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			<title>はなまき法律事務所の訟廷日誌</title>
			<description>岩手県花巻市の弁護士のブログです。
日々の仕事のまとめや法律の話題をアップしています。</description>
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			<title>はなまき法律事務所の訟廷日誌</title>
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			<description>岩手県花巻市の弁護士のブログです。
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		<item>
			<title>天皇の生前退位放談</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;div class=&#039;quote&#039;&gt;皇室典範（抄）（昭和二十二年一月十六日法律第三号）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第二条   　皇位は、左の順序により、皇族に、これを伝える。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一  　皇長子 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
二  　皇長孫 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
三  　その他の皇長子の子孫 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
四  　皇次子及びその子孫 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
五  　その他の皇子孫 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
六  　皇兄弟及びその子孫 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
七  　皇伯叔父及びその子孫 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
○２  　前項各号の皇族がないときは、皇位は、それ以上で、最近親の系統の皇族に、これを伝える。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
○３  　前二項の場合においては、長系を先にし、同等内では、長を先にする。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第四条   　天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第十六条   　天皇が成年に達しないときは、摂政を置く。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
○２  　天皇が、精神若しくは身体の重患又は重大な事故により、国事に関する行為をみずからすることができないときは、皇室会議の議により、摂政を置く。 &lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;

&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;div class=&#039;quote&#039;&gt;国事行為の臨時代行に関する法律（昭和三十九年五月二十日法律第八十三号）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（趣旨）&lt;br /&gt;
第一条  　日本国憲法第四条第二項 の規定に基づく天皇の国事に関する行為の委任による臨時代行については、この法律の定めるところによる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（委任による臨時代行） &lt;br /&gt;
第二条  　天皇は、精神若しくは身体の疾患又は事故があるときは、摂政を置くべき場合を除き、内閣の助言と承認により、国事に関する行為を皇室典範 （昭和二十二年法律第三号）第十七条 の規定により摂政となる順位にあたる皇族に委任して臨時に代行させることができる。 &lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;

&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;まずはなぜ現行法で生前退位ができないのか。&lt;br /&gt;
現行の皇室典範の定めは天皇が交代するパターンとして「天皇が崩じたとき」しか想定してない。&lt;br /&gt;
しかも皇位が伝えられる順序は法定されているから天皇が皇嗣を選定することも想定してない。&lt;br /&gt;
さらに天皇が「精神若しくは身体の重患又は重大な事故」により国事行為を自らすることができないときは摂政を置くことを想定している。また「精神若しくは身体の疾患又は事故があるとき」は国事行為の臨時代行もできる。&lt;br /&gt;
そして当然ながら天皇を生前退位した存在（太上天皇）を想定していない。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;div class=&#039;quote&#039;&gt;旧皇室典範（抄）（明治二十二年二月十一日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第一章　皇位継承&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第二条　皇位ハ皇長子ニ伝フ&lt;br /&gt;
第三条　皇長子在ラサルトキハ皇長孫ニ伝フ皇長子及其ノ子孫皆在ラサルトキハ皇次子及其ノ子孫ニ&lt;br /&gt;
　　　伝フ以下皆之ニ例ス&lt;br /&gt;
第四条　皇子孫ノ皇位ヲ繼承スルハ嫡出ヲ先ニス皇庶子孫ノ皇位ヲ継承スルハ皇嫡子孫皆在ラサルトキ&lt;br /&gt;
　　　ニ限ル&lt;br /&gt;
第五条　皇子孫皆在ラサルトキハ皇兄弟及其ノ子孫ニ伝フ&lt;br /&gt;
第六条　皇兄弟及其ノ子孫皆在ラサルトキハ皇伯叔父及其ノ子孫ニ傳フ&lt;br /&gt;
第七条　皇伯叔父及其ノ子孫皆在ラサルトキハ其ノ以上ニ於テ最近親ノ皇族ニ伝フ&lt;br /&gt;
第八条　皇兄弟以上ハ同等内ニ於テ嫡ヲ先ニシ庶ヲ後ニシ長ヲ先ニシ幼ヲ後ニス&lt;br /&gt;
第九条　皇嗣精神若ハ身体ノ不治ノ重患アリ又ハ重大ノ事故アルトキハ皇族会議及枢密顧問ニ諮詢シ前&lt;br /&gt;
 　　　数条ニ依り継承ノ順序ヲ換フルコトヲ得&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第二章　踐祚即位&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第一〇条　天皇崩スルトキハ皇嗣即チ踐祚シ祖宗ノ神器ヲ承ク&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第五章　摂政&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第一九条　天皇未タ成年ニ達セサルトキハ摂政ヲ置ク&lt;br /&gt;
　　　　　 天皇久キニ亘ルノ故障ニ由リ大政ヲ親ラスルコト能ハサルトキハ皇族会議及枢密顧問ノ議ヲ&lt;br /&gt;
　　　　   経テ摂政ヲ置ク&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;

&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;ではいつから生前退位ができなくなったのか。&lt;br /&gt;
明治２２年２月１１日裁定の旧皇室典範においても天皇が交代するパターンとして「天皇崩スルトキ」しか想定してない。&lt;br /&gt;
しかも皇位が伝えられる順序は法定されているから天皇が皇嗣を選定することも想定してない。&lt;br /&gt;
さらに天皇が「久キニ亘ルノ故障ニ由リ大政ヲ親ラスルコト能ハサルトキ」は摂政を置くことを想定している。&lt;br /&gt;
つまり法制史としてみたとき天皇の生前退位ができない法制となったことと日本国憲法の制定により象徴天皇制になったこととは全く関係がない。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;ではなぜ大日本帝国憲法下において天皇の生前退位を認めない皇室典範が裁定されたのか。&lt;br /&gt;
伊藤博文著『皇室典範義解』における第一〇条の注釈によれば&lt;br /&gt;
「神武天皇より舒明天皇に至るまで三十四世総て譲位された事はなかった。譲位の例は皇極天皇に始まるのは、蓋し、女帝の仮摂より来たものである。［継体天皇が安閑天皇に譲位されたのは、同日に崩御されたため、未だに譲位の始としてはいけない］聖武天皇・光仁天皇に至って遂に定例となった。これを世変の一つとする。その後、権臣の脅迫によって両統互立を例とすることがあるに至る。そして南北朝の乱は、ここに原因がある、本条に践祚を以て先帝崩御の後にすぐに行われるものと定めたのは、条大の恒典により中古以来の譲位の慣例を改めるものである。」&lt;br /&gt;
との理由である。&lt;br /&gt;
これは「中古以来の譲位の慣例」があったことは認めながら「権臣の脅迫によって両統互立を例とすることがあるに至る」といった問題を生じるから「神武天皇より舒明天皇に至るまで三十四世総て譲位された事はなかった」との上古のように改めるという考えである。&lt;br /&gt;
つまり天皇の地位が譲位（生前退位）されうるとした場合にこれを政治的に利用する者が現れることを問題としているのである。&lt;br /&gt;
ところで歴史的にみるとこの旧皇室典範は薩長土が天皇を政治的に利用してなした明治維新により成立した明治政府が作ったものである。伊藤博文は「南北朝の乱」を引いているがそこまで遡る必要はなく天皇の政治利用は当時における最大の問題であったといえる。&lt;br /&gt;
見方によってはこの皇室典範は薩長土が作った明治政府による天皇の政治利用の独占を完成させるものといえる。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;div class=&#039;quote&#039;&gt;日本国憲法（昭和二十一年十一月三日憲法）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第一章　天皇  &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第一条   　天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第二条   　皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第三条   　天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第四条   　天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
○２  　天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第五条   　皇室典範 の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふ。この場合には、前条第一項の規定を準用する。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第六条   　天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
