ワシは、佐々木光太郎。今年こそは騙されないゾ@大阪市淀川区十三(?)【関連用語】岡田あーみん『お父さんは心配症』 『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 岡田あーみん『お父さんは心配症』『Amazon.com』 京都亀岡国際秘宝館・本館 http://www.geocities.jp/f4_ttm/index.html |

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こんにちは、ゲストさん
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難しいテーマですから原則として匿名やむなしと思います。 しかし、名を明らかにしての御来館の方の全てが納得できる論拠、最低でも複数の論拠がないと判断した場合は直ちに且つ断りなく削除します。 また、ご面倒ですがmixiからご来館の方や僕の友人でURLをお持ち出ない方は、その旨を記して下さい。 まったけ 拝
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ワシは、佐々木光太郎。今年こそは騙されないゾ@大阪市淀川区十三(?)【関連用語】岡田あーみん『お父さんは心配症』 『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 岡田あーみん『お父さんは心配症』『Amazon.com』 京都亀岡国際秘宝館・本館 http://www.geocities.jp/f4_ttm/index.html |
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学校の日本史の授業で、江戸時代の三大改革として、徳川吉宗の「亨保の改革」及び松平定信の寛政の改革」、水野忠邦の「天保の改革」を教えられた記憶がある。それに対して、田沼意次の治世である「田沼時代」とは「賄賂政治」、「金権政治」等とネガティヴ・イメージで教えられた記憶がある。
また、大学の日本経済史の講義では、「日本資本主義論争」の影響を受けてか江戸時代天保期から始まった記憶がある。 田沼意次に関する歴史教科書の記述は正しいのかと疑問を持ち続け、様々な文献・史料で調べてきた。 その結果、意次の経済・財政支出政策は余りに先進的であり、硬直した頑迷な幕府重臣や当時の民衆には理解できなかったのでないかと考えるようになった。 田沼意次は、徳川幕府の経済政策の根本である農本主義(=「石高制」)を重商主義へ転換させることによって、幕府財政の再建と経済秩序の構築を図ろうとした。
そのためには、身分に関係なく有能な人材の登用を行い、松本秀持や平賀源内、千賀道有、工藤平助等のブレーンを構築し、蘭学を含めた新知識を貪欲に吸収したのである。 その辺りが、幕府重臣の反発を買い「賄賂政治」として現在に伝わっているのであろう。 その「賄賂政治」であるが、仙台藩主伊達重村からの賄賂を田沼意次が拒絶したという記録の存在もあり、逆に田沼意次を批難していた松平定信さえも田沼意次に金品を贈っていたという説もある。 意次の功績は、やはり「経済政策」である。 まず、平賀源内等の協力もあって幕府始まって以来、対オランダ貿易収支を黒字に転換させる。また、貨幣の改造もインフレーションを起こさずに成功させて幕府の財政改革を成功させた。 田沼意次は、幕府財政を黒字に転換させて、平賀源内の協力を得て荒川通船工事を成功に収めた。さらに、かつて徳川吉宗が失敗した印旗沼開拓工事に着手する。
『赤蝦夷風説考』を著した工藤平助をもブレーンに加えて、帝政ロシア事情の調査も開始する。 「日露交易」も視野に入れて「蝦夷地調査(北方探険)」を実施し、ロシア事情だけではなく、蝦夷地・松前藩によってアイヌ人が虐げられていることまで把握した。 意次の経済政策は「重商主義」とかたづけられず、もはや「ケインズ政策」を先取したともいえるものもある。(褒め過ぎかな(^_^;)) しかし、天は田沼意次に味方しなかったのである。 田沼時代には、災害が絶えなかった。目黒行人坂大火(明和大火)、浅間山の大噴火、天明二年十二月台風(なお、この台風で大黒屋光太夫が漂流。彼も田沼時代に帰国していたら運命も変っていただろう…。)と続き、世界中が混乱した「天明の大飢饉」が発生する。
さらに、追い打ちをかけたのが、意次の最大のブレーンでもあった嫡子の田沼意知の急死であった。意知は、佐野政言によって江戸城内で暗殺された。 田沼意知は「天明の大飢饉」で発生した米不足対策のため、遠州から江戸へと「飢饉米」を安く調達した。しかし、田沼政治を悪行とみなしていた江戸町民は「真実」を知らなかった。 意次に蝦夷地探険と松前藩によるアイヌ人圧政の改善、ロシアとの交易を進言したのは、意知であったとも言われている。 鉢植えて 梅か桜と 咲く花を 誰にたきつけ 佐野に斬らせた 田沼意次と田沼派は、将軍徳川家治の死亡後に失脚する。その失脚には、松平定信等の反田沼グループや一橋家の策謀があったともされる。意次は、失脚後は蟄居を命じられ領地も没収され、その1年後に力尽きたようにこの世を去った。
田沼意次は、平賀源内の考案した「気球」を乗ることを楽しみにしていたとも言われている。(源内のことであるから「大風呂敷」を敷いていたと思われるが…。) 田沼時代が継続していれば、日本の近代経済の発展も開国も百年早く訪れていただろう。 そして、日本人とアイヌ人そして日露外交の歴史も全く違ったものとなっていたはずである。 今日の独り言 「責任者出て来い!」、「出てきはったらどないすんねんな!」、「謝ったらええのや!ごめんちゃい」(ToT)
京都亀岡国際秘宝館・本館 http://www.geocities.jp/f4_ttm/index.html |
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