2003年の阪神タイガースの優勝以降、讀賣ジャイアンツは低迷していた。2007年のレギュラー・シーズンで優勝を果たしてジャイアンツは低迷を脱したといえるのだろうか? 1986年から2002年までに低迷していたタイガースですら、1992年にはあと一歩のとこまで優勝に迫っていたのだ。 ジャイアンツ・ファンからの相談2005年のシーズンで阪神タイガースと中日ドラゴンズが激しく優勝争いをしていたシーズン中に讀賣球団が阪神タイガースの星野仙一オーナー付シニア・ディレクターの監督招聘に動いた。 この頃から、ジャイアンツ・ファンの友人からファンとしてどうればいいのだろうと聞かれることが多くなった。ジャイアンツ・ファンには、阪神タイガースの球団フロントとチーム、ファンの関係が理想的に見えたのだろうか? タイガース・ファンの多くは、毎シーズン、タイガースが優勝してほしいとは思っていない。大体、連続して優勝を続けるとお金と体力が持たない。 『星野タイガース』から始まったチーム改革2003年にタイガースが優勝して以降、これまで弱小球団であった千葉ロッテ・マリーンズや北海道日本ハム・ファイターズが日本シリーズの優勝を果たしてきた。 2003年、星野仙一監督が率いた阪神タイガースがモデルであると思われる。また、2005年以降の阪神タイガースの『JFK』投手リレーも他球団の新たなモデルとなっている。 そのタイガースも次のチーム改革期に入っており、今年のストーブ・リーグでは阪神球団宮崎オーナーが表明しているとおり、最も活発に動くであることは必至と思われる。 タイガースとジャイアンツの補強の違い! ジャイアンツの優勝は早すぎたように感じる。そのことをジャイアンツの原辰徳監督は理解をしていると思うが、讀賣球団フロントは理解しているか否かは、甚だ疑問である。
今シーズンを迎えるにあたってのジャイアンツは、原辰徳監督は上原投手のクローザー起用等のチーム改革を行っているものの、FAやトレードを中心とした他球団で実績ある選手の獲得による補強が大きかった。 一方、タイガースがFA選手獲得に終始するのは問題ではない。阪神甲子園球場は『土と天然芝のスタジアム』であり、桧山進次郎や金本知憲、矢野輝弘、下柳剛といったプレイヤーの寿命が長くなっている。 タイガースはFA補強はプラスに働くが、東京ドームで『人工芝』のジャイアンツは必ずプラスに働くとは限らない。FA宣言ジャイアンツ移籍を経て、タイガースで4年間も現役を続行した広沢克実選手が恰好の例である。 観客動員数スタジアムの収容観客動員数の違いもあるが、讀賣球団フロントには優勝したにも関らず、阪神タイガースの観客動員数を逆転できなかったことを忘れずにいてほしい。そして、 讀賣球団フロントよ『ファンに感謝し、ファンを愛して下さい!』注目ブログ*みんなで作る知恵の詰まった環境ブログ ご意見下さい *いわれひこ様BBS *京都亀岡国際秘宝館 |
阪神タイガース'2007
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阪神タイガース・ファンの皆様、お疲れさまでした! 阪神タイガース・ファンの皆様、146ゲームの応援お疲れ様でした。
今シーズンはペナント奪回に至らなくても、最大12.0ゲーム差(注:1)を逆転して首位に立つなど充分に魅せてくれたと思います。おまけに、10連勝の直後の8連敗(注:2)という1980年代のやんちゃなタイガースを思い出させるシーンもありました。 京都亀岡国際秘宝館では、今シーズンの反省会として球団創設以来の過去の阪神タイガースのプレイヤーやスタッフ、フロント、ファンの名珍言集を作成してみました。 (1)日本記録は、1963年に西鉄ライオンズが南海ホークスを逆転した14.5ゲーム差 (2)1982年に11連勝の直後に8連敗 オールド・ファンの方々には、「今さらこんなこと思いだせんといてくで!」と忌わしい言葉もあるとは思いますが、それらの発言を含めて、阪神タイガースは愛すべきチームになりえたのだと思います。 「チームを救済出来ずに申し訳ない。巨人の成功を祈っている。阪神では信念や希望を持ち、何より野球は楽しむものだと感じた。