○２  　天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第七条   　天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一  　憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
二  　国会を召集すること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
三  　衆議院を解散すること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
四  　国会議員の総選挙の施行を公示すること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
五  　国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
六  　大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
七  　栄典を授与すること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
八  　批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
九  　外国の大使及び公使を接受すること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
十  　儀式を行ふこと。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第八条   　皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;

&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;それはさておき現在においては日本国憲法の下で天皇は「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」である。&lt;br /&gt;
日本国憲法は「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。」として天皇の政治的権能を皆無にした。&lt;br /&gt;
したがって旧皇室典範の制定時における問題であった天皇の政治利用の議論がかかる日本国憲法の下でそのまま通用することはありえない。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;では日本国憲法の下での天皇の生前退位とは何か。&lt;br /&gt;
天皇に事故があっても国事行為について現行法制は対応を可能としている。すなわち国事行為と天皇の生前退位を認めるべきか否かは関係がない。国事行為との関係では摂政や臨時代行を置くか生前退位をするかの選択ができるようにすることに意味はない。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;残るは「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であることと天皇の生前退位との関係である。&lt;br /&gt;
ここで初めて天皇の生前退位を認めることの問題が生まれる。&lt;br /&gt;
「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であった天皇が生前退位をした後にはいかなる地位となるのであろうか。&lt;br /&gt;
天皇の生前退位を肯定する者はこの問いに対する答えを用意しなければならない。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;日本国憲法によれば天皇が「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であるのは「主権の存する日本国民の総意に基く」からであってけっして天皇個人の行いや想いによるものではない。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;今上天皇が「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であることを全うしてこられた行いや想いは尊いものであって日本国民の総意にかなうものであることは明らかである。&lt;br /&gt;
そして今上天皇が加齢により「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であることを全うできないと思っていらっしゃることも一個の人間として当然の心情である。&lt;br /&gt;
しかしながら天皇の地位は一個の人間の心情ではなく日本国民の総意に基くことから天皇の生前退位が認められることはない。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;法形式的にも実際的にも「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であった今上天皇が生前退位をされた後の地位はいかなるものであるのか。&lt;br /&gt;
そして生前退位をされた後の今上天皇がいらっしゃる下での「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」である新たに即位する天皇というものが成り立つのか。&lt;br /&gt;
天皇の生前退位を肯定する者はこの問いに対する答えを用意しなければならない。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/fallenredleaf2004/65851233.html</link>
			<pubDate>Sat, 27 Aug 2016 02:58:26 +0900</pubDate>
			<category>法学</category>
		</item>
		<item>
			<title>集団的自衛権放談</title>
			<description>世の中、集団的自衛権の行使容認の話で盛り上がっているようで、日々の忙しさで全然その話題についていけない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まず、平成２６年７月１日、「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障体制の整備について」と題する閣議決定があったそうだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だいぶ長いので読むのに草臥れるが、&lt;br /&gt;
「我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った。」&lt;br /&gt;
という部分が「集団的自衛権の行使容認」と呼ばれているようである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
良く分からないので、「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」の一問一答（&lt;a HREF=&quot;http://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/anzenhoshouhousei.html#shinsanyouken&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/anzenhoshouhousei.html#shinsanyouken&lt;/a&gt;）を見る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【問１】　集団的自衛権とは何か？&lt;br /&gt;
【答】　集団的自衛権とは、国際法上、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止することが正当化される権利です。しかし、政府としては、憲法がこのような活動の全てを許しているとは考えていません。今回の閣議決定は、あくまでも国の存立を全うし、国民の命と平和な暮らしを守るための必要最小限度の自衛の措置を認めるだけです。他国の防衛それ自体を目的とするものではありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ということなので、今回の閣議決定は、国際法上の集団的自衛権の全面容認ではないそうです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「自衛の措置としての武力の行使の新三要件」というのも載っています。&lt;br /&gt;
○　我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること &lt;br /&gt;
○　これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと&lt;br /&gt;
○　必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このうち「我が国に対する武力攻撃が発生した」場合の自衛の措置としての武力の行使は個別的自衛権の行使、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」場合の自衛の措置としての武力の行使は集団的自衛権の行使、ということでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【問２０】　歯止めがあいまいで、政府の判断次第で武力の行使が無制約に行われるのではないか？&lt;br /&gt;
【答】　国の存立を全うし、国民を守るための自衛の措置としての武力の行使の「新三要件」が、憲法上の明確な歯止めとなっています。さらに、法案においても実際の行使は国会承認を求めることとし、国会によるチェックの仕組みを明確にします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ということなので、この「新三要件」と国会承認という条件があれば、歯止めとしてはOKだそうです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ところでそもそも「歯止め」って何なのかという疑問も湧きます。&lt;br /&gt;
ここで言っている「歯止め」というのは、時の政府（それは自民党政権かもしれないし他党の政権かもしれない）の一存で武力の行使をできることにはしないという意味合いのようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国家権力に対する「歯止め」といえば正に制限規範（ｂｙ芦部信喜）である憲法の出番としか言いようがないわけですが、この「新三要件」が、とりわけ日本国憲法第９条に適う「歯止め」であるかどうかが問われているようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【問２１】　国会で議論されている「新三要件」に言う「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」の有無は、どのような基準で判断するのか？&lt;br /&gt;
【答】　現実に発生した事態の個別・具体的な状況に即して、主に、攻撃国の意思・能力・事態の発生場所、その規模・態様・推移などの要素を総合的に考えて、我が国に戦禍が及ぶ蓋然性、国民が被ることとなる犠牲の深刻性、重大性などから、「新三要件」を満たすか否か客観的、合理的に判断します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
