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 別山以来の山登り。
 今回久しぶりに山友達のMさんと一緒ということで、帰宅時間を考慮し、比良山系でも短い時間で登って下りられる権現山にする。

 朝5時過ぎ起床、6時01分の地下鉄、6時40分の京阪。

 出町柳7:45発、朽木村行きのバス。
 マイクロバスは、キャンプに行くという学生の一群(とその荷物)でごった返す。
 うるさくてたまらず、運のなさを嘆くばかり。

 8:33 平(だいら)バス停に到着。


 ◆8:38 平バス停
 標高は500mほど。
 車道を少し引き戻して、花折峠への林道に入る。

 ベニバナボロギクという、なんとも味気ない花が繁茂。南アフリカ原産、戦後帰化した植物とのこと。アメリカでは山火事跡にいち早く花を咲かせるため「fire weed(火の花)」と呼んでいるらしい。

 ここで1輪のフシグロセンノウに出会う {画像1}。この花に出会うのは久しぶりの2度目。
 ツル状だし 節も黒くないので(フシグロでない)、別の種かとも思ったが、杉林の中では倒れてつる状に見えるということ(父調べ)。

 8:58 ドン谷を登る山道となる。
 殺風景な植林帯、等高線に逆らうような直登が続く。
 さすがに暑くなり、長袖の上着を脱ぐ。

 気になるのは、目に付く杉の木のすべてに、ある程度の高さまでビニールテープが編むように巻きつけられていること。青と黄、2色のビニールテープ。なんの意味があるのだろうか。ちょっと不気味な感じも。


 ◆8:26 アラキ峠
 北東の権現山と南の折立山との鞍部。
 バス停からここまで1時間と書かれていたが、実際にかかった時間は48分。しかも林道に入ったところで とある理由から時間をロスしていたので、まさかこんなに早く着くとは思ってもみなかった。

 折立山(819m)へは20分ほどで登れるようだが、寄らずに権現山を目指す。

 ここからも直登。
 相変わらず、殺風景な植林帯。

 やがて木々の間に南西の方角の景色が覗かれ、また前方にピークを見るように。

 明るい灌木帯となり、なだらかな登りにホッとしていると、前方に琵琶湖。なんとそこが権現山山頂だった。


 ◆9:55 権現山山頂(996m)
 アラキ峠からここ山頂まで50分と書かれているのに、30分で着いた。
 執筆者はちゃんと登って調べたのだろうか。

 それはともかく、琵琶湖の南端が一望の下。{画像2}
 まさに比良山系の醍醐味♪ Mさん、感激しきり。狙い通りで、よかった♪

 トンボとともに、ベニバナボロギクの綿毛が舞うが、これはやっぱり余計…。

 まだ10時ということで、腹は減ってない。
 予定していたコースを基本に、少しプラスして行ける霊仙山に登ることも考えたが、
小女郎峠まで1時間40分という記載も間違っているに違いないと、北方に向かって縦走をすることにする。蓬莱山目前で惜しい気はするが、小女郎峠から小女郎谷を下る予定。

 −10:10発。

 なだらかな下り。軽快に歩を進める。ただし雑木林内で湖の展望はほとんどない。

 しばらくすると前方にこれから登るふたつのピークと、その間にリフトの施設を頂く蓬莱山が覗く。結構遠く感じ、ちょっと不安も。

 ホッケ山への登りに転じる頃からはササの道。振り返ると湖のダイナミックな風景。
 途中トリカブト{画像3}、カワラナデシコに出会う(ナデシコは写真失敗)。


 ◆10:33 ホッケ山山頂
 高原状のなだらかなピーク。お弁当タイムにする。
 Mさんに作っていただいたサンドイッチをありがたくいただく。
 あたりはササばかりで琵琶湖が一望のもとだが、強くなってきた日差しをさえぎるものはなく、暑い。{画像4/トリカブト揺れる} {画像5/蓬莱山方向}
 それにしてもまさかの20分でホッケ山到着。思った以上に、小女郎峠まで時間がかからなそう。
 −10:57発。