巨人にはいいプレイヤーがいるが、重圧に負け野球を楽しんでいない」ジョージ・アリアス ・2006年,巨人退団時のとき。 「サル顔」ジョージ・アリアス・ジュニア ・2003年頃、藤本敦士のことをこう呼んだ。 「ヘーイ、ヘーイ!サンキュー、サンキュー!やったぜ!イエエエー!」岡崎義人(阪神球団社長) ・1985年,優勝祝賀会で両手にVサインをしながら。 「ヒットでいいという考えはなかった。こうなったらホームランを狙うしかないやろう。」岡田彰布 ・1985年,バックスクリーン三連発を振り帰って。 「長嶋茂雄は嫌いや。オレは今は阪神の選手。阪神の選手がライバル球団の元選手を好きや、なんて言うたらファンは怒るやろ。もちろん、プロ野球人としての素晴らしい能力や人間性といったこととは別にしてな。だから、オレは阪神のユニフォームを着ている間は長嶋さんを好きや、とは絶対言わない」岡田彰布 ・1986年,春季キャンプで長嶋茂雄が訪問したとき。 「勝たんでええ。監督も了承すみや」長田睦夫(球団代表) ・1973年,優勝争いのシーズンにエース・江夏豊を呼び出して。 「ハンシン・ファンは一番や」トーマス・オマリー 「芸は一流、人気は二流、ギャラは三流。恵まれない天才。阪神タイガースのオーナー、私が上岡龍太郎です」上岡龍太郎(元阪神ファン) 「このアホが!お前も、終わりやな」川藤幸三 ・代打で出場したときに讀賣に移籍した元阪神江川卓が速球勝負をしなかったとき。 「オレらは12位。阪神は13位」ビートたけし ・1991年,ファン感謝デーでたけし軍団が阪神タイガースに勝利したとき。 「明日も勝つ」新庄剛志 ・讀賣・槙原の敬遠ボールでサヨナラ打を放って。ただし、翌日から連敗。 「おたく、どなたさんですか?」田中義一(元阪神球団社長) ・1955年,監督就任が決まったアマチュア野球出身の岸一郎が球団事務所を訪ねたとき。 「優勝は巨人。ウチは争って2位が一番」戸沢一隆(元阪神球団社長) 「憧れだった。一度、このユニフォームを着てみたかったんだ」中尾孝義 ・2004年,阪神コーチ就任記者会見で。 「阪神は絶対、優勝する。俺が優勝してみせる」長島一茂(俳優) ・映画『ミスター・ルーキー』の台詞で。 「巨人ファンにとって巨人は趣味の一つ。阪神ファンにとって阪神は生活の一部」西本聖 ・2003年,阪神コーチ時代に。 「そう言われると不安になる。これから悪い潮目が来たらかなわん。」野中広務(阪神ファン) ・2003年、講演でタイガースの独走について、出席者から「優勝は間違いないですな。」と質問されて。 「タイガース・ファンは10番目の野手」ジェームス・パチョレック 「代打、ワシ」藤村富美男 ・プレイング・マネージャー時代。 「選手がなすべきときをなさないときは、私は鬼になります」星野仙一 ・阪神タイガース監督就任記者会見にて。 「今年は皆さんに悔し涙を流してもらいましたが、来年は嬉し涙を流してもらいます」星野仙一 ・2002年、甲子園球場ラスト・ゲームでのあいさつ。 「あれは、年俸3億円という意味じゃないですか」藪恵壹 ・1998年、讀賣・清原にシーズン3回目の死球に3本の指を立てられたとき。 「メイがメイには勝てんで、ジュライに勝ちましたな」吉田義男 ・1998年6月、ダリル・メイの初勝利のとき。 「阪神は大阪の恥!」一般小学生A君・1984年,シーズン・オフにスポーツ新聞の一面を飾る。 注目ブログ *みんなで作る知恵の詰まった環境ブログ ご意見下さい *いわれひこ様BBS *京都亀岡国際秘宝館 |
