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音楽 大事にしたい

聴き手側に「隠れた逸材」紹介

 「もっともっと純粋に音楽と向かい合うイベントをしたかった」。くるりのボーカル、ギターの岸田繁とベースの佐藤征史が京都音楽博覧会を始めた理由だ。結成10周年を迎えた06年、記念イベントの話が持ち上がったのが、きっかけだった。
 夏フェスは種類も数もグンと増えたが、グッズや食べ物など音楽以外の部分ばかり手厚くなっていないか。出資者の顔ぶれもマンネリ化していないかー。そんな思いが根底にあったようだった。地元・京都の町おこしとの願いも加わり、「京都音博」は07年9月、京都市内の梅小路公演で実現した。
 出演者は、くるり、小田和正ら国内外の計8組。アイルランドの女性5人組「リアダン」、米国のジェイソン・フォークナー、ルーマニアのジプシー・バンド「タラフ・ドゥ・ハイドゥークス」ら、著明なアーティストばかりでないのがこだわりだ。「英米以外の民族音楽やポップスでも、ちゃんとグローバルスタンダードになり得る存在なのに、なっていないアーティストを紹介したかったと岸田。
 どのアーティストも他の出演者のライブを舞台の袖で見ていた。沖縄のCoccoはルーマニアのジプシー音楽に刺激され、舞台に乱入して踊った。「ミュージシャンの野性の勘を解き放っていた」。イベントの手応えを強く感じた瞬間だった、という。
 岸田もこうも話す。「音楽に感動してくれる聴き手には、音楽の才能があると思う。ミュージシャンは形にして表現できる、というだけのこと。聴き手側に対して努力し、『こんな音楽もある』と紹介することも大事な役割なんだと思う」【出典:『朝日新聞「エンタメ研究所―アーティスト主導型フェスー』2008年8月25日】

京都系という音楽

 ■ くるりと僕

 僕は、洋楽・邦楽ともポップ・ミュージックは活動中の音楽は聴かないが、くるりが例外のミュージシャンである。くるりがメジャー・デビューした頃は仕事が多忙を極めており、とても新しいミュージシャンの音楽を聴く余裕はなかった。どの曲だったか忘れたが、耳にしたときに「このバンドは変な名前やけど面白い詩を歌いよるなあ」と(くるりがデビューした頃は、朝の7時から夜中の2、3時まで仕事で聴く時間がなかった)。
 何枚かアルバムをレンタルして聴いてみるとアルバムごとにバンドの音楽を大きく変更させているなと感じた。
 その後、再び余り聴かなくなっていたが、ベスト・アルバムが出たときに京都タワーのジャケットに釣られて購入した。歌詞からは京都のバンドだとは解っていた。ブックレットの写真に同志社大学の写真があったので「同やん」かと思っていたら、立命館の後輩(=僕が卒業した年に彼らが進学)だと知った。しかも、佐藤君は亀岡出身(隣の隣の中学校)だし。母の旧姓は岸田!こうなればアルバムを全部を揃えるしかないやろう!
 そういった背景を知ってくるりの曲を聴くと、同じ背景を持った僕なればこそ解ることも多く思わずニヤリとするときがある。
 くるりのアルバムごとの音楽の変化は、ファンを確信的に篩にかけているような気がする。「僕らの今度のアルバムはこんなんや。君らついてこれるか?」と。

 ■ 関西フォーク・ブームと京都

 京都という街の特徴は歴史的な都市でありながら、建都以来、いつも「新しいモノ」を求め続けてきたことにある。そして、現代の京都は京都大学に同志社大学、立命館大学、龍谷大学があり学生の街でもある。
 1960年代の後半に京都の大学生が結成したバンドが彗星のごとく現れ、日本中の話題をさらった。フォーク・クルセダーズの登場である。名前からの印象とは違って、「日本のビートルズ」と称されたロック的なグループであり、その音楽はアンダー・グラウンド・ミュージックと呼ばれた。さらに、高石友也や中川五郎が続き、ジャックスやはっぴいえんど、高田渡も京都にやってきた。
 これらは、いつしか「関西フォーク」と呼ばれたブームとなった。しかし、ブームとは去るものである。

 ■ 京大西部講堂

 関西フォークが去った後の京都ポップ・ミュージック・シーンは『京大西部講堂』へと移った。村八分や赤痢などという普通の人ならば忌み嫌うような名前のバンドが受けたり、グラムやブルース・ロックなどの音楽が数多く誕生した。
 『京大西部講堂』は京都のミュージック・スポットとして伝説に事欠かないのは日本のロック黎明期を数多のミュージシャンが活躍したからである。
 『京大西部講堂』はパンク・ロックも受入れ後に芥川賞作家となる町田康が、町田町蔵という名でバンド・INUを率いて独特の詩を叫んでいた。

 ■ 立命館大学ロックコミューン

 この流れをオルタナティブ・ミュージックとして受継いでいるのが、くるりだと思う。京浜急行電鉄のTV-CMソングを歌ったこともあるが、鉄道ファンとしても知られる岸田君の詩に登場する電車は京阪電車であったり、阪急電車であったりする。バンド名のくるりも、かつての京都市交通局の地下鉄烏丸線の案内板が由来らしい。
 フォークルや岡林、INUなどの京都発のミュージシャンの音楽を聴き続けてきた僕としては、くるりが京都でも活動を続けてくれることは、この上なく嬉しい
 後に続くはキセルか?YOGURT-poohか?

※参考文献:京都モザイク005『京都音楽空間ー音に出会える店案内』青幻舎,2003年
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