 一旦下り、なだらかなピークを越える。
 悲哀伝説のある小女郎ヶ池を眺められるお地蔵さんを過ぎると、峠はもうすぐ。


 ◆11:20 小女郎峠
 さてさて。権現山からここまで1時間40分と書かれているところ、弁当時間を入れても1時間10分で来れた。地図の参考タイムのいい加減さは時々感じることだが、これほどの間違いはめったにないことだろう。

 ここまで来たら、もちろん蓬莱山山頂へ。予期せぬことに、蓬莱山登山になった。

 相変わらずのササの道をもうひと登り。


 ◆11:40 蓬莱山山頂(1174m)

 広い高原状の素晴らしい山頂! −のはずなのだが、びわ湖バレイスキー場に近いということでゴンドラが通じ、おおいに俗化。見るも無残な姿…。他にもさまざまな人工物のオンパレード。
 {画像6}打見山へ続くゴンドラ
 {画像7}北方に比良山系の主峰 武奈ヶ岳を望む
 {画像8}湖方面

 そうそう、人工物だけでなく、黒豆をもう少し大きくしたくらいのフンだらけ。
 何のフンなんだろう…。

 −12:02発。

 金ピラ谷を下りる道をとる。数年前、登りで使った道。

 岩っぽく、しかも結構急な下り道。
 とにかくイワカガミが多い。春、道が花で彩られるのをぜひ見てみたいところ。

 ◆12:21 金ピラ峠
 打見谷に下りて「びわ湖アルプスゴンドラ」の山麓駅に合流する道との分岐。
 われわれは金ピラ谷。

 ここからも急な下りは続く。
 しかし美しい雑木林で、差し込む日差しは優しく、風は涼しく、小鳥が囀るので、気分はいい。
 小休憩中には、コゲラ(日本最小のキツツキ)を見ることができた。
 
 木々に覗く湖はかなり近くに。{画像9}


 ◆12:58 林道
 林道に下り立つ。やれやれという気持ちもあるが、あとは単調な林道となると寂しい気持ちに。

 しかしそんな悠長なことを感じている場合ではなかった。舗装道を延々と下るということが、こんなにキツイものだとは思ってもみなかった。
 太ももの筋肉に負担をかけ続ける感じ。明日の筋肉痛を覚悟。

 途中、神社鳥居近くの豊かな水場(13:18)には一息。

 それにしても大きな側溝を流れる水の多さ、早さときたら。
 比良山というのはそれほど水の豊かな山ということか。

 そんな道脇にヤブランを見る。


 湖西線 蓬莱駅を目指す。
 本来ひとつ先の和邇駅に下りるはずだったので、電車到着時刻は正確には分からないものの、2時前くらいの電車に乗れるかどうか微妙なところ。

 Mさんが走ることを提案。Mさんの体力・脚力は相当なものなのである。

 しかしあと一歩のところで間に合わなかった。

 25分ほど次の電車を待つことに。
 それにしてもこの駅のホーム、汚すぎる…。


 比良山系は標高以上の充実感を与えてくれる。
 それもこれもやはり、琵琶湖の景色が素晴らしいからだ。
 またいつか、今度は主峰 武奈ヶ岳を、数年前の早春に登ったことがあるのだが、また登ってみたい。

 さて、来月はどこへ。

 やっぱり曽爾かな。


 …山のブログみたいになってきました。

日曜朝の裸の王様

 日曜がバイト休みだった時は、朝から昼過ぎまでテレビを見っぱなしでした。
 9時から「サンデーモーニング」、そのあと「サンデージャポン」、正午から「ネプリーグ」、1時25分から「アタック25」。1時半からの「そこまで言って委員会」は録画、といった感じ。

