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日本における南北問題
通常「南北問題」とは呼ばれないが、西南日本(九州、中国・四国地方(特に瀬戸内海沿岸))の先進性と東北日本(北陸・北信越・東北・北海道)の後進性、そして京都府南部(旧山城国)と北部(旧丹波国、旧丹後国)との格差も一種の南北問題といえる。 積雪の有無や、稲作について北日本では冷夏のため不作が多いなどの農業条件のほか、人為的な要因として、これらに伴う商品経済の歴史の有無なども原因として考えられる。【出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』】 皆さん御存知(?)のとおり、立命館大学経済学部は滋賀県草津市のびわこ草津キャンパス(BKC)にあります。僕が通っていた頃は、衣笠キャンパス(京都市北区)内にありました。
当時は、初年度学費が私大で最も安価な大学(今では信じられないが…。)だったので、学生の多くが他府県出身であり、京都市内に下宿をしていた。
彼らが京都に来たばかりの頃に、よく言っていたのが、『京都には海がないのだよね。大阪や神戸まで行かないとなあ。(何を目的に近くの海を探していたのは不明。┐('〜`;)┌)』
そこで、僕は説明をしなければならなかった。『京都にも海がある。舞鶴や天橋立は京都やで!』
すると、横で聞いていた京都市内出身の学生から痛いツッコミがくる。『舞鶴や天橋立は、一応は「京都府」になっとるけど「京都」やない。お前の住んどる亀岡も「京都」やない。』→(・_・;)
一般的には「京都」とは、京都市内に限られるものだと改めて感じた。京都市内の私立高校に通っていた時も、いつも同じようなことを言われていたような気がする。
現在の京都府域は、旧国名でいうと山城全域と丹波の大部分(南桑田郡・北桑田郡・船井郡・何鹿郡・天田郡、なお、西紀郡・氷上郡は兵庫県へ、南桑田郡の一部は大阪府へ)、丹後全域である。
当然のことながら、各々の地域で独自の都市圏や経済圏、歴史、伝統、文化そして方言がある。 京都市・山城京都府丹波(兵庫丹波との混同を避けるため) 丹波地域に至ると山国で盆地ごとに、亀岡市や南丹市(旧:船井郡園部町・八木町・日吉町及び北桑田郡美山町)、綾部市、福知山市と小さな街が点在する。
さらに、徳川幕府の政策で丹波国は、多くの小さな盆地の中に藩・代官領が小刻みに支配されていた。これは、足利尊氏や明智光秀の旗揚げが、亀山(現:亀岡)を本拠にしていたからだと思われる。 その上に、亀岡市や南丹市は、口丹波(又は南丹)地域と呼ばれて京都都市圏に入り、京都市内の文化の影響も大きく受けている。 一方、福知山市や綾部市は、旧丹後国である舞鶴市を加えて中丹地域と呼ばれる独自の都市経済圏や文化を有する。 また、京都府庁は南丹地域を京都府中部、中丹地域を京都府北部に区分している。(なお、気象予報の区分は更にややこしい。) 丹後(別称:奥丹、北丹) 京都府域で海があるのは丹後地域だけであり、日本三景の天橋立(宮津市)もこの地域にある。
前述のとおり、丹後地域で舞鶴市だけが独自の都市圏を持っている。重要港湾である舞鶴港がある舞鶴市は、明治時代に東舞鶴に軍港が建設されて旧日本海軍舞鶴鎮守府が設置され、近代以降に都市建設された街である。(なお、西舞鶴は丹後田辺城の城下町である。) 宮津市や京丹後市のある丹後(奥丹、北丹)地域は全く違う文化圏を持つ。その丹後地域の方言は、関西弁より中国方言の影響を受けている。 京都府も丹後までに至ると他府県に来たような錯覚を感じる。 むしろ、大津市、草津市(滋賀県)や高槻市、茨木市(大阪府)のほうが、都市圏としても経済圏としても、余程「京都」である。 京都府は、まるで旧ユーゴスラビアのような「モザイク府」だ。他府県では、兵庫県や三重県も同じような特色があるのではないだろうか? 京都府の最北端・丹後半島の6町が合併したが「京都府内」であることをアピールするかのように『京丹後市』と命名された。 口丹波地域では、船井郡の3町が合併して『京丹波町』となった。 山城地域の旧綴喜郡田辺町が市制を施行したが、和歌山県田辺市との混同を避けるという理由で『京田辺市』となった。 ホンマに、京都はどこまで京都なんやろ?『まったけ日記25−京都はどこまで京都か−』【2004/12/04 23:18:32】を加筆・修正 今日の独り言 「アホ!いつまでぼやいてんねや、この泥亀!」、「ごめんちゃい!」(ToT) 京都亀岡国際秘宝館・本館 http://www.geocities.jp/f4_ttm/index.html
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