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  もう既にブームは過ぎたように感じますが、一時は各地でさかんに城郭の再建が行われました。それらは当然のことですが、復興模擬天守閣になるわけです。しかし、中には天守閣がなかった城郭ですら天守閣を作っているところもあり、失笑してしまうような城郭・砦もありました。

  しかし、再建に問題がある城があります。
 例えば、インターネットを見ていると織田信長の築いた安土城(滋賀県蒲生郡安土町)を再建をと呼び掛けている人が多いように見受けます。信長の人気が高いことによるものと思われますが、僕は安土城再建に疑問を感じています。(但し、僕も安土城を見たいという気持ちは持っております。)

 明治維新以降、日本は廃藩置県により中央集権国家となり、1873年(明治6年)の廃城令の公布により、殆どの城は建築物を失いました。これは、戦国時代から江戸時代、西南戦争までの城郭は歴史上の役割を終えたといえるでしょう。
 即ち、近代になって残っていた城郭と天守閣を始めとする建築物は歴史的文化遺産となっていたのです。

  僕の話をしますと、ご承知のとおり明智光秀贔屓です。
 光秀が居城とした城は、坂本城(滋賀県大津市)、丹波亀山城(京都府亀岡市)です。僕は、丹波亀山城を再建するならば条件付きで賛成ですが、坂本城の再建には反対です。
 坂本城は明智家滅亡とともに炎上し、廃城となりました。一方の、丹波亀山城は明智家滅亡後も廃城とならずに、豊臣・徳川時代に天下普請が行われ明治維新に至り、1877年(明治10年)に廃城となり解体されました。
 僕の考えは、(1)城郭が歴史の流れの中で落城や炎上等で廃城となったものは再建すべきではないこと、(2)城郭の役割を終えた時代に解体された城郭は歴史的文化遺産の再建とすることに基づいています。
 但し、丹波亀山城再建に条件を付けたのは、城趾が「宗教法人 大本」の本部となっており、大本さんの同意が必要だからです。
 
 さて、安土城に話を戻しますと、本能寺の変、明智光秀の入城、山崎の合戦、明智家滅亡の歴史の流れの中で炎上し廃城となりました。火を付けたとするのは明智秀満、織田信雄のどちらでも構いません。重要なのは、即ち戦国の世の歴史の流れの中で廃城となったことです。

 僕は、このように考えますが、皆さんはどうでしょうか?

「まったけ日記」1〜50は、こちらまで「http://www.geocities.jp/f4_ttm/index.html

 なお、サイト内には明治初期の丹波亀山城の古写真も掲載しています。 

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