阪神タイガース・ファンの皆様、お疲れさまでした! 阪神タイガース・ファンの皆様、146ゲームの応援お疲れ様でした。
今シーズンはペナント奪回に至らなくても、最大12.0ゲーム差(注:1)を逆転して首位に立つなど充分に魅せてくれたと思います。おまけに、10連勝の直後の8連敗(注:2)という1980年代のやんちゃなタイガースを思い出させるシーンもありました。 京都亀岡国際秘宝館では、今シーズンの反省会として球団創設以来の過去の阪神タイガースのプレイヤーやスタッフ、フロント、ファンの名珍言集を作成してみました。 (1)日本記録は、1963年に西鉄ライオンズが南海ホークスを逆転した14.5ゲーム差 (2)1982年に11連勝の直後に8連敗 オールド・ファンの方々には、「今さらこんなこと思いだせんといてくで!」と忌わしい言葉もあるとは思いますが、それらの発言を含めて、阪神タイガースは愛すべきチームになりえたのだと思います。 「チームを救済出来ずに申し訳ない。巨人の成功を祈っている。阪神では信念や希望を持ち、何より野球は楽しむものだと感じた。巨人にはいいプレイヤーがいるが、重圧に負け野球を楽しんでいない」ジョージ・アリアス ・2006年,巨人退団時のとき。 「サル顔」ジョージ・アリアス・ジュニア ・2003年頃、藤本敦士のことをこう呼んだ。 「ヘーイ、ヘーイ!サンキュー、サンキュー!やったぜ!イエエエー!」岡崎義人(阪神球団社長) ・1985年,優勝祝賀会で両手にVサインをしながら。 「ヒットでいいという考えはなかった。こうなったらホームランを狙うしかないやろう。」岡田彰布 ・1985年,バックスクリーン三連発を振り帰って。 「長嶋茂雄は嫌いや。オレは今は阪神の選手。阪神の選手がライバル球団の元選手を好きや、なんて言うたらファンは怒るやろ。もちろん、プロ野球人としての素晴らしい能力や人間性といったこととは別にしてな。だから、オレは阪神のユニフォームを着ている間は長嶋さんを好きや、とは絶対言わない」岡田彰布 ・1986年,春季キャンプで長嶋茂雄が訪問したとき。 「勝たんでええ。監督も了承すみや」長田睦夫(球団代表) ・1973年,優勝争いのシーズンにエース・江夏豊を呼び出して。 「ハンシン・ファンは一番や」トーマス・オマリー 「芸は一流、人気は二流、ギャラは三流。恵まれない天才。阪神タイガースのオーナー、私が上岡龍太郎です」上岡龍太郎(元阪神ファン) 「このアホが!お前も、終わりやな」川藤幸三 ・代打で出場したときに讀賣に移籍した元阪神江川卓が速球勝負をしなかったとき。 「オレらは12位。阪神は13位」ビートたけし ・1991年,ファン感謝デーでたけし軍団が阪神タイガースに勝利したとき。 「明日も勝つ」新庄剛志 ・讀賣・槙原の敬遠ボールでサヨナラ打を放って。ただし、翌日から連敗。 「おたく、どなたさんですか?」田中義一(元阪神球団社長) ・1955年,監督就任が決まったアマチュア野球出身の岸一郎が球団事務所を訪ねたとき。 「優勝は巨人。ウチは争って2位が一番」戸沢一隆(元阪神球団社長) 「憧れだった。一度、このユニフォームを着てみたかったんだ」中尾孝義 ・2004年,阪神コーチ就任記者会見で。 「阪神は絶対、優勝する。俺が優勝してみせる」長島一茂(俳優) ・映画『ミスター・ルーキー』の台詞で。 「巨人ファンにとって巨人は趣味の一つ。阪神ファンにとって阪神は生活の一部」西本聖 ・2003年,阪神コーチ時代に。 「そう言われると不安になる。これから悪い潮目が来たらかなわん。」野中広務(阪神ファン) ・2003年、講演でタイガースの独走について、出席者から「優勝は間違いないですな。」と質問されて。 「タイガース・ファンは10番目の野手」ジェームス・パチョレック 「代打、ワシ」藤村富美男 ・プレイング・マネージャー時代。 「選手がなすべきときをなさないときは、私は鬼になります」星野仙一 ・阪神タイガース監督就任記者会見にて。 「今年は皆さんに悔し涙を流してもらいましたが、来年は嬉し涙を流してもらいます」星野仙一 ・2002年、甲子園球場ラスト・ゲームでのあいさつ。 「あれは、年俸3億円という意味じゃないですか」藪恵壹 ・1998年、讀賣・清原にシーズン3回目の死球に3本の指を立てられたとき。 「メイがメイには勝てんで、ジュライに勝ちましたな」吉田義男 ・1998年6月、ダリル・メイの初勝利のとき。 「阪神は大阪の恥!」一般小学生A君・1984年,シーズン・オフにスポーツ新聞の一面を飾る。 注目ブログ *みんなで作る知恵の詰まった環境ブログ ご意見下さい *いわれひこ様BBS *京都亀岡国際秘宝館 |
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2007年10月16日
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