 しかし半年くらい前くらいか日曜がバイトありになってからは「ネプリーグ」からしか見られなくなってしまいました。
 「サンデージャポン」はその悪ふざけに嫌気が差してきていたところでしたので未練はなかったのですが、「サンデーモーニング」の上品で知的なコメンテーター陣は好きでしたので(ただし時々見るふたりを除く)、HDD付きのDVDを父から譲り受けたことをきっかけに、録画して見るようになりました。


 さて、先週の「サンデーモーニング」で、気になることが。
 天気予報のあと突然、司会の関口弘が「そこでひとつ、先週の放送からお詫びがございます。」と言ったあと、
 橋谷能理子キャスターが「先週の放送で、コメンテーターのひとりの発言において、個人名を挙げた、充分な根拠に基づかない不適切な発言がありました。」云々と謝罪していたのです。

 しかし内容はまったく伏せたまま。 −となると余計に気になるのが人情。

 ネットで調べてみますと、いろんなサイトで話題になっているようで、問題となった映像も見ることができました。

 問題となった部分を多少要約して書き出してみますと。

 S氏(好きではないふたりのうちのひとりでした): さっき寺島さんが言われた「国策捜査とはいえないんだろうと思うんだけれども」という話なんですけれど、竹中・小泉の改革でMHKという人が疑惑を囁かれていたんですね。Mが村上ファンドの村上、Hがホリエモン、でK、この中でKが一番疑惑が濃かった。
 関口: Kというのは誰です?
 S氏: ○○○(伏せておきます)という人です。この人は捕まらなかったわけですね。そこに何らかの意図が、つまり政府与党に一番近いから捕まらなかったんじゃないかという風にも見ることができるわけです。


 ネットでは、何に対して謝っているのか一切知らされないことに対し、視聴者不在だと怒る意見が多いようですが、まさにその通り、TBSは視聴者に謝る意図はまったくないのですね。
 橋谷さんは「関係者の皆様に深くお詫びを申し上げます」と言っているだけですから。


 わたしはそのことよりも、司会者が知らぬ存ぜぬという態度だったことに大きな違和感を感じました。

 彼が、誰か?と問わなければ、S氏は名を伏せたままだったはず。
 責任の半分は彼にあるのではないか。

 ニュースにおいてこうしたことで謝罪する場合、まずサブの局アナが謝って、そのあとメインキャスター(視聴率のために外部から高い金で呼んできた人)が言葉を添えるのを見ますが、これはまぁ納得がいく。

 しかし彼は一言も言及せずに、ささっと次のコーナーに入ってしまった。

 しかも調べてみますと思った通り、橋谷さんはTBSのアナウンサーではない。
 なんと司会者の事務所のタレントでした。しかもあの番組のコメンテーターの多くも!!

 だったらなおさら彼こそが謝罪しなければならないのではないか。

 あのわれ関せずのしれっとした態度は、無責任にもほどがあるのではないか。

 自分のところのタレントを多く起用しているところから考えますと、彼はおそらくこの番組に対して通常以上の大きな影響力を持っているのでしょう。
 おそらく局も番組スタッフも、そんな彼に対して当然のことすらも言えないんでしょう。彼はそれに甘えているのでしょう。

 呆れ、怒り、そしてショップ・リニューアルの準備に勤しむ中 ほったらかしにしていたブログで、(ささやかながら)ぜひとも訴えたいという気持ちになりました。

 もう明日になりますがその放送で、改めての彼の謝罪がなければ、もうこの番組を見ることはないでしょう。

 まぁ、そんなのあるわけないですわねぇ…。

 コメンテーターだけでなく、女性キャスターも上品で好きだったのですが…。昨今は媚びたようなぶりっ子女子アナが幅をきかせていますからねぇ。


 そうそう、ついでに書いておきますと、この番組のスポーツ・コーナーは、元プロ野球選手の老コメンテーターふたりの威勢のいい物言いが人気のようですが、わたしは嫌いでほとんど見ていませんでした。

