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本年、即ち2006年5月1日で水俣病公式確認から50年を迎えたということです。先月上旬には、テレビ・新聞等で水俣病を振り返る報道が盛んに報道されました。
ここで、僕の持っている水俣病の知識を確認します。
「 不知火海とも呼ばれていた八代海の沿岸の熊本県水俣市付近で、まずネコの狂死が頻繁に見られるようになった。やがて、その症状はネコだけではなく水俣市民にも見られるようになった。
この原因不明の病気は、やがてチッソ株式会社水俣工場が排出するメチル水銀が原因と解った。しかし、同社はなんら対応もせず、また国や熊本県の対応も遅かった。そのため、大量の死亡者も出て被害は拡大していった。
公式に認められた患者は約2,000人であるが、実際の被害者は自分が水俣病であることを知らない方を含めて10千人を超えるという。
やがて、四日市ぜんそく(三重県)、イタイイタイ病(富山県)、新潟水俣病又は第2水俣病(新潟県)と含めて日本の高度経済成長の中で発生した数々の中で「四大公害病」と呼ばれるようになる。」
ここまでは、ネットや文献を参考にせずに書くことができましたた。なぜならば、小学校時代の社会の授業で「四大公害病」のグループ学習で水俣病を学習・成果発表をするグループに所属していたことが大きいと思います。
もちろん、原田正純『水俣病』岩波新書,1972年をはじめとする水俣病に関する書籍も読んでいますが。
今回の一連の報道で気付いたことは、大学生時代に塾講師のアルバイトで主に国語・社会を教えていましたが、これら「四大公害病」に関して教えた記憶がないのです。僕がアルバイトをしていたのは十数年前でありますが、その頃からか若しくはそれ以前からか教えなくなったのでしょうか?
実際に書店での環境問題に関する書棚やネット検索しても、水俣病をはじめとする公害病に関する新たな知識を得られた印象はありませんでした。これは、非常に問題なことだと感じます。
既に、公害病は解決した問題なのでしょうか?否、解決はしていません。
サリドマイドや近年の薬害エイズ等の行政とりわけ旧厚生省の不作為による病気は、一種の公害病ともいえます。公害病は、解決どころかまだ継続しているのです。
水俣病公式確認50年を迎えて、改めて次世代を担う子どもたちに伝えるべき公害病問題が依然として継続していることを再認識しました。
今日の独り言
今を去ること20数年前、僕の住む京都府亀岡市の大谷鉱山から水田に大量のカドミウムが排出されていることが解りました。我が街も「イタイイタイ病」が発生する恐れがあったのです。
※「まったけ日記」1〜50は、こちらまで「 http://www.geocities.jp/f4_ttm/index.html 」
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