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だいぶ更新が途絶えてしまっておりました。 リハビリのために「もしドラ」シリーズを投稿します。 ちなみに、この(長い沈黙の)間に「もしドラ」の原典であるドラッカーの「マネジメント(エッセンシャル版)」を古本屋で入手しました。 だからといって内容に深みが出るわけでもないでしょうから、気軽にお読みいただければと思います。 前回の私は、「顧客とは何か」という、最も重要であり、かつ、最も困難である問いからスタートしたようです。 その結論として、「顧客は法的な諸問題を自己に有利に(あるいは適正に)解決することを欲求している」として、「ひいては、平穏な社会生活(あるいは法的秩序)を欲求している」としたようです。 そして、事務所の事業を「顧客のために平穏な社会生活・法的秩序をもたらすこと」とし、事務所はそのための組織であると定義したようです。 ところで、そもそも企業は何のために存在しているのでしょうか。 出資者のため、経営者のため、従業員のため、取引先のため、顧客のため。おそらくその全てが正解でしょう。 しかしながら、企業の存立の基盤が、究極的には「社会」にあることをドラッカーは強く示唆しています。企業は何よりもまず「社会」のために存在しなければならず、「社会」から要求されなくなった企業は必ず存立を危うくすると。 「もしドラ」での野球部は、どのような社会的影響を持つ組織となったのでしょうか。 まず、その部活動への取り組みが、人材交流やノウハウの共有などによって、他の部活動にも良い影響をもたらすようになりました。 そして、野球部が地域の少年たちに野球教室を催すことで、地域の少年たちのスポーツに取り組む意識を向上させました。 さらには、野球部が県大会・甲子園と活躍することで、地元の経済を活性化しました。 小説のなかの出来事かもしれませんが、単なる高校の野球部を想定しても、ここまでの社会的影響を与える組織を想定することができるわけです。 当然のことながら、実際の「社会」のなかに存在する企業は、その社会に与える影響とは無縁でいられないどころか、社会に影響を与える存在であるが故に存立できているということができます。 ここで、はじめて「企業の社会的責任」、いわゆる「CSR」のごく自然な理解ができるのではないかと思います。 単にコンプライアンス遵守だ!労基署に文句を言われないようにしないと!などというのでは、さびしいですし、やる気もでません。 「わが社はこの社会に生かされている。」 「これからもこの社会で存立していくには良い影響を社会に与える存在でなければならない。」 「ゆえにわが社は社会的責任を自覚して存立の基盤を確固たるものとする。」 といった前向きな理解ができるのであれば、おのずとやる気も出てくるというものです。 弁護士はどうでしょうか。弁護士の社会的責任とは。 社会は弁護士に何を希求しているのでしょうか。ドラッカーに言わせれば、そこに弁護士が社会に存立できる基盤があることになるでしょう。 弁護士法第1条は、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」としています。そして、「弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。」と続けます。 ここには、「自分のところに依頼しに来た人の、法的な諸問題をその人に有利に解決するのが、弁護士の仕事だ。」とは書かれていません。 社会は、弁護士に対し、「基本的人権を擁護し、社会正義を実現すること」、そのために「誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力すること」を求めています。
それが失われれば即ち弁護士の存立は危うくなり、それが全うされれば即ち弁護士の存立は確固たるものとなる。 個々の事案の処理においても、弁護士が社会から何を要求されているのかを意識して取り組めば、おのずと社会に良い影響を与える存在となるのではないかと信じています。 |
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