ボクは韓国人。なんで帰化せなあかんのや昨年まで選手会長を務め、阪神のリーグ優勝に貢献した4番打者、桧山進次郎(34)が突然、自らの国籍が韓国であることを告白した。 1月1日付『統一日報』で、「韓国パワー日本で全開」と題するインタビュー記事に登場した彼は、 「一日一日精一杯がんばりたい。韓国人魂みたいなものをみせたいですよね。(笑)」 「日本の野球界は帰化している選手も含め韓国人は多い。(中略)食生活の違いもあって、体がもともと強いって事情もあるんですかね。」 「ちっちゃいころから(食事は)そう(韓国食)だった」 と自分が在日韓国人であることを激白。韓国名が「黄進煥(ファンジンファン)」であることも明かした。 (略) 大阪市立大学の朴ー(パクイル)教授は、この桧山の告白を高く評価する。 「(略) 『統一日報」は、在日メディアの中ではもっとも伝統ある新聞で、毎年、各界で活躍している同胞の人々にアプローチしてきている。いくら社会から差別がなくなってきたといっても、まだまだ偏見をお持ちの方が多い中で、今回、桧山君が勇気をもって決断してくれたことには在日への若い人への励みにもなるし、私も非常に感慨深いですね。」 【出典:『週刊現代1月30日号』講談社,2004年,50ページより抜粋】 意見が分かれたタイガース・ファン 上記の記事は星野仙一前監督の下で、阪神タイガースが18年ぶりの優勝を決めた翌年の2004年に『統一日報』で行われた桧山進次郎選手のインタビュー記事です。
2007年現在、桧山選手は阪神タイガースで生え抜きの選手としては最もベテラン選手である。しかし、ファンに対して笑顔を絶やさないことから「悠久の若虎」と呼ばれている。 『統一日報』と『週刊現代』に記事になった、2004年当時の阪神タイガース公式サイトの掲示板でファンの間で意見が大きく分かれた。 『ひ〜やん、いっちゃった。』、『「韓国魂」なんて、もう桧山とは「猛虎魂」を共感できない。』、『黄が本名なんて、タイガースに入るために生れてきた名前だね。』 正直に、桧山選手を(いわれなき理由で)非難する声も多かったので残念な思いをしていた。 しかし、ひ〜やんは? ひ〜やんは、笑顔をたやさずに甲子園球場でプレーを続けた。
今でも、金本知憲や赤星憲広、今岡誠らの選手より、ひ〜やんが打席に立ったときのほうが盛り上がる。 ひ〜やんは、持ち前の明るさでタイガース・ファンを魅了し続けている。 この一打にかけろ 気合いで降り抜けよ 誰もお前を止められぬ 桧山よ突っ走れ今日の独り言 永遠の南海ホークスファンのF氏にリクエストしても記事にしてもらえませんでした参考サイト*桧舞台桧山進次郎選手公式サイト *■桧山進次郎同盟ファンサイト *桧山進次郎フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 *朝鮮日報 お時間がありましたら…。 *まったけ日記286―「ことりばこ」「コトリバコ」は都市伝説ー *みんなで作る知恵の詰まった環境ブログ ご意見下さい *いわれひこ様BBS *京都亀岡国際秘宝館・本館 |
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謹賀新年 |
阪神タイガースとは武庫川の賜物である はんしんタイガース【阪神Tigers】このチームについて、短く書き表わすことは決してできません。(出典:玉木正之『プロ野球大事典』新潮社,1990年)
ここ数年、毎シーズンのように阪神タイガースが優勝争いをするようになり、入場券は前売券で全て完売し全ゲームが満員であり、2005年のシーズンから観客動員数が讀賣ジャイアンツを抜いて、12球団で1位となっている。(=ただし、実数発表になってから?) よって、入場券の入手は簡単にできるものではない。 かつて、毎シーズンが最下位だった暗黒時代は、京都を午後4時に出発して甲子園にプレイ・ボール直前(午後6時)に着いても、最も人気のあるライト・スタンド外野指定席でも入場券は入手できた。 それでも、スタンドは閑散としていた。 N投手やI投手が先発しストライクが入らず、満塁になってど真ん中を放うて大量失点。打線はというとヒットが期待できるのは、W選手とO選手のみ。しかし、ヒットが出ても後続は良くて三振、普通で併殺打。
そんな日が満月の夜だったらスタンドは大荒れ。ワンカップを持ったオッさんがトラになって吠えるは、日常茶飯事。遂には、相手チームの応援を始める集団も出て来る。 ラッキーセブンには、ジェット風船より一回り小さいオカ○ト社製の風船(?)が飛ぶ始末f^_^; せやけど、弱くても甲子園で野球が観れるほうがよかったかな(;_
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