわれています。
 古文書には、古世(亀岡市古世町か?又は古代か?)の人がみこしをつくることを提案し、町衆の同意を得て完成したといいます。大堰川の逆流による水害封じを祈願するためといわれています。
 天正年間(1573-1592)の明智光秀の丹波攻略など戦国時代の混乱の中で一時廃れました。
 江戸時代になって歴代藩主が鍬山神社の再建に力をつくし、城下町の氏神として庇護を受けて変遷を共にしてきました。
 亀岡祭も歴代藩主の庇護を受けて町衆の力により徐々に復興しました。
 城宝9年(1681)に記された『矢田社之祭法』などによると、旧暦の9月1日から31日の1ヶ月にわたるもので、山鉾も祇園祭と同様に町内の巡行や籤りや籤改などが行われていたようです。
 また、山鉾を飾っている織物類の中には中国や朝鮮、インドさらにペルシャなどからももたらされたものもあり、有形・無形の民俗文化財として郷土の先人が残してくれた貴重な文化財です。
 10月24,25日の祭りには賑やかな囃子により祭りを盛り上げています。

亀岡祭山鉾連合会ホームページ http://www.kyoto-kameoka-kankou.jp/k-maturi/index.html

亀岡市観光協会ホームページ http://www.kyoto-kameoka-kankou.jp/

京都亀岡国際秘宝館・本館 http://www.geocities.jp/f4_ttm/index.html

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