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3月11日の地震以来,仙台弁護士会は震災の対応に追われています。 私も,3月31日,南三陸町の避難所に出張相談に行ってきました。 曲がりくねった山道を抜けて開けたところに出ると,ある地点から先は瓦礫の山で,山肌の木々には洗濯物を干したかのように布やビニールが引っかかったままでした。 市街地だった港周辺には,木造家屋の瓦礫,最上階まで水に浸かった志津川病院,そして真新しい幾本もの電柱。リアス式の海岸は穏やかで,静かに波の音を立てていました。 1階のコンクリートの壁に大きな穴が開いている南三陸警察署などのわずかな手がかりから,気仙沼に行った帰りに通ったあの市街地と同じ場所だと辛うじて分かるのですが,とても信じられない光景でした。 最大の避難場所であるベイサイドアリーナ(総合スポーツ施設)には,自衛隊のお風呂,隔地の医療チームやボランティアの車両,消防車や警察車両などが集まっていました。 町役場の仮庁舎はアリーナ脇のテニスコート内のプレハブ小屋で,電気がないためランタンで明かりをとっていました。 私は,旧志津川町を離れて旧歌津町の歌津中学校に向かいました。 校庭一面に車が止まっていました。支援物資が高々と積み上げられている教室,プロパンガスを使って食事を作っている教室などがありました。多目的教室を卓球台で仕切ったブースが,私たちの相談室でした。 午前中に2人,午後に5人の相談を受けました。 ほとんどの方は,自宅を流されたか1階部分が完全に浸水して,住まいを失っていました。 「もう一度同じ場所に家を建てようとは思えない。」そのようにおっしゃる方もいました。 個人で自営業をしている方も何人かいて,事務所や漁船などの事業用資産を失っていました。 事業資金の借入れはどうすればいいのか,どのような補償が受けられるのか,取引先もほとんどが被災してしまっている,切実な相談です。 住宅ローンの債務者も,事業借入れの債務者も,天災によって経済的に行き詰っただけで,もともとは経済的に問題のなかった人も多かったはずです。 そのような人々を経済的に破綻させることは,当人のみならず,町全体,日本全体の経済の立ち直りを遅らせるだけです。 一刻も早く経済的な立ち直りをバックアップする制度を創設する必要があります。 写真は,震災前の石巻警察署です。 私は弁護士歴たったの1年ですが,何故だか登米やら石巻やら仙台以外の仕事ばかりで,宮城の地理に詳しくなる一方でした。 今回の震災で報じられた県内の被災地は,ほとんどが見知った土地です。 震災から助かった全ての人が全うに暮らせるようになるまで戦い続けようと思っています。
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