日本で初めてのロック・ミュージシャンは、かまやつひろしである。ロカビリーの時代からというから、かのエルビス・プレスリーよりも歴史は古い。その後、内田裕也などが続くが、アメリカン・ロックのカバーの域を出ることはなかった。 日本のロックが大きな転機を迎えたのは加藤和彦と北山修を中心とし、京都でザ・フォーク・クルセダーズが結成されたことである。名前こそ、『フォーク』であるが、ザ・ビートルズに影響を受けたバンドである。京都でアマチュア・バンドとして活躍したが、メンバーの進学などで解散を決める。その記念としてアルバム『ハレンチ』を自主制作し、約300枚を作成した。 しかし、京都で「イムジン河」、神戸で「帰って来たヨッパライ」がFMラジオでブームとなる。北山が加藤を説得して、1年間という条件でプロ活動を行うことになる。フォークルの活動は日本中にブームを巻きおこし、テープの早回し、オーバーダビング、クラシックのフレーズのカリカチュアライズされた形での導入した手法などから『日本のビートルズ』、『アート・ロック』、『日本のアシッド・ロック』の名をほしいままにするとともに、日本のロックの拠点が東京から京都へと移る(ジャックス、はっぴいえんどや高田渡らが京都に拠点を移す。) フォークルの活動を1年間で休止した後、加藤はサディスティック・ミカ・バンドを結成する。メンバーは、元ジャックスの角田ひろ(現:つのだ☆ひろ)、高中正義、高橋幸宏といったそうそうたるメンバーで、アルバム『黒船』は日本だけでなく英国で高評価を受ける。 ジャックスは早川義夫を中心に結成された。ファースト・アルバムは、サイケデリックかつプログレシッブ・ロック的な『ジャックスの世界』である。キング・クリムゾンやピンク・フロイドよりも活動が早かった(と思う)ので、世界初のプログレッシブ・ロックのアルバムかも知れない。 残念なことに、早川はセカンド・アルバム『ジャックスの奇蹟』の制作途中で早々にやる気をなくした。早川の活動次第では「日本語ロック」のパイオニアは、はっぴいえんどではなく、早川の名が刻まれていただろう。早川の音楽は渋谷陽一などに高く評価され、元ザ・スターリンの遠藤ミチロウや桑田佳祐に大きく影響を与えた。 しかし、時代は早川から大瀧詠一、細野晴臣、松本隆、鈴木茂のはっぴいえんどへと移っていった。 初期の 「日本語ロック」を支えたのは、レーベル・URC(アングラ・レコード・クラブ)である。「日本語ロック」を歌うミュージシャンのレコードを同クラブ会員に通信販売する手法であった。 後に発生した「日本語ロック論争」は、内田裕也のURCへ参加するミュージシャン(特に、はっぴいえんど)への「いちゃもん」であったと言えよう(僕は内田裕也に「内田さんは自分ではヒット曲がないのですね。ヒットは『シェキナベイベエ』というワンフレーズだけですね」と言いたい衝動にかられる)。 その後の日本のロックの歴史は、桑田佳祐、浜田省吾などが登場するまでは、フォークル、ジャックス、はっぴいえんどのメンバーの離散集合の歴史であった。 しかし、21世紀となった現代、京都(と亀岡)出身のくるりがはっぴいえんどの影響を色濃く伝えている。注目ブログ *みんなで作る知恵の詰まった環境ブログ 注目署名活動 *明智光秀公を主人公とする大河ドラマの制作を!〜書名活動するなら『署名TV』 *記事が参考になりましたら、 をお願いします。ご案内 *京都亀岡国際秘宝館・本館 http://x6.hanamizake.com/bin/ll?07686840d アクセス解析 |

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