 そのきっかけは、トルシエがサッカーの日本代表の監督だった頃ですから、何年前のことになるでしょう。
 トルシエがチームの負けを名指しで選手のせいにしたというニュースに対し、そのふたりのコメンテーターは「選手の責任は監督の責任」と声をそろえてトルシエを非難しました。
 しかしそのあとの、王監督率いるダイエーが 王の持つホームランの日本記録に並んだローズに対して敬遠で逃げ、記録が抜かれることを回避したというニュースに対しては、王はそんな男ではない、コーチ(若菜だったか)が指示したことだと言ったのです。
 舌の根の乾かぬうちにとはこのことだ、と呆れてしまいました。(王にも失望。)

 彼らなら司会者に、謝る必要はない、S氏を排除すればいいことだ、と言ってくれるに違いありません。


 島田紳助氏が同じようなことにならないことを祈ります。

 と申しますのも、「ヘキサゴン」で「サドンデス」のことを「サドンレス」と言い続けていることから、誰も指摘できないほど彼も番組に対して大きな権力を持ってしまっているのではないかと、気になったものですから…。

 2月のダイエット結果。

 日にち  朝     夜
 1    69.4 − 69.9
 2    69.2 − 69.6
 3    68.6 − 69.1
 4    68.4 − 69.0
 5    68.4 − 68.4
 6    68.0 − 67.8 金剛登山
 7    67.6 − 68.6
 8    68.2 − 68.6
 9    68.2 − 68.6
 10   67.7 − 68.1
 11   67.4 − 68.2
 12   67.7 − 68.1
 13   67.3 − 67.9
 14   67.3 − 68.1
 15   67.6 − 68.5 弟一家来訪で寿司
 16   67.8 − 68.1
 17   67.5 − 67.9
 18   67.5 − 67.9
 19   67.4 − 67.8
 20   67.4 − 67.8
 21   67.4 − 68.1
 22   67.4 − 68.0
 24   66.9 − 67.6
 25   66.5 − 67.3
 26   66.4 − 67.0
 27   66.6 − 67.6
 28   ** − 68.4
 3/1  67.6


 2ヶ月たらずで7キロほどの減ということで、ダイエットは大成功です。

 一時66キロ台に突入しましたが、こんな体重はそれこそ24歳のときの大ダイエット時以来でしょう。


 ところで25日、日付が1日前にずれているのに気づきました。
 数日前に記録するのを忘れ、しばらく忘れたことすら気づいていなかったようです。
 そこで帳尻を合わせるため、23日が飛んでいるわけです。

 28日の朝の記録がありませんが、これは計り忘れ。

 慢心ですね。


 しかしそれも、ダイエットが目標の77キロ台(当初は78キロ台だったのですが)を達成したからでしょう。
 (28日慢心による食べすぎで、夜体重を増やしてしまいましたが。)

 出かけていた腹はかなりすっきりし、バイトで履いている もとから余裕のあったズボンなどは、ぶかぶかになりました。

 今では 夜はヨーグルト・バナナだけではなくほかのものも少し食べますし、奥さんがいる時はヨーグルト・バナナではなく、野菜サラダとパンなどを食べています。


 ダイエットは一応これで終わりです。

 とはいえ今後もしっかりした食事は昼だけ。夜の基本はヨーグルト・バナナです。
 そして記録はしませんが、体重計測は毎日します。


 それにしても考えてみれば、有史以前から人間はずっと飢餓との戦いであったでしょう。だからこそ人間の体は太りやすくできている。
 現代の先進国の一般民の多くが逆に肥満と戦っているということは異常なことに違いありません。

 そんなことを考えていると、恐ろしくなってきます。



 あ、そうそう、白雪姫のダイエットの影のサポートは今後も続きます。

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 今朝(12/6)、NHKの『その時歴史が動いた』の再放送を見ました。タイトルは 戦国の「ゲルニカ」 =大坂夏の陣、惨劇はなぜ起きたのか=。冬夏2度の大坂の陣を、甚大な被害を被った民衆の視点で捉えたものです。

