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1.川崎市水道局いじめ自殺事件 <第一審 横浜地裁川崎支判H14・6・27判時1805・105> ※訴訟関係者は仮名。 (認定事実) 「一郎の作成した遺書1には、「私、甲山一郎は、工業用水課でのいじめ、乙川課長、丙野係長、丁田主査に対する「うらみ」の気持が忘れられません。」などと記載されており」 「いじめによって心理的苦痛を蓄積した者が、心因反応を含む何らかの精神疾患を生じることは社会通念上認められ」 「「心因反応」は、ICD−10第V章の「精神症障害、ストレス関連障害及び身体性表現障害」に当たり、自殺念慮の出現する可能性は高いとされている」 「一郎には、他に自殺を図るような原因はうかがわれないこと」 (結論) 「一郎は、いじめを受けたことにより、心因反応を起こし、自殺したものと推認され、その間には事実上の因果関係があると認めるのが相当である。」 (排斥された主張) 「一郎には、高校時代に二度の不登校、退学ということがあったこと、一郎の診療録を検討すると、一郎は、高校生時代から内因性ないし器質性の境界性人格障害ないし境界性精神分裂病を発症していたことがうかがわれ、これらは特に原因がなくとも発症するのであるから、仮にいじめがあったとしても、一郎の自殺との間に因果関係を認めることはできない」 「一郎の自殺にはいじめ以外の要因が働いていることなどから条件関係すら認められない」 (排斥した理由) 「一郎は、水道局に採用されて以来、勤務態度は積極的であり、幸営業所時代には勤務評定でAの評価を得ており、工業用水課に配属された当初もいじめを受けるまでは真面目に勤務していたものであり、高校時代から境界性人格障害又は精神分裂病を発症していたことを認めるに足りる証拠はなく、また、その余の点についても前記認定の諸事情に照らすと、いずれも採用することができない」 (検討) 結論として「いじめ→心因反応→自殺」という事実上の因果関係を肯定した。 前提とされた認定事実は、(1)被害者がいじめによって心理的苦痛を受けていたこと、(2)被害者には他に自殺を図るような原因はうかがわれないことの2つとみられる。 (1)’いじめによって心理的苦痛を蓄積した者が心因反応を含む何らかの精神疾患を生じることが社会通念上認められること、(2)’「心因反応」は、ICD−10第V章の「精神症障害、ストレス関連障害及び身体性表現障害」に当たり、自殺念慮の出現する可能性は高いとされていることの2つは、事実そのものというよりも、事実的因果関係を推認させる経験則というべきだと思われる。 このうち、(1)’は「社会通念上認められる」と表現されていることから一般的な経験則であり、(2)’は内容が医学的知識に基づくものであることや書証が引用されていることから専門的な経験則であると思われる。 (1)が認定されると、(1)’により「いじめ→心因反応」の事実的因果関係が推認され、さらに(2)’により「心因反応→自殺」の事実的因果関係が推認されているとみることができる。 そうすると(2)は(2)’による推認を妨げる事情がないことを示しているものと捉えることができる。 一方、排斥された主張は、(A)被害者は内因性ないし器質性の境界性人格障害ないし境界性精神分裂病を発症していたことがうかがわれること、(B)被害者の自殺にはいじめ以外の要因が働いていることの2つである。 (A)は、いじめがあってもなくても心因反応を発症して自殺に至ることは避けられなかった旨の主張であるから、「いじめ→心因反応」の事実的因果関係の推認を妨げる事情とみることができる。 (B)は、他の要因により自殺を招いた旨の主張であるから、「心因反応→自殺」の事実的因果関係の推認を妨げる事情とみることができる。 これらが排斥された理由は、いじめを受けるまでの被害者の良好な勤務態度からすれば、これらの主張を認めるに足る証拠はないことである。
これは、いじめを受けるまでの被害者の良好な勤務態度が認定されることで、従前から精神疾患を抱えていたことや他に自殺の要因があったことを否定する方向での推認が働いたものと捉えることができる。 ここで用いられた経験則は「良好な勤務態度だった者が、精神疾患を抱えていたり、自殺の要因を抱えていたりすることはおよそ考えられない」というものであろう。 そうだとすると、ひとたび「いじめを受けるまでの被害者の良好な勤務態度」が認定されると、使用者側が既往の精神疾患や自殺に至る他の要因を反証して推認を覆さなければならないことになる。 |
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