うーん。これって時の政府（それは自民党政権かもしれないし他党の政権かもしれない）の説明ひとつで「新三要件」を満たすと言われてもしかたないんじゃないか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【問２４】　狭いところで幅33キロメートルの地点もあるホルムズ海峡に機雷が敷設された場合、我が国に大きな影響があるのか？&lt;br /&gt;
【答】　我が国が輸入する原油の約８割、天然ガスの２割強は、ホルムズ海峡を通過しており、ホルムズ海峡は、エネルギー安全保障の観点から極めて重要な輸送経路となっています。現在、中東情勢が不安定になっただけで、石油価格が上昇し、ガソリン価格も高騰していますが、仮に、この海峡の地域で武力紛争が発生し、ホルムズ海峡に機雷が敷設された場合には、かつての石油ショックも比較にならない程に高騰し、世界経済は大混乱に陥り、我が国に深刻なエネルギー危機が発生するでしょう。&lt;br /&gt;
【問２５】　日本は石油を備蓄しているから、ホルムズ海峡が封鎖されても「新三要件」に言う「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」に当たらないのではないか？&lt;br /&gt;
【答】　石油備蓄が約６ヶ月分ありますが、機雷が除去されなければ危険はなくなりません。石油供給が回復しなければ我が国の国民生活に死活的な影響が生じ、我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されることとなる事態は生じ得ます。実際に「新三要件」に当てはまるか否かは、その事態の状況や、国際的な状況等も考慮して判断していくことになります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ホルムズ海峡が機雷で封鎖されて石油が来なくなったら「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」が生じることもあるよってことなのか？&lt;br /&gt;
そうなると、これまで容認されていた個別的自衛権の行使（＝「我が国に対する武力攻撃が発生した」場合の自衛の措置としての武力の行使）とはだいぶ違うと思うけど。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あと、自分のところの石油の心配をするために集団的自衛権の行使を容認するのだとしたら、ちまたに溢れている集団的自衛権のイメージであるところの、仲間であるアメリカの兵隊が敵にやられたら日本も武力の行使をしてやりかえしてでも守るというのとは、ずいぶんとずれがあるなあとも思うけど、何なんでしょこれ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とりあえず「集団的自衛権の行使容認」と呼ばれているものは、いまいち何のためになるのか分からないし、どんなことのために使えるのかもよう分からんという感想。&lt;br /&gt;
いや、石油を確保するためになるし、そのために使えるんだよと言うのかもしれないが、そのために自衛隊に武力の行使をさせることができるって、本当に日本国憲法第９条第２項（戦力の不保持）に適うのか？&lt;br /&gt;
自衛隊そのものや武力の行使について１項違憲説とか２項で自衛隊は「戦力」だから違憲説とかの人はそもそも賛成しようがないだろうが、１項合憲・２項で「自衛のための必要最小限度の実力」は「戦力」じゃないから合憲説の人でも、「我が国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容し、変化し続けている状況」があるから解釈を変えていいんだよと言われて納得できるかどうか、見解が分かれそうだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それで、見解が分かれるのが気に食わないのであれば、日本国憲法第９条の（少なくとも同第２項の）改憲が必要だろうが、改憲発議すら出来ない現状ではどうしようもない。&lt;br /&gt;
いや、どうしようもないのではなく、この「改憲発議すら出来ない現状」こそが、憲法学者の口やかましく言う「立憲主義」の正体の一面であるのだが。&lt;br /&gt;
改憲限界説で日本国憲法第９条をいじっちゃだめ説の人には興味ない話かもしれないが、そうじゃない人からすれば改憲手続さえ踏めば「立憲主義」は保たれるとの結論となる。むしろ「解釈改憲」に比べたらよっぽど民主主義的であると高評価かもしれない。&lt;br /&gt;
それもそのはずで、厳格な要件をクリアして改憲発議までたどり着いていること自体が、国民の改憲についての議論が成熟していることを「手続的に保障」しているからだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この憲法改正に関する初歩的な法的知識があったら、なんで憲法学者が内容以前に手続面でおかんむりなのか理解できるはずだ。自民党の（あるいは首相個人の）あるべきとする安全保障体制を確立するには、やはり多数の保守論客の言うように、国民的論議を経た改憲は必須というべきなのだろう。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/fallenredleaf2004/65294618.html</link>
			<pubDate>Tue, 30 Jun 2015 02:19:15 +0900</pubDate>
			<category>法学</category>
		</item>
		<item>
			<title>失火責任法って憲法違反じゃないの？その４（完）</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;もういっそのこと、目先を変えようかな。憲法２９条は厳しい。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;憲法１４条１項　＞　失火の被害者だけ、その他の不法行為の被害者よりも、冷遇されている。平等原則違反だ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;うーん。これ、認められるかな？なんか、検討するのも億劫。&lt;br /&gt;
だって、憲法１４条違反って、尊属殺重罰規定と、非嫡出子差別規定（国籍法3条1項、民法900条4号ただし書前段）しか、実例がないし。さすがにこれらと比べるとな。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;憲法違反の主張はそう簡単にできるわけじゃないと言うことがよく分かった。&lt;br /&gt;
どんなに時代遅れで、どんなに合理性がないと思える、そういう法律であっても、憲法上の権利ないし憲法上保護すべき利益を扱っていないのであれば、裁判所の違憲立法審査権の対象とはならない。&lt;br /&gt;
その法律の是正は、司法権の職分ではない。優れて立法府の職分であると。&lt;br /&gt;
そう、全うな、通常の、既存法律の是正方法であるところの、国会による改正によるべきなのである。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/fallenredleaf2004/65104306.html</link>
			<pubDate>Fri, 27 Feb 2015 23:20:28 +0900</pubDate>
			<category>専門職</category>
		</item>
		<item>
			<title>失火責任法って憲法違反じゃないの？その３</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;どうやら「欠前提」のハードルはかなり高そうだ。&lt;br /&gt;
共有物分割請求権ってそんなに「偉い」権利だったのね。まあ、何でそんなに偉いのか、納得できる説明だったかどうかはおくとしても。&lt;br /&gt;
不法行為に基づく損害賠償請求権なんて、法律が認めたからようやっと行使できるようになっただけだろうと。軽過失があったらゼッタイに損害賠償させなければならないという財産権なんて憲法上保障されてないだろうと言われちゃう。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;じゃあ、郵便法違憲判決は、なんだったのだろう。憲法２９条でなくて憲法１７条だけど。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;div class=&#039;quote&#039;&gt;&lt;b&gt;最高裁判所大法廷　平成１４年９月１１日判決　民集５６巻７号１４３９頁&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　上告代理人上野勝，同水田通治，同足立毅の上告理由について&lt;br /&gt;
　所論は，要するに，（１）　郵便法（以下「法」という。）６８条，７３条は，&lt;b&gt;憲法１７条&lt;/b&gt;に違反する，又は（２）　法６８条，７３条のうち，郵便の業務に従事する者（以下「郵便業務従事者」という。）の故意又は重大な過失によって損害が生じた場合にも国の損害賠償責任を否定している部分は，憲法１７条に違反すると主張し，原判決には同条の解釈の誤りがあるというのである。&lt;br /&gt;
 　１　憲法１７条について&lt;br /&gt;
　&lt;b&gt;憲法１７条は，「何人も，公務員の不法行為により，損害を受けたときは，法律の定めるところにより，国又は公共団体に，その賠償を求めることができる。」と規定し，その保障する国又は公共団体に対し損害賠償を求める権利については，法律による具体化を予定している。これは，公務員の行為が権力的な作用に属するものから非権力的な作用に属するものにまで及び，公務員の行為の国民へのかかわり方には種々多様なものがあり得ることから，国又は公共団体が公務員の行為による不法行為責任を負うことを原則とした上，公務員のどのような行為によりいかなる要件で損害賠償責任を負うかを立法府の政策判断にゆだねたものであって，立法府に無制限の裁量権を付与するといった法律に対する白紙委任を認めているものではない。そして，公務員の不法行為による国又は公共団体の損害賠償責任を免除し，又は制限する法律の規定が同条に適合するものとして是認されるものであるかどうかは，当該行為の態様，これによって侵害される法的利益の種類及び侵害の程度，免責又は責任制限の範囲及び程度等に応じ，当該規定の目的の正当性並びにその目的達成の手段として免責又は責任制限を認めることの合理性及び必要性を総合的に考慮して判断すべきである。&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
 ２　法６８条，７３条の目的について&lt;br /&gt;
　（１）　法６８条は，法又は法に基づく総務省令（平成１１年法律第１６０号による郵便法の改正前は，郵政省令。以下同じ。）に従って差し出された郵便物に関して，　―駑韻箸靴人絞慂の全部又は一部を亡失し，又はき損したとき，◆＾攻發鮗茲衫てないで代金引換とした郵便物を交付したとき，　小包郵便物（書留としたもの及び総務省令で定めるものを除く。）の全部又は一部を亡失し，又はき損したときに限って，一定の金額の範囲内で損害を賠償することとし，法７３条は，損害賠償の請求をすることができる者を当該郵便物の差出人又はその承諾を得た受取人に限定している。&lt;br /&gt;
 　法６８条，７３条は，その規定の文言に照らすと，郵便事業を運営する国は，法６８条１項各号に列記されている場合に生じた損害を，同条２項に規定する金額の範囲内で，差出人又はその承諾を得た受取人に対して賠償するが，それ以外の場合には，債務不履行責任であると不法行為責任であるとを問わず，一切損害賠償をしないことを規定したものと解することができる。&lt;br /&gt;
