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2014年 天皇賞(秋) <予想> ◎イスラボニータ ○スピルバーグ ▲ジェンティルドンナ △フェノーメノ △マイネルラクリマ <結果> 優勝スピルバーグ 2着ジェンティルドンナ 3着イスラボニータ 14着フェノーメノ <コメント> ここはイスラボニータを中心とした。 菊花賞を捨てて照準を合わせている点、秋初戦を無難に勝利している点、東京コースに良績がある点、距離が適している点、脚質に自在さが出てきた点を評価した。 実績で言えばジェンティルドンナ・フェノーメノだが実戦から長期間離れている点とここが最大の目標とは思えない点で明らかに割引。 その他の実績馬ではエピファネイアだがやはり実戦から長期間離れている点と上の2頭より格落ちする点で切った。 実績馬以外からはスピルバーグを1番手の評価。 秋の天皇賞はとりあえず毎日王冠組。まず上記の実績馬を振り切れる程の逃げ先行馬がいないことを確認。 次に差し馬の検討。上位入線はスピルバーグとディサイファ。 レース映像を見ると後者は精一杯の脚で走っているが前者は前に壁ができていながら上がり33秒2。 しかもスピルバーグは東京中距離で4勝。ここ以外に目標があるとも思えない。 他路線はほとんど魅力がない。とりあえず前に行ってオールカマーを勝ったマイネルラクリマだけ抑えた。 結果を見るとこれだけ好条件が整っても鉄砲のジェンティルドンナに勝てなかったイスラボニータはまだ3歳馬なりの力量だったという他ない。
ジャパンカップはさらに凱旋門賞組合流の相手強化でジェンティルドンナら実績馬も叩き2戦目になるため苦しい立場になった。 ジェンティルドンナはやはり格が違った。ドバイで勝つ位だから調整能力が高く鉄砲も関係なかったのだろう。 ジャパンカップは鞍上をムーアに強化して3連覇挑戦の舞台が整う。もともとどう考えてもこの馬にとって次走が最大の目標であることは疑いようがない。 その2頭を差し切ったスピルバーグの末脚は素晴らしかった。前走を踏まえて外に出した北村騎手の判断が功を奏した。 秋の天皇賞は季節柄なのか離れた外が内より良い馬場を走れる状態であることが多いので今回もそうなったと言える。 優勝馬は能力を出し切って目標を達成したので次走がジャパンカップなのかマイルCSなのか知らないがもう馬券的には要らないだろう。 |
おもしろ全部
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おもしろ全部というのは、おもしろい記事だけだという意味ではありません。単におもしろ半分以上にふざけているだけです。
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皆さんは「はさみ」を使ったことがあるだろうか。 漢字で書くと「鋏」である。 この古典的な道具の機能は、物をはさみこむことで切断するというものである。 ウィキペディアによれば「紀元前1000年ごろの古代ギリシアのものとされるはさみが発見されており、古代から使われていたと考えられている。」とのことである。 この古典的な道具の基本的な形状は、時を経ても変わることがなかった。 また、これにとってかわるような形状の道具も現れていない。 鋏は、基本的な形状はそのままに少しずつ改良を加えられて、さまざまな用途に供されたり、より利便性の高いものにされたりして今日に至っているものと思われる。 皆さんは「民主主義」を使ったことがあるだろうか。 英語に訳せば「デモクラシー」である。 この古典的な道具の機能は、国家や集団の権力を担うものを構成員の全員であると定義し、その意思決定を構成員の合意により行うというものである。 ウィキペディアによれば「デモクラシーの語源は古典ギリシア語の「デモクラティア」で、都市国家(ポリス)では民会による民主政が行われた。」とのことである。 この古典的な道具の基本的な形状は、時を経ても変わることがなかった。 また、これにとってかわるような形状の道具も現れていない。 人間が、鋏と同様に、この古典的な道具にとってかわるようなものをもたないのであれば、これを放り投げるよりも、これに少しずつ改良を加え、現実に生起するさまざまな事態に対処できたり、より構成員の福利を増進できたりするものにしていくべきだと思われる。 それが、鋏よりも理想的な何かを求めるよりも、大変現実的なことかもしれない。
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人間は料理の食べ方をいかにして身に着けるのだろうか。 箸やスプーンの使い方、お茶碗の持ち方などは、明らかに家庭教育によって身に着けたものだろう。 ご飯に味噌汁をかけて食べる行為はマナー違反であることも家庭教育によって身に着けたのだろう。 では、カレーはご飯にかけて食べるものであって決してスープのような飲みものではないということは、誰から学んだのだろうか。 おそらくそんなことを真正面から子どもに教育する親などいないだろう。 そうだとすれば、これはカレーがご飯にかかっている状態でしか供されないことから、経験的に獲得した事柄ということになる。 さて、シチューの正しい食べ方は、どうやって獲得されるのであろうか。 私は今夜、夕食としてシチューライスを食べた。 その様は、カレーにシチューが取って代わっただけのものである。 しかし、私は、カレーとは異なり、いまだかつて一度たりともこのようなスタイルでシチューを供されたことなどない。 では、なぜ私はシチューライスなるものを食べるようになったのだろうか。 子どもの頃、私の実家ではシチューはご飯とは別の器に入って供されていた。 これだけをみると、私の実家ではあたかもシチューをスープのように扱っていたかのような印象を与えるかもしれないが、それは誤解である。 私の家族はシチューをおかずの一品として食べている。 その証拠にシチューをスプーンですくってご飯にかけて食べていた。 先ほどの「ねこまんま」にみたように、スープをご飯にかける行為はマナー違反であるから、私の家族はシチューをスープとはみなしていないはずである。 これに対して、おかずをご飯に乗せて食べる行為はごく一般的な食べ方であるから、私の家族はシチューをおかずと認識して食べているはずである。 