『格好よくいかんものですね!』『団塊ジュニアの格好ってものもあるのさ!』今春、地元の郵便局で保育園から中学校までの同級生とバッタリ出会って、メール・アドレスの交換をした。早速、飲み会の誘いがあって参加することにした。主治医から飲酒はしないようにと言われているが、余りの懐かしさに少しビールを口にした。誰かが「同窓会をやらへんか!」と提案して、僕も幹事の大役をすることになった。 僕が卒業した中学校へは、一つの小学校のみから進学という珍しい学校である。しかも、校舎まで隣にあって同級生は9年間もともに過ごしているのだから、みんな仲が良い。しかし、僕は小学生の頃から「考古学」か「ロシア史」を勉強したいと思っており、地元の公立高校ではぬるま湯に使ってしまうのではないかと私学の高校へと進学した。僕らの時代、京都では公立高校へと進学することは、中堅校以上の大学進学を諦めるに等しいことだった。 「懐かしさに負けた」、「いえ、世代に負けた」 僕はカラオケが大嫌いであるが、その日は懐かしさの余りに行くことにした。しかし、流行歌なんて全く知らない。僕たちの頃の教師は「団塊の世代」が多かった。英語や音楽の授業でビートルズの歌がテキストになっていたのを思い出したので、「All My Loving」を歌った。
そのとき、同級生の一人に「お前は、エリートやなあ!」と言われた。正直、何と応えたらよいのか言葉に詰まった。彼は日本で屈指の家電メーカーに勤めている。確かに彼は大学には進学しなかったが、部下も抱える管理職で聞けば海外出張も多いという。間違いなく彼の方が世界各国で僕よりエリートと評価するだろう。 同窓会の案内状 僕の仕事(=副業)がらだと思うが案内状の起草をすることになった。堅苦しいものにしないようにと同級生の要望があったので、校歌の歌詞を引用して書いてみた。さらに、『受験戦争』とバブル崩壊後の『失われた10年』を象徴する『就職氷河期』の戦友というイメージを加えてみた。
しかし、一部のメンバーに伝わらなかった。京都府は革新府政が長かった名残りで公立高校への受験は校区(=学区)単位に事実上の受験校が定まっており、高望みしなければ基本的に合格できる制度であった。僕が私学へ進学した理由でもあった。そのイメージが一部の幹事に伝わらなかったのである。 バブルと『団塊ジュニア』僕が大学進学をしたころは、東欧革命やソ連解体といった大きな変化をテレビで見ながら、日本中が『バブル経済』に浮かれていた。つまり、高校を卒業して直ちに就職をしたものは、バブル最盛期の時代だった。 僕も大学入学当初は、『受験戦争』から解放されて『バブル』に浮かれていたが、1年と続かず『バブル崩壊』となった。そこで、慌てて研究室や図書館にこもる日々が続くようになった。 4回生になって就職活動を始めたときは、『就職氷河期』が最も厳しかった年度であったことを朝日新聞の連載記事『ロストジェネレーション』で知った。 僕の大学は決して就職に不利ではなく、むしろ評価が高いほうである。それにも関わらず、未だに就職活動を続けている学友もいる。 これが、『団塊ジュニア』の大志を剥奪するようなものであるならば、僕は「親鸞上人さま、蓮如上人さま。僕たちを助け給え」と言うほかに言うべき言葉がない。お時間がありましたら…。*まったけ日記132―沈黙の「団塊ジュニア』のための弁明― *まったけ日記124―トリコロールから経済学を考える― *みんなで作る知恵の詰まった環境ブログ ご意見下さい *いわれひこ様BBS *京都亀岡国際秘宝館・本館 |
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