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下記内容の新聞記事を目にしたとき、驚きを隠せませんでした。本来ならば喜ぶべきことなのでしょうが、戸惑いを隠せないのも事実です。
ロシア、パリクラブと債務返済条件で合意=ロシア財務省 2006年06月23日
【モスクワ,22日,ロイター】ロシア財務省の報道担当官は22日、ロシア政府がパリクラブ(主要債権国会議)との債務返済条件に合意し、近いうちに文書に署名する見通しであると発表した。
ロシアのパリクラブの債務総額は208億ドル。
クドリン財務相は今週、パリクラブの債権国が、債務の51.4%を額面で、残額を4.8%のプレミアムを上乗せして返済するというロシアの提示した返済条件を受け入れたことを明らかにしていた。【了】
僕は、15年前に専攻を『ロシア経済史』にすることにしました。
直ちに、僕はフィールド・ワークの為に、ソ連大使館にヴィザの申請を行いました。すると、後に『世界を震撼させた三日間』と呼ばれることになるゴルバチョフ・ソ連大統領が、クリミアで軟禁されるクーデターが起き、さらに1991年12月25日に完全にソ連が解体されました。
結局、ヴィザが交付されたのはロシア大使館からで、(しかも、大使館からの宅急便で出国する新潟空港で受け取りました!)、出発は極寒の2月になりました。
当時の日本は、バブル景気が弾けた直後でしたが、その余韻はありました。さらに、ロシアでは物不足と物流体制の崩壊を原因とする極度のインフレーションと報道されていました。
ロシア・ルーブルと日本円の為替レートは、公式には「1ルーブル=230〜240円」の固定相場でしたが、ルーブル暴落で「1ルーブル=1円」で取引されていました。その為、サンクトペテルブルグにあるプーシキンが決闘死する直前に最期の食事をとったという、(当時の)最高級レストラン「文学カフェ」のコースでは、日本円にして500円にも満たないものでした。
シベリア鉄道での僕たちのコンパートメントには、比較的に富裕層と思われるロシア人から「何でもいいから日本製の物を売ってくれ。」という訪問が絶えませんでした。
極寒の停車駅では、食堂車に人だかりができていました。車掌に何ごとかと尋ねると「シベリアでは極度の食糧不足で食べ物を求めて集まっている。」とのことでした。
モスクワの外国人専用ホテル「インツーリスト」の前の道には、大勢の市民が立ち並んでいました。ホテルのフロントによると、彼等は外貨を得る為に外国人目当てに日用品を売ろうとしているとのことでした。
シベリア鉄道の車中で一緒になりましたサンクトペテルブルグの工業高等専門学校のミハイル先生は、紳士でした。僕が用意していた日本製ビールをご馳走すると、ヤロスラヴリというロシアで最も美味しいビールを製造する街の駅でビール(注:1)をご馳走してくださいました。そこで、ソ連時代の話を聞くに及び筆舌に絶えないことが数多くありました。
また、ミハイル先生の直前にご一緒した、オムスクの元中学校の数学の先生であったニーナおばさんはとても親切な方でした。日本茶と日本のお菓子をご馳走したところ、日本茶の渋さに驚いていらっしゃいました。「チャイ(お茶)だけは、ロシアのほうが美味しいわ。そうだ、チャイの作り方を教えてあげるわ。」と各車両に設置してあるサモワールでロシア式のお茶の作り方を教わりました。
モスクワ滞在中には、ちょうど「国際婦人デー」の祝日になりました。モスクワの繁華街であるアルバータ通りに足を向けると大勢のモスクワ市民が外国人目当てに即席の露天商をしていました。
そこで、アンドリューという若者のグループに声を掛けられ、(不味い)モスクワのビールをご馳走になりました。
彼らの好奇心は日本製品です。「ホンダの車は?」、「ソニーのテレビは?」、「ヤマハのバイクは?」、「パナソニックのVTRは?」と価格の質問が矢継ぎ早に・・・。おおよその値段を教えると彼らは口を揃えて「高すぎる!」と繰り返しました。
別れ際に、アンドリュ―は熱く語り始めました。「今のロシアは重い病人だ。しかし、僕たちが頑張って働いて、いつかは日本のような豊かな国にするんだ!」
ミハイル先生の優しさ、ニーナおばさんの明るさそしてアンドリューの志し・・・。
それは、ロシアの将来を鑑みるに暗いことばかり想像していた僕にとってロシアはいずれ豊かさを取り戻すだろうという希望になりました。
そして、現在・・・。
ロシアは国土の天然資源を生かして経済成長の段階に入って、ブラジルそして中国、インドと並んでBRICsと呼ばれるまでになりました。
今年のサミット(主要国首脳会議)は、サンクトペテルブルグで開催されます。それに先駆けて、ロシア財務省が、今年のGDPを6%後半に上方修正しました。
モスクワで宿泊したインツーリスト・ホテルから「赤の広場(注:2)」までのコンクリートむき出しで子どもが大道芸をしていた無骨な地下道は、改装されて「シャネル」や「グッチ」、「エルメス」等の欧米のブランド製品を売る店が並んでいると聞いています。
とりあえず、ロシアは物質的な豊かさを手に入れたようです。
ただ、極度の経済状況の中でも荒なかったロシアの人びとの心の豊かさが失われていないかを心配するのみです。
(注:1)当時のロシア製のビールはお世辞でも美味しいといえるものではありませんでした。ただし、このヤロスラブリのビールだけは例外と帰国してから、ロシア語の教授から聞きました。
(注:2)正しくは、美しい広場です。「赤の広場」とは誤訳。ロシア語では、「赤い」と「美しい」は同じ単語「красивый」を使用します。90年代の天皇賞馬・プレクラスニーの名の由来です。
「まったけ日記」1〜50は、こちらまで「 http://www.geocities.jp/f4_ttm/index.html 」
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