 　（２）　法は，「郵便の役務をなるべく安い料金で，あまねく，公平に提供することによって，公共の福祉を増進すること」を目的として制定されたものであり（法１条），法６８条，７３条が規定する免責又は責任制限もこの目的を達成するために設けられたものであると解される。すなわち，郵便官署は，限られた人員と費用の制約の中で，日々大量に取り扱う郵便物を，送達距離の長短，交通手段の地域差にかかわらず，円滑迅速に，しかも，なるべく安い料金で，あまねく，公平に処理することが要請されているのである。仮に，その処理の過程で郵便物に生じ得る事故について，すべて民法や国家賠償法の定める原則に従って損害賠償をしなければならないとすれば，それによる金銭負担が多額となる可能性があるだけでなく，千差万別の事故態様，損害について，損害が生じたと主張する者らに個々に対応し，債務不履行又は不法行為に該当する事実や損害額を確定するために，多くの労力と費用を要することにもなるから，その結果，料金の値上げにつながり，上記目的の達成が害されるおそれがある。&lt;br /&gt;
 　したがって，上記目的の下に運営される郵便制度が極めて重要な社会基盤の一つであることを考慮すると，法６８条，７３条が郵便物に関する損害賠償の対象及び範囲に限定を加えた目的は，正当なものであるということができる。&lt;br /&gt;
 　３　本件における法６８条，７３条の合憲性について&lt;br /&gt;
　（１）　上告人は，上告人を債権者とする債権差押命令を郵便業務従事者が特別送達郵便物として第三債務者へ送達するに際して，これを郵便局内に設置された第三債務者の私書箱に投かんしたために送達が遅れ，その結果，債権差押えの目的を達することができなかったと主張して，被上告人に対し，損害賠償を求めている。&lt;br /&gt;
 　特別送達は，民訴法１０３条から１０６条まで及び１０９条に掲げる方法により送達すべき書類を内容とする通常郵便物について実施する郵便物の特殊取扱いであり，郵政事業庁（平成１１年法律第１６０号による郵便法の改正前は，郵政省。以下同じ。）において，当該郵便物を民訴法の上記規定に従って送達し，その事実を証明するものである（法５７条１項，６６条）。そして，特別送達の取扱いは，書留とする郵便物についてするものとされている（法５７条２項）。したがって，本件の郵便物については，まず書留郵便物として法６８条，７３条が適用されることとなるが，上記各条によれば，書留郵便物については，その亡失又はき損につき，差出人又はその承諾を得た受取人が法６８条２項に規定する限度での賠償を請求し得るにすぎず，上告人が主張する前記事実関係は，上記各条により国が損害賠償責任を負う場合には当たらない。&lt;br /&gt;
 　（２）　書留は，郵政事業庁において，当該郵便物の引受けから配達に至るまでの記録をし（法５８条１項），又は一定の郵便物について当該郵便物の引受け及び配達について記録することにより（同条４項），郵便物が適正な手順に従い確実に配達されるようにした特殊取扱いであり，差出人がこれに対し特別の料金を負担するものである。そして，書留郵便物が適正かつ確実に配達されることに対する信頼は，書留の取扱いを選択した差出人はもとより，書留郵便物の利用に関係を有する者にとっても法的に保護されるべき利益であるということができる。&lt;br /&gt;
 　ところで，上記のような記録をすることが定められている書留郵便物については，通常の職務規範に従って業務執行がされている限り，書留郵便物の亡失，配達遅延等の事故発生の多くは，防止できるであろう。しかし，書留郵便物も大量であり，限られた人員と費用の制約の中で処理されなければならないものであるから，郵便業務従事者の軽過失による不法行為に基づく損害の発生は避けることのできない事柄である。限られた人員と費用の制約の中で日々大量の郵便物をなるべく安い料金で，あまねく，公平に処理しなければならないという郵便事業の特質は，書留郵便物についても異なるものではないから，法１条に定める目的を達成するため，郵便業務従事者の軽過失による不法行為に基づき損害が生じたにとどまる場合には，法６８条，７３条に基づき国の損害賠償責任を免除し，又は制限することは，やむを得ないものであり，憲法１７条に違反するものではないということができる。&lt;br /&gt;
　しかしながら，上記のような記録をすることが定められている書留郵便物について，郵便業務従事者の故意又は重大な過失による不法行為に基づき損害が生ずるようなことは，通常の職務規範に従って業務執行がされている限り，ごく例外的な場合にとどまるはずであって，このような事態は，書留の制度に対する信頼を著しく損なうものといわなければならない。そうすると，このような例外的な場合にまで国の損害賠償責任を免除し，又は制限しなければ法１条に定める目的を達成することができないとは到底考えられず，郵便業務従事者の故意又は重大な過失による不法行為についてまで免責又は責任制限を認める規定に合理性があるとは認め難い。&lt;br /&gt;
 　なお，運送事業等の遂行に関連して，一定の政策目的を達成するために，事業者の損害賠償責任を軽減している法令は，商法，国際海上物品運送法，鉄道営業法，船舶の所有者等の責任の制限に関する法律，油濁損害賠償保障法など相当数存在する。これらの法令は，いずれも，事業者側に故意又は重大な過失ないしこれに準ずる主観的要件が存在する場合には，責任制限の規定が適用されないとしているが，このような法令の定めによって事業の遂行に支障が生じているという事実が指摘されているわけではない。このことからみても，書留郵便物について，郵便業務従事者の故意又は重大な過失によって損害が生じた場合に，被害者の犠牲において事業者を保護し，その責任を免除し，又は制限しなければ法１条の目的を達成できないとする理由は，見いだし難いといわなければならない。&lt;br /&gt;
 　以上によれば，&lt;b&gt;法６８条，７３条の規定のうち，書留郵便物について，郵便業務従事者の故意又は重大な過失によって損害が生じた場合に，不法行為に基づく国の損害賠償責任を免除し，又は制限している部分は，憲法１７条が立法府に付与した裁量の範囲を逸脱したものであるといわざるを得ず，同条に違反し，無効である&lt;/b&gt;というべきである。&lt;br /&gt;
 　（３）　特別送達は，民訴法第１編第５章第３節に定める訴訟法上の送達の実施方法であり（民訴法９９条），国民の権利を実現する手続の進行に不可欠なものであるから，特別送達郵便物については，適正な手順に従い確実に受送達者に送達されることが特に強く要請される。そして，特別送達郵便物は，書留郵便物全体のうちのごく一部にとどまることがうかがわれる上に，書留料金に加えた特別の料金が必要とされている。また，裁判関係の書類についていえば，特別送達郵便物の差出人は送達事務取扱者である裁判所書記官であり（同法９８条２項），その適正かつ確実な送達に直接の利害関係を有する訴訟当事者等は自らかかわることのできる他の送付の手段を全く有していないという特殊性がある。さらに，特別送達の対象となる書類については，裁判所書記官（同法１００条），執行官（同法９９条１項），廷吏（裁判所法６３条３項）等が送達を実施することもあるが，その際に過誤が生じ，関係者に損害が生じた場合，それが送達を実施した公務員の軽過失によって生じたものであっても，被害者は，国に対し，国家賠償法１条１項に基づく損害賠償を請求し得ることになる。&lt;br /&gt;
 　これら特別送達郵便物の特殊性に照らすと，法６８条，７３条に規定する免責又は責任制限を設けることの根拠である法１条に定める目的自体は前記のとおり正当であるが，特別送達郵便物については，郵便業務従事者の軽過失による不法行為から生じた損害の賠償責任を肯定したからといって，直ちに，その目的の達成が害されるということはできず，上記各条に規定する免責又は責任制限に合理性，必要性があるということは困難であり，そのような免責又は責任制限の規定を設けたことは，憲法１７条が立法府に付与した裁量の範囲を逸脱したものであるといわなければならない。&lt;br /&gt;
 　そうすると，（２）に説示したところに加え，&lt;b&gt;法６８条，７３条の規定のうち，特別送達郵便物について，郵便業務従事者の軽過失による不法行為に基づき損害が生じた場合に，国家賠償法に基づく国の損害賠償責任を免除し，又は制限している部分は，憲法１７条に違反し，無効である&lt;/b&gt;というべきである。&lt;br /&gt;
 　４　結論&lt;br /&gt;
 　原判決は，法６８条，７３条の規定は憲法１７条に違反せず，上告人が請求原因として主張する事実関係自体が法６８条，７３条に規定する国が損害賠償責任を負う場合に当たらないことを理由に，本件の事実関係についての審理を尽くすことなく，上告人の請求を棄却すべきものとした。しかしながら，前記のとおり，上記各条の規定のうち，特別送達郵便物について，郵便業務従事者の故意又は過失による不法行為に基づき損害が生じた場合に，国の損害賠償責任を免除し，又は制限している部分は違憲無効であるから，上記各条の存在を理由に上告人の請求を棄却すべきものとした原審の判断は，憲法１７条の解釈を誤ったものである。論旨はその趣旨をいうものとして理由があり，原判決は破棄を免れない。&lt;br /&gt;
 　上告人が主張する請求原因の要旨は，国家公務員である郵便業務従事者が，上告人を債権者とする債権差押命令を内容物とする特別送達郵便物を，過失により，民訴法に定める送達方法によらずに第三債務者の私書箱に投かんしたため，通常の業務の過程において法令の定める職務規範に従って送達されるべき時に上記差押命令が送達されず，上告人の法的利益が侵害され，その結果，債権差押えの目的を達することができなくなり損害を被ったというものであると解され，その主張自体が国家賠償法１条１項に基づく損害賠償を請求するためのものとして失当であるということはできないから，その請求の当否を判断するについては，更に事実関係等について審理を尽くすべきである。したがって，本件を原審に差し戻すこととする。&lt;br /&gt;
 　よって，裁判官全員一致の意見で，主文のとおり判決する。なお，裁判官滝井繁男の補足意見，裁判官福田博，同深澤武久の意見，裁判官横尾和子，同上田豊三の各意見がある。&lt;br /&gt;
（個別意見は省略）&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;

&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;うーん。失火責任法と同じく、不法行為に基づく損害賠償請求権の要件の問題じゃないのかな？&lt;br /&gt;
やっぱり、単に憲法１７条で特に定められているから「偉い」のか？それとも、民間同士の不法行為じゃなくて、国家賠償だからなのか？&lt;br /&gt;
「国又は公共団体が公務員の行為による不法行為責任を負うことを原則とした上，公務員のどのような行為によりいかなる要件で損害賠償責任を負うかを立法府の政策判断にゆだねた」と言うけど、故意過失で他人の権利又は法律上保護すべき利益を侵害したら損賠賠償責任を負うことは原則じゃないのか？&lt;br /&gt;
謎は深まるばかり。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/fallenredleaf2004/65104282.html</link>
			<pubDate>Fri, 27 Feb 2015 22:59:43 +0900</pubDate>
			<category>専門職</category>
		</item>
		<item>
			<title>失火責任法って憲法違反じゃないの？その２</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;div class=&#039;quote&#039;&gt;&lt;b&gt;最高裁判所大法廷　昭和62年4月22日判決　民集第41巻3号408頁&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
上告代理人藤本猛の上告理由について&lt;br /&gt;
　所論は、要するに、森林法一八六条を合憲とした原判決には&lt;b&gt;憲法二九条の解釈適用を誤つた違法&lt;/b&gt;がある、というのである。&lt;br /&gt;