しかし、これではシチューライスの謎は解けない。 なぜなら、私の家族は、シチューをスプーンですくってご飯にかけて食べることはあっても、初めからカレーのようにシチューをご飯にかけて食べたことなど一度もないからである。 そうだとすれば、この両者には見た目以上のシチューに対する認識の差が存在しているように思える。 私の家族でシチューライスを自ら作り、そして食べる者は、私だけなのである。 おかずが初めからご飯の上に乗っている食べ物とは何か。 それは「どんぶり」である。 そしてここから推測されるのは、私は「どんぶり」の感覚で、おかずであるシチューをご飯の上に乗せているということである。 おかずとご飯が別々のほうが好きか、「どんぶり」のほうが好きが、それは個々の嗜好の問題であり、正邪の問題ではない。 よって、シチューライスは「どんぶり」の一種である。 この結論は大変意外なものであろう。なぜなら、見た目は似ているカレーライスとシチューライスは、食べ物の系統としては全くの別物であることを意味しているからだ。 最後に、シチューライスが正しくない食べ方に思える理由は何か。 それは、シチューライスという「先例がない」という一点のみに求められるだろう。 すなわち、「どんぶり」という食べ方の先例はあるから許容できるが、シチューライスという食べ方の先例はないから許容できないのである。 まだ疑っている貴方に。 「マーボー丼」などという「どんぶり」は昔から存在していたのだろうか。 答えは否である。そんな先例はなかったのである。 いつの間にか「マーボー丼」という先例が積み重ねられ、市民権を得ただけなのである。 シチューライスが店のメニューにしれっと載るのはいつのことだろうか。
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フェイルセーフとは、なんらかの装置・システムにおいて、誤操作・誤動作による障害が発生した場合、常に安全側に制御すること。またはそうなるような設計手法で信頼性設計のひとつ。これは装置やシステムは必ず故障する、あるいはユーザは必ず誤操作をするということを前提にしたものである。
踏切の遮断機においても、遮断棹が上がっている状態を維持する場合に力をかけなければならないように調整することができる。この場合は、停電などが起きて遮断機が作動しなくなっても、重力によって自然と遮断棹は下りたままになり踏切内への立ち入りを防止するようになっている。なお、節電のため列車を運転しない夜間に停電させている路線では、停電状態でも遮断機が下がらないように調整されている。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%BB%E3%83%BC%E3%83%95 今夜のNHKニュースウォッチ9で、震災による停電により踏切の遮断機が降りてしまい、津波からの避難を妨げてしまったとの特集が放映されていました。 停電により踏切の遮断機が降りるようになっているのは、上記のように安全のために意図的に設計されているものです。 このフェイルセーフは、走行中の列車から踏切横断者の安全を確保するのには優れていたのですが、津波の到達が想定される場所では、津波からの避難者の安全な避難をかえって妨げることになってしまいました。 安全を確保することは難しいものですね。
危険を回避することではじめて安全が確保されるわけですが、そもそもあらゆる危険を想定することなくしてすべて危険を回避することはできなかったということでしょう。 まさに「想定外の事象」をも想定して対策をしない限り、安全は確保されないということでしょうか。 |

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平成23年3月11日午後2時46分,私は事務所にいた。 強い揺れで棚の本が飛び出したため,直ぐに机の下に隠れた。 揺れはなかなか収まらなかった。机に物がぶつかる音,机の上の物が床に落ちる音。 それを聞き続けながら,果たしてこのビルが倒壊などせずに無事に建っていられるのだろうかなどと考えていた。 揺れが収まり机の下から出ると,棚の本やファイルはすべて床に散乱し,パソコンは床に転がっていた。 呆然としているところに,さらに余震が続いた。この建物は大丈夫だろうかという不安が再び頭を過ぎった。 直ぐに明かりのない非常階段を事務所のみんなと下った。余震に揺られながら。 ビルの外に出ると,他の事務所の先生もたくさんビルの玄関先に出てきていた。 午後4時からは,事務所OBによる弁護士過疎地への独立開業の経験報告会が行われる予定だったが,当然中止となった。 この日はそれぞれに帰宅することとなった。 片平から向山の自宅に徒歩で向かった。 霊屋橋を渡っていると,その先がなにやら騒がしかった。 向山へ上る鹿落坂が通行止めになっていた。 やむなく雪の中,瑞鳳殿の参道である石階段を上った。 部屋の棚やテレビは倒れ,シンク周りの食器などはすべてシンクに突っ込んでいた。 私は,電気も,水道も,ガスも,通じていないことを確認して,ブレーカーを落とし,ガス栓を閉めて,スーツを着がえて,リュックに衣服を詰め込んで,自宅を出た。 片平町小学校に向かった。そこが指定避難所だと思い出して。 小学校の入り口に着くと人気がなかった。子どもたちの姿もなかった。 避難する程の大事だと思っているのは私だけなのかなと思いつつ,体育館に入った。 そこには,ブルーシートが敷かれ,まばらに人が座っていた。 こんなものかと思った程の少人数だったが,日が暮れて夜になるとどんどん人が増えて,私は体育館の隅っこに追いやられてしまった。 明かりは避難者が持ち込んだろうそくや懐中電灯だけだったが,発電機が1台持ち込まれてからは1つだけの電灯が体育館を照らした。
電話もメールも通じなかった。当然に実家の花巻にも通じなかった。 そして,広い体育館にストーブはたったの3台だった。備え付けの毛布などなかった。 たくさん持ち込んだ衣服を体に巻きつけて眠ろうとしても,床が冷えていて体を横たえていられなかった。 ついにこの日は凍えながら,体を屈伸させるなどしながら,一睡も出来なかった。 |

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