 −男女のへだてなく、老いたるもみどり児も 目の当たりにて刺し殺し…−
 「大坂夏の陣図屏風」は、何の罪もない民衆たちが惨殺される様子が克明に描かれており、ピカソの「ゲルニカ」を想起させます。

 家康が豊臣家を滅ぼして天下統一を成し遂げる、その発端はちっぽけな因縁。

 わたしは古今東西の歴史を華やかに飾っている軍人武人のたぐいに憧れの気持ちを抱いたりしたことは1度としてなく、そうした“勇者”が単純に英雄視される傾向には常々疑問を感じているのですが、そのエピソードなど、まさに戦を生業とする者への蔑みの気持ちを一層強くするばかりです。


 さて、番組の中で印象的だった お菊の話。

 −現在の大阪府阪南市、波有手(ぼうで)村で育ったお菊は、慶長元年(1615年)、紀伊の代官である山口喜内安弘の嫡男、兵内紀朝安の元に嫁いだ。しかし時を同じくして大坂夏の陣が起こり、山口家は豊臣方に味方、なんと新婚5日目で兵内は大坂城に入ることとなった。
 その後 徳川方の紀州の大軍が進攻。それを密書に託し、お菊は夫の後を追って大坂城へと向かうことに。お菊は街道を避けて山道を踏み分け、途中自らの髪を切って男装、ようやく大坂城に密書を届けることができた。
 しかしその後 夫は討ち死に、そして大坂城落城。お菊もまた捕らわれの身となり、同情による赦免を受け入れず、二十歳の若さで命を落とした。−

 阪南の周辺では お菊の物語が語り継がれ、手鞠唄にもなっているとのこと。

 −波有手で一番 六兵衛の子
  六兵衛の娘は お菊とて
  山口喜内に嫁に行て
  行てから七日も経たぬ間に … −


 … !!

 ひょっとして、お菊山のお菊??

 8年前の12月に登ったお菊山。

 当時参考にした山のガイドを引っ張り出してきました。

 <関白秀次の娘お菊が大坂夏の陣の際、山上で断髪して男装し、夫の矢内兵内に会いに行ったという伝説からこの名がついた>

 やっぱり。
 夫の後を追って大坂城へと向かうために山道を踏み分け、途中自らの髪を切って男装したという伝説の山は、以前登ったことのある山だったのです。
 お菊さんがなんとなく身近に感じられました。

 さらに調べてみると お菊山、以前は納経山と呼ばれていたようです。お菊はそこで髪を切り、松の巨木のもとにその髪を埋めた。その言い伝えからその松を「お菊髪結いの松」と呼ぶようになり、その後いつしか山自体も「お菊山」と呼ぶようになったのでしょう。

 ただその松は枯れてなくなってしまい、今では記念の石碑が残されるのみとなっています。

 その石碑には「烈女菊姿見の遺跡」の文字。

 「烈女」などと言うものというものですから、わたしは当時、「ヴァルキューレ」のブリュンヒルデと「フィデリオ」のレオノーラ、あるいはそれらを歌うビルギット・ニルソンを足して3で割ったような、恰幅がよくて勇ましく逞しい女の物語をイメージしていました。

 「烈女」を辞書で引いてみると、−節操をかたく守る女子。また信念を貫きとおす激しい気性の女子。− とありますから、そのイメージはまんざら的外れではないですよね。
 お菊というと「うらめしや〜」もイメージしますし。

 「烈女」に代わる何かいい言葉はないものでしょうか。「貞女」というのでもなし…。



 先日(11/21) 紀泉高原に登りました。
 城ガ峰から西への尾根(カマ尾根)を縦走するというコース。
 短く楽なコースにしたつもりでしたが、火打越谷の終点から城ガ峰への尾根道は今では使う人がいないようで、踏み跡を探しながらの難路。道標も一切なしで、まるでアドヴェンチャーのようでした。