 　一　憲法二九条は、一項において「財産権は、これを侵してはならない。」と規定し、二項において「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。」と規定し、私有財産制度を保障しているのみでなく、社会的経済的活動の基礎をなす国民の個々の財産権につきこれを基本的人権として保障するとともに、社会全体の利益を考慮して財産権に対し制約を加える必要性が増大するに至つたため、立法府は公共の福祉に適合する限り財産権について規制を加えることができる、としているのである。&lt;br /&gt;
 　二　財産権は、それ自体に内在する制約があるほか、右のとおり立法府が社会全体の利益を図るために加える規制により制約を受けるものであるが、この規制は、財産権の種類、性質等が多種多様であり、また、財産権に対し規制を要求する社会的理由ないし目的も、社会公共の便宜の促進、経済的弱者の保護等の社会政策及び経済政策上の積極的なものから、社会生活における安全の保障や秩序の維持等の消極的なものに至るまで多岐にわたるため、種々様々でありうるのである。したがつて、財産権に対して加えられる規制が憲法二九条二項にいう公共の福祉に適合するものとして是認されるべきものであるかどうかは、規制の目的、必要性、内容、その規制によつて制限される財産権の種類、性質及び制限の程度等を比較考量して決すべきものであるが、裁判所としては、立法府がした右比較考量に基づく判断を尊重すべきものであるから、立法の規制目的が前示のような社会的理由ないし目的に出たとはいえないものとして公共の福祉に合致しないことが明らかであるか、又は規制目的が公共の福祉に合致するものであつても規制手段が右目的を達成するための手段として必要性若しくは合理性に欠けていることが明らかであつて、そのため立法府の判断が合理的裁量の範囲を超えるものとなる場合に限り、当該規制立法が憲法二九条二項に違背するものとして、その効力を否定することができるものと解するのが相当である（最高裁昭和四三年（行ツ）第一二〇号同五〇年四月三〇日大法廷判決・民集二九巻四号五七二頁参照）。&lt;br /&gt;
 　三　森林法一八六条は、共有森林につき持分価額二分の一以下の共有者（持分価額の合計が二分の一以下の複数の共有者を含む。以下同じ。）に民法二五六条一項所定の分割請求権を否定している。&lt;br /&gt;
 　そこでまず、民法二五六条の立法の趣旨・目的について考察することとする。共有とは、複数の者が目的物を共同して所有することをいい、共有者は各自、それ自体所有権の性質をもつ持分権を有しているにとどまり、共有関係にあるというだけでは、それ以上に相互に特定の目的の下に結合されているとはいえないものである。そして、共有の場合にあつては、持分権が共有の性質上互いに制約し合う関係に立つため、単独所有の場合に比し、物の利用又は改善等において十分配慮されない状態におかれることがあり、また、共有者間に共有物の管理、変更等をめぐつて、意見の対立、紛争が生じやすく、いつたんかかる意見の対立、紛争が生じたときは、共有物の管理、変更等に障害を来し、物の経済的価値が十分に実現されなくなるという事態となるので、同条は、かかる弊害を除去し、共有者に目的物を自由に支配させ、その経済的効用を十分に発揮させるため、各共有者はいつでも共有物の分割を請求することができるものとし、しかも共有者の締結する共有物の不分割契約について期間の制限を設け、不分割契約は右制限を超えては効力を有しないとして、共有者に共有物の分割請求権を保障しているのである。このように、共有物分割請求権は、各共有者に近代市民社会における原則的所有形態である単独所有への移行を可能ならしめ、右のような公益的目的をも果たすものとして発展した権利であり、共有の本質的属性として、持分権の処分の自由とともに、民法において認められるに至つたものである。&lt;br /&gt;
 　したがつて、&lt;b&gt;当該共有物がその性質上分割することのできないものでない限り、分割請求権を共有者に否定することは、憲法上、財産権の制限に該当し&lt;/b&gt;、かかる制限を設ける立法は、憲法二九条二項にいう公共の福祉に適合することを要するものと解すべきところ、共有森林はその性質上分割することのできないものに該当しないから、共有森林につき持分価額二分の一以下の共有者に分割請求権を否定している森林法一八六条は、公共の福祉に適合するものといえないときは、違憲の規定として、その効力を有しないものというべきである。&lt;br /&gt;
 　四　１　森林法一八六条は、森林法（明治四〇年法律第四三号）（以下「明治四〇年法」という。）六条の「民法第二百五十六条ノ規定ハ共有ノ森林ニ之ヲ適用セス但シ各共有者持分ノ価格ニ従ヒ其ノ過半数ヲ以テ分割ノ請求ヲ為スコトヲ妨ケス」との規定を受け継いだものである。明治四〇年法六条の立法目的は、その立法の過程における政府委員の説明が、長年を期して営むことを要する事業である森林経営の安定を図るために持分価格二分の一以下の共有者の分割請求を禁ずることとしたものである旨の説明に尽きていたことに照らすと、森林の細分化を防止することによつて森林経営の安定を図ることにあつたものというべきであり、当該森林の水資源かん養、国土保全及び保健保全等のいわゆる公益的機能の維持又は増進等は同条の直接の立法目的に含まれていたとはいい難い。昭和二六年に制定された現行の森林法は、明治四〇年法六条の内容を実質的に変更することなく、その字句に修正を加え、規定の位置を第七章雑則に移し、一八六条として規定したにとどまるから、同条の立法目的は、明治四〇年法六条のそれと異なつたものとされたとはいえないが、森林法が一条として規定するに至つた同法の目的をも考慮すると、結局、森林の細分化を防止することによつて森林経営の安定を図り、ひいては森林の保続培養と森林の生産力の増進を図り、もつて国民経済の発展に資することにあると解すべきである。&lt;br /&gt;
 　同法一八六条の立法目的は、以上のように解される限り、公共の福祉に合致しないことが明らかであるとはいえない。&lt;br /&gt;
 　２　したがつて、森林法一八六条が共有森林につき持分価額二分の一以下の共有者に分割請求権を否定していることが、同条の立法目的達成のための手段として合理性又は必要性に欠けることが明らかであるといえない限り、同条は憲法二九条二項に違反するものとはいえない。以下、この点につき検討を加える。&lt;br /&gt;
 　（一）　森林が共有となることによつて、当然に、その共有者間に森林経営のための目的的団体が形成されることになるわけではなく、また、共有者が当該森林の経営につき相互に協力すべき権利義務を負うに至るものではないから、森林が共有であることと森林の共同経営とは直接関連するものとはいえない。したがつて、共有森林の共有者間の権利義務についての規制は、森林経営の安定を直接的目的とする前示の森林法一八六条の立法目的と関連性が全くないとはいえないまでも、合理的関連性があるとはいえない。&lt;br /&gt;
 　森林法は、共有森林の保存、管理又は変更について、持分価額二分の一以下の共有者からの分割請求を許さないとの限度で民法第三章第三節共有の規定の適用を排除しているが、そのほかは右共有の規定に従うものとしていることが明らかであるところ、共有者間、ことに持分の価額が相等しい二名の共有者間において、共有物の管理又は変更等をめぐつて意見の対立、紛争が生ずるに至つたときは、各共有者は、共有森林につき、同法二五二条但し書に基づき保存行為をなしうるにとどまり、管理又は変更の行為を適法にすることができないこととなり、ひいては当該森林の荒廃という事態を招来することとなる。同法二五六条一項は、かかる事態を解決するために設けられた規定であることは前示のとおりであるが、森林法一八六条が共有森林につき持分価額二分の一以下の共有者に民法の右規定の適用を排除した結果は、右のような事態の永続化を招くだけであつて、当該森林の経営の安定化に資することにはならず、森林法一八六条の立法目的と同条が共有森林につき持分価額二分の一以下の共有者に分割請求権を否定したこととの間に合理的関連性のないことは、これを見ても明らかであるというべきである。&lt;br /&gt;
 　（二）　（１）　森林法は森林の分割を絶対的に禁止しているわけではなく、わが国の森林面積の大半を占める単独所有に係る森林の所有者が、これを細分化し、分割後の各森林を第三者に譲渡することは許容されていると解されるし、共有森林についても、共有者の協議による現物分割及び持分価額が過半数の共有者（持分価額の合計が二分の一を超える複数の共有者を含む。）の分割請求権に基づく分割並びに民法九〇七条に基づく遺産分割は許容されているのであり、許されていないのは、持分価額二分の一以下の共有者の同法二五六条一項に基づく分割請求のみである。共有森林につき持分価額二分の一以下の共有者に分割請求権を認めた場合に、これに基づいてされる分割の結果は、右に述べた譲渡、分割が許容されている場合においてされる分割等の結果に比し、当該共有森林が常により細分化されることになるとはいえないから、森林法が分割を許さないとする場合と分割等を許容する場合との区別の基準を遺産に属しない共有森林の持分価額の二分の一を超えるか否かに求めていることの合理性には疑問があるが、この点はさておいても、共有森林につき持分価額二分の一以下の共有者からの民法二五六条一項に基づく分割請求の場合に限つて、他の場合に比し、当該森林の細分化を防止することによつて森林経営の安定を図らなければならない社会的必要性が強く存すると認めるべき根拠は、これを見出だすことができないにもかかわらず、森林法一八六条が分割を許さないとする森林の範囲及び期間のいずれについても限定を設けていないため、同条所定の分割の禁止は、必要な限度を超える極めて厳格なものとなつているといわざるをえない。&lt;br /&gt;
 　まず、森林の安定的経営のために必要な最小限度の森林面積は、当該森林の地域的位置、気候、植栽竹木の種類等によつて差異はあつても、これを定めることが可能というべきであるから、当該共有森林を分割した場合に、分割後の各森林面積が必要最小限度の面積を下回るか否かを問うことなく、一律に現物分割を認めないとすることは、同条の立法目的を達成する規制手段として合理性に欠け、必要な限度を超えるものというべきである。&lt;br /&gt;
 　また、当該森林の伐採期あるいは計画植林の完了時期等を何ら考慮することなく無期限に分割請求を禁止することも、同条の立法目的の点からは必要な限度を超えた不必要な規制というべきである。&lt;br /&gt;
 　（２）　更に、民法二五八条による共有物分割の方法について考えるのに、現物分割をするに当たつては、当該共有物の性質・形状・位置又は分割後の管理・利用の便等を考慮すべきであるから、持分の価格に応じた分割をするとしても、なお共有者の取得する現物の価格に過不足を来す事態の生じることは避け難いところであり、このような場合には、持分の価格以上の現物を取得する共有者に当該超過分の対価を支払わせ、過不足の調整をすることも現物分割の一態様として許されるものというべきであり、また、分割の対象となる共有物が多数の不動産である場合には、これらの不動産が外形上一団とみられるときはもとより、数か所に分かれて存在するときでも、右不動産を一括して分割の対象とし、分割後のそれぞれの部分を各共有者の単独所有とすることも、現物分割の方法として許されるものというべきところ、かかる場合においても、前示のような事態の生じるときは、右の過不足の調整をすることが許されるものと解すべきである（最高裁昭和二八年（オ）第一六三号同三〇年五月三一日第三小法廷判決・民集九巻六号七九三頁、昭和四一年（オ）第六四八号同四五年一一月六日第二小法廷判決・民集二四巻一一一号一八〇三頁は、右と抵触する限度において、これを改める。）。また、共有者が多数である場合、その中のただ一人でも分割請求をするときは、直ちにその全部の共有関係が解消されるものと解すべきではなく、当該請求者に対してのみ持分の限度で現物を分割し、その余は他の者の共有として残すことも許されるものと解すべきである。&lt;br /&gt;
 　以上のように、現物分割においても、当該共有物の性質等又は共有状態に応じた合理的な分割をすることが可能であるから、共有森林につき現物分割をしても直ちにその細分化を来すものとはいえないし、また、同条二項は、競売による代金分割の方法をも規定しているのであり、この方法により一括競売がされるときは、当該共有森林の細分化という結果は生じないのである。したがつて、森林法一八六条が共有森林につき持分価額二分の一以下の共有者に一律に分割請求権を否定しているのは、同条の立法目的を達成するについて必要な限度を超えた不必要な規制というべきである。&lt;br /&gt;
