ロシア史を学ぶ大学生であった僕は、1992年の2月から3月にかけてロシアをフィールド・ワーク(主に歴史書探し)をしました。 そのときにシベリア鉄道で出会った素敵な人たちを紹介します。 モンゴリアン・オールスターズ(上) 左から阪大生のKさん、ウランバートル在住のミジドさん、僕、ブリャート・モンゴル人のゴシャさん、ウランバートル在住のエルデナ・オーチル(C.ERDENE-OCHIR,ЭРДЭНЭ−ОЧИР)、エルデナの伯父さん、新潟大生のG君。
ミジドさんは英語が解り、日本語も少し解る人でモンゴル帝国の歴史の話をしました。持っていた世界地図でチンギス・ハ―ンやフビライの遠征の自慢話をされました。僕が悪戯っぽく「日本は?」と聞くと、ミジドさんも悪戯っぽく、舌打ちして「チキショー!」と答えられ、二人で大笑いしました。 ゴシャさんとはロシア語で話しました。日本人の皆を知っている日本語で呼ばれ、何故か僕は「ヤクザ」と呼ばれました。 ウランバートル在住のエルデナは今でも大親友です。僕の幼馴染みと顔がそっくりであると伝えると喜んでくれ、さらに、生年月日が一日違いで、名前の由来も同じという運命的なものを感じました。当時はモンゴルの大手企業・TUUSHIN社のビジネスマンでしたが、独立して韓国・ソウル、今はアメリカで事業をしています。最近、手紙が少ないのが心配です。 エルデナの叔父さんは無口でしたが、優しい眼差しが印象的でした。 ハバロフスクからウラン・ウデまで一緒でした。 ニーナおばさん(中) 左は大学の先輩のFさん、そしてニーナおばさん。
元々は中学校の数学の先生だったそうです。世話好きな典型的なロシアのおばちゃんで、買ってきたパンを僕たちにちぎって分けてくれたりしました。 日本茶のサービスをすると給湯室まで物凄い握力で連れて行ってくださいました。しか〜し、「何て、渋いお茶なの?」と早口のロシア語でおっしゃっていました(笑)。 イルクーツクからオムスクまで一緒でした。 ミハイル先生(下) ミハイル先生はサンクトペテルブルグにある工業大学の先生です。大学の先輩が持ってきていた日本酒をご馳走すると美味しそうに味わってくださいました。
ヤロスラブリの駅で何処かに行かれたのかと思うと、僕たちのためにビールを買ってきてくださいました。ロシアのビールは不味いと有名ですが、さすがに、ビールの名産地であって、美味しく飲めました。 とても、優しくて尊敬できる方です。持っていたガイドブックにあった「ソ連の旗」を指して、これは間違いだったとおっしゃっていたのが印象的でした。 しかし、きれいさっぱり、ロシア語を忘れてしまいました(∋_∈)注目ブログ*みんなで作る知恵の詰まった環境ブログ ご案内 *京都亀岡国際秘宝館*涙のモンゴル館 *京都亀岡国際秘宝館・本館 |
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