 下山はササ峠から稲倉谷へ下りたのですが、実はそのまま西への縦走を続けると、3時間ほどかかりますが、お菊山があるんですね。

 どこへ登るか考えていたときは、お菊山も候補にあげていたのですが、前回と同じような季節ということでパスしたんです。

 もしお菊山にしていれば今日の放送は、その偶然に驚き、一層感慨深いものになっていたでしょうね。


 ササ峠では珈琲を沸かして飲み、さて下山というあたりから雨がポツポツ降ってきて、林道歩きからはかなり強い雨となりました。

 あれはひょっとすると、お菊さんの涙雨だったのかもしれません。

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 ●7/30−2 〜御花松原から室堂、南竜キャンプ場〜

 ◇12:45 15分くらいして目覚め、御花松原を発つ。来た道を引き戻す。
 中宮温泉・三方岩岳方面から来たひとりのご老人とちょうど一緒となる。
「駐車場でうしろから2番目に止めていた人?」と聞かれた。確かにそうだが、続きの話を聞いていると、どうやらそれはわたしでないらしい。おそらくご老人も気づいたに違いない。

 眼前に大汝峰北東の斜面。[画像1]
 ヒルバオ雪渓を渡ったのち、いよいよ急登。億劫だったが、登りは危険でもなく、たいしたアルバイトではなかった。
 岩間に群れるかわいいシラタマノキを愛でながら登っていたからだろうと思う。たくさん咲いているが、往路時は気づかなかった。

 この時 急にガスってきて、足元以外の視界が失われた。
 こういう時かならず思い出すのはワーグナーの「ラインの黄金」。雷神ドンナーの「ヘダー!ヘドー!」の歌声♪ 
 急登を終えて父と別れた薄い道跡との分岐(13:50)。それは取らず、正規ルートを行く。

 大汝峰の取り付きの分岐(14:00)。時間には余裕があるので、大汝峰山頂を目指そうかとも思ったが、疲れも出てきているのでやめておく。
 南進して5分ほどでお池めぐりコースの分岐。このあたり道は平坦で、あたりはお花畑。カメラを向けているおばちゃん3人組。

 ◇14:08 千蛇ヶ池の分岐
 ガスが立ち込める中、前方には深い雪渓。案内板には、開山の師 泰澄が夏でも雪の積もるその池に千匹の閉じ込めたという伝説があるとのこと。お池めぐりコースには道標とともに、こうしたことが書かれた立派な案内板が多く設置されている。 
 そのまま南進し雪渓に足を踏み入れると室堂への近道だが、お花畑のある右方の巻道を取る。

 百姓池を経、ハクサンコザクラの多いところ(写真は3枚ともろくな出来ではなかった)。その先、沿道の斜面やや高いところにハクサンイチゲのひと群れ[画像2]。
 「白山やのにハクサンイチゲ見ないなぁと思っとったんですわ」「岩伝いに登って写真撮れますよ」 −とは、わたしの前を歩いていたひと組の夫婦との会話。
 「関西の方ですね。白山は関西の方多いですねぇ。」 −まぁ、関西弁は耳につきまっしゃろなぁ。。。
 ちなみにハクサンイチゲ、花がまだのものが多かった。8月に入ればたくさん咲くのだろう。

 平坦な道が続く。西に向いていた道が東に折れると、室堂を望むように。
 クロユリの群れが多く見られるようになり、多くの人がそれを愛でている。室堂泊まりの方々の散歩だろう。
 室堂が目前に。[画像3]

 ◇15:10 室堂
 あいかわらず人でごった返している。御前峰を仰ぎ見 名残を惜しみながら15分ほど休む。

 キャンプ場へはトンビ岩コースと呼ばれる御前坂下りを取る。
 しかしこの道の取り付きがわかりにくい。万年谷雪渓を目の前にする頃から進むべき道がない。
 キャンプ場に戻ったあと、同じ道を取った父も同じことを言っていたから、わたしがボンクラだったわけではないと思う。
 ともかく雪渓の先にしっかりとした道が見えるので、それを目指して 雪渓の真ん中を進む。