 　五　以上のとおり、森林法一八六条が共有森林につき持分価額二分の一以下の共有者に民法二五六条一項所定の分割請求権を否定しているのは、森林法一八六条の立法目的との関係において、合理性と必要性のいずれをも肯定することのできないことが明らかであつて、この点に関する立法府の判断は、その合理的裁量の範囲を超えるものであるといわなければならない。したがつて、同条は、憲法二九条二項に違反し、無効というべきであるから、共有森林につき持分価額二分の一以下の共有者についても民法二五六条一項本文の適用があるものというべきである。&lt;br /&gt;
 　六　本件について、原判決は、森林法一八六条は憲法二九条二項に違反するものではなく、森林法一八六条に従うと、本件森林につき二分の一の持分価額を有するにとどまる上告人には分割請求権はないとして、本件分割請求を排斥しているが、右判断は憲法二九条二項の解釈適用を誤つたものというべきであるから、この点の違憲をいう論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴の部分は破棄を免れない。そして、右部分については、上告人の分割請求に基づき民法二五八条に従い本件森林を分割すべきものであるから、本件を原審に差し戻すこととする。&lt;br /&gt;
 　よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官坂上壽夫、同林藤之輔の補足意見、裁判官高島益郎、同大内恒夫の意見、裁判官香川保一の反対意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。&lt;br /&gt;
（個別意見は省略）&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;

&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;どうすれば、「欠前提」と言われずに憲法適合性を判断してもらえるのか。&lt;br /&gt;
今回のテーマからすれば、この長文の重要判例のなかで抜き出すべきは、「&lt;b&gt;当該共有物がその性質上分割することのできないものでない限り、分割請求権を共有者に否定することは、憲法上、財産権の制限に該当し&lt;/b&gt;」のところ。&lt;br /&gt;
この瞬間、上告代理人の所論が「前提あり」とされた。憲法適合性を判断してもらえる資格を得たのである。&lt;br /&gt;
ここまでの部分が、司法試験の受験用語における「憲法上の権利ないし憲法上保護すべき利益」の論証とでもいうべきか。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;失火責任法のときは、「不法行為によつて権利を侵害された被害者は、不法行為者に対し、法の定めるところに従つて損害賠償請求権を取得する」ので、「被害者の有するなんらかの既得の損害賠償請求権を侵害するものではない」からダメ。&lt;br /&gt;
森林法１８６条のときは、「民法二五六条の立法の趣旨・目的について考察する」とうんぬん言いだし、「共有物分割請求権は、各共有者に近代市民社会における原則的所有形態である単独所有への移行を可能ならしめ、右のような公益的目的をも果たすものとして発展した権利であり、共有の本質的属性として、持分権の処分の自由とともに、民法において認められるに至つたものである」とだけ言って、財産権の制限であるとする。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;正直言って、何が違うのかよく分からない。&lt;br /&gt;
「なんらかの既得の権利を侵害」したといえないからダメ。&lt;br /&gt;
「共有の本質的属性として」「民法において認められるに至つた」「共有物分割請求権」の侵害は、「なんらかの既得の権利を侵害」したと言えるから、いいのだろうか・・・。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/fallenredleaf2004/65104208.html</link>
			<pubDate>Fri, 27 Feb 2015 22:29:51 +0900</pubDate>
			<category>専門職</category>
		</item>
		<item>
			<title>失火責任法って憲法違反じゃないの？</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;div class=&#039;quote&#039;&gt;明治三十二年法律第四十号（失火ノ責任ニ関スル法律）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
民法第七百九条 ノ規定ハ失火ノ場合ニハ之ヲ適用セス但シ失火者ニ重大ナル過失アリタルトキハ此ノ限ニ在ラス&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;

&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;この明治時代に制定された法律のおかげで、失火のときだけ重過失じゃないと不法行為（民法７０９条）に基づく損害賠償をしてもらえない！&lt;br /&gt;
ちくしょー、いつの日か&lt;b&gt;憲法違反&lt;/b&gt;を主張して最高裁まで争ってやるー！&lt;br /&gt;
と、思ったものの、もう争っちゃった人がいたのね・・・、という話。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;div class=&#039;quote&#039;&gt;&lt;b&gt;最高裁判所第二小法廷　昭和５３年４月１４日判決　集民１２３号５４１頁&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　上告代理人二村豈則の上告理由について&lt;br /&gt;
　所論は、まず、違憲をいうが、不法行為によつて権利を侵害された被害者は、不法行為者に対し、法の定めるところに従つて損害賠償請求権を取得するのであり、失火ノ責任ニ関スル法律は、民法七〇九条とあいまつて、失火による権利侵害の場合には、失火者に故意又は重大な過失があるときに限つて不法行為責任を負わせ、被害者に損害賠償請求権を取得させることを定めているにとどまるのであつて、被害者の有するなんらかの既得の損害賠償請求権を侵害するものではないから、失火ノ責任ニ関スル法律が上告人の損害賠償請求権を侵害したことを前提とする所論は、&lt;b&gt;その前提を欠き&lt;/b&gt;、失当である。その余の所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、ひつきよう、独自の見解に基づいて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。&lt;br /&gt;
 　よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。&lt;br /&gt;
 　　　　最高裁判所第二小法廷&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　裁判長裁判官　　吉田　豊&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　　　　裁判官　　大塚喜一郎&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　　　　裁判官　　本林　譲&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　　　　裁判官　　栗本一夫&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　上告代理人二村豈則の上告理由&lt;br /&gt;
 第一、　原判決には、法令解釈及び法令適用の誤りがあつて、それらが判決に影響を及すことが明らかであり、破棄を免れない。&lt;br /&gt;
 第二、一、　右についての詳細な主張は、第一、二審において、上告人らが陳述したとおりであるので、それらをすべてこゝに引用する。&lt;br /&gt;
 二、　以下に、その要約を述べる。&lt;br /&gt;
 （一）　法令解釈の誤りについて失火責任法は、右引用のように、&lt;b&gt;国民の財産権の一たる損害賠償請求権を、合理的理由を欠いて、不当に侵害する結果となる&lt;/b&gt;ものと解さざるを得ないのであるから、&lt;b&gt;憲法二九条に違反する&lt;/b&gt;ものであつて、本件審理に際して、適用してはならないものである。&lt;br /&gt;
 　しかるに、原判決は、この点に関する法令解釈を誤り、違憲無効の法令を適用するものである。&lt;br /&gt;
 （二）　法令適用の誤りについて&lt;br /&gt;
　仮りに、失火責任法を、憲法二九条に違反しないものであると理解される余地があるとすれば、それは、同法を、財産権保障の憲法規範及び社会正義に適合すべく解釈されたうえでのことである。&lt;br /&gt;
 　そして、合憲的に解釈されるならば、１　重過失の存在しなかつたことを失火者である被上告人らにおいて主張且つ立証すべきものと解されなければならない。２　失火そのものと延焼の場合とを厳格に区別し、後者の場合は同法の適用はないと解されなければならない。&lt;br /&gt;
 　本件は、延焼の場合であつて、第一審において主張したとおり、被上告人らは、失火後、被害を最少限にとどめるべく、延焼防止のために最優先又は最善の努力をすべきであつたが、これらの防止努力を怠つているのである。&lt;br /&gt;
 （三）　原判決は、以上の各論点につき、いずれもその判断を誤り、判決に影響を及すことが明らかである。&lt;br /&gt;
 　以上&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;

&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;気を取り直して、敗戦の将から学ぶべきことを探してみる。&lt;br /&gt;
まずは直接的敗因。最高裁は「欠前提」と言っている。つまり所論が前提を欠く主張だから憲法適合性の判断を要しないと。&lt;br /&gt;
なぜそうなったのか。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;div class=&#039;quote&#039;&gt;日本国憲法第二十九条　財産権は、これを侵してはならない。&lt;br /&gt;
○２　財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;

&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;上告代理人は、&lt;b&gt;国民の財産権の一たる損害賠償請求権を、合理的理由を欠いて、不当に侵害する結果となる&lt;/b&gt;と主張した。憲法２９条違反の主張。といえば「森林法違憲判決事件」。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/fallenredleaf2004/65104172.html</link>
			<pubDate>Fri, 27 Feb 2015 22:05:25 +0900</pubDate>
			<category>専門職</category>
		</item>
		<item>
			<title>労災民訴と労災給付・社会保険給付</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;労働災害が発生し、使用者の安全配慮義務違反が認められる場合、これによって生じた損害の賠償を請求することがあります（いわゆる労災民訴）。&lt;br /&gt;
その場合、既に支給された労災給付や社会保険給付については、使用者が賠償すべき金額から控除されます。&lt;br /&gt;
では、将来に支給されると予想される労災給付や社会保険給付については、どうでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;div class=&#039;quote&#039;&gt;&lt;b&gt;最高裁判所第３小法廷　昭和５２年１０月２５日判決　民集31・6・836&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　労働者災害補償保険法に基づく保険給付の実質は、使用者の労働基準法上の災害補償義務を政府が保険給付の形式で行うものであつて、厚生年金保険法に基づく保険給付と同様、受給権者に対する損害の填補の性質をも有するから、事故が使用者の行為によつて生じた場合において、受給権者に対し、政府が&lt;b&gt;労働者災害補償保険法に基づく保険給付&lt;/b&gt;をしたときは&lt;b&gt;労働基準法八四条二項の規定を類推適用&lt;/b&gt;し、また、政府が&lt;b&gt;厚生年金保険法に基づく保険給付&lt;/b&gt;をしたときは&lt;b&gt;衡平の理念&lt;/b&gt;に照らし、使用者は、同一の事由については、&lt;b&gt;その価額の限度において民法による損害賠償の責を免れる&lt;/b&gt;と解するのが、相当である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そして、右のように政府が保険給付をしたことによつて、受給権者の使用者に対する損害賠償請求権が失われるのは、右保険給付が損害の填補の性質をも有する以上、政府が&lt;b&gt;現実に保険金を給付して損害を填補したときに限られ、いまだ現実の給付がない以上、たとえ将来にわたり継続して給付されることが確定していても、受給権者は使用者に対し損害賠償の請求をするにあたり、このような将来の給付額を損害賠償債権額から控除することを要しない&lt;/b&gt;と解するのが、相当である（最高裁昭和五〇年（オ）第四三一号同五二年五月二七日第三小法廷判決（民集三一巻三号四二七頁登載予定）参照）。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;

&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;というわけで、いまだ現実の給付がない以上「たとえ将来にわたり継続して給付されることが確定していても」将来の給付額を損害賠償債権額から控除することを要しないとするのが確立した判例です。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;労災民訴を受任する際には、この確立した判例の存在に留意しましょう。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;（続き　2015.2.24）&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;それだけだと、こういう判例ありますよだけで終わりなので思ったことを。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;賠償責任者側（ひいては保険会社側？）は、「どうせほぼ確実に給付を受けるじゃないか！なんで差っ引かないんだ！二重取りじゃないのか！」と思ったんでしょうね。というか、いまだに思っているのかもしれませんが。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;最高裁判所判事は、&lt;b&gt;損害の填補&lt;/b&gt;と&lt;b&gt;衡平の理念&lt;/b&gt;という概念で納得しろと言ってます。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;まず、責任論のレベルで、賠償責任者側は不法行為責任（自賠法３条責任）を負うことが確定していると。&lt;br /&gt;
そして、賠償責任者に要求されるのは、あまりに明白ですが&lt;b&gt;損害の填補&lt;/b&gt;であると。&lt;br /&gt;
ただし、損害の填補も、&lt;b&gt;衡平の理念&lt;/b&gt;にしたがってなされるべきであると。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;なので、&lt;b&gt;現実に保険金を給付して損害を填補したとき&lt;/b&gt;は、それこそ損害の填補の二重取りになるので&lt;b&gt;衡平の理念&lt;/b&gt;に反しているから、認めませんよと。&lt;br /&gt;
他方で、いまだ現実の給付がない以上、損害の填補の二重取りは生じていませんよ、&lt;b&gt;衡平の理念&lt;/b&gt;に反していませんよと。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;そこで賠償責任者側は、いやいや将来にわたり継続して給付されることが確定しているんだから、結局は&lt;b&gt;将来において&lt;/b&gt;二重取りになるでしょ、と反論したいのでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;でも、そこで賠償責任者側から&lt;b&gt;衡平の理念&lt;/b&gt;を持ち出すのは決定的におかしい。&lt;br /&gt;
本来であれば賠償責任者は、責任論のレベルで確定した&lt;b&gt;損害の填補&lt;/b&gt;を&lt;b&gt;自ら&lt;/b&gt;履行しなければならない。&lt;br /&gt;
もともと、&lt;b&gt;将来において&lt;/b&gt;、&lt;b&gt;他人（国）が損害の填補を履行することを&lt;/b&gt;、期待し援用できる法的地位に居るのではない。&lt;br /&gt;
あくまで&lt;b&gt;衡平の理念&lt;/b&gt;という高次の法原理から&lt;b&gt;反射的に&lt;/b&gt;、&lt;b&gt;現実に給付された限度で&lt;/b&gt;、責任を免れえたに過ぎない。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;賠償責任者側は、そもそも、将来における損害の填補の二重取りを論難できる法的地位に居なかったのです。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;ここまでこの判例を読んで思ったのですが、こういった思考は、人身損害賠償を扱う場合の最高裁判所にとってはごく当たり前の感覚と思うほかありません。&lt;br /&gt;
有名な貝取り判決（最高裁判所第一小法廷　平成8年4月25日判決　交民集29巻2号302頁）を知らないで人身損害賠償を扱う人はいないと思います。&lt;br /&gt;
ま、実はこのアクロバットな法的擬制を採用した判例も、&lt;b&gt;衡平の理念&lt;/b&gt;という全く同じ高次の法原理を論拠にしていたのですが。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;生命及び身体の完全性を尊び最大級の法的保護を与える、それが最高裁判所に一貫した思考なのかもしれません。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/fallenredleaf2004/65098329.html</link>
			<pubDate>Mon, 23 Feb 2015 23:22:17 +0900</pubDate>
			<category>専門職</category>
		</item>
		<item>
			<title>天皇賞（秋）の回顧</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;２０１４年　天皇賞（秋）&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;＜予想＞&lt;br /&gt;
◎イスラボニータ&lt;br /&gt;
○スピルバーグ&lt;br /&gt;
▲ジェンティルドンナ&lt;br /&gt;
△フェノーメノ&lt;br /&gt;
△マイネルラクリマ&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;＜結果＞&lt;br /&gt;
優勝スピルバーグ&lt;br /&gt;
２着ジェンティルドンナ&lt;br /&gt;
３着イスラボニータ&lt;br /&gt;
１４着フェノーメノ&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;＜コメント＞&lt;br /&gt;
ここはイスラボニータを中心とした。&lt;br /&gt;
菊花賞を捨てて照準を合わせている点、秋初戦を無難に勝利している点、東京コースに良績がある点、距離が適している点、脚質に自在さが出てきた点を評価した。&lt;br /&gt;
実績で言えばジェンティルドンナ・フェノーメノだが実戦から長期間離れている点とここが最大の目標とは思えない点で明らかに割引。&lt;br /&gt;
その他の実績馬ではエピファネイアだがやはり実戦から長期間離れている点と上の２頭より格落ちする点で切った。&lt;br /&gt;
実績馬以外からはスピルバーグを１番手の評価。&lt;br /&gt;
秋の天皇賞はとりあえず毎日王冠組。まず上記の実績馬を振り切れる程の逃げ先行馬がいないことを確認。&lt;br /&gt;
次に差し馬の検討。上位入線はスピルバーグとディサイファ。&lt;br /&gt;
レース映像を見ると後者は精一杯の脚で走っているが前者は前に壁ができていながら上がり３３秒２。&lt;br /&gt;
しかもスピルバーグは東京中距離で４勝。ここ以外に目標があるとも思えない。&lt;br /&gt;
他路線はほとんど魅力がない。とりあえず前に行ってオールカマーを勝ったマイネルラクリマだけ抑えた。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;結果を見るとこれだけ好条件が整っても鉄砲のジェンティルドンナに勝てなかったイスラボニータはまだ３歳馬なりの力量だったという他ない。&lt;br /&gt;
ジャパンカップはさらに凱旋門賞組合流の相手強化でジェンティルドンナら実績馬も叩き２戦目になるため苦しい立場になった。&lt;br /&gt;
ジェンティルドンナはやはり格が違った。ドバイで勝つ位だから調整能力が高く鉄砲も関係なかったのだろう。&lt;br /&gt;
ジャパンカップは鞍上をムーアに強化して３連覇挑戦の舞台が整う。もともとどう考えてもこの馬にとって次走が最大の目標であることは疑いようがない。&lt;br /&gt;
その２頭を差し切ったスピルバーグの末脚は素晴らしかった。前走を踏まえて外に出した北村騎手の判断が功を奏した。&lt;br /&gt;
秋の天皇賞は季節柄なのか離れた外が内より良い馬場を走れる状態であることが多いので今回もそうなったと言える。&lt;br /&gt;
優勝馬は能力を出し切って目標を達成したので次走がジャパンカップなのかマイルＣＳなのか知らないがもう馬券的には要らないだろう。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/fallenredleaf2004/64937656.html</link>
			<pubDate>Fri, 07 Nov 2014 03:07:52 +0900</pubDate>
			<category>競馬</category>
		</item>
		<item>
			<title>スキマ相続法１（清算型遺言）</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;b&gt;「スキマ相続法」&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