 土の道に。道は細いがしっかりとしている。しかしあいかわらず道標はなく、ガスっていて視界は利かない。人はおらず静かで、立ち枯れた木がもの寂しさを一層引き立てている。シューベルトの「冬の旅」が思い出される。[画像4]
 この道で今回はじめてハクサンシャクナゲを見る。

 平坦な道が続くが、やがて斜めに突き刺さったような巨岩が現れる。

 ◇15:45 トンビ岩
 文字の見えない古びた道標が立っているだけだったから、これがトンビ岩かどうかはわかりにくい。 しかしここから急な下りとなる地形から、地図と照らし合わせて、トンビ岩と判断できた。

 急斜面にわかりにくい道筋。枯れ草が寝ている一風変わった風景。[画像5]
 道標はほとんどなく、あっても朽ちかけた古い木製のもの。
 ところどころに立てられた、布切れの付いた細いポールを手がかりに下るが、道らしき道がないところが少なくない。大きな水溜りが道をふさいでいるところもあった。
 そしてやっぱり人にまったく会わなかった。最近はあまり使われない道ということを知る。

 ミツバオウレンや、チングルマの小さな群れ[画像6]−
 早く帰っても仕方ないので、わたしはしょっちゅう立ち止まり、山のさまざまを味わいながら、下っていた。
 それを父はキャンプ場から見ていたらしく、なにを辛気臭い歩き方しとるねん、と思っていたとのこと。(ちなみに[画像5]はトンビ岩から20分ほど下ったところからの写真で、ガスの間に山荘やロッジがかすかに見えている。)

 山荘・ロッジ、そしてキャンプ場も近くなり[画像7]、白山のメインの山行の終了が近づいた。寂しさが込み上げてくる。

 ◇16:40 キャンプ場 
 
 お互い別れてからのことを話しながらの夕食。[画像8]
 金ちゃんヌードル、五目釜飯、イワシの缶詰、ハムステーキ、キウイフルーツ。

 19:00頃 就寝



 ●7/31 〜南竜キャンプ場から下山〜
 
 4:50 起床
 パンやウィンナーなど残ったものをさらえる。
 テントをたたみ、下山準備。

 ◇7:10 出発 来た道を引き返す。

 別山の偉容を望みながらの下山。

 相変わらず、人が多い。
 しかし今回ほど、われわれのザックの重たそうなことを労われ、同時にキャンプ泊まりを羨ましがられたことはなかった。
 皆できれば小屋泊まりでなく、キャンプしたいんやね。ちょっとした優越感。とともに肩の痛み。

 ◇10:30 別当出合

 登山者が多いため、シャトル便が出ることに。とは言っても45分も待たねばならなかったが(11:15発 − 11:30 市ノ瀬着)


 16時頃、実家到着。


 ●楽しかったが、あっという間であっけなかった。
 一年あんなに考え、楽しみにしていた登山が、、、という気持ち。
 …毎年毎年そう思っているのだが。

 白山は花の山と言われるが、わたしは10年ほど前最初に行った立山に比べると…とも、北岳や白馬も負けてないぞ…とも思う。だから白山はクロユリの山と呼びたい。

 難儀だったことがひとつ。キャンプ場で蚊にかまれまくった。それは今でもわたしを悩ませているほどキツイもの。頼りなく飛んで、簡単に殺されるような蚊だったのだが。
 それに今までの山ではこんなことなかった。
 2日目、近くでテントを張っていた単独行のご老人は、蚊取り線香を焚いていたが、蚊が多いことを知っていたのだろう。
 今後はわれわれも蚊取り線香を持っていくことにしたい。


 帰阪して父との電話。
 9月か10月、1泊でだが、またキャンプで山登りに行くことに決定!

 またまた気分は盛り上がる♪ さてさて、どこに行けることやら。

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