このシリーズは、普段の遺産分割、遺言書作成、相続財産管理人の業務のなかで発見した相続法に関するスキマに挟まっているような情報を小出しにするシリーズです。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;第１回は「清算型遺言」です。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;div class=&#039;quote&#039;&gt;　Ａさん（８０代・女性）は、昨年長年連れ添った夫を亡くしました。&lt;br /&gt;
　二人の間には子どもがおらず、夫の遺言もなかったので、Ａさんは、疎遠であった夫のきょうだいや甥姪と遺産分割協議をしなければなりませんでした。&lt;br /&gt;
　弁護士に依頼して、夫のきょうだいや甥姪に代償金を支払って、Ａさんは、ようやく夫の遺した自宅を単独相続することができました。&lt;br /&gt;
　ひと安心したＡさんでしたが、今度は自分が亡くなったときのことが心配になり夜も眠れません。&lt;br /&gt;
　自分が亡くなったときに、この自宅や自分が働いて貯めた預貯金はどうなるんだろうか。&lt;br /&gt;
　遺産分割を依頼した弁護士に聞いてみると、今度は自分のきょうだいや甥姪が遺産分割協議をしなければならないことが分かりました。&lt;br /&gt;
　Ａさんは、疎遠な親族どうしの遺産分割協議にはうんざりさせられましたし、特に親しくしている親族もいなかったので、自分の遺産を慈善団体に寄付したいと思いました。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;

&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;このＡさんの希望を叶える方法としては、慈善団体への遺贈が考えられます。&lt;br /&gt;
しかし、Ａさんの遺産のなかには自宅不動産が含まれていますので、慈善団体が受け取ってくれるかどうかが心配です。&lt;br /&gt;
もしも、遺言執行者を指定し、自宅不動産を売却してもらい、諸費用を清算した残余の遺産を慈善団体へ遺贈してくれるのであれば、その心配も無用というものです。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;このように、遺言執行者に対し、相続財産中の残余金額を一定の範囲の者に一定の割合で分配するように指示する遺言を&lt;b&gt;「清算型遺言」&lt;/b&gt;と呼びます。&lt;br /&gt;
そして、このような遺言の効力を認めたとされる判例もあるようです（大判昭和５年６月１６日民集９巻５５０頁、松原正明「全訂判例先例相続法Ｖ」１８９頁）。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;このような「清算型遺言」の遺言執行にまつわる問題の一つとして、&lt;b&gt;「遺言執行者が単独で売買を原因とする所有権移転登記手続を行いうるか」&lt;/b&gt;という問題が挙げられます。&lt;br /&gt;
登記実務では、「清算型遺言」がなされた場合、当該不動産を他に売却し買主名義に移転登記するには、まず&lt;b&gt;遺言執行者が単独で&lt;/b&gt;相続を原因とする法定相続人への移転登記をし、&lt;b&gt;遺言執行者と買主が共同で&lt;/b&gt;売買を原因とする移転登記をするとされています（松原正明「全訂判例先例相続法Ｖ」１９０頁）。&lt;br /&gt;
つまり、&lt;b&gt;遺言執行者が単独で売買を原因とする所有権移転登記手続を行いうる&lt;/b&gt;というのが結論です。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;しかしながら、問題はこれだけでは解決しません。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;まず、上記のように遺言執行者が単独で売買を原因とする所有権移転登記手続を行うためには、&lt;b&gt;登記済証（又は登記識別情報）が必要&lt;/b&gt;なので、あらかじめ預かっておくなり保管場所を把握しておくなりしておかなければなりません。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;さらに厄介なのは課税の問題です。ここで問題となるのは不動産売却に伴う譲渡所得税です。&lt;br /&gt;
この点については、文献にもなかなか記載がないので、ネット上の弁護士の執筆記事などを参照するしかありませんでした。&lt;br /&gt;
それによると、まず&lt;b&gt;遺言執行者が譲渡所得税を計算して売買代金から控除しておき納税時期まで保管することは当然必要&lt;/b&gt;となるとのことでした。&lt;br /&gt;
そのうえで、&lt;b&gt;遺言執行者としては事前に管轄税務署と協議し、売買代金の管理と納税を遺言執行者が責任を持つので、法定相続人には申告書の送付をしないよう要請しておくべき&lt;/b&gt;とのことでした。&lt;br /&gt;
そうしないと、&lt;b&gt;法定相続人には一銭も入らないのに税金の申告書が送り付けられる事態&lt;/b&gt;となるとのことです。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;「清算型遺言」はたいへん合理的にみえますが、遺産に不動産を含む場合には上記のような厄介な問題が避けられないところです。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/fallenredleaf2004/64124831.html</link>
			<pubDate>Tue, 20 Aug 2013 18:14:06 +0900</pubDate>
			<category>専門職</category>
		</item>
		<item>
			<title>もし花巻の若手弁護士が岩崎夏海の『もしドラ』を読んだら（２）「企業と社会的な影響」</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;だいぶ更新が途絶えてしまっておりました。&lt;br /&gt;
リハビリのために「もしドラ」シリーズを投稿します。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;ちなみに、この（長い沈黙の）間に「もしドラ」の原典であるドラッカーの「マネジメント（エッセンシャル版）」を古本屋で入手しました。&lt;br /&gt;
だからといって内容に深みが出るわけでもないでしょうから、気軽にお読みいただければと思います。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;前回の私は、「顧客とは何か」という、最も重要であり、かつ、最も困難である問いからスタートしたようです。&lt;br /&gt;
その結論として、「顧客は法的な諸問題を自己に有利に（あるいは適正に）解決することを欲求している」として、「ひいては、平穏な社会生活（あるいは法的秩序）を欲求している」としたようです。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;そして、事務所の事業を「顧客のために平穏な社会生活・法的秩序をもたらすこと」とし、事務所はそのための組織であると定義したようです。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;ところで、そもそも企業は何のために存在しているのでしょうか。&lt;br /&gt;
出資者のため、経営者のため、従業員のため、取引先のため、顧客のため。おそらくその全てが正解でしょう。&lt;br /&gt;
しかしながら、企業の存立の基盤が、究極的には「社会」にあることをドラッカーは強く示唆しています。企業は何よりもまず「社会」のために存在しなければならず、「社会」から要求されなくなった企業は必ず存立を危うくすると。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;「もしドラ」での野球部は、どのような社会的影響を持つ組織となったのでしょうか。&lt;br /&gt;
まず、その部活動への取り組みが、人材交流やノウハウの共有などによって、他の部活動にも良い影響をもたらすようになりました。&lt;br /&gt;
そして、野球部が地域の少年たちに野球教室を催すことで、地域の少年たちのスポーツに取り組む意識を向上させました。&lt;br /&gt;
さらには、野球部が県大会・甲子園と活躍することで、地元の経済を活性化しました。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;小説のなかの出来事かもしれませんが、単なる高校の野球部を想定しても、ここまでの社会的影響を与える組織を想定することができるわけです。&lt;br /&gt;
当然のことながら、実際の「社会」のなかに存在する企業は、その社会に与える影響とは無縁でいられないどころか、社会に影響を与える存在であるが故に存立できているということができます。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;ここで、はじめて「企業の社会的責任」、いわゆる「ＣＳＲ」のごく自然な理解ができるのではないかと思います。&lt;br /&gt;
単にコンプライアンス遵守だ！労基署に文句を言われないようにしないと！などというのでは、さびしいですし、やる気もでません。&lt;br /&gt;
「わが社はこの社会に生かされている。」&lt;br /&gt;
「これからもこの社会で存立していくには良い影響を社会に与える存在でなければならない。」&lt;br /&gt;
「ゆえにわが社は社会的責任を自覚して存立の基盤を確固たるものとする。」&lt;br /&gt;
といった前向きな理解ができるのであれば、おのずとやる気も出てくるというものです。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;弁護士はどうでしょうか。弁護士の社会的責任とは。&lt;br /&gt;
社会は弁護士に何を希求しているのでしょうか。ドラッカーに言わせれば、そこに弁護士が社会に存立できる基盤があることになるでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;弁護士法第１条は、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」としています。そして、「弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。」と続けます。&lt;br /&gt;
ここには、「自分のところに依頼しに来た人の、法的な諸問題をその人に有利に解決するのが、弁護士の仕事だ。」とは書かれていません。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;社会は、弁護士に対し、「基本的人権を擁護し、社会正義を実現すること」、そのために「誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力すること」を求めています。&lt;br /&gt;
それが失われれば即ち弁護士の存立は危うくなり、それが全うされれば即ち弁護士の存立は確固たるものとなる。&lt;br /&gt;
個々の事案の処理においても、弁護士が社会から何を要求されているのかを意識して取り組めば、おのずと社会に良い影響を与える存在となるのではないかと信じています。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/fallenredleaf2004/64025399.html</link>
			<pubDate>Sat, 22 Jun 2013 17:00:17 +0900</pubDate>
			<category>専門職</category>
		</item>
		</channel>
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